オリジナル 訪問者
更新日: 2011-01-12 (水) 00:17:16
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )オリジナルでニアホモ、片方に彼女が出てくるので注意。
昼と夜のさかい目、日の光がまだのこっている頃にたどりついたのは、庭にある
大きな柿の木が目じるしの、みどり色の屋根の家。おれは庭の石の上をとんでいって、
げんかんの引き戸を開けた。
「あつしくーん、あそびましょ」
耳をすましたけど、返事は返ってこなかった。あつし、いないのかな。前はこの時間
になるといつも帰ってたんだけど。来る前に知らせておけばよかったかな。そんなことを
考えてたら、おくの方から足音が近づいてきた。
「淳のお友達?」
出てきたのはエプロンをしたお母さんだった。あのエプロンは、あつしが4年生だ
った時に学校でつくったやつだ。むねのところにアンパンマンがついている。一度
あのアンパンマンをむしっちゃって、あつしに泣かれたことがある。あつしはしばらく
おれと話してくれなくなったけど、お母さんがはりと糸で付けなおしてくれたおかげで
仲直りできた。おれはお母さんにとても感しゃしている。
「お母さん、ひさしぶり」
おれが言うと、お母さんの目が丸くなった。
「あらあら、大きくなって。誰かと思っちゃったわ」
丸かったお母さんの目が、今度は糸みたいに細くなる。おれはお母さんの目じりの
しわが好きだ。
「あつしいない?」
「やぁね、まだ帰ってないのよ。電話しようか?」
「ううん、いいや。おれが急に来ちゃったから」
出なおそうかな。ぐるっと散歩してくるのも楽しいかもしれない。お気に入りの公園を
見てくるのもいいなと思ったけど、お母さんが部屋に上がって待ってれば? って
言ってくれたから、そうすることにした。
あつしの部屋は2階のはしにある。ふかふかのベッドに、広いつくえ。大きい本だな
には、マンガがずらっとならんでいる。おれは一番下の段にしまってあるアルバムを
引き出した。お父さんが写真をとるのがしゅみだから、アルバムは何冊も何冊もある。
おれはかたっぱしからそれをめくっていった。赤ちゃんのあつし。ランドセルを
しょってるあつし。黒いせいふくを着て、学校の門の前に立つあつし。野球の試合で
友だちといっしょによろこんでるあつし。いろいろな写真があった。おれと写ってるのも
いっぱいあった。
3冊目のアルバムを見おわった時、遠くからバイクの音が聞こえてきた。きっと
あつしだ。大学に入る前の春休み、あつしは毎日バイトをしてお金をためて、かっこ
いいバイクを買った。彼女のユカちゃんをのせて走るためだ。
もうすぐあつしに会える! おれは今さらだけどどきどきしてきた。うれしくて
たまらなかった。窓から外をながめていたら、ドアをノックしてお母さんが入ってきた。
おれはお母さんに、もうすぐあつしが帰ってくることを教えてあげた。
「そりゃ帰ってくるわよ、あの子の家だもの」
おぼんにのって運ばれてきたのは、あっためた牛にゅうだった。マグカップを受け
とって口をつけようとしたけど、まだあつくて飲めなかった。
「あつしおれのことわかるかなぁ」
「わかるわよ。でも淳もにぶいとこあるからね」
お母さんの答えは答えになってない。おれはちょっと不安になって、マグカップを
ゆすった。牛にゅうの表面にはったうすいまくがゆれた。
「わかんないかなぁ……」
あつしならわかってくれると思ってたんだけど、急に自信がなくなってきた。
「試してみる?」
え、どうゆうこと? 意味がわかんなくて顔をあげたら、おぼんを抱いたお母さんが、
いたずらっぽくほほえんでいた。
ヘルメットを脱いだ頬に当たる風が、俺に秋の深まりを感じさせる。庭の石を渡り、
家に入る前に、ふと気になって柿の木の根元に目をやった。そこには落ちた葉が幾重
にも重なっていた。時間があるときに掃いてやらないといけない、と思った。
「ただいま」
玄関で靴を脱いでいたら、母さんが声をかけてきた。
「あんた、友達もう来てるわよ」
「友達?」
今夜は誰とも約束していない。大学に入ってから家に誰かを呼ぶこと自体少なく
なっていた。遊ぶなら一人暮らしの友人の家の方が都合がいいし、まれにこちらに
来るとしても由香ぐらいだ。由香はもう両親とは顔見知りなので、「友達」という
呼び方はしないはずだ。
「誰?」
「名前忘れちゃった。会ったらわかるでしょ」
連絡もなしに家に押しかけるぐらいだから、親しいやつだろう。健太か、洋介か。
しばらく会ってないけどヤスかもしれない。俺は早足で階段を上がり、部屋のドアを
開けた。
「おかえり!」
満面の笑みで俺を出迎えてくれたのは、見慣れない顔の男だった。
「本当にあつしだ!」
男が駆けよってきて、両手で俺の肩を叩いた。更に体を寄せて、片腕で俺の首を
抱き寄せてくる。野球部のやつか、小学校のクラスメイトか。このスキンシップを
見る限り、相当仲が良かったはずだ。思い出さないと気まずいことになってしまう。
俺は焦った。
無邪気に再会を喜んでいる男に水を差すようなことを言えなくて、俺は相手の背を
叩いて、マジで久しぶりだな、と話を合わせた。
色の抜けた柔らかい髪に、黒目がちの懐っこい瞳。肌は健康的に焼けている。身長は
俺よりほんの少し低いくらいで、やせ気味だ。どこかで会っているはずなのだが、
それが思い出せない。しかたなく俺は探りを入れることにした。
「お前、どこの大学だっけ?」
進学したのか、就職したのか。後者だとしても、そこは忘れていたとしらをきれば良い。
「おれ? おれが学校行くわけないじゃん」
男は首を傾げた。あれ、この仕草は見覚えがある気がする。昔こうやって俺の話を
聞いていたのかもしれない。
「わかってる、冗談だよ」
就職組、しかも口調から察するによっぽどのバカか不良グループ。しかし素行が
悪いようには見えないから、バカの方かもしれない。それなら野球バカか。
「まだ野球やってんの?」
「それ聞きたいのはこっちだよ! おれボール拾いくらいしかしたことないし」
だよな、ははは。俺の乾いた笑いが虚しく部屋に響いた。野球部でもないとしたら、
思い出せる自信がない。なんだか胃が痛くなってきた。
「いまアルバム見てたんだ」
男があごをしゃくった。見ると、ベッドの上にアルバムが投げ出されている。俺は
閃いた。アルバムの中からこいつが写ってる写真を見つけ出せばいいのだ。きっと
昔の顔を見たら名前と一致するはずだ。
「おまえ写ってた?」
一冊を選んで、なにげなく男の目の前で広げて見せた。
「うん、ほらこれ」
望み通りの行動だ。男自身が教えてくれるなら間違いない。しかし、男の指が
指したのは、我が家で行われた誕生日会の写真だった。写っているのは、家族と
十数人の友人たち。一人一人の面影を追うが、一体誰のことを言っているのか
わからない。
「お前、結構印象変わったよな……」
そんなあたりさわりのない台詞しか言えず、俺はアルバムを閉じた。こいつ、
何者なんだよ。相手に聞こえないように小さくため息をついた。
おれはアルバムを片付けるあつしの背中をながめていた。トレーナーから背ぼねの
ごつごつがほんのちょっとだけういて見える。あの背中の、上から6番目のほねと
7番目のほねの間くらいに、ピンク色の細いきずがあることを、おれは知っている。
おふろ場のじゃぐちでこすったきずだ。体を洗いおわって立ち上がる時にやっちゃった
って話してた。あの頃のあつしは反抗きだったから、お父さんにもお母さんにも
けがをしたことを言わなかった。
かわりに、ユカちゃんがあつしの背中にオロナインをぬってくれた。いたそう、
よくがまんしたね、あつし。ユカちゃんの指がやさしくあつしの背中をなぜるのを、
おれはいきを止めて見ていた。その日から、ユカちゃんはあつしの大切な女の子になった。
「あつし、ユカちゃんと仲良くしてる?」
気になって聞いたら、あつしがふりかえった。へんな顔をしている。あつくもないのに、
はなのわきに汗をかいていた。
「おまえ、由香のこと知ってたっけ?」
知ってるも何も、あつし。
「赤いリボンのセーラーふく着てるときから知ってるよ」
「へえ、そうだっけ……」
そうつぶやく横顔がこわばってる。ばかだな、本当に気付かないなんて。そりゃあ
ユカちゃんはこういうとこが好きなのかもしれないけど、いくらなんでもげん度がある。
「おれ、お母さん手伝ってくる」
下から良いにおいがしてきたので、おれは一人なやめるあつしを部屋にのこして、
一階に下りることにした。もうこうなったら、意地でも自分からは言ってやんない。
おれはあつしのためにここに来た。ちょっとくらい見返りをもとめたって、ばちは
当たらないと思うんだ。
「お母さん、あつしわかってないよぉ」
リビングのドアを開けて、俺はお母さんにうったえた。
「育て方を間違ったのかしら」
お母さんはほっぺに手を当てておどけてみせる。こっちは笑える気分じゃないのに、
ずいぶんのん気だ。でも、おかげでちょっと気がはれた。
「ねぇ何作ってるの? すごく良いにおいがする」
「さて何でしょう。どんなにおいがする?」
どんなにおい? 目をつむって考えてみた。しょっぱいのと甘いの、水っぽいのと
土っぽい。それぞれを分せきするのには集中力が必要だ。
「お魚としょう油とみりんと砂とうと、お肉と白菜としらたきと豆ふのにおい」
お母さんが拍手をしてくれた。台所まで見にいくと、おれが言ったとおりの材料が
あった。これはもしかして……。よだれが出てきて、口元をシャツのそででぬぐった。
「すきやき?」
「そうよ。あなた好きでしょ」
「ありがとう! お母さん知ってたの?」
「そりゃお母さんだもの」
お母さんはすごい。本当にすごい。天才だ。さっきまでの、さみしいのとかなしいのと
むかむかするのがまじったような嫌な気分がどっかへ行った。
「あれ、でもお魚は? すきやきには入れないよね?」
「秋刀魚は焼いて食べるの。さっき大根もおろしておいたし」
サンマはお父さんが好きなお魚だ。きっと一緒にビールも飲むんだろうな。じゃあ
そっちのなべは? ぎもんに思ったら、おれの心を読んだように、お母さんがなべの
ふたを開けた。
「これは豚汁」
「あつしの好きなやつ!」
「そう、今日はごちそうよ。みんなでいっぱい食べようね」
みんなで食べるごはん。なんてすてきなひびきだろう。おれはくるくる回りたく
なるほど幸せだった。早くお父さんが帰ってくれば良い、早くあつしがおれのことを
思い出せば良い。そしたらもっと回りたくなっちゃうかもしれない。
お母さんが、少しだけ豚汁を味見させてくれた。ほっとするような、なつかしい味がした。
携帯のメモリを上から順に見ていき、登録されている相手の顔を思い出す。俺は
そんな不毛なことをしていた。3分の1をすぎても、それらしき名前は見つからない。
あの男についてわかっているのは、バカで野球が下手で、由香の知り合いだという
ことだけだ。由香に聞けば早いのだが、今はアルバイトをしてる時間帯だ。もしも
あいつが由香の男だったら――ついくだらないことを考えて、そんな自分に落ち込んだ。
階下から帰宅を告げる父さんの声がした。ドア越しに声を張り、おかえりと返した。
もうすぐ夕食も始まる。うちには、父さんが帰ったら夕飯を食べはじめるという習慣が
あるのだ。核家族の一人っ子を健全に育てるために母さんが決めた。
あいつも食べていくつもりだろう。俺は気が重くなった。名前を知らない奴と飯を
食うのは初めてだ。しかし他人の実家で飯の支度を手伝うとは、なかなかしっかりした
部分のある男だ。自分なら躊躇してしまう。ふわふわしているみたいに見えたけれど、
案外出来た男なのだろうか。
あぁ、身近にそんなやつがいたような気がする。抜けているけれど、最後の最後は
ちゃんと決める。まっすぐな目をしたあいつは誰だったか……。
夕食はにぎやかなものになった。すき焼きに豚汁に秋刀魚の塩焼き、そしてクルトンが
山ほど入ったシーザーサラダ。突然の来客に母さんが張り切ったのか、無駄に豪華な
メニューだった。
父さんはいつもよりビールを飲むピッチが早く、赤い顔をしてよくしゃべった。
つまらない駄洒落にも、男は嫌な顔一つせずにころころ笑った。母さんは箸がうまく
使えない男のために秋刀魚を切り分けてやっていた。フォークで秋刀魚を食べる日本人が
いるのかと、俺は真剣に驚いた。
「ほんとにほんとにおいしい!」
頬を膨らませたまま男が言うので、唇の端からテーブルの上に米粒が落ちた。
男は指先でそれを拾い、慌てて自分の口に押し込んだ。幼い子供のような行動だった。
「さっきから肉ばっかじゃねぇか」
彼の取り皿には牛肉ばかりよそわれていた。野菜も食えよと言うと、男は黙って
俺を上目使いで見た。
「男の子だもんね。たくさん食べていいのよ」
すかさず母さんがフォローを入れる。
「今日は泊まっていくんだろ?」
今度は父さんだ。両親はすっかりこいつを気に入ったらしい。4人で食卓を囲んで
いると、まるで昔からこうしていたような錯覚を起こしそうだった。俺自身がまだ
距離感を測りかねているというのに、彼は家に不思議と馴染んでいた。
「あつしが良いなら」
箸を舐りながら男が答えた。そんな言い方をされたら、断るものも断れない。
「何言ってるんだ、良いに決まってるじゃないか」
「ねえ淳」
3人揃って目を輝かせるものだから、了承せざるをえなかった。逃げ道なんて
最初から残されていなかったのだ。
食事を終えて、すぐに風呂場へ向かった。風呂の湯を張り、溜まったら止めるのが
俺の役割だ。その間に母さんは皿を洗い、父さんが皿を拭く。合理的な分業だ。
今日は父さんの代わりに、手伝いを申し出た男が皿を拭くことになった。父さんは
ソファに座り、野球のテレビ中継を見ている。ひいきの球団は大差で負けていて、
既に結果が見える試合ではあったが、週末のサラリーマンのささやかな楽しみに
口を出すつもりはなかった。
「風呂沸いてるけど、先入るか」
危なっかしい手つきで皿を扱う男に尋ねたら、男は首を振った。
「ううん、俺風呂嫌いだから」
嫌いだから。その一言で済ませるのはどうかとも思ったが、深追いすると墓穴を
掘りそうだったので、追求しないことにした。
「そっか、じゃあ先に入ってくるわ」
男は返事をするかわりに、白い皿をひらひらと振った。
あつしがリビングから出て行ったとたん、お父さんがふきだした。背中を丸めて、
おなかをおさえている。つられてお母さんもにやにやする。
「あいつ、全然わからないんだなぁ」
「だから言ったでしょ」
まったくひどい話だ。お父さんだって、げんかんで出むかえたしゅん間におれに
気付いて、いつ来たんだい? って聞いてくれたというのに。
食器だなの中にお茶わんをとおわんをしまって、とびらを閉めた。それからソファに
向かって、お父さんのとなりにすわる。
「はいお父さん、ビール」
空になっていたコップに、お酒をついであげた。思った以上にもわもわとあわが立って、
コップのふちをこえそうになったので、お父さんがしんちょうにそのあわをすすった。
「ありがとな」
お父さんのはなの下にヒゲができた。いつかお父さんがおじいちゃんになったら、
こんな風になるのかな。もしもおじいちゃんになったお父さんがビールをすすったら、
ヒゲの上にヒゲができることになる。そうぞうするとおかしかった。
楽しい酒はいい酒、かなしい酒は悪い酒。お酒のことをたしなめられた時、
お父さんはこう言ってごまかした。楽しいお酒に付き合うと、おれも楽しかった。
お父さんがかなしいお酒を飲んでいるところは見たことがない。
「ヤクル卜負けちゃったね」
テレビの中では、しましまのふくを着た人がしゃべっていた。タイガースの人だ。
「もう今シーズンはどうしようもないよ」
「中つぎがもうちょっとしっかりしてくれないとね」
松岡のカーブがどうだ、いや林のストレートはこうだ。野球ろんを語りあっていたら
お父さんは気を良くしたみたいで、さすがにわかってるなぁ、なんて言いながら、
おれにコップをおしつけてきた。ささ、どうぞいっぱい。ではいただきます。ドラマ
のせりふをまねして、ビールを飲みほした。火がついたみたいにのどがあつくなった。
目もちかちかする。でもこれは、まちがいなく良いお酒なんだ。
[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;) 後半につづく。
- 続きって投下されてますか?見つからない… -- 2010-08-03 (火) 01:47:29
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