担当←漫画家
更新日: 2011-04-27 (水) 12:32:01
流れが早いうちに投下したいので
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
元ジャンルは伏せますが担当編集←漫画家です 受けの一人語りですが801にすらなってないかも…
玄関には、奴が雨の日に打ち合わせに来て忘れていったピンクの傘がそのままになっている。
ゴミ袋が渦高く積んであるきったねえ玄関に、よく大事な女の大事なモンを置いて帰れるものだ。
それにしても彼女の家からそのまま仕事場に来る気恥ずかしさも、結婚目前の今となっては過去のものらしい。
…つーか、この傘はやっぱり彼女のものだったのか。例の単行本とともに浮気の状況証拠になったら面白かったのに。
チッ。
初めてこの傘をさして来た時、奴は涼しい顔をして玄関の外にさっとソレを隠したけれど、
鮮やかな色を一瞬見せたその傘が、20代後半の野郎の持ち物じゃない事はバレバレだった。
そんな一瞬の出来事を見逃せない、職業病とも言える観察力の鋭さを俺は何故か呪った。
別に漫画家と編集という、仕事を通じた付き合いの人間のプライベートなんざ知ろうとも思わないし、
知ったところで別に何とも思わないけど、その時心に何かが鈍く突き刺さった気がした。
ちょうど、この傘のような形の何かが。
仕事が一段落ついてアシスタント達も帰り、ひとりきりの早朝。
雪崩寸前の玄関のゴミ袋をさっさと置きにいって、本来なら短い惰眠を貪るところだが、やらなきゃならない事があった。
机の上を整えて、白いボードと絵の下書きを用意する。
いつもと違って絵の真ん中最前には、自分の漫画の主人公ではなくて、幸せそうな二人の姿。
奴と奴の彼女さんが好きな脇役キャラが、周囲を囲んで祝福の拍手を贈っている。
眠さ限界の時に描いたせいか少々歪んだこの下書きを、直す事から始める羽目になった。
普段の原稿だったら締切に間に合わすの優先で、これくらいなら誌面載るけれど。奴が早くしろと五月蝿いし。
こんな年頃になるまでよく一緒にいたものだと思う。
浮き沈みと人事異動の激しいこの業界で、何故か俺は生き残っているし、デビュー時から奴はずっと俺の担当編集だ。
作家としての「俺」が誕生してから、今までずっと。
その時俺がまだ大学生で、奴が23か4くらいで、雪まっさかりの季節に俺の実家にやってきて。
初対面でいきなり「こんなの載せられない」なんて原稿に駄目出しされて。言い合いになって。
とんでもない仕事に就いて、とんでもない野郎が担当に付いてしまったと思った。
上京して本格的に漫画家としての生活がスタートしてからは、ほとんど毎日奴と会うか電話で喋るかしている。
やれ原稿が遅いだの、さっさと描けだの言ってくるのはわかる。でも人ン家の冷蔵庫を勝手に漁るわ、
本誌の隅で俺の事をいじり倒すわ(もちろん誌面で反撃したけど)、おまけに親にまで変な事吹き込むのやめてくんない。
アニメ化で忙しい時も容赦なく仕事入れてくるし、風邪ひいてんのにマスクしねーで挙げ句の果てに俺にうつすし。
空気を読め。もっと俺を労れ。
あーもう、ちょっと思い出しただけでも憎たらしい。
なんかムカついてきたから、奴の姿だけ思いっきり改造してやる。
下書きが終わって、トレースして、ペン入れをしていく。汚れないように後ろのキャラから。
そういえばいつの間に奴の好きなキャラ知ってるんだっけ。さすがに彼女さんのはそれとなく訊いたけど。
いままでありとあらゆる馬鹿話をして、沢山の口喧嘩をして、真面目に仕事の話もして、
だいたいお互いの事は把握してはいるものの、色恋その他のプライベートは知らない。
近過ぎるような遠過ぎるような、不思議な関係だと思う。
歳も社会人としての経験値も趣味も近い俺達の、馴れ合わない為のラインがそこにある。
いや、そーゆーキャラじゃないから話ししないだけだけど。つかキモかったものなー。結婚の話されたとき。
その日の奴は何故か俺と目を合わせなかった。
いつもは席についた途端いきなり仕事の会話(というか喧嘩)を振ってくるのにそれが無い。
黙りこんだまま、何かを言いたそうな、でも言えないような顔をしていた。つかバレバレだった。
傘の件で既に察しのついていた俺は、彼氏に別れ話を切り出される女の子ってこんな感じなのかなーとぼんやり思い、
『そういう時は黙って赤飯製造マシーンになるしかねーよお前』などという自分の漫画のセリフまで一瞬脳裏によぎって、
慌てて脳内デリートした。
「もう俺も28だし結婚する事にした」
必要以上にコーヒーをかき混ぜながらやっとの事でそれだけ告げた奴は、顔を赤らめていた。
まるで誰にも見せたくなかった恥ずかしい部分を見せたかのように。大事な宝物をそっと宝箱から取り出したかのように。
「そっか。おめでと。アシさん達にも伝えておくわ」
と平静を装いつつ言ったものの、反射的にうわキモっと思って、恥ずかしい部分をついに見せられた衝撃が襲ってきて、
と同時に波がさぁっと引くような深い落胆を感じて、それを感じた自分に恥ずかしさが込み上げた気がして、
心ん中がぐちゃぐちゃでよくわからないうちに自分まで顔が真っ赤になっていた。
そのまま二人して真っ赤な顔のまま、ぎこちなく打ち合わせをしていたがあんまり覚えていない。
ルノアールの自分達の席だけ異様な雰囲気に包まれていたことは確かだ。
とりあえず逃げたい助けて欲しいと思った。その空間から?自分の心から?
って、俺もキモい。描線が乱れそうになる。やめようこんな回想。
ひたすら描くことに集中する。
創ることによって何かを伝えるってことは、創ることによって何かを発散しているということだ。
なにも芸術家だけじゃない。
読者ありきで漫画を描く漫画家だって、クライアントの為にデザインを考えるデザイナーだってきっと同じだ。
自分の中に伝えたいものがあるから、形になって、誰かに伝わっていく。
結婚おめでとう、幸せになれよ。今までありがとうこれからも頑張れよ。って伝えたいから描く。
気持ちを白い画面に発散していく。
窓からはいつの間にか朝日が差し込んでいて、まるで魂鎮めのようだと眠たい頭でうっすら思った。
絵はなんとか完成した。
本当はカラーにしたいところだったけど、連休前進行でそんな余裕はない。
『そんなのに力入れる暇あんなら、原稿早く上げなよ』と文句言われたらたまんないし。
奴が来るまであと1時間半あるから、乾かして適当に包んで風呂にでも入ろうか。
持って帰って、家で開けて2人でびっくりすればいい。
傘も持っていけ。目障りだ。
―――――夜。
「もしもし、今日くれたアレ、本っ当にありがとう。彼女もすごい感激してたよ~。でさ。
…………てめえっ!!何で俺だけ三頭身で超シークレットシューズなんだよ!!ふざけやがって!!!!」
むしゃくしゃしてやった。反省はしていない。ざまあみろ。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
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