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スパイラル

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

・ナマモノ注意
・今年でデブ18年目を迎える某方角番度
・太鼓←唄←六弦←四弦が前提の、六弦←四弦
・本スレPart1の片思い設定に禿げ萌えて書いた。反省はしていない

 展望台の手すりから目を上げると、空はまるで燃えているかのように紅かった。
 ゆるりゆるりと流れる無数のちぎれ雲の群れは、なぜかクジラの姿を連想させた。
 目に見えないほどの緩やかな速度で、気持ちよさそうに空を泳ぐ、紅いクジラ。

「あれ、クジラっぽくない?」
「いや、見えねえな」
「よく見てみろよ。あのへんが尻尾で、その先が腹で――」
 俺が指差した方向を、あいつは目を細めて見つめた。
 見慣れた横顔が夕陽に照らされて、違う誰かのように見える。
「ああ、見えた」
 あいつは歯を出して笑った。『にやり』という効果音が似合いそうな、昔とちっとも変わらないあいつの笑い顔。
「見えたっしょ?」
 俺はあいつの顔から目をはずして、いったん俯いた。そしてまた、一緒に空を眺めた。

 ツ/アーの移動中、高速道路のちょうど中間地点にあるサービスエリアに立ち寄った。
 売店やトイレを備えた大きめの建物の横には広々とした大理石の階段があり、観光用の展望台へと?がっている。
 句差乃や咲ちゃんは売店へ暇つぶし用の雑誌を買いに行くようだった。 
 特にやることもない俺達は、とりあえず目の前にあった階段をのぼって、人気の無い展望台で時間を潰すことにした。
 ところどころ文字がかすれた立て札によると、海沿いにあるこの展望台では、180度に広がる雄大な太平洋が拝めるらしい。
 でも、俺には空と海の境目などまるで分からなかった。
 水平線はまばゆいオレンジ色でかき消され、空と海は恋人同士のように深く、かつ曖昧に混ざり合っていた。

「20年だねえ」
 しばらくして、あいつがぽつりと言った。
「早かったよな」
「あっちゅーま、だったよな」
 いろいろな事があったと思うし、実際そうに違いなかった。
 後ろなど振り返ることも知らずに突き進んできた。
 気づいたときには、俺達なりに切り開いてきた、20年分の道のりがあったのだ。
「俺らは30年やね」
「そだな」
「早かった?」
 あいつが首をかしげる。似合わないのに可愛らしいしぐさをしておどけてみせるのも、昔からだった。
「さあな」
「俺は結構長かったかな」
 そう言いながら、サングラスの奥の瞳は空を向いた。
「でも、この4人になってからはあっという間だった」
 あっちゅーま、とあいつはもう一度言った。
 自分自身に向けて放ったようなフワフワとした声は、冬の空気に溶けて、消えてしまいそうだった。
 俺は手すりをつかみ、夕陽を受けてちかちか光る海を見下ろした。
「俺も長かったよ」
「ほんと?」
「でも、この4人になってからはあっという間だった」
「そいつは奇遇だ」
 あいつは俺を見て、またにやりと笑った。俺も、あいつを見て、唇の端を広げ、笑顔をつくった。
 30年も一緒にいれば、気持ちの隠し方も上手になってくる。

 
 一体いつから、こいつが特別な存在になったのか。
 思い出すにはあまりにも時間が経ちすぎていて、ひとつひとつの記憶を丁寧に掘り返していてはきりが無かった。
 でも、初めて会った日や初めに交わした言葉はどれも鮮明に覚えている。
 そして、あの頃にはまだあいつへの感情に何のまじりっけも無かったことも、くっきりと頭に残っている。
 忘れちゃいけない、と心が無意識に動いているからかもしれない。

 確かにあの頃の俺は、蒸留された水のように純粋で、余計なものを知らなかった。
 仲良くなりたい、という気持ちさえ持たずに人と仲良くなることが出来た。それはあいつに対しても一緒だった。
 本当に、いつからだったんだろうか。
 澱のように降り積もっていた願望の存在にようやく気づきはじめたのは。
 知りたい、仲良くなりたい、関わりたい、もっと仲良くなりたい、近づきたい、もっともっと仲良くなりたい。
 触れたい。
 俺は自分の感情を持て余していた。途方も無く膨らんだ気持ちに戸惑い、嘆き、どうすれば昔のようにあいつと向き合えるのか悩んだ。
 俺は時折あいつと距離を置くような振りをして、あいつを困惑させた。
 そうしなければ自分を保っていけなかったし、またこの4人の輪を守れないと思ったからだ。

「なあ、他村」
「ん?」
「俺、思ったんだけどさあ」
 クジラ雲を見上げてあいつは言う。
「俺らもさ、いつかは死ぬわけじゃん」
「うん」
「そんでさ、俺らって30年間一緒にいて、これからもきっといるわけじゃん」
「うん」
「ってことはさ」冷たい風が吹く。まっすぐに伸びた黒い髪がさらさらと揺れる。
「俺が死んだとき、俺の人生で一番長く一緒にいた相手って、親とか兄弟除けるとお前になるんじゃねえのかなあ」
「……」
 あいつの髪やサングラスが光を浴びて、まぶしく見えた。夕陽が少しずつ降りてきているのかもしれない。俺はまた俯いて海を見た。
「だってさ、これから死ぬまで一緒にいたとしても、允霧音や咲ちゃんとは10年くらい違うし、家族はもっと、だし――」
「年数なんて関係ないだろ」
 俯いたまま、俺はあいつの話を遮った。思ったより激しい口調になってしまったので、慌てて言葉を付け加えた。
「どれだけ一緒にいたいか、が大事なんじゃねえの。そういうのは」
「まあ、そりゃそうだけど」
 あいつは雲から目を下ろし、俺を見た。

「多分、他村の人生で一番長く一緒にいた人も、俺になるんじゃない」
「……」
「イヤ?」
「……」
 イヤな訳ねえだろ。
 どこまで昔の自分なら、そう叫びたい衝動に身を捩っただろうか。
 だけど、もう俺は、その頃の俺を遠く離れてしまっている。
 喉元、過ぎれば。
「悪くは、ないんじゃない」
 今の俺は手すりに頬杖を突き、あいつを惑わすような含み笑いを浮かべつつ、余裕の返答をすることができる。
 「そっか」
 あいつは何度かうなずいて、考え事をするように腕を組んだ。俺は夕陽に染め上げられたあいつの身体を眺めた。
 気づけば俺たちも展望台の白い床も植えつけられた冬の花も、すべてが目が眩むような紅色に包まれていた。
 空は燃え、海や陸をも燃やしていた。
 しばらくして、あいつは口を開いた。
「確かに悪くねえな」
「え?」
「一番一緒にいた人が、お前ってこと」
 あいつは笑う。にやり、と笑う。
「他村で良かったなって思うよ。ホントに」
 笑う顔を見て、本当に久しぶりに、ぎゅっと胸が苦しくなった。
 あいつの言葉が俺の耳から潜り込んで、喉を通ったあたりでつっかえたような、そんな感じがした。
 こいつの言う『良かった』と、俺の言う『悪くない』にどれほどの温度の差があるのか、こいつは分かってない。
 分かってないからこそ俺は安心すると同時に、ひどく悲しくなる。
「他村?どしたの?」
「……平気、平気」
 へーき、へーき。頭の中で、何度か余分に唱えておいた。
 俺達の間には、無色透明で、とても薄くて、でも決して壊すことの出来ない壁がある。
 俺はこの、俺たちを隔てているものの存在に、あいつが気づかないように生きてかなくちゃいけないんだ。
 30年前から、死ぬまでずっと。

「今日の鉄哉、変だよ。なんで死ぬとかそういうこといきなり言うわけ」
「いやーなんかね。夕陽を見てたら鉄哉くん、いつになくセンチメンタルになっちゃって」
「……へえ」
 似合わねえの、と俺がぼやく。そうでしょ、とあいつもうなずく。
 俺達の真ん前には夕陽が降りて、金色とも茜色ともとれる光を茫々と放っている。
「きれーだね、夕陽」
「うん」
「手、繋いじゃう?」
「……馬鹿」
 はは、と笑うあいつの声がして、それが途絶えた後はしばらく沈黙が続いた。雲の下をはばたく海鳥の声が、微かに耳に響いた。
 冷たい北風が吹く。紅一色だった空の果てから、黒色がじわりとにじみ出ている。少しずつ、夜の気配が忍び寄ってきていた。
「そろそろ帰ろっか」そう呟いたのはあいつだった。
 あいつは手すりからぽんと身を翻し、俺を取り残してさっさと大理石の階段を下りていく。
 待てよ、と言うとあいつは振り向き、俺を見上げて言った。
「風邪引いたら、允霧音に怒られるから」
 あいつは笑っていた。
 その瞬間、俺は見破ってしまった。
 あいつのサングラスの奥の瞳に、俺があいつに抱いていた感情とまったく同じものが溶けていることを。
 やっぱり、俺たちは『一番長い人』どうしなのだと思った。
 だって、ついさっきまであんなに俺の近くにいたのに、もうあいつの頭の中は違う人間のことで占められている。
 それをすぐに感じ取れてしまうその訳は、俺とあいつが腐れ縁だから、と言う他ないじゃないか。
「行くよ」
 あいつは向き直り、口笛を吹きつつ階段を下りる。
 紅い背中をぼんやり見下ろしながら、俺も展望台から離れる。
 あいつも俺と同じように、厄介な想いに縛られながら生きている人間なんだろう。
 自分のせいで苦しんでいた人間がいる、という事も知らずに。

 俺は一段一段を踏みしめるようにして、階段を下りていった。
 こつりこつり、とスニーカーを大理石に鳴らしながら、風に揺れる長い髪をじっと見つめていた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

お目汚し失礼しますた
実は六→唄や太鼓←唄の話もひそかに考えていたり。
完成したら後日投下します。


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