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すばらしきこのせかい アナザー ハネメグ

すばせか、アナザーデイより区長とカフェ店主。
本編、アナザー、シークレットレポート全域のネタバレ含みます。
1.ゲームをプレイ予定、もしくはプレイ中
2.元ジャンルで接点の無いキャラのカプが嫌い
3.エロがなければ801とは認めない
以上に該当する方は閲覧注意です。

>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

清々しい陽光の差し込む、早朝のカフェ。
店内に、客の姿はない。
ただ奥から、勢いの良い水音だけが響く。

店主・羽狛早苗は、厨房で食器を洗っていた。
傍らには、小さな防水ラジオ。
だが、水音にかき消されそうな音量で鳴るニュースは
ここではなく、もっと高い次元から放送されるものだ。
同じ波長を持つ者にしか、その内容は聞き取れない。
たとえ今、近くに居合わせた者がこの放送を耳にしても、
単なる雑音にしか聞こえないだろう。

“緊急ニュースです。今日未明、第……並行世界にて
 堕天使が発生したとの通告がありました”
――やれやれ、またか。
内心で呟きながら、羽狛は食器を洗い続ける。
あらゆる世界、あらゆる組織にはルールが存在する。
そのルールを破る者も、あらゆるところに存在する。
高次元から世界を見守る存在も、例外ではない。
今さらその報が増えたところで、目新しさは感じなかった。

ラジオからの速報は続く。
“罪状は、下位次元の存在に対する機密の漏洩。
 上層部は全ての並行世界において犯人を指名手配し、
 引き続き行方を捜索中です。犯人の氏名は――”
直後に放送された名前に、羽狛の手が大きく滑った。
プラスチックの食器は割れることこそなかったが、
固い床に落ちたそれは、派手な音を立てて跳ねる。

羽狛は何度も耳を疑い、聞き違いだと思おうとした。
だが、アナウンスはご丁寧に同じ内容を繰り返し、
彼の聴力と解釈の正しさを証明してくれた。
“発見したら、直ちに通報されたし。協力に期待します”
濡れた手でラジオのスイッチを切り、羽狛は嘆息する。
――マジかよ。
指名手配を受けているのは、別の世界の自分だった。

高次元から降り立ち、世界を見守る存在。
羽狛も、その一人だ。
彼らは自らの持つエネルギーを調整することで、
全ての世界において同時に存在することができる。
同じ姿、同じアイデンティティを基礎に持つ者が、
無数の次元、そして並行世界と同じ数だけ存在するのだ。

だが、同じ存在であっても、経験によって意識は変わる。
姿形は共通でも、思考は必ずしもそうではないし
次元や世界の壁を越えて、それを知ることもできない。
ゆえに、一つの世界にいる者が罪に問われたとしても
上層部による捜査や処罰を故意に妨害しない限りは、
別の世界にいる同一の存在にまで、それが及ぶことはない。
だからこそ、この世界に存在する羽狛早苗は
何ら慌てることなく、水仕事に精を出していられる。

しかし、法的な問題と個人的な心情のそれは別だ。
全く与り知らぬこととはいえ、名前も姿形も同じ存在が
罪を犯したというのは、お世辞にもいいニュースではない。
まして、全ての並行世界で指名手配を受けるほどの罪だ。
もう一人の自分は誰に、どんな機密を伝えたのだろう。
次元を行き交う者の犯す罪は、影響も甚大だ。
ある世界で犯された小さな罪が、他の次元においては
世界そのものの存続に関わることも決して少なくない。
もう一人の自分も、それを知らぬわけではないだろうに。
――どっちにしろ、面倒なこった。
羽狛は、自らの存在するこの世界を愛していた。
別の並行世界の都合で、崩壊でもさせられては堪らない。

憂いを振り払うように、厨房を出た。
休日の朝。
多くの飲食店は朝食目当ての客で賑わう時間だが、
センター街からも離れたこの店は静かなものだ。
当然のようにカウンター席に座っている、ひとりの客を除いて。

「遅かったな。休業かと思ったが」
深みのある、しかしよく通る声。
視線を完全に遮るサングラスと、暗色のスーツは
朝方のカフェよりも、深夜のバーに似合うだろう。
だがこの客は飽きもせず、決まった日にここを訪れる。
羽狛も、それを承知の上で店を開けている。
「お前が来なけりゃ、二度寝が楽しめたんだがな」
「それは失礼した、私に構わずぜひ休んでくれ」
「おい、何も頼まずに帰る気かよ」

半ば約束めいた、軽口の応酬。
だが、羽狛は知っている。
一見無意味なそれは、ある事実の象徴だ。
他の世界では永遠に失われた、かけがえのない幸福。
ここには、その幸福が失われることなく存在している。

コーヒーと軽食を出すと、男は黙って口をつけた。
カウンターに肘をつき、羽狛はその様子を見守る。
二人だけで過ごす、どこまでも静かな朝。
寂れたカフェの、惨めな光景と思う者もあるだろう。
羽狛だけが、その本当の価値を知っている。

とはいえ、この今を楽しんでいるという点に関しては
開店を待ち受けるように来ていた、男の方も同じだろう。
急ぐことなくカップを傾け、軽食を味わう佇まい。
羽狛と違って、他の並行世界を知るはずのない彼も
この一時に、彼なりの価値を見出しているようだった。

「いいのか?大事な一戦に遅れちまうぞ」
飲み下されたコーヒーが、返事を一瞬遅らせる。
「構わんよ。まだ、時間は十分ある」
答えの合間に、もう一口。
「他の参加者も、肩慣らしをしている頃だろう」
この世界において、全ての価値観を握るゲーム。
彼は、その重要な試合を直前に控えているのだ。
だが、口元に湛えられた微笑は平素と全く変わりなく、
悠然とカップを傾ける姿は、欠片ほどの焦りも感じさせない。

「お前は、いいのか?」
「何がだ?」
「肩慣らしだよ」
羽狛が問うと、男はカップを置いて顔を上げた。
口元の微笑に、何かを待ち望む色が混じっている。
「付き合ってくれるのか?」
「お前、わかってて言ってるだろ」
羽狛は肩を竦め、大仰に溜息をついてみせる。

羽狛自身は、件のゲームをやったことがない。
男が出場するような大会はおろか、個人的な対戦さえもだ。
『その世界の価値観を握る事象に、関わってはならない』
高次元から降りる者に課せられる、ルールの一つだ。
観察することは認められるが、当事者にはなれない。
もちろんそれは、他人に容易く明かせることではない。
だから羽狛は、自分がゲームに参加しない理由を
単に興味がないからだとして、本当の理由を隠している。

男には、それが物足りないらしかった。
「君は、頑なだな」
思案深げに口元に手をやる、彼の視線は理知的だ。
「社会の縮図とも呼べる、この興味深いゲーム。
 街の誰もが熱狂しているというのに、君だけが冷静だ」
分析するような眼差しが、頬を撫でる感覚は心地良い。
「私の啓発が足りないのか?」
「よく言うぜ。来るたびに、同じこと言ってるじゃねえか」
「それだけ、君の腕前に興味があるということだ」
「おだててんのか?その手には乗らねえぞ」
「世辞ではなく、予測だ。……いや」
評価と、いうべきか。
そう言いながら、男は羽狛の片手を取った。

決して、力任せの挙動ではない。
「君となら、きっといい勝負ができる」
まるで貴婦人を導くように指先を捕らえたまま、
そこから掌に至るまでの造作をつぶさに眺める。
「もう一度訊こう」
そして顔を上げ、羽狛の瞳を見据える。
「一戦だけでいい。……どうしても、気が進まんか?」
サングラス越しにでもわかる、強く真摯な眼差し。
思慮深げな言動の裏、垣間見える情熱は美しい。
拒むことが、本当に胸を苦しくさせるほど。

それでも、彼に手を引かれるままではいられない。
共に行けない本当の理由は、苦笑で隠すしかない。
「……そうやって、いっぺんでも誘いに乗ってみろ」
それがルール。
男が立つこの世界を守るため、課せられた掟だ。
「こうして、祈ってやることもできねえだろ」
片手を取っている男の手を、空いた手でさらに包む。
頭を垂れ、額を添わせる。
彼にしてやれる、数少ないことの一つだ。
視線だけを上げると、彼もまた苦く微笑んでいた。
「……実に、残念だ」
その言葉も、おそらくは嘘ではないのだろう。
広い掌は逆らうでもなく、羽狛の両手に委ねられている。

羽狛はふと、男の名を呼びたくなった。
そうすれば、彼の誘いに乗れないことに対して
何がしかの埋め合わせができるように思ったのだ。
だが、口を開き、彼の名を声に乗せようとして、
それすらも叶わないことに気づいてしまう。
この世界の羽狛は、一介のカフェの店主だ。
そして男は、常連ではあっても単なる客にすぎない。
たとえ彼の名が、この街で広く知られたものであっても。
羽狛がそれを呼びかけることは、不自然でしかないのだ。

顔を伏せたまま、自分に言い聞かせる。
それもまた、幸福の象徴なのだ。
喪失を繰り返した、他の並行世界の歴史は語る。
羽狛と男を結ぶ唯一の接点は、この街の危機だ。
この街が、この世界が、崩壊の危機に晒された時。
二人の道は初めて交わり――そして、行き違う。
世界の未来と引き換えに、彼の存在は失われる。
だから、この日常は幸福の象徴なのだ。
誰も失わずに得た、平穏な日々こそがこの世界の誇り。
名で呼ぶほど彼が近しくなる日など、永遠に来なくていい。

感傷を振り払うように、顔を上げた。
男の手の温かさが、今さらのように伝わってくる。
少し、安心した。
そして思う。
もう一人の自分は、何を思って禁を破ったのだろう。
自らの立つ世界から、他の並行世界にまで波紋を広げて。
全ての世界に背き、消えぬ罪を負い、何を得ようとしたのか。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日。
誰も何も失わず、繰り返される穏やかな日々。
その日常ほど尊いものなど、ありはしないのに。

「時間、間に合うか?」
問いかけると、男は初めて気づいたように時計を見た。
「……そろそろ、だな」
言いながら、カウンターに紙幣を置いて立ち上がる。
釣銭を差し出した羽狛の手を、広い掌は軽くかわした。
「しっかりな」
せめてもの餞にかけた言葉にも、返事はなかった。
代わりに、肩越しに返される、力強く不敵な笑み。

カウンターに頬杖をつき、去りゆく背を見送る。
スーツの背中は、もう振り向きはしなかったが
広い掌は名残を惜しむように、最後まで振られていた。

客の姿が見えなくなった後、羽狛もまた立ち上がる。
指名手配者の発生が、この世界に与える影響を探るのだ。
この世界は、奇跡のようなバランスで成立している。
混じりあう雑多な思念の、混沌と秩序。静止と流動。
個人と世界は相互に関わり合い、今も成長を続けている。
全ての要素を失うことなく辿り着いた、理想的な均衡。
他の世界では消滅した存在をも、穏やかに包む幸福。
今さら、それを崩壊させるわけにはいかない。
たとえ、もう一人の自分が相手であろうとも。

誰もがそれぞれの今を全力で生き、楽しむ世界。
全ての者が欠けることなく、笑い合って存在する世界。
この世界の羽狛早苗は、その価値を誰よりもよく知っている。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

あれ、これハネメグというより逆じゃね?と
全部投下してから気がついた。期待してくれた姐さんゴメンorz

読んでくれた方、長文投下に付き合ってくれた方、㌧クス。
お目汚し失礼しましたノシ


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