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P4 足立→堂島

P4の足立→堂島です。ネタバレありなので一応三行ほど下げます。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 最愛の娘の菜々子ちゃんがワルい奴に誘拐されて以来、堂島さんは目に見えて衰弱していった。
 犯人を追いかける際に負った怪我のせいもいくらかはあるだろうけれど、そんなものは微々たるもの。思うように体を動かせないことよりも、菜々子ちゃんが依然行方不明なことに心を痛めているようだった。
 自らの傷の痛みを嘆く言葉なんてまったく言わないのに、ことあるごとに堂島さんは菜々子菜々子とつぶやいていた。

「菜々子」
 あ、また言った。学生時代に教師の口癖を数えていたことを思い出し、僕は思わず苦笑してしまう。
 そのせいで手元が滑りそうになったが、慌てて持ち直し、ほっと息を吐くと僕は剥き終えた林檎を皿にのせた。そして堂島さんの様子をちらちら窺いながら、何気ない調子を装い口を開いた。

「堂島さん、あの花どうですか?僕が買ってきたんですけど」
「花?……ああ、本当だ」
「綺麗でしょう?」
「そうか。気付かなかった」
「花があると元気が出ますよね」
 微妙に噛み合わない会話も慣れてくるとそう悪くない。まるで堂島さんじゃなく別の誰かと喋っているようで時々不安になるけれど、目をやるとやっぱりベッドに横たわるのは堂島さんで。その虚ろな瞳は病院の白く陰気な壁とよく合っていた。

「よーしうまく切れたぞ~」
 置物のように動かない堂島さんには構わず、僕は切り分けたお見舞い品の林檎につまようじを差す。
 堂島さんが食べられそうになかったら足立さんが食べて、と署の女性達から果物やゼリーをもらったおかけでここのところ僕の胃袋は大変喜んでいる。
 幸せのお裾分けとばかりに小さく切った林檎を鼻先に持っていくと、堂島さんはわずかに眉をひそめて睨むような視線を寄越す。

「……何だ?」
「林檎ですよー?そんなことも忘れちゃいました?」
「……」
「堂島さん?」
 堂島さんは何も言わなかった。おどける僕を感情のない瞳でしばらく見た後、ふっと顔を逸らしただけだった。
 普段なら僕の冗談や調子に乗った発言には容赦なく怒声を浴びせてくるのに、今の堂島さんときたらからかい甲斐がない。
 まさに今生死の狭間をさまよっているのは一体誰なのか、わからなくなってしまいそうなくらいだ。

「……そうだ!気分転換に庭に散歩にでも行きます?僕がダッシュで車椅子押してあげますから。
いつもと違う速度で見る景色は新鮮でいいと思いますよ」
 うん!そうと決まれば用意用意、と早速林檎を片付けて立ち上がるも、堂島さんは動かない。

「堂島さん、行きますよ」
「……」
「もう、あんまり手間かけさせないでください。ほらほら!」
「足立」
「っ、はっはい!」
 久し振りに名前を呼ばれ、驚きのあまり体は勝手に直立不動の姿勢をとってしまった。
 けれどすぐさま別の意味で僕の体は固まった。堂島さんの目が、見たことのない不安げな色を宿していたのだ。初めて聞く心底苦しげに絞り出された声に、僕は聞き入った。

「菜々子がこのまま帰ってこなかったら、俺はどうすればいいんだ……」
「……堂島さん?」
 そろそろと頼りない仕草で手が伸びてきたかと思うと、それは僕の腕目掛けて不器用にすがりついてくる。そしてそのまま、弱々しく絡まった。
 予期せぬ事態の発生に、堂島さんのつむじを見下ろしたまま、僕は言葉を失ってしまった。ふれた場所から伝わる震えがますます僕の動揺を煽る。

「あ……あの?」
「なあ足立、教えてくれ……」
「え、そんな」
「足立」

 懇願するような声で呼ばれ、胸が高鳴った。
 この人が最愛の娘の名前を呼ぶ時、そこには疑いようのない愛情があった。そのことに少なからず僕は嫉妬を覚えたものだ。
 だけどどうしたことだろう。今堂島さんが口にした僕の名前にも、愛情によく似た熱っぽい響きが確かに感じられたのだ。

「ら、らしくないですよ堂島さん?」
「そうか?俺なんてこんなもんだ。一人じゃ何も出来やしない……だから……」
 悲しみに暮れた表情で零す堂島さんに、僕は腕だけではなく全身を締め付けられた気がした。
 自分が今何を言っているのか、この人は理解しているのだろうか。正常な心理状態では決して言わない、とてつもなく馬鹿げたことを口走っている自覚はあるのだろうか。
 それでもなお、この人が僕を求めるなんてこと、有り得るのだろうか。

「だから……何ですか?」
「……」
「……堂島さん、その」
「すまん足立……今のは、忘れてくれ」
 それは消え入るような声だったけれど、僕を現実に引き戻すには十分だった。
 伸ばしかけた腕からすんでのところで逃れていった堂島さんは、相変わらずの生気の抜けた顔つきではあるが何とか笑顔を作ろうとしていた。
 作り慣れたはずの笑顔をぎこちなく浮かべると、僕もそっと腕を引っ込めた。

「……駄目だな俺は。お前ほどうまく冗談を言えない」
「ほんと、そうですよ。あんなの全然笑えない」

 笑えない冗談でひとしきり笑い合った後、僕はさり気なく病室を後にした。
 堂島さんは相当弱っている。そうだ、明日二つ目の花瓶を買おう。そしてついでに、嫌でも目に付くような派手な花を飾ってやろう。そうしたら、よりにもよって僕にあんな眼差しを向けてくるなんて馬鹿なことしないはずだ。

 これで良いんだ。
 あの人が望む善良な人間に、今更僕がなれるはずなどない。それにあの人をあそこまで追い詰めたのは他ならぬ僕だ。忘れていいことでは決してない。だから、これで良いはずなのに。
 どれだけ言い聞かせても、心のどこかで許されたいとも願ってしまう僕は、本当にどうしようもない。
 こんなことをしたかったわけじゃないのだと、あの人に信じてもらいたかった。僕は本当はこんな醜い人間ではないのだと、すがりつきたかった。

 病院から逃げるように飛び出した途端、泣きたいような笑いたいようなぐちゃぐちゃした感情に襲われた。相変わらずの諦めの悪さを自嘲しながら、僕はのろのろと歩き出した。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

この二人には鬱々とした関係も似合うと思います。


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