Top/36-535

still/life(中編)

リライトしてたらどんどん長くなってきたので一旦ここで出します…
エロもラブもないです申し訳ない。
前編>>423-429。

感想くださった方、ありがとうございます!
元ネタご存知の方も、ご存知ではないのに読んでくださった方も、とてもうれしいです。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 その夜、眠りすぎてだるい手足を引きずるようにしながら、Nは再びあのみすぼらしい
街へと舞い戻った。街は、昼の居た堪れなさなどなかったようなふりでそこにある。
 そこかしこのけばけばしい電飾、アルコールか何かの化学反応を借りたヒステリックな
笑い声。夜の中で、ようやく息が出来る類の人々。
 まるででかい水槽に潜るような、地下に向かう薄汚れた階段も変わらなかった。煙草で
濁った安くさい酒の匂いも一緒だった。
 とてもよく知った店だった。そうして、果たしてあの悪友はそこにいた。

「F」

 後ろから呼びかけると、Fがほんの少し身じろいで一瞥をくれた。ほんとうに、真っ直
ぐ人の顔を見ないやつだ。それもずっと変わらなかった。Nは僅かに苦笑した。
 三ヶ月やそこらじゃあ、本当に、何も変わりやしない。
 ただDだけがここにいないのだった。

 その日は久しぶりに二人で並んで酒を飲んだ。一日遅れの月命日の弔いのつもりか、そ
うではないのか、お互いに何も口にしなかった。Nは常にないハイペースで強い酒を呷り、
Fが嫌そうに口の端をゆがめた。
「…おい、飲めねえような酒飲むなよ」
「うるせぇよ。こんくらいいける、っつうの。お前こそもっと飲めんじゃネーノ」
「弱ぇやつの飲み方なんだよ、そういうの」
「は。ほっとけ」
 ただぽつぽつと、当たり障りない軽口ばかりが沈黙を埋めた。アルコールはNの中をぐ
るぐると駆け巡って、指先や耳が熱っぽく潤む。それでも芯は奇妙に覚めていた。腹の中
のあの渦の冷たさがいつも意識をひきとめて、そういう自分にNは辟易する。誤魔化すよう
に、卓の上に上半身を預けて目を閉じた。

 あの冬の日以来、Nは、誰に何を聞かれてもDについて話さなかった。
 牧師にも警察にも世話になったばあさんにも、Fにであってもだ。
 いつもは回りすぎるくらい回る口が、その一点に関しては貝になった。

 さまざまな聞き方で、さまざまなことを聞かれた。
 Dがどんな様子だったのか、何を言っていたか、どう思ったかどう思っているか。
 「何意地になってんだ」
 そう忌々しげに吐き捨てたのはFだったろうか。それでもNは黙った。

 沈黙を守らせたのは、この上なく単純な理由だ。
 だって言葉を知らなかった。

 怖い、悲しい、悔しい。
 一体全体、どの言葉をつかえば伝えることが出来るのか、Nには見当も付かないのだ。
 指先から冷えてゆくようなあの喪失を、ぐるぐると今も腹で巻くつめたい渦を、世界にぽっかりと開いた穴を。
 さみしい、つらい、恋しい。 
 手持ちの言葉は、どれひとつとして事態に追いついてこなかった。
 だから黙った。それだけだ。
 Dの死はかたちにならないまま、渦となって繰り返し繰り返しNの中で反響していた。

「匂いをさ、」
 ポツリ、と呟いた言葉は、うまくFに届かなかったようだ。何だって、とうるさそうにF
がこちらを見る。頬をべたつく卓に押し付けて、NもFを見上げる。
「匂いを思い出せネーノ、あのときの」
 あのときの。Fが眉をしかめるのが見えた。それでも聞こえない振りを決め込むつもり
なのか、グラスを傾けて黙ったままだ。
 もとから言葉の少ない奴だ。けれど、今は前よりもずっと、何を考えているのかがわか
らなかった。この渦が、こいつにもあるのだろうか。抱えてこうして涼しい顔でいるのだ
ろうか。
「あいつさあ、俺の目の前でナイフぶっ刺しやがったんだぜ、絶対、あったはずなのに」
「やめろ」
「何で。お前教えろって言ってたじゃN、あの時あいつが何を」
「もういいっつってんだろ!」
 自分の声が、なんだかひどく平坦なのが分かった。Fの顰めた眉も、苛立つ声音も、Nに
何も伝えてこない。まるでぷっつりと、目の前のこの男の心が分からなかった。なんだろ
う、以前はこんな風じゃなかったのに。
「…F、お前さあ」
 Fがひどく痛そうな顔で、それでも何だよ、と返事を返す。
「お前、あのとき泣かなかったよな」
 Fのグラスの中身が、がちゃりと不自然にゆれるのが分かった。その黒い目をまばたき
もしない。
 …ああ。
 その深い狼狽で、ようやくNは満足した。

 したたか酔っ払って重心の定まらないNを半ば引きずるようにして、Fが店を出るころに
はもう夜中の2時を回っていた。
 Fは結局あの後石のように黙り込んで酒を舐めるばかりで、それでもNを置いてはいかな
かった。もとからこんな風に義理堅い男だっただろうか。思い出せなかった。春の夜更け
はまだひやりと冷たく、歩くたびに頬に触れる外気が肌の表面ばかりを撫で回していく。
 向かう道はFの部屋へと向かうものらしかった。うまく歩けないNの体重を引き受けるよ
うにして、Fはだらだらと歩く。時々Fの踵とNのつま先がぶつかった。
「お前、どうしたいんだよ」
 不意にFがぼそりと呟いた。何が、と言おうとして、うまく声が出ずに、あぁ、とうめ
くような声で返した。
「何がしたくて、そんなふうなんだ」
 Fは真っ直ぐ前を向いている。相変わらずNの顔を見なかった。これじゃあ誰に言ってい
るのかわからない、と思う。自分に向かってしゃべっているのか、俺にしゃべっているの
か、それとも。
 片手にNを抱えているせいで、Fは煙草を取り出せなかった。口を開いては閉じて、迷う
ように僅かに歯の裏を舌で舐める。口に出すべきじゃあないのかもしれない、と思う。そ
れでも、どうしても、ずっと頭から消えなかった疑問があった。なあ、N、お前はさあ。
「あいつと一緒に、死にたかったっつーのか」
 じゃり、と石を軋ませる音がして、Nの体重がずるりとFから消えた。まさか倒れたか、
とFは慌てて振り返る。
 Nは、一人で道端に立ち尽くしていた。体重を支えきれなくて、よろと道端の電柱に背
を預ける。そうして、僅かに笑んだ。
「……そういう手も、あったよなあ」
 Fは、思わずその顔を殴り飛ばした。

 あの恐ろしく寒い冬の日、あいつは自分で自分を殺した。
 悪知恵がきいて腕っ節も強い、最高にキレた無敵のカタワ。
 多分、あいつにとっては男も女もみんな敵だった。でも、なんでだろう。
 世界を丸ごと向こうに回して平然と笑うあいつの、隣にいたつもりだったのだ。自分たちだけは、――自分だけは。

 なあ、F、お前は知ってるのかなあ。
 おれたちも結局おんなじに、あいつの敵でしかなかったよ。

[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;)チョット チュウダーン!

ちょっと801板作品としてアレなので、後編なるべく早いうちにお邪魔します


このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP