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ある一つの作り話2 前編

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
白犬学園パラレル、まさかの第二弾。ナマ注意。
前編は唄+四と呉羽×唄少々。長いので前編・後編に分けて投下します。

「お茶無いの?」
 黒机にコーヒーポットを置くと、不満そうな顔で多村が言った。
「無い」
 生物室の黒板の横には生物準備室に繋がるドアがある。準備室は狭くて埃っぽいが、ありとあらゆる薬品や器具が詰め込まれている。
 窓際にある木製の小棚のてっぺんには、白い長方形のカゴが2つ、双子のように並んでいる。
 1つのカゴでは実験で濡れたビーカーやメスシリンダーを乾かしてある。
 その隣のカゴでは同じ大きさ、形をした真っ白のマグカップが、逆さに立てられた状態でずらりと並べられている。
 俺はマグカップの底を見て回り、「久佐乃T 生物室」「他村T 生物室」と書かれたものを手に取った。
 準備室を出ると、多村は机の上にお菓子を広げて一人で食べ始めていた。
「また食ってる」
「だって、いつ来ても何か食うもんあるんだもん。この部屋」
「多村が来たら、絶対それ食うと思ってたよ」
「俺のために買ってきてくれたの?」
「さあね」 生徒が持ってきたんだけどね。
 お菓子をつまみながら、多村はマグカップにコーヒーを注ぐ俺の姿を見てくる。
 彼の口からはサクサクと軽い音がする。お菓子の袋には黒文字で「カール 元祖カレー味」と書かれている。
 多村は本当にカレーが好きだ。この世から音楽とカレーが無くなったら、真っ先に絶滅するのは彼のような人種ではないかと俺は睨んでいる。
 マグカップを渡すと、多村は注意深くカップの底を見た。
「よかった。ちゃんと『多村T』って書いてある」
「間違えて生徒のを使ったら大変だもんね。セクハラで訴えられるよ」
「このカップって今いくつあるの?」
 俺は指を折って数え、
「20……くらいかな」
「そんなにあんの?!」 多村が目を見張った。白々しい、と思った。
 元はといえば多村が、この部屋に放課後休憩しに訪れるようになったのが始まりなのだ。
 それに釣られるように哲哉、咲ちゃん、他の先生、生徒までゾロゾロと現われ、ここを憩いの場に使うようになってしまった。

 多村いわく、生物室に人が寄ってくるのは三つの要因があるから、らしい。
 一に「広くて日当たりが良い」から、二に「かわいい動物とお菓子が待っている」から、三に「心優しい『久佐乃先生』に会える」から。
 最後の要因を多村が言ったとき、俺たちは顔を見合わせ爆発したように笑った。心優しい? 冗談じゃない。
 とにかく、生物室にはたくさんのお客が来るようになった。
 お茶を出すにも同じカップは使い回せない。一度ビーカーにコーヒーを注いで渡したら、多村は人でなしでも見るような目で俺を見てきた。
 仕方が無いので、まとめて買ったマグカップの底に油性ペンで名前を書き、準備室のカゴに並べることにした。
 自分専用のカップを手に入れた『常連』たちはご満悦になり、ますますこの部屋に足繁く通うようになってしまった。
 そして、『常連』の中でもトップクラスの訪問率を誇る多村は今日も今日とて生物室に来ている。
 生徒や先生が共同で貯蔵しているお菓子を棚から勝手に取り出し、のほほんと休憩している。
 俺も多村の向かいに座り、自分のマグカップを持った。
「休んでないで、部活見に行けよ。卓球部の顧問じゃなかったの?」
「副顧問ががんばってるからいいんだよ」 コーヒーをすすり、彼は目を細める。
「じゃあ授業の練習しろ。昨日もここにクラスの生徒が来て多村のこと言ってたんだよ」
「何て」
「『多村先生が噛むのがおもしろすぎて、授業どころじゃありません。私の数学の成績が良くないのは多村先生のせいです!』って」
「それは言い訳だ!」
 女の子らしく声色を変えて再現する俺に、多村は眉を吊り上げて抗議した。
「とにかく、こんなところで休む暇があるならちょっとは先生らしいことしなよ。俺忙しいんだから」
「はいはい、正担任は大変だね」
「暇な副担任のせいでね!」 キツく睨んだはずなのに、多村は気にもせずにカールを口に運んでいる。
 黒縁のメガネをかけ、紺青のスーツを着こなした大人がお菓子を食べ続けるさまには何か救い難い違和感がある。
「久佐乃、ところで」 カールを飲み込むと多村は口を開いた。
「今日だったっけ。例の問題児が来るの」
「ああ……」 俺は溜め息をついた。

「ホントに呼ぶの? 自分ちに」
 先週この生物室で、彼は俺の部屋に行きたいと言った。
 彼も音楽をしている身だから、学校に隠れてバンドをやってる俺について深く知りたいと思ったのだろう。
 俺はあの時、成り行きのまま彼の申し出を受け入れてしまった。
 本当のことを言えば「部屋に呼ぶ」ことの意味などあの時の俺には考える余裕が無かった。
「だって……呉羽くんのしてることには、前から興味があったし」
「ああ」 多村が息を吐いた。
「ヒップホップだっけ? そういや久佐乃、最近よく気になってるって言ってたよね」
 俺はあいまいに肯いた。「そういうことについて、話が出来るなら、って」
「でもホントに出来るかなあ」 多村が首をひねった。
「相手はあの呉羽だよ? 部屋に呼んだとして、何か起きないっていう保証はねえぞ」
 息が苦しくなった。「何かってなんだよ」
「さあ。ゆすりとか、たかりとか?」
「あの子は、そんなことはしないよ」 むしろ、もっと俺をおびやかすようなことをするよ。
「とにかく気を抜くなよ。俺たちの活動も彼にバレちゃったんだから」
「うん」
「お前は結構、自分のことには鈍感なんだから気をつけろよ」
「了解。『リーダー』」
 多村は顔を引きつらせ、学校ではその呼び方すんな、と言った。
 カールを食べ終わった頃、生物室のドアが開いた。首を出してきた生徒が「やっぱり多村先生、ここにいた!」と叫んだ。
 卓球部のミーティングがあることをこいつはすっかり忘れていたらしい。
 多村は慌てて手を払うと、ライブさながらのスピードで部屋を走り去っていった。
 彼の去った生物室では、さっきまで大人しく眠っていたはずのハムスターが猛烈な勢いで回し車を回していた。
 なんとなく、多村とハムスターは似ている、と思った。

生物室の掃除を終えると、職員室で荷物を取り、担当クラスの教室へ向かった。生物室は一階に、職員室は二階に、教室は三階にある。
 一段一段階段を踏みしめるたびに、胸の奥に重いものが積み重なる気がした。
 教室の前に立ち、そろそろとドアを開けた。狭い隙間に顔を寄せると、部屋の隅に呉羽くんが立っているのが見えた。
 息が止まった。
 薄暗い教室で、ズボンのポケットに手を突っ込み、窓にもたれかかるようにして外を眺める彼は絵画のように綺麗だった。
 俺はその場に立ちすくみ、何も言えずに彼を見ていた。
 声をかけることでこの場面が壊れてしまうのが怖かった。
「……先生」 びくっとした。
「知ってますから。そこにいること」
 呉羽くんは顔を動かさずに言った。体がカッと熱くなった。
 これでは、ドアの隙間からばれないように覗いていた自分がバカみたいじゃないか。
「行きますか」
 呉羽くんはゆっくりと振り向き、微笑んだ。
 何もかも見透かすような目だった。
 スーツを着てるはずなのに、俺は自分が丸裸で彼の前に立っているような気がした。

 校舎を出て、駐車場に停めた車に鍵を差した。
 ドアを開き、助手席に呉羽くんを乗せる。
 車の趣味が気になるのか、彼はきょろきょろと中を見回す。
「煙草のニオイ、しませんね」
「今は吸ってないからね」 エンジンをかけると、車は長い眠りから覚めたかのように振動し始める。
「昔は吸ってたんすか?」
「ちょっとだけね」
「へえ」 呉羽くんは目を見張り、本当に意外そうな顔をした。
「でも先生、この車なんかクサイっすよ。生物室のニオイが染みこんでんじゃないすか?」
「かもね」 アクセルを踏み、車を走らせた。
「車がクサイのはヤバイっすよ、先生。女の人乗せられませんよ?」
「君には関係ないだろ」
 前にもこのセリフを言ったような気がする。滑るように車は進み、駐車場を離れていく。
 本当に、俺は今この子を乗せて走ってるんだ。
 自分の部屋に行って、彼を呼んで、そしてどうなる?
 考えても分からない。想像は、悪い方にばかり膨らんでいく。
 多村は「気を抜くな」と言った。生物室での一件について、俺は彼にごくごく浅い部分しか喋っていない。なのに彼は俺のことを心配した。
 あの日起こった出来事を全て話したとしても、多村は「気を抜くな」程度しか言わなかっただろうか。
 迷うまでもない。答えはノーだ。
 『お前は結構、自分のことには鈍感なんだから』
 本当にそうだ。鈍感だから俺は、問題児だと常々警戒していた彼と一緒に車に乗る羽目になっている。
 ドアの肘掛に気だるげに肘をつく呉羽くんをたまに覗き見ながら、俺はハンドルを切った。
 広い国道の、無数の車の流れに俺たちも混ざった。

 

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
生物室は皆のオアシスです。呉羽は問題児だから常連になりたくてもなれないのです
後編は後ほど投下します。
お揃いマグカップで間接キスを妄想した人は正直に言いましょう


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