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夏の風景

高校生の頃を思い出しつつ、オリジナル片思いもの

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 部活帰りの夏の空は、とうに日も落ちて夜の色だ。
 人通りの少ない裏道を自転車のライトで照らしながら、矢島は時折ペダルを
逆回転させつつ、よろよろと進む。隣を歩く加藤に合わせて、のんびり帰る。
 公園の角までの短い距離を、加藤の荷物をカゴに積んで、加藤の笑顔を見ながら。
 どうして、加藤の家は学校に近いのかな、と矢島は思う。
「サンキュ、また明日な」
「おう」
 加藤の手が伸びて、自転車のカゴからスポーツバッグを持ち上げた。
 ああ、もう終わりか。矢島は軽くため息をついて走り出そうとしたが、ふと聞こえた
友人の小さな声にブレーキを掴む。
「ってー」
「……どうした?」
 振り向くと、加藤がしかめ面で指の付け根をさすっている。
「手?」
「うん。なんか、潰れたっぽい」
「見せてみな」
 素直に差し出された右手は、薄暗いのでよく見えない。無意識にその手を掴んで
目を寄せると、なるほど、確かにマメが潰れて血が滲んでいた。

「絆創膏あるけど、貼るか?」
「あー、いいや。すぐ家だし」
「お前の手、がっさがさだな。後で何か塗っとけよ」
「んな、面倒臭い。そのうち、慣れて固くなるだろ」
「どうかな。お前、しょっちゅう練習さぼるからな」
「うるせーよ。ほら、離せって」
 掴んでいた手を引き抜かれて、矢島は我に返る。手のひらに残った感触は、
もうそこに無いにもかかわらず、急に現実味を増した。
「んじゃ、気を付けてな。コケるなよ」
「……ああ」
 またな、と口の中で応えて、矢島はぞんざいに手を振ると、思いきりペダルを
踏み締めた。いつもなら少し空しさを覚える軽い前カゴも、加速する鼓動で気にならない。
生ぬるい風が水の気配を運んでくる。鈍色の雲を仰ぐ顔が、やけに熱い。
 手を、握ってしまった。
 しばらく走ってから、矢島は口元がにやついている自分に気付く。なんだかな。
なんだか幸せだぞ。俺はこんなにお手軽な男だったのか。ああ、でも。
 手のひらの感触は、家に着く頃には消えてしまった。
 クーラーの冷たい風に身を竦ませて、矢島はぼんやりと思う。
 どうして、俺の家は学校から遠いんだろう、と。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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