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喪心の赤

なまもの。完全捏造です。ダメな方はスルーしてください。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

建物の玄関で鉢合った彼に、なにも食べてないならこれから一緒に食事に行こう、と誘われて、断る理由が思いつかなかった。
今にも自分の手を取り引っ張って行きそうな勢いだったので、おとなしく付き合うことにしたのだ。
空腹時に正しい判断を下すことはとても難しい。

彼と食事にくるのは特に珍しいことではないが、日常的なことでもない。
何度か来ている全席個室の居酒屋も、彼と二人でくるのはきっと、初めてだった。
隅の席に案内され、彼がメニューを開く前に店員にいくつか注文をする。
特別、嫌いな食べ物はなかったはずだし、一秒でも早く、なんでも良いから口にしたいのは同じだろう。

「よく来てんの?」

店員が持ってきた烏龍茶を一気に飲み干して、氷をくるくる回しながら、正面に座った彼が訊く。
首の動きだけで肯定すると、ふうん、と気のない答えが返ってきた。
興味がないなら訊かないでよ。文句の一つ二つでも言ってやろうと思ったが、
すでに彼の関心は他に移り、鼻唄まじりにメニューを広げていたので機会を失った。
今日はとても機嫌がいいらしい。

頼んだ料理が次々と並べば、あとは出された順に皿をきれいにしていくだけでいい。流れ作業のような行為。
これも仕事のひとつだと言う先輩たちがどうにも理解できなかったのは初めの数ヶ月だけだった。
車にガソリンを入れないと動かない、自分たちもそれと同じだ。
こういうものは頭で理解するのではなく、体感することがいちばんなのだと知った。

「いつから行くんだっけ」

ちょっと駅まで買い物に行く、くらいの軽い口調で、彼が話を切り替える。
気楽なものだと思う。こっちは相当の覚悟と決意が必要なのだというのに。

「来週から」
「いつまで」
「十一月のはじめまで」
「ふうん」
「おまえ自分から聞いておいてそれ? 興味あるの?」

ほんとうに、調子のいい男だ。絶対に顔で得をしている。
真面目なやつだと思っていたけれど、真面目に付き合っていたらこちらが持たなくなる。

「あっちで切れないから、髪、切ってから行った方がいいって、言ってたよ」

帰ってきて真っ先に切ったって、と、同期の名前を出して、こちらに左腕を伸ばしてくる。
前髪から即頭部へと移り、無造作に無遠慮に、指先が髪を絡め取っては離してゆく。
右手は箸を離さずにいるから、おそらく意識をしているわけではないし、
特別な意味があるわけでもないのだろう、分かっている。
彼とはそれなりの付き合いをしてきているのだから、知っている。
時と場合を考えず、平気で人に触れてくる、その面倒な癖を、なんとか早く自覚して矯正してほしい。

「伸びた?」
「…おまえに比べたら、そりゃあ、長いんじゃないの」

箸を置いて、意志を持った右手で彼の左の手首を掴んで遠ざける。
触れた彼の体温がやけに高く感じたのは、効きすぎた冷房のせいだろうか。

たいして気にした素振りも見せずあっさりと引き下がった彼は、新しい皿に箸を伸ばしていた。

「あいつフォローしてから行ってよ、へこんでたから」
「…なに」
「調子落とされるとおれもみんなも困るんだよね」

一息入れる間もなく話が切り替わり、他人事みたいに軽い調子で告げられたものだから、
聞き逃してしまいそうになった聞き逃してはいけない言葉。

「なんで、」
「盛大に誕生日祝ってくれるんじゃなかったんですか!」

声真似をしているつもりなのか、普段の声から若干トーンをあげて、彼が口をとがらせてみせる。
正直、あまり似ていないから反応に困るのだが、そんな自分を見て、またすこし、笑った。

「だって、自分で決めたんじゃないし」

まだ終わっていないのに、自分だけ持ち場を離れるようなものだと思う。
向こうで次にむけて頑張ってこよう、という思いも、もちろんしっかりとあるけれど、
思い描いた成績が残せなくて、あのひとや首脳陣を失望させたまま、
今年はもう取り返すチャンスは廻ってこないし、今後、与えられるかもわからない。
一日一日が勝負で、結果は数字にしっかりと表れてしまう、それがやりがいにもなれば重圧にもなる。

行きたくない、そういった思いも奥底にないわけではない。
まだ終わっていないのに、自分はもういらないのだと、そう宣言された気持ちにならないわけがない。
無念とか悔しさとか、言葉にできないもやもやした思いは、告げられたあの日からずっと胸に残っているが、
彼にも誰にも、絶対に、相談なんてできなかった。

だって、おまえや、あいつは、最後までずっとここにいるんだろう。

「どうにもできないんだけど」
「だから、おれに文句言ったんじゃないの」
「…そうだね」

彼へ愚痴っているくらいなら可愛いもので、むしろ、これくらいが年相応の反応なのかもしれない。
普段の付き合いで、年齢を意識することはないので忘れがちだったが、
オンとオフの切り替えが驚くほど上手いくせに、気を張っていない時間はほとんどないのではないだろうか。
どこかでうまく他人との距離を測っていて、こちらが困惑するようなわがままは、なにも言わない。
そういうところは、もっと、彼を見習ってもいいのに。

「おまえには、なんか言ってなかったの?」
「……、おみやげは、食べられる物の方がいいです」

しばらく考えても特になにも出てこなかったので、正直に答えると、けらけらと正面の彼が笑いだした。
なにが面白いんだか理解できずに不愉快で、机の下で脛を蹴ってやったら更に笑った。

ああ、やっぱりこいつはマゾヒストだったのだ。そうでなければただの馬鹿だ。
相方が馬鹿だなんて致命的にもほどがあるのだが、自分の命運の半分はこの男が握っている。

ひとしきり笑ったあと、時計をみた彼が会計用の卓番札を手に取った。
そろそろ帰ろうか。聞いてきた彼より先に立ち上がる。
居酒屋で一口もアルコールを口にせず、12時前に店を出るのはすこし悔しいが、自分にも彼にも、明日がある。

「かえる。つかれた」
「なんで」

心の底から不思議だという表情をした彼に、自分の考えていることを理解してもらうのには、あと何年必要なんだろう。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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