come here.I want you.
更新日: 2011-05-03 (火) 18:05:25
ギャグ漫画日和、電話組。漫画のやや未来を捏造。
ベルさんは電話を発明した功績で表彰されることになりました。
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└──────│たまにはみんなと一緒に見るよ
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授賞式の会場はずいぶんにぎわっていた。講堂の前にはホットドックやアイスキャンディのワゴンまで出て、まるでお祭りだ。
手籠を下げて花を売っている少女がいる。僕は彼女から、白いカーネーションを一輪買った。それを胸ポケットに挿して講堂に入ると、セレモニーを待つ人々をかき分けて授賞者の控え室に行った。
「ベルさん、準備はできま――おわっ、どうしたんですか」
ドアを開けたとたんに目に入ってきたものに、思わず変な声を上げてしまった。
今日の主役であり、僕の雇用主のミスター・ベルがそこにいた。膝を三角に抱えて床に座り、頭が膝のあいだにめり込むくらい深くうなだれた状態で。
「ベルさん、ベルさん! どうしたんですか、しっかりしてください。おなかが痛いんですか? あっ、もしかしてスピーチの原稿を忘れてきちゃったんですか?」
「……ワトソン君」
肩に手を置いて揺さぶると、ベルさんはようやく膝のあいだから顔を上げた。涙目だった。
「違うんだ……。いや、おなかもちょっと痛いんだけど……。原稿はちゃんと持ってきている」
「じゃあ、どうしたっていうんです?」
「もう緊張がピークに達してしまった……。ワトソン君、やっぱり私には無理だよ……もう帰りたい。むしろ消えたい。溶けてなくなりたい」
「溶けちゃ駄目です。しっかりしてくださいって、今日は晴れ舞台じゃないですか……」
話を聞いてみれば、いつものベルさんだ。彼を励ますのも、すっかり慣れた作業だった。
電話機と言う画期的な装置を発明したミスター・グラハム・ベルは、偉大な研究者であると同時に極度に後ろ向きな人物である。自分に自信がなく、気が弱くて極端な上がり性だ。
そんなベルさんが今日は大勢の前で表彰され、しかも受賞記念のスピーチまでしなくてはいけないのだった。
少しでもベルさんに気楽に構えてもらうために、僕は助手としてできる限りのことをしたつもりだ。
スピーチの原稿も入念に準備した。ベルさんの草稿に僕の意見も加えて――つまり、「こんな私が電話を発明してしまってごめんなさい」に始まり「私はゴミ人間です」に至る自虐的ポエムをどうにかこうにか軌道修正して、用意してある。
僕はベルさんの肩を優しく叩く。
「ベルさん、僕が言ったことを思い出してください。客席の人は、なんでしたっけ?」
「……カボチャの、ワタ……」
「ちょ、ワタってあの種と一緒のもしゃもしゃしたところですか。そこまでは限定してませんけど……」
「それじゃ、カボチャのヘタ」
「なんでカボチャ全体じゃ駄目なんですか? ……まあいいですけど。とにかく、お客さんはカボチャです。畑にカボチャがごろごろしているだけだと思えば、緊張もしませんよ。ね」
それでも不安そうなベルさんの手をとって、床から立ち上がらせる。
この日のために新調したスーツに身を包んだベルさんは、黙っていればちゃんと大学教授然とした立派な紳士だと思う。
猫背だが背は高く、顔立ちは端正で優しげだ。伏し目がちなところも、研究一筋の人間の奥ゆかしさに見えるかもしれない。
本人が強迫観念的に気にしているように体臭がきついなんてことはもちろんない。むしろエビチリのようなおいしそうな匂いが……
「ベルさん、ちょっと」
「うん?」
「失礼します」
僕はベルさんの上着のポケットに手を突っ込む。ものすごくベタベタした物に手が触れた。
「……またポケットに食べ物を」
「あ、朝ごはんのエビチリ。後で食べようと思って残しておいたんだった……」
「エビチリ好きなんですね……。でも、ポケットに食べ物を入れるのはやめてください。せめて半固形状のものだけでもやめてください」
ハンカチでエビチリを包んで取り除く。
「ごめん。どうしよう……」
「着替える時間もないし、このまま式に出るしかないでしょう。ちょっと表地に染みてますけど、この程度なら遠目にはバレないですよ。色の濃いスーツでよかった」
ベタベタを拭き取りながら言うと、うん、とベルさんはうなずいた。歳に似ないしぐさに僕はあることを思い出し、苦笑いする。
電話機の開発に明け暮れていたころ、ベルさんの教え子で日本人留学生の金子君が言ったことがあった。
「ワトソンさんは先生のオカアサンみたいですね」と。
「『オカアサン』って?」
そこだけ日本語だったので僕が聞き返すと、もうひとりの日本人留学生の伊沢君が金子君のわき腹をつついて「おい、失礼だよ」とたしなめた。
「すみません」
と金子君は謝り、結局『オカアサン』の意味は教えてくれなかったが、なんとなくニュアンスは感じ取れた。たぶん『ママ』ということだろう。
自分より年上の男のママ扱いされることは不本意だったが、それからも僕は彼の世話を焼くのをやめなかった。そうしなければ仕事が進まないのだ。それに、僕は嫌いではない。
明晰な頭脳の九割がたを研究に割いてしまって、他のことが何もできないベルさんが。
「これで大丈夫です」
エビチリを拭き終わって、かがんでいた体を起こす。
もうすぐ授賞式が始まる。今までの苦労が走馬灯のように目の前に浮かんだ。
研究室に寝泊りし、朝から晩までベルさんと一緒に開発に没頭した日々。タッチの差で特許を取得し、実用化と普及のためにスポンサーを募り、各地を飛び回った。それにも今日の受賞で一区切りがつく。
今日のこの日を迎えられたことは僕にとって嬉しくもあり、しみじみと寂しくもあった。
僕はベルさんの助手という立場だが、基本はフリーの機械技師だ。彼の理論を形にするために雇われた助手であって、目的が果たされた今、契約は終了することになっている。
「ワトソン君?」
僕が黙って見つめているのでベルさんは怪訝そうな顔をした。
僕は手を伸ばしてベルさんの蝶ネクタイのゆがみを直し、それから自分の胸の白いカーネーションを抜き取り、ベルさんの胸ポケットに挿した。
「……ベルさん、どうか良いスピーチをしてください。
あなたの発明した電話機には僕の思い入れも詰まっています。電話機が世の中に認められ歴史を刻んだ証しの賞に、ふさわしいスピーチを聞かせてください」
「うう、あんまりプレッシャーをかけないでくれないかな……」
「伊沢君に教わったおまじないがあるんですよ」
僕はベルさんの手をとり、手のひらを広げさせて、指を置いた。アルファベットのYをひっくり返したようなマークを指先で書き、これを飲み込んでください、と言う。
「こうすると、人前でもあがらないんだそうですよ。日本のおまじないだそうです」
ベルさんはすなおに何もない手のひらを口に当て、薬を飲み込むようにした。
それを見ながら僕は、心の中で誰にともない言い訳をする。これは、『ママ』として最後のつとめだから、と。
「ベルさん、もうひとつおまじないがあるんですが」
「ふうん、今度はどこの?」
「我が家のです」
嘘ではなかった。子供のころ、学校で何か発表しなければならないとか、緊張することがあるときに母親がしてくれたこと。
肩を抱き寄せて頬にキスし、神様が見ていてくださるのよ――と。
「……どう、ですか」
「うーん?」
ベルさんの顔に、嫌悪感はない。驚きもない。どぎまぎした風でもなく、ただ効能のよくわからない薬を飲んだというような、あやふやな表情があるだけだった。
僕は自分の動悸を馬鹿らしく思った。ベルさんにとって、異国の風習もワトソン家の習慣も意味を追及するような事象ではなく、説明された通りに受け取るだけだとわかっていたはずだ。
「あまり、効果はなさそうですか」
意外な言葉が返ってくる。
「いや……なんとなく、気が楽になったような気がする……。なるべくがんばるよ」
ベルさんにしては最大限に前向きな言葉だった。それを聞けただけでも嬉しいと思う。
情けなく笑った僕に、ベルさんのやはり情けない眉尻の下がった顔が向けられる。
「あ……でもやっぱりおなかが痛い……」
「……トイレに行ってらっしゃい」
授賞式が始まった。会場は満員だ。地元の名士、学者や研究者、上流階級のご婦人方が時の人を見ようと詰めかけている。新聞記者も大勢来ていることだろう。僕は一番後ろの席から、ベルさんを見守っていた。
明るく照らされたステージの上で、ベルさんはギクシャクしながらもどうにか賞を受け取ったが、問題はその後のスピーチだった。
「お集まりの、し、紳士しゅく……しゅこっ」
いきなり噛んでしまった。おまじないの効果は切れたのか、がちがちに上がってしまっているのが遠目にもわかった。
壇上のベルさんを見上げて僕は声に出せない声援を送る。
原稿を。スピーチの原稿を出して、とにかく読み上げればいいんです。そのために準備してきたんだから。
ベルさんは原稿のことを思い出したらしく、ポケット(エビチリが入っていたのとは逆のほう)を探って取り出そうとした。
だが見つからないのか、あせってポケットをかき回している。
僕は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
どこかに原稿を落としてきてしまったらしい。たぶん、トイレに行ったときだ。
ベルさんは呆然としてしまった。凍りついたように立ち尽くす演者に、聴衆が不審そうにざわめきだした。僕はよほど、今からトイレに走っていって原稿を拾って来ようかと思った。
しかしほとんど席を立とうとしたそのとき、ベルさんが口を開いた。
「し、し、紳士淑女の皆さん」
なんと、あのベルさんがアドリブでスピーチをしようとしている。
「紳士淑女の皆さん……皆さん。皆さんはカボチャのワタで……いや、ヘタで……」
ああ、だけど緊張のあまり何を口走っているのかわかっていない!
突然のカボチャ発言に会場がいっそうざわつく。
僕の前の席のご婦人がたが顔を見合わせて言った。
「カボチャですって?」
「おかしな方ね、さっきから……本当にあの人が電話機を発明したの?」
同様なささやきが、彼女たちだけでなく会場のあちこちから聞こえてくる。
本当なんです、と僕は叫びたかった。ベルさんは間違いなくこの時代の天才の一人だ。偉大な人なんだ。彼の発明が人類にどれほどの恩恵をもたらすか、真に理解している人間がこの会場に何人いるというのだろう。
ベルさん、もう何でもいいですから。
僕はやきもきするあまり痛み出した胸を押さえて、祈るように思った。
自虐的ポエムでもいい、サンダーファイヤーでもいい。
どんなスピーチをしようが、あなたの功績を揺るがせにすることは誰にもできないのだから。
――だから、早く終わらせて。
早く、僕のところに帰ってきてください。
ベルさんは言葉に詰まってスーツの胸元に手をさまよわせ、その手が、僕の挿したカーネーションに触れた。
深くうつむき、それからおそるおそる顔を上げて会場を見渡した。
「――皆さん。本日は、こ、このような賞をいただき、身に余る光栄に思います」
優しいバリトンの声は明らかに震えていた。けれど、満場の頭上を越えて確かに最後列の僕まで届いた。
「けれども、電話機の開発は私ひとりの力でできたことではありません。私の持たない技術を提供し、常によき助言をくれ、精神的な支えにもなってくれたパートナーがいたからこそ、私は電話機を完成させることができました」
ざわついていた会場が次第に波が引くように静まっていく。
ベルさんは片手を体の脇に垂らし、もう片方の手を胸の上に、白いカーネーションを覆うように当てている。
僕はいつしか、自分の上着の胸もとをきつく握り締めていた。
「研究が行き詰って目処が立たないときにも、開発費が底をつきかけて給料が払えないときでさえ、彼は私を見捨てないでいてくれました」
ベルさん、あなたは。
「彼がいなければ、私はここに立ってはいなかったでしょう」
ベルさん。
「私は、この賞と電話機という発明を、その素晴らしいエンジニアに捧げたいと思います。
――ありがとう、ワトソン君」
僕は、思わず音を立てて椅子から立ち上がっていた。
ベルさんが僕を見つけてステージの上から子供のように手を振った。
満員の聴衆が、みな振り返って僕を注視したが、それを気にする余裕もなかった。ベルさんを見上げることしかできない。
「……ベルさん、あなたって人は……」
僕はどうしようもなく熱くなった目頭を手のひらで押さえる。
祖国とか、恋人とか、もっとほかに相手があるだろうに。
世紀の大発明を、この人は一助手に捧げてしまった。
カボチャ発言に驚いていた前の席のご婦人が、僕に優しく微笑みかけ、手を叩いた。
パラパラと湧きおこった拍手はすぐに会場全体に広がって建物をどよもし、温かいスコールのように僕とベルさんの上に降り注いだ。
ベルさんはまだ手を振っている。その顔が笑っているのかどうか、僕の視界にもスコールが降っていたから、よくわからない。
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◇,,(∀・ ) オシマイ…
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電話組大好きです。
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