ドーナツ
更新日: 2011-04-26 (火) 15:32:40
ビリ公ビリです。エロなし。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
甘ったるい、と呟いてグラハムはドーナツを皿に戻した。
「こらこら、歯型のついた食べ物をお戻しでないよ。行儀が悪いよ中尉殿」
キーボードを打つ手は休めず、ビリーが苦笑する。彼が向かうディスプレイにはなにかのデ
ータを示すグラフがいくつも展開していた。FLAG、という文字が目に飛び込む。ビリーが開発
の主力を担ったモビルスーツの名称だ。性能もさることながら汎用性の高さを買われ、今では
エムスワッド全軍に配備されている。
「よくそんな歯の溶けそうな菓子を食べていられる」
「糖分は脳の活動を促進するよ。精神の沈静作用もある」
言いながら、ビリーはグラハムの食べさしに手を伸ばす。粉っぽく甘いだけのドーナツ。彼
の給与ならばもっと質のよいものが食べられるだろうに、ビリーが買うのはいつも大衆向けの
チェーン店のドーナツだ。
グラハムはよく知らないのだが、そのチェーン店では買った量に応じてぬいぐるみや文房具
などを配布しているらしい。マウスパッドやディスプレイの縁に貼られた付箋、手帳にペン。
ビリーの持ち物にはかなり高い確率でドーナツ店のキャラクターイラストがついている。
事務椅子に置かれたオレンジ色のクッションをグラハムは持ち上げた。丸くデフォルメされ
たライオンが全面に描かれている。
「威厳がなくなるからこういう子供じみたものを持つのはやめさせてくれ、と君の部下から泣
き付かれたな」
「それはすまなかったね。叱っておくよ、エムスワッドのエースを瑣末なことで煩わせないよ
うにって」
ドーナツを胃におさめたビリーは、親指で口元を拭う。油のついた指先をペーパーに押し付
ける。コンマ以下の数値までおろそかにしない神経質な仕事ぶりとは裏腹に、一人の人間とし
てのビリーは不精者だ。粉砂糖の落ちきらない手でタイピングを再開する。
クッションを元に戻した。ビリーの肩に手を置きディスプレイを覗く。
「フラッグじゃないな。新型か?」
「さすが目ざとい。ちょっと個人的な趣味で設計中なんだ。フラッグは扱いがたやすい分、自
由度が低くて個人の技量をそこまで反映できないからさ」
「フラッグの性能限界は私も気になっていた。前世代機よりはマシだが、肝心なところで動き
が制御される。オリジナルチューンを上申したところだ」
「リミッターいじってもさして効果はないよ。君の要求レベルまで引き上げようと思うなら、
基幹システムごと入れ換えるほかないね。……ま、フラッグ開発に予算がかかりすぎて穏健派
に議会で叩かれたから、しばらく新型の開発なんてできそうにないけど―――そう露骨に不満
そうな顔しなくても。AEUが開発中とやらの新型に期待しなさい。うちのフラッグの方が性
能が劣るとなれば、ゴーサインが出るさ」
キーボードを叩く手を止め、ふとビリーは顔を上げた。囁くように付け足す。
「僕がこういうことをしているのは誰にも内緒ということで」
「了承した。だが何故だ?」
「足並み揃えてないとやっかむ連中が多いんだよ」
おだやかな笑顔は崩さない。だが唇の端に苦みが滲んでいる。人差し指でビリーは投げやり
にキーを打った。画面を埋めていたデータが全て閉じる。表示されたデスクトップはドーナツ
店のキャラクターイラストが壁紙だ。
ライオンと君は似てるよね、としみじみビリーはつぶやく。彼の眼鏡はあまり視力矯正の役
目を果たしていないようだ。
「気に入らないな」
「怒るなよ。確かに君には少しかわいらしすぎだな」
「失敬だ。私の方がかわいらしい。それもカンに障るが、君に他人の目を気にするような繊細
さがあったことがなにより不愉快だ」
「……うーん。色々引っ掛かる物言いだ」
椅子の背もたれが軋む。重心を後ろに移し、軽くのけぞってビリーはグラハムを見上げる。
眼鏡越しの瞳がすっと細まった。
「開発だけに専念していたいのは山々さ。だけど世の中には他人が注目されることを許せない
つまらない人間が山ほどいる。用心するに越したことはないよ。ただでさえこの国は、肌の白
くないものが生きづらい」
「専念していればいい」
「人の話を聞いていた? 悪い癖だよ」
「君は私が守ろう」
コーヒーカップに伸ばされかけた手を掴む。筋肉量の違いか、グラハムよりもはっきりと体
温が低い。
冷たい手首を捕らえたまま、夜色の瞳を覗き込む。
「エムスワッドのトップエースはビリー・カタギリ技術顧問の開発した機体以外使わない、と
いうことさ。君を害し、損なおうとするものは私が全て排除する。だから約束したまえよカタ
ギリ。―――私のために誰も追随できない兵器を作り続けると」
たっぷり十秒、ビリーは何の反応も返さなかった。
電話の着信音が沈黙を破る。ビリーは発信者表示に目をやり、グラハムの拘束を軽く振り払
う。緩慢な動作でボタンを押すと、着信音は途絶えた。
「……参った」
ビリーはさらに深く椅子にもたれかかる。ほんの少し、頬が紅潮している気がする。
「結局それか。ずいぶん僕に分の悪い取引だ。君は本当に利己的でかわいらしい」
「不服か?」
「まさか」
小さな笑み。瞳が閉ざされる。受けてもいいが君は誰にも負けてくれるなよ、とビリーは目
を閉じたまま言った。グラハムは答えなかった。わざわざ口にするまでもなく、それは当然の
事柄だった。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
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