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落語家 志の輔×昇太+楽太郎×歌丸 「お医者様でも草津の湯でも」

生 昇天と合点 合点×昇天・灰+紫緑
昇天スレでのレスに萌えました。お借りしてすみません。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

この商売をしている人間の中でも、一見この人程理性的な大人に見える人間も少ないと思う。
だがそれがまやかしであるのは、翔太が一番知っていた。

ほぼ連日ある芝居終りの飲みの後、一人になった帰り道でいきつけのバーにふらりと寄ったのは、
今思えば虫の知らせの様なものだったのだろう。もしかしてと思って扉を開けたら、案の定自分の会の
打ち上げが終わった後の士の輔が一人ぼんやりとグラスを傾けていた。別に偶然と呼べる程の偶然でもない。
知り合って二十六年、仲良くなって十六年、それ以上になったのは……これはまぁ置いておくけれど、
そんな長い付き合いの中で知りえた行動パターンから推測出来たからだ。何のことはなく、この店が
士の輔にとってもいきつけであり、家の近所だから帰りに寄る可能性が高い。ただそれだけだ。
翔太は迷わずに士の輔の前に行き、対面に腰を下ろした。
「お疲れ様」
「お疲れ」
簡単な挨拶をして、注文を聞きに来てくれたスタッフに軽めの酒を頼む。明日も舞台があるのだから
痛飲は出来ない。ゆっくり空けたグラス一杯分近況報告や最近読んだ本やなんかの情報交換をして、
二人で店を出た。
車の行きかう大通りから逸れて住宅街に入る。夜更けのしんとした細い道を照らす街灯の下を、白い猫が
悠然とした足取りで横切った。飼い猫だろうかと逸れた意識を戻したのは、士の輔は少し拗ねた口ぶりだった。
「そういや、うっかり見ちゃったよ」
「あ?」
「『後で部屋に来なさい』だなんて、お前と唄丸師匠、随分と親密な関係なんだな」
嫌味が混じった口調と、少し尖った唇。士の輔が完全に拗ねているのだけは理解が出来たが、何の事だか
一瞬本当に思い当らなかった。

翔太にとって司会の唄丸は所属協会の会長であり、師匠同士の付き合いもあったから前座の頃から
世話になっている。師匠亡き今では、副会長の小雄座と共に翔太の結婚問題を心配して口煩く言ってくれる
数少ない人でもあった。頭が上がらない部分は勿論あるし、可愛がっても貰っている。けれどそれで士の輔が
妬く理由が分からない。
話が飲み込めずにきょとんとしている翔太に苛立って、士の輔が三題話の様に短く告げる。
「岩手県。第二問。嫁に来ないか」
「あ、あーっ! ……あんた、それで拗ねてんの」
「拗ねてねぇもん」
「拗ねてんじゃん。馬っ鹿でぇ」
「やかましいよ。親密じゃんって言ってるだけだろ」
「なんなの、その拗ね方は」
「だから拗ねてねぇっちゅうの」
路上では火の点けられない煙草を取り出しかけてはシャツのポケットに戻して、士の輔は盛大に眉を
顰めている。頑として認めないという姿勢は一貫しているらしい士の輔の、あまりにも解り易い態度に、
呆れ半分で翔太は疲れた笑いを零しながら、収録後の楽屋で見た一幕を思い出していた。

この扱いの差は何なんですか、と歳に似合わないひどく拗ねた声が聞こえ翔太は顔が上げると、我が耳を
疑った様な顔をしている唄丸に、樂太朗が嫉妬を隠さずに言葉を継ぐ所だった。
「俺が馬鹿言ったら座布団召し上げで、翔太は『後で部屋に来なさい』なんですか」
「楽屋に帰るなり、なんなんだい」
「妬いてるんです」
胡乱気に問うた唄丸に、樂太朗は胸を張らんばかりに言い返す。その堂々とした態度は、疲れ果てて椅子に
沈み込んでいた小雄座とその隣に座っている幸樂が思わず拍手をしてしまう程だった。諸先輩からの
賞賛混じりの反応に、樂太朗は悠然と片手を上げて応えると、さてとばかりに唄丸へ向き直る。

翔太はというと、引き合いに出されているのが自分だと分かっているので、樂太朗の視界に入らない様に
そっと角度を計算しつつ一騎打ち観戦を決め込んだ。
「妬くねぇ。男の嫉妬深いのは、煮ても焼いても食えないって言いますよ」
「ご心配なさらずとも、師匠に対してだけですよ」
「余計に悪いよ。大体、あんたが座布団を取られるのは、司会であるあたしに喧嘩を売るからだろ」
「喧嘩なんて売ってません。あれは愛情表現です。師匠だって分かってる癖に」
さらにきっぱりと言い切って見せる樂太朗の横顔を眺めながら、翔太は笑いを堪えるのに必死だった。
無茶を言っているのは百も承知なのだろう。樂太朗も本気で文句を言っている訳ではない。じゃぁこれは
何かと尋ねるのならば、コミュニケーションの一環としか言い様がない。
目の前で拗ねるのは、ただ単に構って欲しいからだ。
それが証拠に今この楽屋の中で唄丸を独り占めしている樂太朗は、ひどく嬉しそうだった。
唄丸はこれ見よがしな溜息を一つ落とすと、樂太朗を仰ぎ見る。
「だったらもっと分かり易くしとくれよ」
「そうですか。師匠、愛してます」
「……鳥肌立っちゃった」
真顔で告白をしてきた楽太朗を一刀両断にして、唄丸は寒そうに肩を竦め二の腕を掌で擦った。
「ひでぇ。師匠がストレートに言えって仰ったから、恥かしいのを堪えて言ったのに」
「嘘つけ。喜色満面だったじゃないか」
「これでもシャイなんですよ。ねぇ、師匠」
「はいはい、分かりました。有難うね」
「それだけですか? 普通『あたしもだよ』とか、そういうのを返してくれるもんじゃないんですか?」
「どうしてあたしがあんたに愛を語らなきゃいけないんだい」
「そういえばそうですね。大丈夫です。言葉にされなくても、師匠が俺を愛して下さっているのはちゃんと伝わっていますから」
「……もう好きにおしよ」
「そうします」

にっこりと微笑んだ樂太朗に、呆れ返った表情は唄丸なりのポーズなのか。可愛がっている後輩からの
愛の告白に、実は満更でもなさそうな気配が漂っている。結局は痴話喧嘩にもなりはしないじゃれ合いだ。
結末が見えていたのか、小雄座と幸樂は廊下に避難を済ませている。うっかり最後まで聞いてしまった
己の不運を翔太は噛み締めた。

ついっと見上げる視線の先には、睨む様に自分を見ている士の輔がいる。それが楽屋での樂太朗を
彷彿とさせて、翔太はやっぱり笑うしかない。
理知的で、理屈家で、無駄に大物オーラを出している、翔太の仲良し。紳士的な大人に見えるのは、
確かにそういう一面も併せ持っていはいるが、長年司会をしている健康科学番組のイメージが強いからだ。
意外と子供っぽいと翔太は常々思っている。特に翔太が絡むと、士の輔はこうなるのだ。
ったく面倒なおっさんだなと思いながらも、結局はそんな士の輔が可愛いと思ってしまう辺り、翔太も
相当なものなのだけれど。
「シノさんさぁ……」
素直に可愛いと言ったらどんな顔をするだろうかと好奇心が沸いたが、喜ばせるだけだろうと思い当って
口から出かけた言葉を咽喉元に留める。
「何だよ」
「ほんっとに……馬鹿だよね」
「お前なぁ」
「そんなに俺の事好きでどうすんのさ」
くっと顎を上げてわざと挑戦的な口調を使い、ざっくり切り込んでやった瞬間の士の輔の表情は見物だった。
高座以外ではかけている眼鏡のレンズの向こうの目がまんまるに見開かれたかと思うと、次の瞬間ただでさえ
アルコールの所為で赤かった頬がさらに赤くなる。その慌てっぷりがおもしろくて堪らない。
わざわざ眼前で拗ねるのも、もっと引っ掻き回してやりたくなるのも、同じく幼い愛情表現の一種だ。

人通りのないのをいい事に、衝動のまま士の輔のシャツを掴むと、ぐいっと引き寄せる。自分が踵を上げて
距離を詰めてやるつもりはなかった。
店を出る直前まで吸っていた煙草の残り香。一番最初に触れ合ったのは冷えた鼻先で、唇はその直後。
苦い筈の唇が不思議と甘く感じるのは何時もの事だけれど、ゆっくり味わうには場所が悪い。
名残惜しくはあったけれど、引き寄せた時と同じ唐突さで突き放した。
三秒にも満たない唐突な口づけに泡を食った士の輔の声が情けなく引っくり返る。
「しょ、ショウちゃん」
「俺も人の事言えないか。こんな事しちゃう程度には、さ」
左手で唇を押さえて呆然としている士の輔に、気恥かしさを押し殺した平坦な口調で呟いて
翔太は先に歩き出した。慌てた足音が付いてきて隣に並ぶ。
「心臓止まるかと思ったぜ」
「止まっちゃえばよかったのに」
「そりゃ……幸せな死に方かもなぁ」
「今でも頭ん中が幸せだよね、シノっちは。打たれ強いというか」
「生憎と誰かさんに鍛えられてるから」
「師匠の事を『誰かさん』呼ばわりなんてしたらしくじるよ」
「お前だ、お前っ」
分かってるよと肩を竦めたら、もっと疲れ果てた様に士の輔が脱力して肩を落とす。振り回されていると
思っているのはお互い様で、その実振り回し合っているのだからバランスが取れている。
「これでめげない俺も偉いよなぁ」
「あんたんちの一門は、師匠の理不尽に耐えるのが修行の一環だからじゃねぇの」
「違うよ。それだけ惚れてるって言ってるんだよ」
「……真顔で恥かしくないのかよ、あんた」
「ショウちゃんさぁ、毒づくんだったら、顔赤いの直さないと意味ないぜ。そういう所も好きだけど」

意趣返しにくつくつと咽喉の奥で笑いながら、士の輔がついっと伸ばした指先が翔太の熱い頬に触れる。
狭い路地に人通りはない。
嫌なら避ければとでも言いたげな余裕を漂わせて、目尻の笑い皺を深めた士の輔が顔をゆっくりと近付けて
来る。此処で逃げては男が廃ると何の役にも立たない意地を張って、翔太はせめてもの抵抗で睨み付ける眼を
閉じずに受け止める。
重なる唇はどうしようもなく甘く、言葉にしない気持ちが溶け出してしまいそうで困ってしまう。
唇だけでは足りなと、広い背中に回したくて疼く腕を必死に押さえた。
大体、今更どの面を下げて愛の告白なんて出来るのか。己の天邪鬼な性格が悪いと分かっていても、
さらりと言ってしまえる樂太朗と士の輔が憎くなる。とてもじゃないけれど、好きだなんて口には出せない。
この商売をしている人間の中でも、一見翔太程明るく人当たりの良い大人に見える人間も少ないと思う。
だがそれがまやかしであるのは、翔太自身が一番知っていた。
何処かで猫がにゃぁと鳴く声を耳が拾う。
士の輔に似た掠れ声の鳴き声に、それじゃ駄目じゃん、と諌められた様な気がした。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • すてきすぎです -- ひら? 2010-09-27 (月) 23:35:12

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