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オリジナル えせ時代劇風 遊郭の番頭×化粧師 後日談

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すみません実はここまでありました

美濃屋の九兵衛は、このところめっきり老けた。例の倅の情死騒ぎからこちら、肌はくすんで髷も
薄くなったと噂になっている。唯一の慰めは嫁にいった娘が、その先でもまずまずうまくやって
いることらしいが、冴えぬ材木屋から一代でこの店を、江戸で指折りの呉服問屋にのし上げた人物
らしからず、商いの場でも時折ぼんやり虚空を眺めている。
その姿には、先に息子に死なれた親父の悲しさがありありと見て取れて、此方もいつも思わず苦い
気持ちになった。
美濃屋の手代も言う。
「旦那様は、十四郎さんがあんなことになってから、随分と」
しかしそこで言葉を濁した。衰えたとは言い辛いのだろう。以前はさすがに十四郎、あの色男の
親父だけあって、年のわりに凛々しく颯爽とした姿を見せていたものだが。
「おさきちゃんが、慰めか」
「でしょうな」
化粧師はため息とともに店先に出でて、空を仰いだ。今日は突き抜けるような青空だ。
ただその分寒さがぐっとくる。ちりちり白く千切れた雲がやたら空の端っこに見え、風がそこまで
あばれていることを物語っている。

しかし堀川の水は光に遊んで飛んでいた。この道を行くのもひと月ぶりだ。
何年も前に師匠の爺いから引き継いでからこっち、あんな騒ぎがあるまではそれこそ三日にあけず
この道を通っていたものだ。これで金があればまるで豪商の旦那だな、と化粧師はひどい冗談を
思って一人笑う。
いや考えようによってはあの数日は足腰が役に立たなかったので、若しかするとまた仮病を使う
羽目になったやも知れぬ。この化粧師は以前から、時折そうやって道楽(下手の横好きの太公望)
に走ることがあった。
堤の上を歩く下駄に風が渡る。正月が過ぎ、少しその寒風にふくらみがあるような気もする。暦の
上ではもう春なのだ。
だが、寒くないわけはない。まだ日が昇っても霜柱は溶けずざくざくいうし、見返り柳の青葉の上
には、昨日の雪も残っている。まあ、雪の吉原というのもなかなか好い。
溝をこえ門を入り、真っ直ぐ進んで伏見町の角を入る。すると飛び出てきた男にかち合いそうに
なった。銀二だった。
「使いの出かい、銀二」
「へえ、兄いのお達しで」
「せいぜい気張りな」
この若衆が兄いと呼ぶのは一人しかいない。あの男だ。
藤次郎のことだ。

「そちらさんこそ寒い中、ご足労なこってす」
若衆筆頭の男は、意外にもこの化粧師を下にも置かぬ。
髪結いの類なんぞおんなの仕事だと蔑んでしかるべき性格だが、ただこの男は以前そう口にして
化粧師に差しで張り倒されたことがある。それ以来目上への態度をきちんと守り、また己の分を
わきまえる素直さも持っていた。
もちろん力勝負なら若衆には負ける。が喧嘩のやり口ははったりと年の功だと、化粧師は思って
いる。
銀二が向かいの茶屋に入る芸妓がたに鼻の下を伸ばしているのを尻目に、ようやっと目当ての見世
にたどり着く。するとまたもやおもて先で、でかい男に鉢合わせしそうになって思わず一歩身を
引いた。今日はよく男に当たる日だ。
「ぉお、藤次の旦那」
顔をあわせるのも久しぶりだった。
特にこんな真昼の日の下は、何時以来だろう。
しかし挨拶もそこそこに、番頭はただせわしなく周囲を見回し呟く。行き交う物売りがその剣呑
な目つきに、思わず肩をすくめて避ける。
「あんた、銀二見なかったか」
それが己への問いだと気づくのに二呼吸ほどかかった。
「見た」
全く、まだ使いもろくに出来ねえのかとその男は、三白眼の強面をさらに歪めてぶつくさ言う。

文の使いを頼んだら、肝心の文を置いて行きやがったのだと、ひらひらそれを見せ付ける。
この男無口で通っているが、そのくせ小言とため息は人一倍と来ている。厄介な野郎だ。
「追っかけるなら、急ぐが吉だ」
多分あの若衆、大門の辺りででも油を売っているはずだからと化粧師は言った。
頷いた番頭が脇を走り抜け、やや風が当たる。そのふうわりとしただけのものに、少し髪が揺らさ
れた。
「市助」
珍しく名を呼ばれたので振り返ると、その男はただ己の無愛想な顔を指す。
とんとんと左の頬を突付いて言う。
「蕎麦掻」
そうただ一言残して、そのまま身を返して行く。小言とため息以外は、本当に最小限の言しか口に
せぬ。
しかし慌てて市助は頬を擦った。出掛けに食ってきた蕎麦掻を頬につけたままだったか、間抜けな
ところを見られてしまった。
閨の中では饒舌だ、とそれは最近知ったが、まあどうでもよい。広い背中が遠くなる。
「呼ばれたぜ、秀里」
奉行所の下した禁が解け、今日は久方ぶりの見世とあって、皆が気を入れている。その中でもやは
り一等はこの花魁だ。

顔見知りの遊女らにちょいちょい声を掛けつつも、化粧師は一目散に二階のその表座敷へ上がる。
座敷の障子がほんの少し開いている。そこからくっきりあの青い空が見え、冷たさも入ってくる。
逆光の中、一つおんなの影が静かに見える。
「俺が恋しかったかい」
火鉢の火だけがじじと答える。
座敷で黒髪を梳く、花魁は振り返りもせず小さく笑った。
「にいさん、うんと美形にしておくれな」
「はいよ」
いくらこの世の蝶よ、花よとちやほやされても、全盛を誇る花魁でも、哀れだ。化粧師はそれを
知っている。
だがそれ故に、真から天女と惚れさせてやりたい。自惚れもさせてやりたい。この手で。
すっぴんのこの花魁は、やや眠そうな目つきをしている。それで見上げるだけでも十分男好きは
するが、化粧を添えればたちどころに傾城の、物憂げな怪しげな色香が漂う。
好いおんなだ。そういうおんなの相手をするとき、化粧師の頬は自然に緩んだ。
目を閉じながら花魁が、菊花の打ち掛けに合うように、と言う。傍らには紅に黄金に茶にと、見
覚えのあるそれが掛けてあるが、しかし少々季節外れ過ぎやしないか。菊は秋、今は春だ。
「之菊を」
言えば秀里はやんわり頬を膨らませた。

「あのこを、悪し様に言うやつがいるだろ。今日は目にものみせてくれようかってね」
一息置いて、化粧師は笑った。ほんとうに、好いおんなだ。
「だからあんたが好きなんだ」
廓一の花魁にそこまで堂々と菊花を背負われては、親父も女将ももちろん助兵衛な馴染みどもも、
そうそうあの新造の陰口を叩くわけにもいくまい。己一つで黙らせる、花魁というのはこうでなく
ちゃいかん。
十四郎と之菊、二人がどうなったかは知らぬ。死してこの苦界を出でたのかも、どこぞでどうにか
やっているのかも。そうなれば似合いの夫婦だなと思う己には呆れた。之菊、そういえば名はこう
といったか。
前の丸い鏡を見ながら花魁がうっすら、あらどちらさんかと思ったわいな、と微笑む。
「あんただよ、秀里」
「にいさん、あちきこの頃綺麗になったと思いねえかい」
「元からあんたは綺麗だが」
白粉筆をくわえ、半端な声で相槌を打つ。ああこの肌を、幾人の男が撫ぜたろう。だが触れたと
思ったそれそのものは、俺の白粉の下にある。化粧師冥利に尽きる。
「まァ、おんなは恋すると色香が増すってな」
「へぇ」
「花魁、恋でもしてるのかい」
「まさか」
声を出してお互い笑った。

鏡のように真っ平の、大前提を共有しているが故に笑える。
恋、という字それ自体が、既に面白い。この花魁の年季明けに、心に決めた情夫がいるかどう
かも知らぬ。ただいてもいなくとも、己との隙間は変わりようが無い。花魁が遊女が、
気を抜いて身を任せる男というのは、顔も知れぬ情夫以外では己一人だ。
黙っておくれと静かに紅を引く。目じりにも添えたそれをゆうわり、やわり、指でぼかす。そこに
涙はいつも無い。
「じゃァ間違いねえな」
仕上げに一櫛、その巻き上げた髷に自慢の櫛を添えれば、花魁もうっとりとした笑みを浮かべる。
好い顔だ。完璧だ。
「俺の腕が上がったンだ」
「にいさん、恋でもしてるのかい」
鏡の中で目があって、花魁がふふと吐息混じりにまぜっ返す。
それへの返事は、一息遅れた。
「まさか」
ひとしきり笑ったあと、あらと花魁が障子を見やる。その隙間、突き抜ける青空からちらちら舞う
雪を、にいさん風花、と告げた。
暦の上ではもうそれだが、本当の春は未だ先だ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
終わり。

  • いいですね! -- (゜∀゜)? 2009-04-19 (日) 12:28:31
  • 映像化キボン。ご馳走様でした -- 2011-10-04 (火) 01:33:43
  • 何度読んでも萌えます -- 2011-10-29 (土) 17:21:32
  • これ素敵!! -- 2011-10-31 (月) 22:53:50
  • 読ませるなぁー -- 2014-07-31 (木) 02:12:23

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