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№,1

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  バトロワの三村×瀬戸←杉村だって
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  書き手は、今更このジャンルに再燃しまくっているらしいよ
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
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その日、シンジの家へ赴いたのにこれといった理由はなかった。
しいて言うなら、それが小学生のころからの日課だから、とでも答えるのが正しいか。
なんにせよ、豊にとってそれは取り立てて特筆すべきでもない、いつもどおりの行動だった。
日曜の朝から約束もしていない相手の家へ行くというのは、本来それなりに非常識な行為なのかもしれない。
けれど、九年越しの幼馴染などというのは殆ど空気に近い関係で、豊にとってシンジの家はもう一つの我が家のようなものなのだ。
最早互いに、相手に対しては『遠慮する』なんていう概念は無いに等しい。
それは他人から見ればおかしな間柄なのかもしれないが、少なくとも自分達にとっては心地よいものだった。
豊には、自分が他の誰よりもシンジの側にいるという確信があったし、その想いは九年間揺らぐことがなかった。
シンジは顔もいいし背も高いし、運動神経だって素晴らしい。
城岩中学三年B組の『ザ・サードマン』は何でも出来る凄いヤツで、その周りにはいつだってたくさんの人が集まってくる。
それは例えば仲のよいクラスメイト達とか、熱心な部活の後輩とか、ミーハーな女子生徒の一団とかだったりするのだけれど、
例えシンジがどれほど大勢の人に囲まれていても、豊は別段そのことについて考え込んだり寂しがったりはしなかった。
なんと言っても、自分とシンジは最も大切な親友同士なのだ。
他の皆とは、一緒に過ごしていた年月の長さも、その関係の深さもあまりに違いすぎている。
……それは豊にとってちょっとした誇りで、同時に彼が唯一安心できるための要素でもあった。

そう、自分とシンジは親友なんだから、と。
だから、たとえ何があってもずっと、自分はシンジの一番でいられるはずなのだ。

眠い目を擦ってふわりと生欠伸を噛み締めながら、無用心にも施錠されていないドアを勝手に開けた。
インターホンすら鳴らさずにずかずかと玄関へ上がりこみ、ドアの真正面にある階段を駆け足で上る。
腕の中に抱えたゲームソフトは発売されたばかりの新作で、昨晩一人でプレイしたときはあまり面白いと感じなかった。
でもきっと、シンジと対戦でもすれば感想も変わることだろう。
シンジというオプションがつけば、どんな駄作だって見違えたように楽しくなってしまうのだから。

早足で最上段まで上り終え、廊下を歩いた先にある彼の部屋に入ろうとドアノブに手を掛ける。
瞬間、シンジのものではない声が内側から微かに響いてきて、豊は眉を顰めた。
悲鳴のように苦しげなその声はどうやら女の子のものらしく、
郁美ちゃんがいるのかな? などと極々呑気に思いながら、しかしそれ以上は深く考えずにノブを捻った。
「……えっ」
薄く開いたドアの隙間から飛び込んできた光景に、豊が思わず小さく声を上げる。
目の前で起こっているのが何なのか脳の理解が追いつかず、鼓動が音を荒げて逸りを増した。
「シン、ジ……?」
無意識にそう口にしていたが、視線の先の相手は現在の行為に没頭しているのか豊の存在には気付かない。
豊が覗き見ているその先で、シンジは馬鹿みたいに真剣な表情で顔いっぱいに汗を掻きながら、小柄な女の子を抱いていた。
シンジの身体の下で切なそうに腰をくねらせているその少女が、隣のクラスの女子生徒であるのを遅まきながら思い出す。
見ちゃいけない。そう思っているのに、眼前の情景から双眸を逸らすことが出来なかった。
豊は叫びだしそうになるのを何とかこらえて、扉の隙間から僅かに見える二人の姿を光の無い瞳でぼうっと見つめた。
嫌な汗が首筋からふつふつと沸いて出て、シャツの襟をべたつかせる。
背中を這い上がる怖気に全身をぶるりと震わせて、豊は自嘲するように薄く唇を綻ばせた。

ああ、そうだよね。シンジくらいもてる男なら、こういうことをしてて当然だよ。
何も休日の朝から、特に取り得の無い幼馴染とレースゲームなんかしなくても、もっと楽しいことは世界にいくらでもあるんだ。

そんな風にぼんやりと思考しながら、豊は室内の二人に気取られぬよう、そっとドアを閉じた。
余計な足音を立てないよう細心の注意を払って階段を下りると、振り向きもせずに玄関から離れる。
何もしていないのに無性に気分が悪くて、頭の奥にぐらぐらと揺れるような感覚があった。
胃が、錐で穴でも開けられたかのようにキリキリと痛む。
せり上がってくるむかむかとした吐き気に思わずしゃがみ込み、倒れこみそうになりながら草の陰に胃液を吐いた。
そうしているとどうしてか、目の端に溜まっていた涙までぽろぽろと零れはじめる。

こんなことで泣くなんて自分は大馬鹿だと思いながら、それでも耐え切れず、ひっくひっくと咽喉をしゃくり上げた。
両目から溢れた透明な水滴が、真っ直ぐな二本の筋になって頬をつぅっと伝う。
それを上着の袖で乱暴に拭うと、空気が抜けたかのようにだらりとした膝に、無理やり力を込めた。
ふらふらしながらも何とか立ち上がり、自宅へ帰るためゆっくりと歩を進める。
両足を交互に出すというただそれだけのことがひどく億劫で、自分の歩く速度がナメクジが這いずるのと同じかそれ以上に遅く感じられた。
細く息を吐きながら、豊は先ほど見た光景を何とか脳内から消去しようと試みる。
けれどそれはどうしても不可能で、鉄版で焼き付けられてでもいるかのように豊の脳裏から離れようとしなかった。
汗で額に張り付いた少し茶色がかった前髪や、器用そうにくるくると動く指先。
シーツに投げ出されたすらりとした肢体に、間断なく漏れ聞こえた荒く獰猛な息遣い。
そういったものの全てが、豊を捕らえて離さない。
全身の臓器を押し潰しそうな鋭い痛みが体中を駆け抜けて、拭ったばかりの涙が再び滲み出る。
自分は変だ、と心からそう思った。
親友の性行為を盗み見てこんな感情を抱くなんて、きっと頭がおかしいに違いない。

おれは女の子じゃないのに。シンジの恋人なんかには絶対になれないって分かりきっているのに。
――――あの子の代わりにあの場所にいたいと、こんなにも強く願ってしまうなんて。

可笑しくなんてないのに口の端から笑声が零れて、豊は「ああ、やっぱり自分はどこかが壊れているのだ」と感じた。
生気の感じられない顔を俯かせ、ふらつきながら歩く。
「おい、瀬戸か?」
突然、肩をつかまれながら背後からそう声をかけられて、豊は力なく後方へと振り向いた。
声の主がシンジでないのは分かっていたし、出来れば今は誰とも会いたくなかったのだけれど仕方ない。
それに振り返った先に居たのは、声を聞いて半ば予想していたとおり、親しいクラスメイトの一人であるヒロキだった。
小柄な豊は勿論、シンジと比べてもなお長身のヒロキは、豊の顔色を見るなり眉を顰めて呟いた。
「随分具合が悪そうだな。何かあったのか?」
「そう? 別に、なんでもないよ」

無理やり肺から搾り出したような声でそう答えると、ヒロキは頭を振って豊を正面から見据えた。
その返答に細く溜息をついてから、大きな掌で豊の両肩を優しげに包み込み口を開く。
「そんな真っ青な顔で言われてもな。三村は? 一緒じゃないのか?」
「……っ」
シンジの名前を聞いて、反射的に心臓が軋んだ。
それでもヒロキにあまり心配をかけてはいけないと、先ほど以上に小さくなった声で、豊は必死に言葉を紡ぐ。
「どうしてシンジの名前が出てくるのさ? 別におれ、シンジといつも一緒にいるわけじゃないよ。
 シンジにはシンジの友達とか彼女とかがいるし、おれ一人をずっと構ってるわけないじゃんか」
「……あいつが聞いたら憤死しそうだな。あいつには、お前以上に大切な相手なんかそうそう居そうにないが」
そう告げられるものの、豊にはヒロキが何を言っているのか分からなかった。

だってシンジには彼女がいて、今現在その相手と素晴らしくエキサイティングな時間を過ごしているはずなのだ。
それに考えてみれば、バスケの練習に精を出している時も、シューヤたちとロックの話で盛り上がっている時も、シンジはいつだってとても楽しそうで。
それはつまり、チビで運動神経も成績もお世辞にもよいとは言えない自分なんか、シンジにはいてもいなくても同じだという確かな証明だ。
もしかしたら、一番の親友だというのすら自分ひとりの勝手な思い込みに過ぎなくて、
本当は、小学生からの腐れ縁だからという理由で仕方なく、シンジは自分に付き合ってくれているのかもしれない。

一度思考の天秤が傾けば、あとは悪いほうへ悪いほうへと全てが流れていく。
豊は潰れそうな心に悶え苦しみながら、じわりと滲んでいた涙がまた溢れ始めるのを感じた。
一旦流れ出したそれは、もう先ほどのように無理にとめることすら出来ない。
「そんなわけ、ないよ。シンジはおれなんか、何、とも……」
泣き崩れその場に膝を折りそうになる豊を支えたのは、鍛え上げられたヒロキの両腕だった。
暖かいそれが豊の細い背中へ回され、その痩身をがっしりと包み込む。
「……三村に何か言われたのか?」

「ううん、ただおれが勝手にショックを受けただけ。シンジの一番はおれじゃないんだなって思ったら、ちょっと悲しくて。
 ……バカだろ? おれみたいに何のとりえも無いようなヤツ、ただ幼馴染ってだけでシンジの友達になれたのにね」
「瀬戸……」
豊の視線の先で、ヒロキは何事か言おうと口を開きかけたように見えた。
けれど結局何も続けようとはせずに、彼は無言のままその長い腕で豊を更に強く抱き締めた。
背中に感じる指の力強さに、思わず呼吸するのも忘れて顔を上げる。
目を向けた先にあったのは今までに見たことが無いほど真剣なヒロキの瞳で、豊は小さく息を呑んだ。
燃え盛る炎の塊のように熱をもった指先でぎゅっと豊を抱き止めたまま、ヒロキが告げる。
「――――俺なら、瀬戸を一番にできるよ」
「ヒロキ? 何、言って……」
「瀬戸の一番は俺じゃないけど、俺にとっての一番は瀬戸だから」
ヒロキの端正な顔が豊へと迫り来る。次の瞬間、二人の唇がほんの僅か掠める程度にだけ重なった。
豊は逃げることも出来ずにその行為を被ると、自分の口唇に残った濡れたような感触に、漸く今起こった事態を把握する。
けれどヒロキがそんなことをする理由はてんで思いつかなかったし、冗談にしてはちっとも笑えなかった。
ただ、ヒロキが言ってくれた言葉だけはやたらと心に響いて――。
「一番?」
「そう、一番」
泣いた子供をあやすように穏やかな笑みを浮かべて、大きな掌でぐりぐりと豊の頭を撫で回す。
そうしながら、ヒロキは豊の耳元に顔を近づけて再び囁いた。
「俺のウチおいで、瀬戸。俺が瀬戸を誰よりも好きだってこと、教えてあげるからさ」
「分、かった……」
自然と咽喉から飛び出したその言葉に、誰よりも驚いたのは豊自身だった。
けれどこんなにふらふらのまま帰ったらきっと妹が心配するだろうから、ヒロキの家で少し休ませてもらえるなら確かにありがたい。
そしてそれ以上のことを考えるには、今の豊は疲れすぎていた。
ヒロキが自分にキスした理由も、一番がどうこうという言葉の意味も分からなかったし、積極的に分かろうという気にもならない。
それでも一つだけ確実に言えるのは、自分がヒロキをそれなりに好きだという事実だけだった。

尤もそれは本当に単なるクラスメイトとしてで、それ以上の意味も意図も全く持って含まない感情だったのだけれど、
疲弊しきっていた豊にとって、自分を心配してくれるヒロキはとても頼もしい存在に思えて、そのまま縋りついてしまいたくなったのだ。
「行こ、ヒロキ」
震える指先でヒロキの袖口を掴んで弱弱しく引っ張り、そう促した。
それに反応したヒロキが歩き出すのをどこか他人事のように眺めながら、豊は細く息を吐く。
――――今はもう、何も考えたくなかった。

     ○     ○     ○

視線の先に、両足を揃えてベッドにちょこんと腰をかけている瀬戸豊の姿があった。
それは杉村弘樹にとって以前から仄かに夢見ていた光景で、こうして実現した今も現実だとは信じ難かった。
肩を落とし、どんよりと虚ろに青褪めた表情の瀬戸を目の前に、弘樹は胸の詰まるような想いを感じる。
瀬戸にこんな表情をさせているのが三村であるのは、確実だった。
当然だ。他の誰であっても、瀬戸の心にこれほどまでの影響を与えることは出来ないだろうから。
それがとてつもなく悔しくて、けれど今はそんな瀬戸を介抱できるチャンスに少しばかり心躍った。
「……三村と何があった?」
意を決してそう尋ねれば、瀬戸は突然触られた兎みたいに肩をびくんと上下に動かした。
円らな瞳で恐る恐るといった感じにこちらを見上げ、蚊の鳴くような声で少しずつ話し始める。
「オレ、さっきシンジの家に行ったんだ。ゲーム……しようと思って。
 でも、シンジの部屋に行ったら中に女の子がいて、……二人でエッチなことしてた」
喋りながらまた涙ぐみだす瀬戸にタオル地のハンカチを差し出して、弘樹はくしゃりと前髪をかきあげた。
瀬戸は渡されたハンカチで目元を軽く擦ると、真っ赤になった瞳をこちらへめいっぱい向けて吐息する。
疲れきったような陰のある顔で薄く笑って、彼は弘樹に告げた。
「シンジはさ、かっこいいしもてるから、そういうことしてて当たり前なんだ、けど……」
「けど?」
「けど、それ見ておれ、苦しくなったんだ。
 シンジはおれの事、ただの友達の一人だと思ってるんだろうけど、おれは……」
その後に続く単語が何なのか弘樹は確実に当てられる自身があった。

だが余計な口を挟もうとはせずに、黙ったまま相手の話を聞き続ける。
弘樹の視線に気付いた彼は少しばかり口を噤んで押し黙ると、たっぷりの時間をとってから悲しそうに笑んで言った。
「おれ、女の子だったらよかったのにな。ほら、シンジは女の子が好きだからさ。
 おれが女だったら、遊びだったとしても、おれにもそういうことしてくれたかもしれないだろ?」
ぽつりと呟く瀬戸に「それはお前の思い違いだよ」と弘樹は心中で突っ込みを入れた。
三村が誰彼構わずファンの女子達の相手をしているのは、単に彼がどうしようもないほどの女好きだからではない。
彼は、行き場の無い劣情を吐き出す相手として、周囲の女子を利用しているに過ぎないのだ。
あまりにも自分の側にいすぎるせいで、抱き締めることすら出来ない最愛の存在。
瀬戸豊へ抱く己の感情を、押し留めるために――――。

……まったく、この二人ときたら、どうして互いに相手の気持ちに気付かないのだろう?
傍から見ているだけの自分ですら、彼らが実のところ両思いであるのが手に取るように察知できるのに。

そう一瞬苦笑しかけて、それはつまり自分がそれほど彼らを見続けてきたということなのだと分かり納得する。
そうだ。三村がずっと瀬戸の側にい続けてきたように、自分もまた、ずっと瀬戸を見つめ続けてきた。
唇から漏れていた苦笑いが、冷笑のような氷点下の凍った笑みへと一瞬にして色を変える。
もし今自分が三村の本心を教えてやれば、きっと彼らは互いのすれ違いを乗り越えて幸せなカップルになれるだろう。
けれど弘樹はそんなキューピッド役になどさらさらなりたくはなかったし、なるつもりもなかった。
「瀬戸、さっき言ったろ。俺なら瀬戸を一番にするって」
そう口にしながら、瀬戸の細い両腕を頭の上へと片手で纏め上げ拘束する。
ベッドの上に押倒される格好になった瀬戸が驚いたようにぱちりと瞬きをして、長い睫がぱさぱさと揺れ動いた。
「俺は瀬戸が男でも女でも、そんなのどっちでもいいよ。瀬戸がいてくれたら、それだけでいい」
先ほどした触れるだけのキスとは違う、濃厚な口付けを交わす。
上下の唇の間からぬるりと差し込んだ舌で器用に咥内を舐めてやれば、身体の下の瀬戸がふるふると全身を震わせた。

歯列をなぞり、逃げようとする相手の舌を強引に絡め取って吸い上げる。
びくんびくんと肩を揺らす瀬戸の戸惑ったような表情に、後から後から情欲が湧き上がるのを感じた。
「ヒッ、ロキ……、やだぁっ」
涙混じりの声でそう名を呼ばれた瞬間、何かがぞくりと背筋を這い上がり、理性が霧散していく。
室内に響き渡った甲高いその声は耳に心地よくて、もっと啼かせたいという欲求だけが脳内を埋め尽くした。
腕を押さえているのとは別の手で乱暴にシャツを捲り上げ、新雪のように真っ白い肌を電灯の明かりの下へ露にさせる。
思わずごくんと咽喉を鳴らせば、恨めしそうな瀬戸の視線が下から自分を貫いていた。
その、泣きはらして赤くなった目元ですら、今の弘樹を止める理由にはならない。
むしろ、より熱情をそそられて、弘樹はもう一度深く瀬戸の口腔を舌で犯した。
たっぷりの唾液をどくどくと送り込んでやれば、瀬戸は苦しそうに身悶えしながら必死でそれを嚥下する。
けれど飲み込めきれなかった一筋がつぅっと首筋のほうへ落ちていって、弘樹は目を細めながらそれを舐め取った。
咽喉元を襲う濡れた舌先の感触に、瀬戸が「ひっ」と声を上げて左右へ身体をばたつかせる。
それを片手で軽々と抑え込んだ弘樹が、こらえ切れない笑い声を滲ませて耳元へ囁いた。
「怖くないから大丈夫だよ、瀬戸」
「やっ、ヒロキ……、どう、して……?」
そう尋ねた瀬戸の表情が心底わけが分からないと言いたげなものだったので、弘樹は心外だと言うように顔つきを変える。
怒ったような、けれど寂しそうな顔をした弘樹は、瀬戸の耳朶をぺろりと一舐めして呟いた。
「言っただろ。俺が、お前を好きだってことを教えてやるって」
「でもっ……」
「三村はお前を抱けないだろうけど、俺なら抱ける。……豊が望むこと、俺は何でもしてやれるよ」
その台詞に、瀬戸の動きが一瞬停止する。
「え……」とか言葉にならない声を上げて、瀬戸はおずおずと弘樹を見上げた。
その先にある弘樹の大真面目な瞳に射竦められたのか、なんと答えればいいのか迷っているうちに、弘樹は再び口を開いた。

「だから、瀬戸。俺のものになりな」
――――三村信史のものじゃなく、俺のものに、さ。

大きく開かれた襟から覗く鎖骨の辺りに唇を寄せて、少々強すぎるくらいの力で吸引する。
あの三村ですら触れていない清純な箇所を侵しているのだと思うと、目の前がくらくらするほど興奮した。
我を忘れて瀬戸に覆いかぶさり、今にも引き千切りかねない勢いでシャツのボタンとズボンのベルトを外す。
「あっ……、っく、ヒロ、キぃ……っ!!」
叫んで暴れる彼を気にも留めずに抱きかかえると、思いやりなんて到底感じられない乱雑さで、その全てを奪い尽くした。

    ○     ○     ○

月曜の朝、三村信史は情事の翌日特有の気だるい倦怠感を振り払ってだらだらと家を出た。
まだ眠い頭で、昨日のお相手であった少女の小柄な身体や細い腰をぼんやりと思い出す。
笑ったときの目元がどことなく豊に似ているコで、突き上げたときの高い声も驚いたとき豊が出すそれをどこか想起させる。
信史にとって、セックスの相手にする少女達は皆豊の代替物だったし、今後もそれは変わらないだろうと思えた。
けれどそれは、仕方の無いことだ。
自分をあれだけ慕って懐いてくれている、あの純粋な幼馴染にこんな欲望を打ち明けることなど、どうして出来るだろう。
あの、折れてしまいそうな細腰や白いうなじに自分が欲情しているなど、豊に言えるはずも無い。
そんな事を暴露すれば、豊に軽蔑され、怯えられてしまうことは分かりきっている。

だからせめて、一生胸のうちに秘めておかねばならない劣情の代わりに、彼に似た女子達を抱くのだ。
それが、何の意味も無い無駄な行為だと分かっていても。

少し前に大切な試合が終わったばかりだったので、喜ばしいことに今朝は久々に朝練がなかった。
豊と一緒に登校しようと思って家へ寄れば、しかしインターホン越しに返ってきたのは
「お兄ちゃんなら、もうとっくに出ちゃったよ」という無愛想な声だけだ。
朝に弱い豊がこんなに早く学校へ?と少々不審に思ったものの、きっと委員会の仕事か何かがあったんだろうと肯定的に解釈する。
豊を待つ時間を考慮して早めに家を出てしまったせいか、学校に到着したのは始業時間の随分と前で、教室には未だ人気がなかった。
部活がある人間はまだ練習が終わっていないのだろうし、そうで無い人間はそもそもまだ登校途中だ。

信史は自分の席に荷物を置くのより早く豊の座席をチェックして、そこに彼のカバンが既に掛けられているのを見咎めた。
一体どこへ行っているのだろうと思いながら出入り口の方へ目をやったのと同時に、がらり、と大仰な音を立てて扉が開いた。
「あ、シンジ……」
驚いたような顔でこちらを見ながら席へつく豊に、信史はいつもどおりの調子で話しかける。
「随分早いじゃねぇか、日直の仕事でもやってたのか?」
「ううん、そうじゃないんだけど。たまには早く来るのもいいかなぁって思って」
しんと静まり返った教室で、そう答える豊の表情は常になくおどおどとしていて、信史はその姿を奇妙に感じた。
まるで自身から視線を逸らしたがっているようにびくびくと身体を強張らせた豊に、不信感を募らせる。
「……ん?」
視界に入った僅かな違和感に、一瞬首を捻る。どこがおかしいのか分からないが、しかし確かに何かがおかしい。
けれど、それと同時にはっとした顔つきで首筋に手をやった豊を見て、その違和感の正体に辿り着いた。
「豊、それ……?」
豊の首筋にあったそれは丸く小さな赤い痕で、つい今しがた付けられたかのようにありありとその存在を主張していた。
どうせまた布団をちゃんとかけずに寝て、眠っている間に虫にでも刺されたのだろう。
そう思い込もうとするけれど、冷静さを失いきれない脳みそが「どう見ても違うだろ」と自分自身へ訂正を求めた。
微かに見え隠れするそれが昨日自分が女の子の太ももにつけたそれとよくよく似通っているのに思い至り、絶望する。
けれどまさか豊がそんな。ありえない、とばっさり斬り捨てて笑おうとするものの、どうしてか上手く笑顔が作れない。
「シンジ、分かんないの? こういうの、シンジの得意分野なのに」
混乱する信史とは対照的に、豊は感情を感じさせない冷たい口調ですらすらと告げた。
悪いが俺は虫博士じゃないんだよ、とそんな軽口を叩こうとして、まったくもってセンスの無い言い回しだと自嘲する。
だが、だからと言ってほかに思い浮かぶ台詞もなく、仕方なく信史は阿呆みたいにぽかんとした表情のまま無言でいた。

「キスマークだよ。シンジだったら知ってるでしょ……、っていうか、どうせ付けたことだってあるんでしょ」
いやそれは確かにあるか無いかと聞かれたら勿論あるのだが、問題は俺ではなくなぜ豊にそんなものが付けられているのかだ。
ごちゃごちゃと空回りする思考の隅っこで、『豊が誰かと付き合いだした』という答えが浮かんだが、問答無用で却下した。

そんなことを認めて平気でいられるほど、俺の神経は図太くなかったから。
けれど瞳の先で豊が告げた台詞があまりに衝撃的で、俺の神経は結局ずたずたに切り裂かれた。

「俺だって、してるんだよ。……シンジが昨日してたみたいなこと」
「豊……? 何で」
何で知ってるんだ、とそう続けようとした瞬間、後ろの扉から練習を終えた女子バレー部の一団がぞろぞろと入ってきた。
そのせいで、それ以上二人きりの話を続けることは出来なくなり、しかも気付いたときには既に豊の姿が室内になかった。
どうやら、いつの間にか前の扉から脱兎のように飛び出してしまっていたらしい。
信史は豊を追おうとしたものの、今行っても逃げられるだけであることを了解していた。
頭を抱えて机に突っ伏し、クラスメイト達には気取られぬよう平静を装って、その実内面は激情に身を任せる。
誰だか知らない豊の相手に対し止め処ない嫉妬が溢れて、けれどそれ以上に自分の不甲斐なさに歯噛みした。
思い立って立ち上がり教室を出ると、屋上へと続く階段へ駆け足で向かう。

埃っぽいそこに人気が一切無いのを確認すると、
――――三村信史は声を押し殺し、己の情けなさに泣いた。

「馬鹿野郎、豊……。俺が、どんな想いで……くそっ!!」
嗚咽交じりの声で一人呟く信史の言葉は、力任せに壁を叩いた拳の音でかき消された。
薄く血が滲んだ甲は見るからに痛々しかったけれど、まるで自分の身体では無いかのように何の感覚もしなかった。
ただ、引き裂かれそうな胸を襲う激痛を除いては、何も。

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計算違いで1レス少なくて済みました。それにしても、なぜ久々に書いたのが欝ネタなのか……。
でもやっぱ、この三人は大好きだ。特に豊ハァハァ。


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