Top/34-486

血の理由

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  蟻葉間です。
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  捏造注意
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ナマモノ注意
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

手首を切ったと携帯に電話が入ったのは深夜2時の出来事だった。
収録を終えて家に直帰し子供の寝顔を見てから服を着替えようとするとそんな電話が。
冗談だろうと流してしまってもよかったのだが、なんとなく胸騒ぎを覚えあいつの家に車で向かった。

(ドア…鍵は空いてるな)
居間への扉を開くと、手首を真っ赤に染めたそいつが横たわっていた。
真っ赤な手首は携帯を力なく掴み、片方の手は剃刀を力なく掴んでいる。
「よぉ来たな。待ってたで」
そいつはクスクス笑うと僕の目の前でまた手首を切ろうとした。
僕は手首を掴み剃刀を取り上げてゴミ箱に投げ、濡らしたタオルで手首を拭き、医療箱の中から包帯を取り出し消毒したあと巻きつけ、ソファまで引きずって横たわらせた。
「これから寝ようと思ってた時に。明日も仕事あるんやで」
「ごめんな。オマエなら来てくれると思うててん」
心の荒廃を表すかのような汚い部屋。コンビニで食べた弁当の残りや、着た服をそのままその辺に放置するからこうなる。
「なんか痩せたな。メシちゃんと食うとるか?」
「ここ3日間な、ロケ無かったやろ。だから3日間メシ食うてない。ロケの帰りはコンビニで弁当買って帰るからその日はメシがあるんや。けどな、次の日になるともう何も無い。そしてそのままオンラインやってたらなんか外に出るのが嫌になったんや」
「ニートでももっとマシな生活するで」
「ほんまやな。なぁ、剃刀何処?」
「捨てた」
「そか」
「人間、体から一定量の血が抜けると死んでしまうんやで?といっても手首切ったぐらいじゃ死なへんけどな。血は固まるし」

「剃刀って思うたより切れんな」
「分かっとんのやらもうこんなん止めや。じゃ僕は帰るで」
「そっか。剃刀があかんのやったら、ナイフの方が切れるかな」
「手首どころかオマエの体全部商売道具やろ。体張った外のロケばっかりやっとるヤツが何言うとんねん。腕でも足でも使いもんにならんくなったらろくに仕事も出来んくなるんやで」
「オンラインいつもの通りにやったんや。ほならな、TVの画面から声が聞こえるやろ?プレイヤーの」
「Xboxはそうやな」
「いつもはそのキャラクターから声が聞こえるから実在の人間が操作してると思えるんやけどな、その日は何でかそのキャラがいて中の人間はおらんと思うてしまって、ああここにいるやつらは皆人間やないんやと」
「……」
「そん時に、コンビニの店員含めて外にいる奴等全員人間やないと思うてな。自分、痛みつけたら少しは人間に思えるかなと考えてこう手首を」
「なぁ、僕も人間やないんか?」
「オマエは人間やよ。けど他のん全て”他人”やん。人やないんや」
「他人も人間の総評やで?」
家にメールをし、相方の家におるから帰りが遅くなると連絡をした。
「もやもやした灰色の物体や。人間の形を作うとらんのや」
「寝て起きたらもう仕事やろ。仕事しとる時はそんなん思わんで済むやろ」
「なぁ」
「何」
「抱いて、オレを」
覆いかぶさるようにして抱き締める。見た目以上に軽い。

「普段どんな生活しとんのや」
「普通やよ。家に帰って買うてきたコンビニのメシ食うてゲームやって寝て起きてロケがある日は仕事場に向かうし、ロケが無い日は何も食わずに一日中ゲームや」
「それの何処が普通やねん。だからこんな痩せるんやで」
「原点回帰ってやつや」
「原点?」
「デビュー当時ぐらいに痩せてもええかなて。むしろあの頃に戻りたい。今のオレらは離れてるやんか。あの頃はいつも一緒で、他人の入る隙間は無かったんや」
「時間は戻れないし無理なの分かるやろ」
「せやな。家族、大事やもんな」
張り付いた笑顔がどうにも痛々しい。
「オマエもええ加減結婚したらええやないか。一人でおるからや。結婚して誰かのために生きるようになったらな、僕よりそっちの方が大事になるやろ。普段から結婚したい言うとるし」
「あいつらも結局人やないんや。所謂他人や」
「ちょっと待て。僕やオマエ以外の人間を人やないと思うたのはいつ?3日前やないやろ」
「いつかな。家族のもとを離れてオマエとコンビ組んだのが18ん時やろ?あん時もオマエ以外の奴等が色褪せて見えたんや」
そんな昔から兆候があったのか。全く気付かなかった。
「普段同じ仕事仲間と楽しそうに喋ってるやんけ。仕事もほんまに楽しそうにやるし。僕なんかはほんまやりとぉない仕事は笑って下さい言われるから笑顔作るだけで、実際しなくてもええ仕事は断っとるしな。
向こうがどうしても出て下さい言う仕事以外や、それ僕でなくてもええやろと思う仕事は断るようにしとる。でもオマエはちゃうやん。どんな仕事も断らへんし、どんな仕事も心から笑うやん」
「仕事やからな。流れ作業と同じ。ベルトコンベアーみたいに仕事がやってくるからそれをこなしてるだけ。
仕事しとると周りからこう認められるわけやろ?ステイタスがつくやろ?するとオマエに一歩でも近づけるような気ぃするんや」
「こんなに近くにおるのに?」

「オマエは天才と呼ばれてるヤツで、オレはそうやない。アホやから、人の何倍も努力せんと認められへんし。オマエの隣におる資格あるのかなって」
「僕はゲーセンが売れたからこんな有名になったんやし、ゲーセン始まる前はむしろオマエが僕の収入の3倍はあったわけやん。
天才言われたんももうデビュー当時の頃やろ?今はむしろ周りから”結婚して腑抜けた”言われとんのやで」
「そうなんか」
「むしろオマエの方が凄いやんか。役者もやるし声優もやる、海に潜って魚獲るし他局で司会もやる。昔はコントも書いてたし、この前リレー小説も書いて完成させたし、僕はオマエを認めているんですよ。
僕も前にドラマやったけどな、あまりの棒読みっぷりにそれからオファーが全く気ぃへん」
「オマエが認めてくれてるんやったらええな」
「もっと自信持てや。オマエはやれば出来るのにやらんだけやろ。腹減っとらんか?でももう明け方やしな。24時間やっとるとこってこの辺何処やろ。定食屋かそれともチェーン店のレストランか」
「餃子食べたい」
「餃子…ラーメン屋この辺24時間やっとるとこ何処やったかなぁ。ってか3日間食うてないんやろ?あんま重いもん食うと気持ち悪うなるで。
この家に調理器具があればお粥でも作るのにな。包丁すらないってどういうことや。電子レンジとサバイバルナイフとぐらいか?」
「いらんやろ」
「コンビニ弁当ってあんま良くないんやで?添加物ぎょうさん入っとるしな。外出れるか?」
「出とぉない」
「仕事何時から?」
「9時。7時にマネージャーが迎えに来る」
「もう4時やん。餃子食ったら少し寝たらええ」
「オマエは帰るんやろ」
「帰るよ」
「こんな姿、マネージャーに見せてもええんか?」
「なんやねん。どうしたいねん」
「マネージャー来るまで側にいて」
「今日だけやで?」
「ほんま優しいなぁ。そういうとこ大好きや」
「うん。ありがとな」

携帯に電話するために体を起こすとぎゅっとしがみついてきた。まるで不安がっている子供が親を求めるように。仕事は外のロケばっかりで、海の仕事が多くて、だからこんなに肩幅があって体つきもしっかりしてんのにどうしてこんなに儚いのやろ。今にも消えそうや。
(去年こいつに彼女が出来た時は、これで一人にさせても安心や思うたのに結局そいつともすぐ別れたし)
付き合う時間が短いから女を食い散らかしてるように見えるだけで、実際こいつが振られるのしか無いのがなぁとつらつらと思ってみる。

コンビニに電話して、宅配で餃子を持ってくるように頼んだ。
「何処に電話したん?」
「コンビニ」
「何処にも行っちゃ嫌や。オレと一緒にいよ?なぁ、もう今日は仕事すっぽかしてもええよ。オレ、オマエの望むことは何でもするから」
「どれだけ理性総動員させてんのか分かっとる?僕の心の中心部はめっちゃドロドロなんや。こんな汚い部分オマエに見せれるか?僕はオマエを壊したくない」
「オマエになら壊されてもええ。オレ、オマエに全部やるから、オマエも全部オレに頂戴。汚い部分も全て受け止める。だから」
この雰囲気のまま流されてしもうたら、間違いなく仕事間に合わへんな。むしろ今日の仕事どころかこのまま部屋出ないで二人で餓死して死ぬまで
一瞬浮かんだ考えに自分でもゾッとした。僕は何を考えた?家族がおるのに?家族を置いて?こいつの弱みに付け込んで欲望のまましてしまうのか?
そもそも、こいつが僕に求めてるのは安心感や。僕がこいつに求めとるのとは違う。
「違うんや」
「え、何が?」
考えが口から漏れてしまい、頭を振って考えを追い払った。
こいつは僕と堕ちるのも構わないと言うだろう。安易に抱いてしまうともうそこからは未来が無い。闇しかない。僕にはこいつを壊す権利は無い。

コンビニの宅配餃子が来たので二人で食べた。
レンジで温めただけの妙にべちょべちょした餃子。
たいして旨くもない。今度二人がオフの日が重なった時にでも食べに行こうと心に決めた。

朝5時。遮光カーテンの隙間から光が漏れる。こいつは目を細めて嫌悪感を露わにすると起き上がって窓の方に行き、カーテンの隙間を埋めた。
「朝なんやからカーテン開けようや」
「嫌や。日の光が。カーテンの向こうにあるんは現実やん。オマエの世界やん。現実に戻らなあかんのやろ?抱いて言うてんのになして抱いてくれへんの?」
「抱き締めたやんか、ああして」
「違う。なぁ、言わへんと分からへん?そやな、男同士やもんな。分かるわけないよな。オレ一人が堕ちたいやのオマエに汚されたい言うとるだけで、オマエにそんな考え浮かぶ筈無いもんな」
「……」
「すまん、オマエを困らせてしもうたな。オレちょっと寝るわ」
「僕の方こそごめんな」
ベッドまで一緒に行き眠るのを見届けた後、部屋の掃除を開始した。
脱ぎ散らかしているものは洗濯し、その間コンビニ弁当の空き箱はゴミ袋に入れ、ついでにゴミ箱の中身も全て捨て、ペットボトルも透明な袋に入れ、絨毯をはがして丸めてマネージャーが来たら洗濯屋に頼むようにし、
起こさないように床をカーペットクリーナーと濡らした雑巾で拭き、洗濯が終わったので干してある洗濯物を畳んでカラーボックスの中に入れた後、洗い終わったばかりの洗濯物を皺にならないように干した。
(分かってて逃げたんや、僕は)
最低やな、と自嘲する。
いっそこの手で手をかけても拒まへんやろなと。
笑顔のまま死んでいくんやろう。
僕は後追いする勇気も無いのに。
一生僕だけのものに、なんて出来るわけもなく、一生僕だけを見てくれと思うのも自分勝手だ。

マネージャーが来たので寝ているそいつを起こし、マネージャーに汚れた絨毯をクリーニングに出すように命じ(血の理由を聞くなと口封じをして)帰宅した。
そいつを起こした時にはいつもの笑顔に戻っていた。
あの時間は何だったんだ、実際何も無くただの僕の妄想だったのか?とふと頭に浮かんだがそんなわけはなく、そいつの手首の包帯が全て物語っていた。
帰宅後ヨメに散々怒られた。曰く、睡眠時間を削ってまで相方さんの家にゲームをしに行くなと。
ゲームちゃうねんけどなぁと思ったが言えるはずもないので怒られるままに謝っておいた。

結局その後そいつは手首を切ることはなく、変わらない日常が続く。
たまに呼ばれてそいつの部屋に行っても普通にゲームするだけであの日起こったような出来事は無かったようにそんな雰囲気になることもない。
そして僕は相変わらず僕の心の中心部はヨメにも他の誰にも見せないまま。
全てはこのままで。全てはずっと変わらず、この関係も全て。何も。

(終了)

 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ ヒトリデコソーリミルヨ
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP