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フライダデフライ アギスン

「いらっしゃい」
開け放ったドアの向こうには、着慣れない服に憮然とする彼がいた。
「ふうん、けっこう似合うね」
頭の先から爪先まで視線を這わすと、居心地悪そうに肩をすくめる。
「落ちつかねえ。ここまで来るのも、死ぬほど恥ずかしかった」
なんでスーツなんだよ、とスンシンはお世辞にもきれいに締まってるとは言いがたいネクタイを引っ張った。
 事件が起きたのは、その日の放課後の事だった。
ゾンビーズの部室に、突然聖和の制服が飛び込んできた。
「あれ、はるかちゃん?」
ヤマシタが息を切らせる少女を見て驚いたような声を上げる。
「こ、こんにちは、突然すみません、あの」
挨拶もそこそこに彼女は切り出した。
「お父さんを助けて下さい!」
その言葉にいち早く反応したのは、ドアから一番遠い、窓際に掛けていたスソシソだった。
「おっさんがどうした」
次の瞬間にはハルカの前に屈み込んでいる高速移動に、思わず皆ちょっとたじろぐ。あの件から
二ヶ月になるが、スンシンの中で「おっさん」は、まだずっとずっと特別のままらしい。

ハルカの話によると、鈴木が朝の電車の中で、痴漢に間違われて警察に連れて行かれたのだと言う。
「お父さんじゃないんです。お父さん、絶対そんなことしません。濡れ衣なんです」
「うんまあ、そうだろうね」
あの真面目が背広着て歩いている彼に限ってそんな事はありえないだろうとミナカタが頷いた。
「でも、相手の人は絶対お父さんだって言い張るし。でも、目撃した人も証明してくれる人もいないんです」
相互の言い分は平行線を辿り、頑として否定を続ける鈴木はまだ解放されないのだとハルカは目をうるませた。
「朝何時の電車?」
ミナカタの目が、きらりと目を光った。

「よかったね」
頭の上から降ってきた声に、ちらりとスンシンが視線を流した。彼の視線の先にある警察署の建物は、もう夕暮れの中に落ちている。
同じ時間帯にその電車に乗っていた聖和の女子数人の証言で、鈴木の無罪は証明された。もちろん、彼女達の説得に一役買ったのは国境なきプレイボーイのアギーだ。
「声、かければいいのに」
「…ヤボだろ」
ハルカと腕を組んで帰っていく後姿に、ぽつりと呟く。その後姿を見つめる目のいろは、今までスンシンが見せた事のないものだった。
「スンシンは、本当に鈴木さんが大事なんだね」
何気ない口調でそう言ったアギーを、はっとスンシンが振り返る。言い返そうとして開けかけた口を閉じて、スンシンはもう一度スズキの背中を見て、そして目を反らした。
二人に背を向けたスンシンに、アギーははい、と紙袋を押し付けた。
「じゃ、報酬の件よろしく。家で待ってるから」
今回アギーに依頼に行ったのはスンシンだが、彼は基本的に小銭しか持ち合わせていない。デートを一件潰すんだからとアギーが提示した条件を、僅かの迷いの後スンシンは呑んだ。
「なんだこれ」
「着て来て。これも、報酬のうち」
じゃあ家で待ってるね、と後ろ手に手を振る。なんだこれ、と呆れたような呟きが、背後に落ちたのにアギーはくすりと笑った。

「ママさんは」
「友達と旅行中」
慣れた家の中に上がりながら、スンシンが静かなダイニングを見て尋ねる。
「…ふうん。でさ、何でこんな服なんだよ」
別れ際、アギーがスンシンに渡したのはドレススーツだった。
「スンシンに着せてみたかったんだ。どっちかと言うと、脱がせたかったのが大きいんだけどね」
俗に言う下心というやつだね、とアギーが無邪気に微笑む。
「シュミわりぃな」
「そう?よく似合ってるけど」
このこは自分の容姿に、本当に頓着がないなあとアギーはつくづく思う。そのきれいな顔がどれだけの衆目を集めて、醸し出す雰囲気がどれだけのあらゆる感情を刺激するかまるでわかっていない。

「入って」
アギーの部屋のドアをくぐったスンシンが、かすかに肩を強張らせたのが、後ろから見て取れた。普段ゾンビーズはアギーの自室には上がらず、ダイニングで遊んでいる。だから、この部屋の面積に対
して大きすぎるベッドをスンシンが目の当たりにしたのは始めてだ。
この名簿の聖和の女子に裏を取ってきてくれと、やってきたのはスンシンだった。いつも依頼にやってくるのは参謀長官ミナカタなので珍しいなとは思ったが、渦中のの人の名前を聞いて納得した。
『いいよ、やったげても。でも、今日俺大事なデートだったんだよね。いつもみたいにパン一個とかキスじゃ、ちょっと割に合わないなあ』
『じゃあ、何ならいんだよ。金なら今はマジでねーぞ。待ってくれんなら何とかすっけど』
『ツケは許さない主義なんだよね、俺。じゃあさ、スンシンでいいよ』
『は?』
『スンシンの身体で払ってくれたらいーよ。今夜、スンシンを俺にちょうだい』
『…本気か』
『スンシンに関しては、俺はいつでも本気だよ?』
いくばくかの逡巡ののち、彼は無言で頷いた。意外に思いつつも、「スズキさん」の為なら何も厭わないんだなとアギーは感心した。

「スンシン」
手を置いた肩が、ぴくりと跳ねた。おそるおそる、という普段の彼には似つかわしくない仕草でスンシンがアギーを振り返る。
「約束通り、君を貰うよ」

返事を聞く前に、半開きの唇を塞ぐ。自分にしては、荒々しいキスだとスンシンの唇をむさぼりながらアギーは思う。俗に言う、ジェラシーってやつ?なんてね。
舌を何度も吸い上げたところで、かくりとスンシンの膝が砕けた。力の抜けた身体を、アギーが抱えあげてそのままベッドに背中から押し倒す。
「、ん、っ」
キスを解かれて、やっと息を継いだのも束の間、すぐにアギーの唇がまた息を奪う。苦しいと、胸元を叩いていた手がキスの濃さに力を失っていく。ぎゅっと握り締められていた指先は、キスの終わりには、ただアギーのシャツにすがりつくのみになっていた。
「…怖い?」
常の強気な彼とはまるで別人の、どこか怯えた目で自分を見上げてくるスンシンの頬を、アギーがやさしく撫でる。
「…怖い、っつうか」
目を伏せて、呟いた。長い睫が目元に濃く影を落として、ひどく艶っぽい。
「痛てえの?」
潤んだ目で、まるで注射を怖がる子供のように尋ねてくるスンシンに、たまらずアギーは吹き出した。む、とスンシンが口を尖らせるが、そんな仕草もかわいいだけだ。
「うん、そうだね、多分どうしても痛いと思う」
ここ使うからね、と服の上からその場所に指を這わす。びくり、とスンシンが身をすくませた。
「でも、それよりずっとずっと、気持ちよくしたげるよ」
耳元に囁きと共にキスを落とすと、またスンシンの身体がかすかに震えた。

アギーは、とても優しく、優しくスンシンを愛した。
時間をかけて、指と唇でスンシンを丁寧にほどいていく。しなやかな筋肉に覆われたスンシンの身体は、想像ていたよりもずっと敏感だった。身体中にキスの雨を降らされただけで、スンシンはもうぐずぐずとアギー
の腕の中で融けかけてしまっている。
女の子の身体は最高だ。優しくてあったかくて、幸せな気分にしてくれる。スンシンの身体は、抱き慣れたそれらとは全然違う。硬いし、勿論彼女たちほど抱き心地もよくない。傷
のたくさんつけられた肌は、抱きしめると幸福感というよりも切ない気持ちで満たされる。
でも、不思議に手を離し難い魔力のようなものがある。もっと強く抱き締めたい。もっと、その肌を吸って、傷が見えなくなるくらい跡をつけてやりたい。
ーーー全部自分のものに、したい。

「あっ、、そこっ」
腹の傷跡に舌を這わせた時、噛み締めていた唇をスンシンが解いた。
「痛いの?」
滑らかな腹部に、白く刻まれてる傷にアギーは優しく口付ける。びく、とスンシンの腰が跳ねた。
「いたく、ね、けど…っ」
「感じるんだ?」
「…ハッズカシーこというなっ、バカアギッ」
「気持ちいいくせに」
きつく吸い上げると、スンシンが反らした喉を鳴らした。アギーが唇を下へと伝い落としていく。細い腰にひっかかったままのズボンを引きずり下ろすと、スンシンが焦ったように上体を起こした。
「ちょっ、待っ」
「なんで?ここからが一番気持ちいいとこだよ?」
脚の間から見上げるスンシンの顔は、泣きそうに歪んでいる。
こんな表情をさせたのは自分が初めてな筈だ、とぞくぞくとアギーの背筋を快感にも似た感覚が駆け上る。
はだけたシャツの下で大きく上下する胸や、怯えを含んで潤んだ目のなんて色っぽいこと。
「気持ちよくしたげるって、約束したでしょ」
本能に抗えずに頭をもたげている彼を、柔らかく揉んでやる。ひく、と引きつった背がまたそのままベッドに沈んだ。
「え、っ」
ねっとりと熱いものに覆われて、スンシンが一瞬間の抜けた声を上げた。
「な、っ…!ばかっ、はなっ、」
咥えられた事に気付いて、驚いてアギーの頭を押し返そうとする。が、自慰も滅多にしないスンシンに、唇と舌の刺激はあまりに強烈すぎた。そこが脳天に直結したみたいに頭の芯がびりびりする。
「う、ば、も…出る、からッ…」
それでも、せめてもの抵抗とばかりにぐしゃぐしゃとアギーの癖毛を掻き回した。
「出していいよ、飲んであげるから」
「そな、や、だ、って、っ…ん、あ、ああッ!」
じゅっ、とアギーの厚い唇がスンシンをきつく吸い上げる。
腰を大きく震わせて、スンシンはアギーの口の中に吐精した。

「痛い?」
「…わかん、ねえ…、あ、」
身体の中で、アギーがまた大きくなったのに、スンシンが眉をひそめた。でも漏らされる吐息はひどく甘くて、感じているのが痛みだけではない事を証明してくれている。
「おま、ムスコでかすぎ…」
挿れるまでも一苦労だったのに、まだ中で育つつもりらしいそれにスンシンが毒づく。
「スンシンの身体がセクシーだからいけないんだよ」
項にキスを落とすと、バカ、人のせいにすんなとスンシンがくすぐったげに肩をすくめた。
「だって、キミの身体って本当にエロティックなんだもん。背中も、なんかすごくイイ」
肩甲骨の下を吸い上げて、うっとりとアギーは微笑った。
「羽根とか生えてそう」
「…頭大丈夫か、お前」
慣れてきたのか、軽口を叩く余裕がスンシンに出てきた。貫かれている背中ごしに、きろりとアギーを振り返る。
「全然オッケーでクリアだよ。たまにね、キミの背中に翼が見えるんだ、俺」
「目、大丈夫か」
天使のような子だなあと、初めて会った時に思った。この世のものじゃないみたいにきれいで、まっすぐできっぱりとしていて、不思議な潔癖さを持っていて。人と距離を置きながらもでも、どこか寂しげで。何に
も頓着も執着もなくて、知らないうちにどこか遠くへ行ってしまいそうだと。
でもスンシンは変わった。「彼」に出会ってから。
「最近はね、見えないけど」
「彼」を知ってから、スンシンは地上に足をつけるようになったと思う。前よりも自分たちに近くなったと感じる反面、「彼」を想うスンシンは、遠い。
「…そろそろいいよね?」
らしくなく、なんだか凶暴な思いが込み上げて来て、アギーはスンシンの腰を掴んだ。
「え、あ、待っ…あ!」
少し乱暴に注挿されて、スンシンが悲鳴を上げる。この想いのままに彼を攻め立てたい気持ちもあったが、最初の約束を違える訳には行かないとアギーは腰の動きを緩めた。怯えさせたくないし、第一ここで失敗したら次につ
なげないかもしれないではないか。
彼のペースに合わせて腰を動かし、時折前を愛撫してやるとスンシンの息にまた甘いものが混ざり始めた。背中に覆いかぶさって、アギーはスンシンの顔を覗き込んだ。
「ね、名前、呼んで」

ね、名前、呼んで」
「…ア、ギー…?」
シーツにうっとりと頬をすりつけながら、掠れた声でスンシンが呟く。見上げてくるとろりとした眼差しに、アギーの喉が鳴る。
「そっちじゃなくて、本名の方。たまには呼んでみてよ」
「…サトウ?」
「そっちじゃなくてえ」
苗字を呼ばれて、さしものアギーも脱力しそうになった。多分、自分の名前を忘れているのだろうけど。
「…お前、名前、なんだっけ」
「ケンだよ。ケ、ン」
案の定の答えを返してきたスンシンに、苦笑しながらアギーが答える。
「ケン…」
赤く染まって、戦慄く唇から落とされたその声に、アギーの中で何かが弾けた。
軽い気持ちで言っただけなのに、名前をこの顔にこの声に呼ばれることが、こんなにも自分を狂わせるなんて。
もう堪える事などは出来ず、暴走する欲望のままに彼を攻め立てる。喘ぐように何度も名前を呼ばれて、頭も身体もどうしようもなく熱くなっていく。自分も夢中になって彼を呼んだ。
「スンシン、愛してるよ、スンシン」
キミの心が、たとえ彼にしかなくても。たとえ、自分の名前を呼ぶくちびるが、心の中では違う名前を繰り返しているとしても。
「愛してる、愛してるよ…」
この身体は、今だけは自分のもの。
届かない想いを込めた言葉と共に、アギーはスンシンの中に熱をぶちまけた。
びくびくっと震えたしなやかな身体が、がくりとシーツの海に沈む。その背中の上に自分も倒れこみながら、アギーはぎゅっとスンシンを抱きしめた。
右眉の赤く染まった傷跡に、そっと口付ける。スンシンの指がゆっくりと上がって、自分を包み込むアギーの腕にすがった。

「…サンキュ」
家の近くでスンシンはアギーの車から降りた。一人で帰れると言われたが、アギーはほぼむりやりスンシンを車に乗せた。本人は無自覚だが、行為の余韻はスンシンの全身にべったりと張り付いており、とても一人歩きなどさせられる状態ではなかったのである。
「ここでいいの?」
「コンビニ寄ってく」
コンビニ好きだよねー、とアギーが呟く。じゃあ、と行きかけて、スンシンがアギーを振り返った。
「ありがとな」
「ん?」
「おっさん、助けてくれて」
改まって礼を言うスンシンに、その想いの深さを感じてアギーは内心で溜息をついた。
そんなに駄目押ししなくたって、いいじゃない。
「ギブアンドテイク。ちゃんと報酬貰ったしね?」
ちょいちょい、と唇をつつくと、スンシンの頬が紅く染まる。この反応を見ると、まだ自分にも見込みはあるかもしれないなとアギーは思う。めちゃくちゃ感じまくってたし乱れてたし、それなりによさそうだったし。
何せ、俺はスンシンの『はじめての男』だしね?
「じゃ、また明日」
「おう」
ちらりと返された流し目も、以前よりずっと色っぽいし。
そんな考えを柔和な笑顔の下に隠して、アギーはスンシンに手を振った。

ゴメン計算間違えた
いろいろ至らないですが初FDFなんでご容赦をorz


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