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RD潜脳調査室 久島×波留 「雨宿り」

R/D潜脳/調査室 久島波留 

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散歩をしていたら、いきなりひどい雨でしょう? 少し軒先をお借りできないかと思って。
女はそう言って艶やかに笑った。
「何もない家ですが、お茶くらいはどうぞ」
波留が出すセイロンを女は礼を言って受け取った。

確かに外はひどい雨だった。南国特有のスコールが、樹木の幅広の葉を突き破るように降り注いでいる。
湿気が圧力を持ったように身体にまとわりついた。空を仰ぐと無数の矢が直線を描いて自分を目掛けて飛んで来るように思える。
鳥の声は止み、雨音がノイズのように聞こえた。それ以外の音が消えてしまい、波留は頭を振ってノイズを追い出そうと試みる。
波留が緩くかぶりを振るのを女はゆったりと眺めていた。
エリカ=パトリシア=タカナミ。人工島という多国籍企業の運営を決定する最高機関である評議会現五代目書記長が、
護衛も付けずに外を出歩くはずがない。ましてや多忙を極めるはずの彼女が理由もなく波留の元を訪れるわけがなかった。
久島に何か関係があるのだろうか。波留は表には出さず考えにふける。女はそんな波留の様子から目を離さない。

「あなたのほかには誰もいないのかしら」
「三人いるのですが、みな忙しいのでしばらくは帰ってきませんね」
「……そう、お一人では退屈なことね」
知っていてやって来たのだろうな。波留は物憂げに思った。彼女にとって己の近況を知るのは造作もないことだろう。
ホロンは先日ある事件で身体を酷使し、臨時でメンテナンスを行っている。
ミナモはまだ学校が終わってないので、来るのは夕方になるだろう。
ソウタは電理研の本業が忙しく、ここしばらくは顔を見せに来ていない。
つまり、タカナミは自分が一人でいることを知っていてやって来たということになる。何が目的なのだろう?
沈黙がしばらく続いた後、タカナミはふっと笑みを見せた。
「そう緊張しないで。たいした目的はないのよ、少し時間が空いたからあなたに会いに来ただけなの」
「僕自身に用ですか?」
タカナミは笑ったまま頷いた。
「私のことは知っているみたいだから自己紹介はいらないようね」
「この人工島であなたを知らない人間がいるとは思えませんよ。タカナミ書記長。それでこの老いぼれに何の用でしょう」
「自分を卑下するのはよくないわね」
タカナミは少し冷めてしまったセイロンを口に運んだ。
「それに、あなたは腕のいいダイバーじゃないの。久島本部長お気に入りのね」
やはり、久島がらみか。

「違うわ、誤解しないで。むしろ本部長には内緒にしてほしいのよ」
「仕事の話ですか」
公にできない事件でも起こったのだろうか。
「それも不正解。本当に、ただあなたに会いに来ただけなの。……会ってみたかったのよ。久島さんの想い人にね」
無言のままの波留に構わず、タカナミは外に目を移した。雨は降り続いている。
「あの人と出会ったのは私が人工島の初代プリンセスに選ばれた記念パーティの席だったわ。
もっともとても忙しい人だから、挨拶もそこそこに帰ってしまった。でも実は私はもっと前にあの人に会っていたの。一方的にだけどね」
妖艶な美しい女が遠い何者かを見るように目を細めた。
「大学の講演会に久島さんが招かれて私も聞いていたのよ。メタリアル理論の概論をかいつまんで話してた。それでも感動したわ。
なんて画期的な技術だろうと思った。私も、人の革新に迫る仕事がしたいと思った。だから人工島にやって来たのよ」
「それは、初耳です」
「誰にも言っていないもの」

波留が紅茶を入れ直すと、タカナミは礼を言って受け取った。
「プリンセスとは言ってもお人形じゃないの。仕事は多岐に及んだし中には人工島の運営に口を出せる機会もあった。
私には野心があった。だから上手いこと評議会の末席に 身を連ねることが出来たときは嬉しかったわ」
波留は話に聞き入っていた。自分が眠りについていた頃の事情である。久島以外から話を聞くことはほとんどなかったので興味深かった。
「評議会で陰険な政治ゲームをしていても、仕事はちゃんとしていたのよ。中には電理研の予算請求の審議なんてものもあった」
タカナミは、そこでまた目を細めた。
「私はそこでね、おかしなことに気づいたの」
「おかしな、こと」
「そう、おかしなこと」
波留はもはや雨のノイズが気にならなくなっている。

「繰り返し、繰り返し、さりげなくメタルでブレインダウンを起こした未帰還者についてのサルベージ技術の更新と、
それに対する安全性のテストを行うための予算請求と承認許可願いが出されていたのよ」
「ブレインダウン……」
「もちろん、メタリアル空間での安全保障は重要な問題よ、いつも問題なく許可は取れた。
でも、その案件の直接の責任者はいつでも久島永一朗本人だった。自ら実験を繰り返していたのね」
「私、調べてみたの。久島永一朗が行う実験の内容をね。被験者はいつも同じだったわ。誰だかもうあなたには分かるわね」
「……俺、が?」
呟く声は嗄れていた。
「久島永一朗はずっと繰り返していたのよ。この五十年ずっと。あなたの、魂のサルベージを」

声は哀調を帯びていた。
「調べたわ、調べずにはいられないでしょう。五十年前の出来事を。片腕を切断しても大事な人は取り返せなかった。
……あなたにとっては友人なのかしら、彼にとっては違っていたのね。確かなのはそれからあの男はあなたを海から取り戻すために
手段を選ばなかったということよ。最初は自分の理想であったメタリアルもきっと、いつの間にかあなたのための手段に成り果てていたのだわ」
波留は俯いていたが、車椅子を握る両の手は血の気を失い白く震えていた。タカナミはその手を凝視しながら口を開いた。
「何十年たったかしら。ずいぶん時が経っていたわ。思い出が風化するには十分な年月よ。でも私の耳に久島永一朗が
全身を義体化したという噂が飛び込んできた。この時代百歳を超えても肉体労働に従事できる。身体の一部を置き換えるならともかく、
全身の義体化は珍しい。何より身体を使いこなすのに時間がかかるわ。人形遣いと呼ばれるにはれっきとした訳があるのよ」
美しい女の顔がそこで歪んだ。年齢相応の老いが始めて仄見えた。
「私は評議会の会合で義体化したあの男と会った。その姿は記録で見た五十年前のままだった。私は悲鳴を上げそうになった。
あの男がもう恐ろしくてたまらなかったのよ! なぜそこまで執着するの、どうして一人の人間をそこまで求め続けなければならないの!」

「久島……」
囁くような声は、空中に溶けるように消えていく。
「皮肉よね、久島本人の才能とカリスマ性とも相まって、歳を取らないその姿は久島永一朗の神格化に一役買ったわ。
今ではこの島の研究者達は久島を神のように、いえ、神以上に崇め敬っている。
でも久島は神じゃない。人間よ、これ以上はないほどの人間だわ。愛に狂った、愚か者」
タカナミは一息つくと立ち上がり、テラスから空を見上げた。
いつの間にか雨は止み、太陽が雲の合間からオレンジ色の光を海に投げかけている。美しい景色だった。
「私の大学にあの男がやって来た時には、もうあなたは眠りについていた。私が感動した久島永一朗はすでに狂っていたのよ。
あなたを失って、片腕を失って」
俯いた波留の膝に、水滴が二つ三つと零れていく。
「ごめんなさい。五十年を失ったあなたにあまりに酷い話だった。でも人生を歪められた人間はあなただけではなかったの。
それでも、きっと誰のせいでもないのよ。誰にもどうにも出来なかったのね」
そのまま、波留の元に座り込み、女は波留の顔を覗き込んだ。

「でもね、久島はまだ迷ってる。もし、もうこのくびきから逃れたいと思うなら、今なら断ち切れるかもしれない。
あなたは最後を静かに過ごせるかもしれない。私はずっと長い間久島を通してあなたも見ていた。
同情なのか憐憫なのか自分でも分からないけどあなたが望むなら、助けてあげたい」
タカナミは本心なのだろう。それは分かっていた。しかし、波留はゆっくり首を振った。
「……そう」
タカナミは静かな笑みを見せた。
「それもまた、ひとつの選択ね」
雨、止んだわね。
呟いて立ち上がった女は、もはや迷いの表情はなかった。
「紅茶、ありがとう。美味しかったわ。ダイブの仕事があったら、私もお願いしていいかしら」
「もちろんです」
「私ね、あの男に憧れていた時期もあったのよ」
礼を言うと女は立ち去っていった。人一人が消えた余韻が空間に漂う。
波留は大きく息を吐いた。
「いつまで立ち聞きしているつもりだ」
柱の影から、スーツを着込んだ男が現れた。無表情に波留を見つめている。
「おまえも飲むか? 義体でも、少しなら大丈夫だろう。久島」
「……いつから気づいていた」
「ほんの少し前だよ。ホロンの他にもこの家にセンサーを付けていたんだな」
言う声に不快感はない。
「……お前が承諾したら、あの女を殺してやろうと思っていた」
「物騒なことを言うな」
「俺が怖いか?」
「まさか」
久島が身体の力を抜いたのが波留にも分かった。ゆっくり近づいてくる。跪いて波留の膝に頭を乗せた。

「……俺はお前がいればそれでいいんだ」
「……遠い昔にも、聞いたな」
年老いた手が、ゆっくりと久島の頭を撫でた。猫のように久島は目を細める。
「俺は五十年眠っていたが、お前は、この五十年、ろくに休めなかったんだな」
その声をじっと久島が聞いていた。
「今度は俺が見ていてやるから、お前は少し眠るといい」
「目が覚めてもお前は傍にいるだろうか」
「いるとも。おやすみ、久島、よい夢を」
久島はゆっくり目を閉じた。
「やっと、取り戻せた」
「そうだな、よく頑張ったな、久島。ありがとう」
「目が覚めたら……、」
そこで声が途切れた。久島は寝ていた。波留に頭を預けたまま無防備に。
波留は笑みをこぼす。
「ああ、乾杯しよう」
久島の頭を優しく撫でた。
「キンキンに冷やしたビールでな」

空には目の覚めるような赤い夕焼けが広がっていた。もうじきあの少女が騒々しく家に飛び込んでくるだろう。
「明日は、思い出話をしようか、久島」

波留は大きく息を吸い込んだ。きっと明日は晴れるだろう。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

まさか自分がじいちゃんに萌える日が来るとは思っていなかったとです。

  • お正月になんとなく気になってたので全話見たら萌えました・・・わたしもまさかじいちゃん萌えするとは思わなかったっす。久島の愛に完敗っす -- 通りすがりの萌人? 2014-01-04 (土) 21:01:52

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