スパイラル3
更新日: 2011-05-03 (火) 13:43:50
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
・「スパイラル」の太鼓←唄verです(ナマモノ注意)
「珍しいね、政宗がうちに来るなんて」
「まあ、たまには、ね」
肩をすくめて言う俺に、咲ちゃんはいつもの優しい笑顔を向けた。
左手には買ったばかりの真っ赤なギ夕ーを載せ、右手には慣れ親しんだ愛犬の頭を載せて。
「黄粉も喜んでるよ」
黄粉はハアハア息をしながら、俺の顔をじっと見上げてくる。
真っ黒い瞳はつやつやとしていて、ガラス玉みたいだ。
咲ちゃんとその愛犬があまりに純粋な目を向けてきたものだから、俺もつい締まりのない笑みを浮かべてしまった。
笑うような気持ちになることなど何一つ無かったと言うのに。
勘のいい人間なら、このぎこちない笑顔の裏に、何か後ろめたいことが隠されているのに気づいただろう。
1人だけ家の方向の違う彼のもとに、どうして俺がわざわざツ/アーの中休みに訊ねてきたのか。
黄粉の顔が見たいから、だとかギ夕ーを指南してあげたいから、なんて言い訳を真に受けてしまう彼だから、きっと俺の真意など読めてはいない。
顔を見ない日々が続くと、退屈で、寂しくて、どうにもやりきれなくなるんだ。
咲ちゃんがすごく必要になるときが、俺にはあるんだ。
そんな事を言えば、20年間嫌になるほど一緒に過ごしてきたじゃないか、まだ足りないのかと彼は呆れた顔で言うだろう。
ところが、足りないのだ。
彼がいないと、俺は、自分の一部を持っていかれてしまったような虚ろな気持ちになる。
何をしていても彼の声や表情が脳裏に浮かんできて、残像みたいに留まり続ける。
俺はこの、俺の心の中で起きている不可解な現象の正体を既に知っている。
だから、こうして彼に突然会いに来て、彼の気を引けなくてつらい、と怪しまれなくて良かった、を同時に思ってしまった自分が嫌になる。
「咲ちゃん、せっかくギ夕ーあるんだから一曲弾いてみようよ」
俺はソファの上であぐらをかき、横で座る咲ちゃんのギ夕ーの弦をでたらめにはじいた。
新品だけあって、ピィンと、頭の奥まで通るようなまっすぐな音がした。
「弾くって……例えば?」
「俺らの曲の――例えば、あれとか」
俺は割と有名で、なおかつ難易度の高すぎない過去の曲の導入部分を教えた。
口で伝え切れないところは、俺が咲ちゃんの手を握って演奏を手伝った。
「政宗ってさ」
「ん?」
「結構、手、デカイよな」
確かに俺の手は、咲ちゃんのそれと比べて大ぶりだし、全体の造りがゴツゴツしている。咲ちゃんの手の上から重ねると、より目立って見える。
「手だけはね。それ以外は……だけど」
「いいじゃん、男らしくて。ゴツイ手は好きだよ」
俺は全身真っ赤になったような気がした。咲ちゃんは急に動きが止まった俺を、不思議そうな顔で見つめた。
『好き』という言葉に、こんな年齢でありながら不覚にもときめきを覚えてしまった。
こんな男くさい手をした奴が、こんな女々しいことを考えたと知れば、彼は笑うだろうか。
俺は咲ちゃんの視線から逃げたくて、無理矢理彼の手を握って、「次はこのコード」と早口に言った。
しばらく経つと、一曲すべてとはいかないまでも、大まかな曲のラインはなぞれるようになった。
咲ちゃんのギ夕ーから、いつも俺が弾いている旋律が奏でられるのはどこか不思議な感じがした。
「政宗、歌ってよ」
「えー」
イントロの終わりが近づくと、咲ちゃんは促すように俺に目配せした。
仕方がないので、俺はわざとらしい咳払いをすると、あぐらをかいたまま歌いだした。
床にいた黄粉が、面白い玩具でも見つけたような目をして俺を見つめた。
咲ちゃんは身体をゆっくりと揺らし、気持ちよさそうな表情で弦を鳴らしていた。
「……やっぱりいいね。政宗の声は」
「咲ちゃんの声もいいよ。ラ/イ/ブんとき、コーラスで聴こえるとすごい心強いもん」
「そう?」
「俺、咲ちゃんの声好きだよ」
さっきのお返しのつもりだったのだが。
彼は表情一つ変えずに弦をはじき続け、ワンコーラスぶんを悠々と弾ききった。
そして、再びイントロの演奏を始めた。
「政宗、歌って」
「また?」俺は唇を尖らせて、不満を訴えた。
「この曲、ラ/イ/ブで何回もやったことあるじゃん。飽きないの?」
「飽きないもんだよ」
お喋りせずに歌え、とまた目配せを食らったので、俺はそれ以上のことは聞けなかった。
咲ちゃんにコーラスをしてほしかったのだが、結局それも言いそびれてしまった。
俺が歌いだすと、彼はとても穏やかな表情を浮かべた。幸せそう、と言ってもよかった。
どうやら彼にとって、俺の声は何度聴いても嫌にならないものであるらしい。
俺が彼の存在を求める心と、それは同じ種類のものなのだろうか。
少し考えて、そんなわけが無い、という当然の事実にぶち当たった。一瞬でも甘い期待を抱いてしまった自分を、俺は嗤った。
演奏が終わると、俺は口を開いた。
「散歩にでも行こうか」
「ん?」
「黄粉が行きたそうだから」
咲ちゃんが黄粉を見下ろすと、同時に黄粉も彼を見た。
事前に示し合わせていたかのように、彼らの目線はぴたりと合わさった。
「そうだな」
彼はにっこり笑い、ギ夕ーをケースの中にしまい、ソファから腰を上げた。
黄粉も尻尾を左右に振って、首輪にリードが付けられるのを今か今かと待っている。
俺はソファに座ったまま、彼らの姿をじっと見ていた。
「政宗、何してんだ?早く行こう」
俺はうなずき、ソファを離れた。
咲ちゃんがそう言ってくれるまで、動くつもり無かったんだよ。
ふざけてそう言おうかとも思ったけれど、彼らの後姿がもう随分遠くに行ってしまっていたので、やめた。
近くの公園には、休日の昼下がりだというのに誰も来ていなかった。
枯れ木に挟まれた少ない常緑樹は、風が吹くごとに葉を揺らし、ざわざわと音を立てた。
使う人もいないまま、まばらに立ち並ぶ遊具はどこか寂しげな空気を漂わせていた。
「寒い?」
「へーき」
歩いているうちに解けてきたマフラーを、もう一度きつく結ぶ。
咲ちゃんと黄粉と、それから俺の口からも、同じように白い息が吐き出されていた。
「ちょっと休もうか」
咲ちゃんが指差したベンチには誰も座っていなかった。誰も来ていないのだから、当然といえば当然だ。
木製の青いベンチに並んで腰掛けた。黄粉は咲ちゃんの膝の間に頭を寄せる。
咲ちゃんが黄粉の頭と顎に両手を添えて撫でてやると、黄粉は気持ちよさそうに目を細めた。
「……いいよね」
「ん?」
「いいよね、黄粉は」
咲ちゃんはきょとんとして俺を見た。
ぱっちり開いた大きな目は、わけがわからない、と言っているようだった。
「だって、咲ちゃんに大事にされてるじゃん」
陽の光を受けて稲穂のように輝く毛並みだとか、絶え間なく振られる長い尻尾だとか、飼い主の手を舐める嬉しそうな表情だとか。
ありったけの愛情を浴びて生きているものにしか存在しないものを、黄粉は持っていた。
そして俺は、事もあろうに、この犬を羨み、また嫉妬していた。
彼に近づける存在、彼と愛情を全身で受け合い、かつ与え合える存在。
――そういうものになれるなら、いっそケモノの姿になってでも。
馬鹿みたいなことを真剣に考えてしまうのは、いわば俺の持病だった。
「俺、黄粉になりたいな」
「……変なこと言うな、政宗は」
咲ちゃんは眉をひそめた。
「黄粉にならなくたって、大事にされてる犬なんて他にいくらでもいるだろ」
「…………」
俺は声を出さずに、口を歪めて笑った。
そういう意味じゃないんだよ、って突っ込む気も起こらなかった。
彼がいわゆる、そういう種類のことにひどく気がつきにくい人間だってことは、過去の経験から痛いほど知っていたけれど。
俺が必死の思いをこめて投げ込んだ、精一杯のさりげないアプローチも君はいとも簡単にかわしてしまうんだ。
疑う余地も無いくらい、無意識のうちに。
「にぶいよ」
黄粉を撫でていた咲ちゃんの手が止まる。
「ホントにぶいよ、咲ちゃんは」
俺はそっぽを向いて頬杖をつく。
咲ちゃんの視線が注がれるのを、首筋に感じる。
それだけで俺の息は熱くなるなんて、彼は死んでも理解できないのだろう。
「政宗、どうしたんだよ?」
彼の手が、俺の肩に触れる。その瞬間、小さく小さく、俺の体は震える。
さわるな。
俺の気持ち、ちっとも知らないくせに。
「俺、何か変なこと言った?」
「……べつにー」
喉からは拗ねた声しか出て来ない。
こんなワガママを言ったところで何にもならない、彼を困らせるだけで、俺の気持ちなど欠片も伝わらないってちゃんと分かっているのに。
胸が押しつぶされたように苦しくて、思うように動けない。
「……政宗」
きっと俺、今ひどい顔してんだろうな。
自己嫌悪で心も体もぐちゃぐちゃだ。
こんなことなら、会いに来なければよかった。
そう考えていると、ふいに咲ちゃんの手が伸びてきた。
咲ちゃんは俺の肩を抱え込み、傍に引き寄せた。
驚きでこぼれかかった声をどうにか堪えて、俺は彼の顔を見た。
彼は困ったように、でも真っ直ぐに俺のことを見つめていた。
「何が悪かったのか、俺にはよく分かんないけれど」 彼は言った。
「何か悩んでることがあるなら、俺でよければ聞くから」
そう言って彼は俺の頭を撫でた。
咲ちゃんの手は温かい。触れられるとジワジワ熱が伝わって、俺の心を溶かしていく。
ただデカくてゴツイだけの俺の手なんかよりずっといい。この手は、誰かを癒せる手だ。
「1人じゃないから、政宗は」
俺はうつむいた。
ついさっき傷ついたばかりなのに、胸の奥ではまた懲りもせず期待し始めている自分がいる。
彼の感情は、あくまで『大切な仲間』に向けられたものでしかないのに。
この手は俺を撫でてくれるけど、それ以上のことには応えてくれない。
この唇は優しい言葉を与えてくれるけれど、俺に触れるために存在しているわけじゃない。
俺が黄粉を羨む本当の理由を知らないから、彼はこうして俺を甘やかしてくれるんだ。
わかっている。十分、理解している。
それでも、今だけは彼の優しさに甘えていたくて、俺は年甲斐もなく彼のからだを強く抱きしめた。
********
公園を出るころには、もう陽は沈み始めていた。
人気の無い遊歩道を、俺は黄粉のリードを持って歩いていた。
「リード、離すなよ」
「わかってる」
咲ちゃんは俺の後ろを歩いている。並んで歩くには、まだどこか気まずい。
黄粉はそんな俺達の心情など知らん顔で、尻尾を振りながら先へ先へと進む。
「黄粉は元気だね」
「犬だからね」
「寒そうにも見えんし」
「毛があるからね」
ふさふさとした金色の毛を揺らして歩くさまは、寒さなど知らないかのようだった。
冷たい風が吹きつけ、俺は慌ててマフラーで口まで覆った。
「やっぱりいいよな、犬って」俺はぼやいた。
「あーあ、俺、犬になりたいなー……」
ほんの独り言のつもりだったのに。
その言葉を、彼は聞き逃さなかった。
「でも、犬は歌えない」
静かで低くて、でもよく耳に通る声だった。俺は振り返った。咲ちゃんは思ったよりずっと遠くの場所に立っていた。
「俺は、人間の政宗が、好きだよ」
風が吹いて、木々が揺らめき、ざあっと音を立てた。夕陽を背に浴びた咲ちゃんの顔は、どんな表情を浮かべているのか分からなかった。
「……やだな、咲ちゃん。冗談だよ」
そこまで言うので精一杯だった。
それ以上顔を見ていたらどうにかなってしまいそうだった。胸の奥から喉に向かって、何か得体の知れない熱いものがこみ上げてくる感じがした。
俺は前を向いた。
「冗談だよ」
再びそう言うと、俺は黄粉に引かれて早足で歩いた。
一度も振り向かなかったし、口を開かなかった。
必死で歯を食いしばって、無様に歪んだこの顔を見られたらたまらなかったからだ。
泣くな、泣くな、泣くな。
何度も自分にそう言い聞かせた。
陽は傾き、一日は終わりを告げようとしている。風は止み、誰もいない遊歩道には俺達の足音だけが寂しく響いている。
『俺は、人間の政宗が、好きだよ』
優しい彼の声は、いつまでもいつまでも、頭の中にこびりついて離れなかった。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
唄はわがままなくらいが丁度いいと思います。
残り一つの→は……期待しないで待っていて頂けたら、もしかしたら……?
- わがままな唄に萌えた/// -- モス? 2009-12-05 (土) 14:23:40
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