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ダークナイト

映画「闇騎士」より。Jok3r、Gord0nに5atmanを語る。
途中で坊ちゃん死んだことになってるので注意。
気になる人は次の作戦のための情報操作だと思ってくれ。
……うん。『深くは考えてない』んだ。すまない。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「じゃあな、わが最愛の『耳つき』ちゃん! そろそろ魔法が解ける時間だろ? 
名残惜しいがお別れだ! なあに、寂しがるこたないさ。すぐにまた会える。
俺たちはそういう運命だからなあ!」
 哄笑とともに、Jok3rは車道に飛び出した。あわや衝突と言うところで
急停止を成功させたタクシーの運転手にむかって、彼は陽気に笑いかける。
「Hi!」と指先を翻した狂道化師は、もう一方の手で取り出したナイフの柄で
サイドウィンドウを叩き割った。運転手が顔を庇った隙に窓から滑り込んだ左手が
ドアロックを開け、ひらめいたナイフはタクシードライバーの制服とシートベルトを
同時に切り裂く。絶叫した男を蹴り出すとともに運転席に飛び込んだ彼は、
床に届けとばかりにアクセルを踏み込んだ。エンジン音の後に残されたのは、
哀れなドライバーと響き渡る高笑いだけだ。蛇行するタクシーの後を追おうと
反射的に駆け出した5atmanは、背後から響いた爆発音によって方向転換を
余儀なくされた。
「――くそ、用意のいい!」
 歯噛みした5atmanは煙の位置を見定める。闇の中そこだけ鮮やかに輝く窓は
アパートメントの四階右から二つ目の部屋、橙色の炎が見る間にカーテンを
喰らい尽くしてゆく。周囲の窓に電灯が点きはじめる。エントランスに
飛び込みかけて、彼は放り出されたタクシードライバーが車道から動けずにいる
ことに気付いた。
 駆け戻った騎士は彼を歩道に引きずり上げ傷口をあらためる。幸いにも、
彼は死神の寵愛を免れたようだった。かすり傷とは呼べないが、致命傷には
至らない。動脈も無事だ。クラウンメイクのカージャッカーに出会い頭に
切りつけられたのでは、精神的なショックは大きかろうが、ここは救急車に
任せても大丈夫だろう。身を翻した5atmanは、アパートメントへ飛び込んだ。

 逃げ出す住民でごった返すエントランスで、二度目の爆弾が爆発したのは、
まさにその瞬間だった。

 ※※※

 おかしい。
 Jok3rはいらいらと新聞をはじく。三面の見出しに曰く、“消えたバットマン――
これは治安の回復か、それとも悪化なのか?”。ここ数ヶ月、紙面を飾るのは
ちんけな犯罪か愚にもつかないゴシップばかりだ。多少笑えそうなニュース
といえば、地元財閥の坊ちゃんの訃報くらいのものだった。プレイボーイだった
坊ちゃんの莫大過ぎる遺産の行方を巡って、財政難を改善したい市とお家を
守りたい執事と坊ちゃんのおこぼれにあずかりたい元彼女たちが三つ巴の争いを
繰り広げているという。まったく、悪いジョークだ。そうだろう?
 『ちんけな犯罪か愚にもつかないゴシップばかり』。いつものことといえば
いつものことではあった。慢性的な不況に苦しむこのゴッサムシティでは、毎年
犯罪発生率が発表されるたびにその上昇を嘆く声が市に満ちる。だが、最近の
ゴッサムに響く声には、一つ、“ある声”が欠けていた。その声が囁くのは
一人の男の噂――夜の番人であり、怪しい自警市民であり、彼のお気に入りの
ヒーローでもある男、5atmanの暗躍を報ずる声である。

 おかしい。Jok3rは爪を噛んだ。5atmanが突然消えるなどありえない。あの男は
気まぐれや臆病風でヒーローごっこをやめるような『善良な市民』ではない。
ではどうして? あのときのアパートメントから逃げ遅れた? ナンセンス。
Jok3rが5atmanの行動を読み誤るなどありえない。あの後奴が取るであろう行動は
明白だった。マトンチョップが死んでいるのと同じくらい確実だ。ひとりぼっちの
ヒーロー様は四階の住人を救うべく、雄牛のように階段に突っ込んだだろう。
二度目の爆発のタイミングは、奴がちょうど二階を通り過ぎるころに合わせて
あった。少しぐらい退路を絶たれたからといって、地上300メートルからビルの
壁面を滑り降りたこともある男が、たかだか五階建てのアパートメントから
脱出できないわけがあろうか。それに、奴は多少の怪我を理由にして素直に
引退するタマでもない。少なくとも、Jok3rはそう確信している。彼にはわかる。
奴は彼と同じクレイジー、自分の中の強迫観念に取り憑かれ、自分の心に平安を
もたらすためだけに、周囲からはけして受け入れられない奇行を繰り返さずには
いられない輩だ。そんな男が活動をとりやめた。なぜ? Jok3rは舌打ちをした。
小さく舌を鳴らしながら、彼は目を細める。
 可能性その一、急に盲腸を患って入院している。
 裂けた口角を吊り上げて、彼は息だけで笑った。――ナンセンス!

 ※※※

 ジェームズ・Gord0nが帰途に就いたのは、日付が変わって二時間後のことだった。
一時期と比べれば、だいぶ早く帰れるようになった。バーバラには寝ていて
いいと言ってはあったが、今日は彼女をあまり寝不足に追いやらずに済みそうだ。
彼女には心労をかけっぱなしだ。そのうちねぎらってやらねばなるまい。彼は
今年に入って何度目かの誓いを新たにする。――そんな暇ができるのは、はたして
いつになるやらわからないが。
 闇の中、深夜と早朝の狭間でも、宵っ張りの街ゴッサムでは、さまざまな
人種が蠢く気配が止むことはない。消えた街灯を避けながら、彼はゴッサムの
入り組んだ路地を辿った。自宅まであと三ブロック。彼はふと右手に目をやって
――右目の端に何かがひらめいた。
 反射的に銃に手をやるが、振り返る途中でそれが腕だと気付いたときにはすでに
それらは彼の身に巻きついており銃に向かっていた手が捻り上げられ首筋には
鋭い感覚が――
 ――彼の首と背に、鈍い衝撃が走った。
「いよう、本部長殿。それともまたいくつか昇進して、もう本部長殿じゃないのかね?」
「Jo――!!」
 叫びかけた口にナイフが滑り込み、Gord0nは身を強張らせた。壁を背にした彼の
目の前で、ゴッサムの闇を体現する男はからかうように舌を鳴らしてみせた。
「おっと。“いい警官”はこんな夜中に市民の安眠を妨害するもんじゃないぜ。
俺は別に本部長殿を嬲り殺そうってわけじゃない――あんたの友人について
二、三聞ければ、すぐに解放してやるよ。知ってるだろう? あんたの
『夜の好きなお友達』、本部長殿の相棒をつとめる“悪い警官”の職場放棄に
ついてだ。奴はどこだ? いったい何を企んでる?」

 尋ねた彼は、こちらを睨みつける顔に激しい悲痛が走るのを見て取った。訝った
彼が問いただすより一瞬早く、Gord0nは口を開いた。
「彼は――“いない”」
「あン?」
 片眉を上げたJok3rのナイフが頬の内側を削る。口内を切らぬよう、Gord0nは
慎重に告げた。
「彼はもういない。比喩や言い逃れじゃない。文字通り、彼は死んだんだ」
 犯罪界の道化王子は笑い飛ばそうとして失敗し、眉間に皺を寄せ、Gord0nの顔を
もう一度疑わしげに覗き込み、見返す彼と正面から目を合わせ、――爆笑した。
「ハ! ハハ、ハ、ハ、ハヒハハハハハ!! こいつは、こいつは傑作だ! 
すばらしい! 本部長殿、あんたはひょっとしたら俺よりジョークの才能があるな! 
よりにもよってあのバケモノ(Freak)が! 『死んだ』!! ――なあ兄弟、
冗談はここまでにしようぜ」
 唐突に笑顔が消し飛んだ。視界が揺れるほどの勢いで顎を掴みあげられ、
口中のナイフが刺さりはしまいかとGord0nは肝を冷やす。低く囁いたJok3rは、
Gord0nの眼球を覗き込んで、ゆっくりと目を細めた。
「俺はあいつをようく知ってる。奴が自分について知ってるよりずっとよく、だ。
『死んだ』? あいつが? ――ありえないね、奴が俺の知らないところで野垂れ
死ぬなんてあるはずがない」
 諭すような、道を説くような、不穏なまでに穏やかなその声は、水銀のように
夜の底へと沈殿してゆく。黒く隈取られた目を細め、赤く塗りたくられた頬と唇を
歪めたその顔――笑顔にきわめて似たその表情は、どこまでも声にそぐわない。

「……そんな、ことが」
「言い切れるさ。想像してみろよ、本部長殿。俺があいつの知らないところで
ひっそり行き倒れるなんてこと、あるはずがないだろ? たとえ無人島の真ん中で
飢えたハゲタカといっしょの檻に閉じ込められていたとしても、俺はなんとかして
生き延びて、あいつをいびりにゴッサムに戻ってくる。そうじゃなかったら
あいつが直々に、俺が死ぬ前に俺を一発殴りに飛んでくるさ。それと同じだよ。
まったく同じ、おんなじだ。俺があいつの獲物であるように、あいつは俺の玩具なんだ。
“俺を痛めつけていいのはあいつだけ”、“あいつで遊んでいいのも俺だけ”だ。
そうだろ? わかるか? わかるよな?」
 言葉もないGord0nを眺めながら、Jok3rは笑い声に似た息を吐いた。ゆっくりと
ひとつ瞬いた彼は、ふたつめの瞬きでいきなり目を輝かせ、きわめて快活に、
冗談めいた口調で、言った。
「ところで、ハゲタカに食われるってのは口を裂かれるより痛いのかね?」
 殺される。
 予感や確信などといった生易しいものではない。そのとき彼が感じたのは、
審判の喇叭を直接耳にした瞬間の無念にほかならなかった。妻のこと、息子のこと、
娘のこと、ようやく良くなりかけていたこの街の行方――肉体と一緒に置いてゆくには
あまりに大きな心残りと絶望の中、彼は口角から耳へと抜けるであろう衝撃を
待ち受けた。
 痛みが襲ったのは口角ではなく、左の耳殻の縁だった。
「――!?」

 口から引き抜かれたナイフの先が、耳の縁を啄んで食いちぎったのだ。痛みよりも
混乱で声を失った彼の目の前で、狂人はにやにやと笑う。
「痛かったか? まあ今回は予行演習だ。次は本物のハゲタカを連れてきてやるよ。
その時はお前も本物を連れてきておくんだな」
 Gord0nは、きれぎれに声を絞り出した。
「お、……お前、」
「『どうして自分を殺さない』、か? おいおい、馬鹿を言うなよ! 最初に
ちゃんと言っただろ。俺は別にお前を嬲り殺しに来たわけじゃない、あんたの
友人について二、三聞ければ、すぐに解放してやる、ってな。『奴はどこだ?』
『何を企んでる?』『ハゲタカに食われるってのは口を裂かれるより
痛いのかね?』――どうだ、ちゃんと“二、三の質問”も終わってる。残念な
ことにお前は答えを知らないらしいが、俺は約束は守るたちなんだ。そこらの
悪徳警官と違ってね」
 露骨な当てこすりに、Gord0nの顔が引きつる。口と手が出なかったのは、
翻ったナイフが顎下に押しつけられていたからだ。奥歯を噛み締めた彼の目の前で、
Jok3rは満足げに笑んだ。
「時間を取らせたな、本部長殿。コウモリ男が留守中だっていうなら、俺を追おう
なんて思うなよ。家族の命は惜しいだろ? 俺はこれにてドロン(burned off)、だ」
 顎下のナイフはそのままに、目の前の男はゆっくりと一歩下がった。
 同時に、路上で車が火を噴いた。

 自宅まであと三ブロック――Gord0nの視線はとっさに男を離れ、爆発音の元へと急いだ。
悪い予感は半分的中した。燃えた車は、彼の自宅のあるブロックに停められていた。
ただし、彼の住んでいるアパートメントとは道路を挟んで反対側――向かいの家の
門ぎりぎりまで路肩に乗り上げ、今にも庭柵に炎が燃え移りそうな状態で。
 視線を戻したときにはすでにクラウンメイクの犯罪者は影も形もない。彼は即座に
携帯電話を取り出して911をプッシュした。消火の要請を先に告げるべきかそれとも
Jok3r出没について告げるべきか、彼は短いコール音の間に一瞬迷って、――恐ろしい
ことに気付き、息を詰めたGord0nは愕然と立ち尽くした。
 爆発が起きたのが自宅の前ではないと気付いた瞬間、彼はたしかに安堵した。
 直接不幸が降りかかったのが自分ではなく、別の人間だったと知って、安堵したのだ。

“Jok3r、お前はいったい何を証明しようとしてる? 皆心の底ではお前と同じくらい醜いと?”

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

本部長殿を傷物にして申し訳ない。


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