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小袖の手

ちょっとしたいたずら心というか、陽気で浮かれて出来心というか。
そろりと羽織った、義姉の晴れ着が妙に嬉しくて、絹の肌を撫でて楽し
み、感触に微笑んだ。
そうしたら急に、背筋に水を流されたように何かが走ったのだ。

ぞわ。首の後ろが粟立ち、髪の間にすいっと、冷たい手が差し込まれたよ
うに、芯まで冷え切った。
何かを見て恐ろしくなった。それならわかる。不明な冷感が示しているの
は、明らかな存在。それが、袖口から姿を見せる。

白い手が一つ、僕の左の手首を掴んだ。

「ひっ……」
息を呑んで手を振ってもそれは解けず、きゅうと手首を絞めた。目を離せ
ないでいたら、また一つ、手が現れる。さらに一つ。声も出せずに、今度
は右腕に這う感触。それが、また袖口から姿を見せる。
同じ白い手。

「ああ……」
逃げ出したいのにこれは、体に張り付いている。恐怖に顔を覆うこともで
きず。両腕を取られ、背中から覆いかぶさる、着物に棲む者。しとり、と絹
の重みは、肌に流れる水のよう。冷たい手のそれが、いくつもの手で僕を
抱く。

ぞろり。さらさら。

撫でて離れ、また触れる。冷たい指が何故か熱を煽る。辿る、肘まで。脇
腹からも手。
着ていた着物も帯をしているというのに、直に手が触れる。既に肌に憑い
ている。懐から覗く白い手が、首にかかっては遠慮がちに離れる。かと思
えば、肩から這って首を絞める。太腿に伝う指が股座を辿る。
まさかそのように煽られると思わず、身を縮込めても手には関係のないこ
と。息が上がって、だらしなく口から熱が漏れる。

恐ろしいのに心地良く、頭の中では警鐘が鳴っているのに、体はどんどん
と手に呑まれていく。耳の側で心臓が鳴るような、激しい血の音が逆に、
欲を煽るのかあちこちに、衝動を認めざるを得ない自分の行動。前に折
れて倒れこんだ姿も、他人が見ればまるで誘うような形の。口から漏れる
息の艶めかしさが我ながら、これ程の色は見ないだろうと思えるほどに
厭らしい。これはまるで、許された情事の溜め息ではないか。


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