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PSYREN 龍×辰

「さて…何か言いたい事はあるか?」
銀髪の男は足元で咳き込む少年の顎に手をやると、その顔を強制的に上に向けさせた。
幼さを残すその顔に表情は無く蒼白い。
そして少年の口元からゆっくり滴り落ちる白濁の滴は、何が行われていたのかを生々しく物語る。
「…ぁさ……ん…」
唯一血の気の宿る唇が微かに動き、洩れた声が刹那空気を振るわせた。
「…あぁ?聞こえねーよ」
男がサディスティックな笑みを浮かべる。
その切り裂くような視線には、「お前など誰も助けに来ない」と嘲笑うような絶望が含まれていた。
(朝河さんー…)
辰央の光の無い瞳から一筋の涙が不意にこぼれ落ちる。
滅茶苦茶に穢されたまだ未熟な身体には、随所に征服の証が見て取れた。
麻痺した脳が感じる事の無い痛みが、消えそうな心に追い討ちをかける。
(…ごめんなさいー…)
目の前の男とは正反対に、今は思い出の中の飛龍は優しく辰央を愛してくれていた。
遠退く意識の中、辰央はこの世界へ来る前に最後に触れた優しい温もりを、必死に記憶から探っていた。
…ーそう、あれはサイレンに行く前日の事である。

飛龍は薄闇の中眼下に露になった細い肢体にそっと触れた。
鍵をかけた部屋には早くも深い吐息が響いている。
「…辰央」
「…ーはっ、ぁァ…朝、河さ…んぁ…ッぁ…」
感じやすいのか、甘いくぐもった声は辰央の意に反し呼吸に混じり零れ落ちる。
きつく瞳を閉じた紅さす顔は、普段の病魔に耐えるそれとはまた違う。
固くなった胸の突起に舌を絡めると、さらにその身体は小さく弧を描いた。
「…本当に行く気なのか?」
飛龍の問い掛けに薄く眼を開き、
壊れそうな硝子細工に触れるような愛撫に身悶える辰央は小さく頷いた。
「…ーそうか」
急に芽生えた寂しさの理由はわからない。
ただそれは、失う事の哀しみとよく似ていた。
「…俺達が二人で一匹だって事、忘れんなよ」
初めての意見の相違に、かける言葉が見当たらない。
誰よりも強く想っているのに、それを伝える事の出来ないもどかしさ。
飛龍はそれらを行動に託す事にした。

「…!?だ…駄目です、朝河さ…僕…ぼくっ…ぅあ…!」
羞恥心からか、辰央の強く閉じられた瞳には涙が滲んだ。
下着の中のそこに手を添えて、飛龍はゆっくりと撫で回す。
「ひぁ…や、んっ…!く…ぁッ…朝河さ…ん、ぁ…!」
手の動きに合わせて、細い身体が幾度も跳ねた。
普段と違う甘い快感を纏う震えが止まらない。
息が苦しくて、身体中から力が抜けていく。
「…大丈夫か?」
飛龍は手を止めると朱に染まった耳元で囁き訊ねてみた。
返事は無かったが、その変わりに
飛龍の背に弱々しく辰央の両手が回された。
言葉はいらない。
ただそれだけで、辰央の意思は十分飛龍に伝わった。
徐々に濡れ始めた熱い塊を擦る手は、次第に円滑に動かしやすくなっていく。
短い喘ぎさえあげる余裕を失った辰央の深く早い呼吸が、飛龍の頭の中で幾度も反響する。
空いている片手で頬を伝う涙を拭ってやると、辰央は微かに微笑んだ。
「辰央ー…」
どちらからともなく唇を重ね、行き場に戸惑う舌同士が絡み合う。
本当は手離したくなどない。
このままひとつに溶け合い一緒にいたかった。
なのに何故、自分は"行かない"という結論を下してしまったのだろうか。
そして何故それを変えようとしないのか。
いくら悩んでも、飛龍の求める答えは見つからない。
するとその時、辰央の身体ががくりと大きく震え、回された腕にも力が入った。
これまでに無いくらい密着した状態で、辰央は声を絞り出す。
「ぁ…!も…駄、目…ッ…!朝…さ…!!」
辰央が限界を伝えるのとほぼ同時に、飛龍の掌には熱いものが迸る。
そして肩に回された手は糸が切れたようにするりと離れ、辰央はベッドに力無く沈み込んだ。

汗でへばりついた白い前髪をよけると、焦点の合わない細い目は飛龍を見上げていた。
思い起こせば初めて辰央を抱いた時、想像以上に喘ぐ彼を心配した飛龍は一度手を止めた。
病弱な身体に大きな負担がかかる事は避けたかったからである。
ところが辰央は、泣きながら途切れ途切れに"やめないで"と訴えた。
初めてだった事もあり、その場はそのまま飛龍は手を引いたが、未だにその涙の理由だけはわからずにいた。
一方辰央にとって飛龍が自分を心配してくれるのは、嬉しくも哀しくもあった。
本当はもっと飛龍の想いに応えたいのに、自分が病弱なせいで飛龍は遠慮しているのである。
自分ばかり達して果てて、いつも昔から結局は何もかもしてもらってばかり。
それが辰央にとって一番心苦しい事だった。
飛龍が引くと辰央もそれ以上何も言えず、大きな胸に額を預け瞳を閉じる。
そうして辰央は自分が病弱でなければと何度も運命を恨んでいた。
しかしそうでなければ飛龍と結び付かなかったのも恐らく事実である。
いつも目の奥が熱く眠る事ができないが、そんな時は優しい腕の中で声を殺して涙が渇れるまで静かに泣いていた。

今となってはあの苦しみさえ愛しく懐かしい。
貪るような乱暴な口付けも、身体に残る支配の痕も、何もかもが一方的過ぎて現実だとは信じたくはなかった。
動かないとはいえ抵抗どころか声ひとつ出せなかった自分が情けなく恨めしい。
声の出ない辰央の口元は、「朝河さんごめんなさい」と何度も微かに繰り返していた。
すると舌打ちと同時に上向きの体勢を解放されたのも束の間、銀髪の男は辰央の片手を引っ張りあげた。
「…何だ、まだ立てるじゃねえか…怠けやがって…!」
辰央はふらふらで自分を支えるのもやっとだった。
いくら過去を夢見て焦がれようと、「朝河さん」と愛しい名前を叫ぼうと現状は打開されないし、穢された事実が消える訳ではない事はわかっている。
「お前は一生俺に尽してればいいんだよ…このガキが…」
同じ名を繰り返し声にならぬ声で呼んでいるのに気付いたのか、男の声は殺気を帯びていた。
そして手が離されるのと同時に、辰央はその場に崩れ落ちた。
口内で溶けて消える言葉達はそのまま哀しみへと姿を変え、一筋だった涙はいつの間にかとめどなく溢れてくる。
そして視界もぼんやりと暗く滲んでいく。

朝河さん、ごめんなさい。
僕は貴方が世界で一番大好きです。
だからどうか嫌わないでください。
僕が貴方の「頭」でいてもいいのなら、2人で1匹だと今でも僕を迎えてくれるなら、前みたいに僕を抱きしめて、遠慮なんてしないで力一杯痛いくらいに愛して刻み付けてください。
消す事はできなくとも、一時でもこの悪夢を忘れ去れるならば苦痛さえ快楽だから。
穢れた身体で貴方に触れる事が赦されるのなら他に僕は何も望みません―…。

辰央はそう祈り、静かに目を閉じた。
あの眠れずに泣いた夜の翌朝のように、目覚めればそこに笑顔で名を呼ぶ飛龍がいると信じて―…。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

切ないのって難しい…
それでは、ありがとうございました!


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