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47-72

オリジ 教師×生徒

               ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
.          // 生 ||             ∧(゚Д゚,,) < オリジナルで教師×生徒
        //_.再   ||__           (´∀`⊂| 
        i | |/      ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、 < プラトニックでぬるいです
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
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 |_____レ"

春が好きだと言う奴の気が知れない。
この季節には良い思い出なんてひとつも無かった。
花粉が飛び散るせいで重度の鼻炎持ちの俺はマスクと目薬が欠かせないし、
一年間続いてきた環境がクラス替えだの何だので御破算になるのも煩わしい。
春が来たというだけで気が触れたように喜んで、花見だ合コンだといそいそ計画を立てている奴らは心底めでたいと思う。

3月末、昼下がりの教室でそんなことをぼやく俺を先生は柔らかな笑顔で見つめていた。
教室の隅の机を向かい合わせに並べ、参考書やノートを広げて俺は補習に励んでいる。
俺の真ん前に座って解答の進み具合を観察する先生の影が、ノートの上に広がっている。

「君の言いたいことも分かるよ」

先生がそっと囁いた。
先生の声は低くて優しく、砂糖菓子のようにほんのり甘い。
品の良い物腰が如実に現れたその声は、鼓膜に溶け込むたびに俺の毛羽立った神経を簡単に宥めてしまう。

「僕も昔は春が嫌いだった。面倒な行事はたくさんあるし友人とは離れ離れになるしね」
「先生でもそうだったんですか」
「昔はね。僕は人付き合いが苦手な人間で、春はいつも本を読んで過ごしていた。
 当時は強がっていたけれど本当は辛かったんだろうね。
 あの頃に読んだ本のフレーズは今でも鮮明に思い出せるよ」

滑らかに言葉を紡ぐ先生の様子は、授業中に和歌を詠みあげる姿とよく似ていた。
先生は長身でスタイルが良く、おまけに紳士的だ。教師としても優秀で30代半ばにして俺らの学年主任を務めている。
古典の担当をしていることもあって『前世はきっと平安時代の貴族だ』等と噂されている。
学校中の女子の憧れを集めているのは勿論、男だって先生への羨望の想いを漏らす奴も少なくない。
先生が廊下を通るたびに誰もが眩しいものでも見るように目を細めていく。
そんな人気者の先生が何故俺だけを相手に補習にあたってくれているのかというと、理由は単純明快だった。
先生の担当生徒である俺の、国語の成績が絶望的なまでに低迷しているからだった。

「君もひとりぼっちのときは古典を読めばいい。きっと記憶に深く残るよ」
「先生。それじゃあ俺は一年中読んでなきゃいけないことになるんですけど」
「じゃあ読めばいいじゃないか。周囲に気を回すことより、今は国語を8割取れるようになることが大切だ」

本気とも冗談ともつかない先生の口調に俺はただ顔をしかめるだけだった。
周りに適応するのが大の苦手で、へそ曲がりで愛想の無いガリ勉男。それが自他共に認める俺のパーソナリティだった。
この性格で損をすることも無かったとは言えない。
修学旅行や学園祭といったイベントは全く興味が湧かなかったし、ほんの少し可愛いと思ったクラスの女子とも一言も言葉を交わさなかった。
もともと友達と呼べる存在を知らない俺にとってそれは大した苦痛ではなかった。
寧ろ成績が低下して第一志望の大学に進めなくなる未来の方が俺にとっては大いなる恐怖だったので、俺はガリ勉の呼び名の通り勉学に励んだ――国語を除いて、は。
国立の四年制大学を目指す者なら極端に成績の悪い教科を作ってはならない。
理学部に進んで化学を専門に学びたいと考えている俺は、理系の御多分に漏れず国語が苦手だった。
春休み前の学年末試験でも、まずまずの結果を収めた「数学」や「化学」に引き換え「国語」は惨憺たるものだった。
解答用紙を俺に渡したときの先生の苦虫でも噛み潰したような顔は一生忘れないだろう。
先生は笑顔のお面でも被っているかのように滅多に表情を崩すことの無い人なのだ。

「大体、俺なんかが古典を習う意味なんて無いですよ」 シャープペンを手の中で回しながら愚痴を吐く。
「そうかな」
「俺は理科や数学しか出来ないアタマなんです。この先サイエンスを勉強するのに小説や古文の読解なんて必要無いっすよ」

教科書の頁をめくる先生の手はピタリと動きを止める。
先生は手の甲を顔に当てて頬杖を突くと、俺の顔を真正面から見つめた。
銀のフレームの眼鏡の奥で、切れ長の瞳がきらりと光って見えた。薄茶色の虹彩の中に俺の顔がユラユラたゆたっている。
先生が真顔になると俺は取調べされている犯人のような心持になる。
普段は猫のように緩んでいる目元が張り詰めると、俺の思考のすべてを読み取るような鋭い眼差しに変わるのだ。

「無駄なことなんて無いよ」先生は落ち着いた口ぶりで語る。

「君たちの年ならどんな勉強でも必ず役に立つんだよ。一見無関係なことでも、いつかは君たちを支えてくれる何かになる。
 今は分からないかもしれないけどね」
「先生の言うとおりです。俺にはまだ国語を勉強する意味が分かりません」
「そうだよなぁ」 先生は間延びした声で言い、頭の後ろで腕を組んだ。
椅子にもたれて長い身体をうんと伸ばすと、小さな子供のようにペロリと舌を出した。
「僕も君くらいの年の時は同じことを言ったと思う。世間知らずの癖に生意気で大人の言うことは嘘ばかりと決め付けてたからね」
「先生もそうだったんですね」
「17歳なんて皆そんなものだ。
 ただ僕はそのせいで、英語も喋れなければ遺伝子の仕組みも分からない、古典を諳んじるしか能の無い大人になってしまったけどね」

先生はそう言うと大袈裟に肩をすくめてみせた。
先生は古典の造詣は誰よりも深いけれど、それ以外の分野に関しては無関心というか無頓着だった。
流行にも酷く疎い部類で、同僚に持たされた携帯の扱いさえ覚束ない。
女子はそんな先生の姿を「意外性があって可愛い」等と評価しているようだけれど、そのたびに俺は人生の不平等を実感する。
なぜなら同じことを俺がやれば彼女らは「オタクのくせに機械音痴」と冷笑を浴びせるに違いないからだ。
俺と先生の間には常にクレバスのような深遠な裂け目が存在する。そして俺はどう頑張っても先生の側には跳び越すことは出来ない。
先生のような『能の無い大人』になる方法があるのなら是非ともお目にかかりたいものだ。

「源氏物語を読む暇があるなら俺は微分積分の問題集をやりたいです」
悪あがきとも言える俺の呟きをたしなめるように先生はクスクス笑った。
「源氏物語は為になるよ。光源氏がなぜ数多の女性を虜にできたのかが分かれば、君の魅力も上がる」
教科書の片隅にある「源氏物語絵巻」を見つめながら俺は首を捻った。
いくら和歌や楽器が巧みでも、こんな下膨れで顔を真っ白に塗りたくった男が色男の筆頭になるとは俄かに信じがたい。
価値観や美意識は時代とともに移り変わることを実感する。そして、恐らく先生は、一千年前の日本であっても魅力的な男性と賞されるのだろうことも。

先生は著しく出来の悪い生徒の面倒を見ることに流石に疲れてしまったようだった。
椅子から立ち上がると柳のようにしなやかな身体を伸ばし、窓辺のカーテンをめくって外の景色を眺めた。

「ああ、今日は良い天気だ。こんな日は生きててよかったと心底思うよ。やっぱり春は素晴らしい季節だ」

独り言を零しながら先生は嬉しそうに目を細める。春の陽射しが先生の黒髪を照らして天使の輪を浮かび上がらせている。
気障とも言える台詞を口にしながらまったく嫌味に感じさせないのは、先生が“繕う”とか“装う”とかいう概念からはある意味かけ離れた人間だからなのだろう。
誰もが欲しがるありとあらゆるものを備えて生まれてきた先生は、どうして地方の高校教師を職業に選んだのだろう。
大学に残れば先生の大好きな古典を一生研究する道があっただろうに。
こんな古ぼけた教室で、古文単語も漢文の句法も覚えられない愚図な生徒を相手にしている場合ではないんじゃないのか。
そう思うと突然先生に対して申し訳ない気持ちが芽生えてくる。
よしここは心機一転、しっかり勉強して枕草子の一節くらい暗唱できるようになってみせようじゃないかと教科書を睨んでみたが、
生来の国語アレルギーには案の定勝てなかった。
諦めて教科書に顎を乗せた俺は、開け放した窓に頬杖を突き暢気にハミングしている先生を見つめた。
口ずさんでいる歌を俺は知らない。流行にとことん弱い先生のことだから最近のJポップではまず無いだろう。
吹き込む春風に花粉は混じっているのだろうか、鼻の中や目頭にジワジワとむず痒さが広がる。
たちまち目には涙が覆われ、鼻腔の奥から鼻水が押しかけてくる。
くしゃみをしそうになるのを堪えながら俺は春を恨めしく思った。こんな季節、好きだと言う奴の気が知れない。
「先生って春が嫌いだったんですよね」
「そうだよ」 先生はやんわりと答える。「人間関係も難しいし、僕を置いてきぼりにして日に日に陽気になっていく街が大嫌いだった」
「でも今は好きだと」
「そうだね」
「何でですか」
先生はこちらを振り向く。そっと革靴を床に鳴らして、教科書の上で犬みたいに項垂れている俺に近づいてくる。
長く伸びた先生の影が俺の身体の上に重なる。次の瞬間、頭の上にフワリと柔らかな感触が降りてきた。
先生は俺の頭を撫でていた。

「大学を出て、教師になってから」 先生は静かに呟いた。
「色んな生徒と出会った。担任した初日から分かり合えるような子もいれば、僕の力不足で最後まで気持ちが通じ合わなかった子もいた。
 子供たちは僕に幸せな出会いも苦い出会いも与えてくれた」
先生は歌うように囁きながら俺の頭を撫でていた。驚きはあったけれど、不快感とか拒否する気持ちはまるで湧いて来なかった。
先生の掌は俺と違ってずっと大きくて、よく焼けたパンみたいにフカフカしている。
太陽の光をたっぷり吸い込んだその掌は温かくて、俺は天からの恵みでも受けているような気分になる。

「だけどね」先生はそう言うと何がおかしいのか一人でニコニコ笑った。「中には“いる”んだよ」 
「時々僕の若い頃に似た生徒に出会うんだよ。僕はその子に会うと苦しくって仕方が無い。
 忘れたはずだった自分の弱点や過去の過ちを思い出さされてしまうからね。
 でも、苦しい反面……」

先生は一瞬口を閉ざした後、男でも見惚れるような可愛らしい照れ笑いを浮かべた。

「僕はその子が愛おしくて仕方が無くなる。
 その子が学校で上手くやっていけてるか気を揉んでしまうし、姿を見かけたらいつまでも目で追ってしまう。
 そういう厄介でも放っておけない子との出会いがあるうちに、いつしか春を憎む気持ちは溶けてしまっていた」

先生は俺の頭から手を離し、椅子に腰を下ろした。そして不意に俺の手を自分の両手で包み込んだ。
胸の中を得体の知れない熱いものが駆け抜けていく感覚がした。
こめかみに汗が滲む。心臓が痛いほど体の内側を暴れている。
驚きでも不快感でも煩わしさでもない、この頭の天辺から爪先まで何かで貫かれたような鮮烈な感情は何なんだ。
こんな感情、俺は今まで一度も知らない。

「先生」 掠れた間抜けな声を吐き出すので俺は精一杯だった。どうしたんだ、俺。どうしてこんなに必死なんだ。

先生は唇を薄く開いた。整った白い歯並びが奥からうっすら窺えた。

「世間知らずの癖に生意気で、大人の言うことは嘘ばかりと決め付ける、子供」

一瞬先生が何を言っているのか理解できなかった。
鈍った頭を必死で回転させて俺はようやく記憶を蘇らせた――そうだ、これはさっき先生が言ってたことだ。
過去の自分のことを先生はそう形容していた。先生自身が俯瞰した17歳の先生は、そういう人間だったのだ。

「君は僕に似ている」

満足げに囁いた先生は俺の手を宝物みたいに優しく握り締めた。
先生の掌の感触がじかに伝わってくる、先生のぽかぽかした体温が直接俺に染み込んでくる、先生と俺が今繋がっている――
意識が混濁していく。テスト中でさえこんなに緊張した経験はかつて無かった。
気が遠くなりそうな感覚に襲われながら俺はひたすら先生を見つめていた。先生も俺を見つめ返していた。
先生の薄茶色の虹彩に俺の顔が映っているということは、俺の目にも同じ事態が起こっているのだろう……
当然と言えば当然なのに俺の心臓は波のようにうねりを上げて轟いた。
先生はゆっくり俺から手を離すと、いつも通りの愛想のいい笑みを浮かべた。
その表情はあまりにも普段見かける先生そのものだったから、今さっきまでの出来事はすべて俺の妄想なのかと錯覚しかけた。
先生は椅子に深く腰掛けて、三日月のかたちに口元を緩めた。

「……それが、僕が春を好きになった理由。分かった?」
「は、はい」
「よろしい。じゃあまた再開しようか。補習」

先生は長い指で眼鏡を整えると、分厚い古典の資料集を手に取りパラパラ頁をめくり始めた。眼鏡の中の瞳はいまや完全に資料集に向けられている。
俺はすっかり身体の力が抜け落ちてしまった気分だった。椅子にぐったりともたれ、焦点の定まらない目を彷徨わせていた。
源氏物語も枕草子も、もうこれっぽっちも頭に入らない。
使い物にならなくなった脳には古文単語も漢文の句法も暗記する余力は残されていない。
だから勿論、さっき俺を襲った眩暈にも似た強烈な感覚の正体を推測することも出来なかった。
花粉は飛ぶし環境は変わるしおまけに変わり者の先生と補習もさせられるし。
やっぱり、春が好きだと言う奴の気が知れない。

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        //, 停   ||__           (´∀`⊂| 
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       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!  
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  • やばい続き早く -- 2009-04-14 (火) 13:50:18
  • 続きwktk -- 2009-05-28 (木) 20:49:26
  • これは静かに禿げ落ちた -- 2009-06-12 (金) 03:58:25

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