禿げ鷹 亜蘭×鷲都
更新日: 2011-04-27 (水) 19:28:08
つ◇ 初投稿、禿げ鷹 亜蘭×鷲都です
色々不慣れですが、よろしくお願いします
「失礼します。」
告げると同時に足を踏み入れたその部屋は、この時薄暗い闇に沈んでいた。
一瞬視界が麻痺する暗さ。
しかしやがて目が慣れゆっくり視線を動かすと、亜蘭は前方に青白い光を
見つけた。
それは壁に掛けられたスクリーンを照らしているものだった。
もっとも、そこに映し出される映像は無い。
ゆえに、光源のあるスクリーンの正面へ亜蘭が目を向けると、
そこには一人掛けのソファに身を沈めて眠る鷲都の姿があった。
それに亜蘭は、ふと自分の手に握られた書類の束を見る。
持ってこいと言われ届けに来た資料なのだが、そう命令を下した本人は
自分の到着を待つ間に、逆らえぬ睡魔に襲われてしまったらしい。
しかしそれも仕方がない、と亜蘭は思う。
彼は、鷲都政彦は、先日のサンデー社のスポンサー入札の一件以来、
まるで何かに取り憑かれたかのように仕事にのめり込んでいる。
もともとこの職種は時間の概念の薄い勤務体系ではあるものの、
それでもここ最近の鷲都は明らかなオーバーワークだった。
だから、
亜蘭はゆっくりと足を踏み出すと、彼の眠るソファの傍らまで行き、
終わってしまった投写データのスイッチを切る。
そして手にしていた資料を静かに机の上に置くと、その隣りにあった
リモコンで遮光カーテンの開閉を操作した。
ゆっくりと左右に開いていくその隙間の向こう、不夜城東京の夜景が現れる。
そしてその上空には、めずらしく綺麗な三日月が浮かんでいた。
自然と人工、両の明かりが眠る鷲都の横顔を照らし出す。
蒼白く清冽な光に浮かび上がる冷然とした顔立ち。
しかし掛けた眼鏡の下で閉じられている瞼にはこの時、隠し切れない
疲労の影が色濃く滲んでいて、それに亜蘭は瞬間胸を締め付けられる
ような痛みを覚えた。
ただの疲れならこんな心配などしない。
けれど、苛酷さで言えば今以上であった本国ででも、けして見せなかった
鷲都のこんな表情には胸のざわつきを止める事が出来なかった。
いったいこの国の何が、こんなにも彼を苛んでいるのだろう。
それが不安で、恐ろしくて、何とかしてあげたくて…
気付けば亜蘭は、半ば無意識に鷲都の前に回りこんでいた。
その場にゆっくりと膝まづき、白い手を伸ばす。
長い指先が触れた、それは細い眼鏡のフレームの端。
彼の眼鏡に度がほとんど入っていない事は知っている。
だからそれはまるで世界から彼を守る重いの鎧のようで、ならば
せめて眠っている間くらいは、と亜蘭は鷲都から眼鏡を外させようとする。
細心の注意を払ったつもりだった。
しかし、
「………ッ…!」
反応は一瞬だった。
フレームの端が耳から離れかけた刹那、ビクッと鷲都の目が開いた。
その瞬間、亜蘭が目の当たりにしたのは、
鷲都の驚愕に歪んだ黒い瞳と声にならない微かな悲鳴。
そしてあっと思う間もなく、伸ばしていた亜蘭の手は、持っていた
眼鏡ごと鷲都の腕に強く振り払われていた。
指先から弾き飛ばされた眼鏡が、床に落ちてカシャンと渇いた音を立てる。
その音にも最初、亜蘭は何が起こったのかわからなかった。
それゆえ、言葉も無く目の前の鷲都を呆然と見上げると、そこには
自分と同じように混乱した鷲都の表情があった。
しばし、二人の間に沈黙が流れる。
けれどその果て、先に口を開いたのは鷲都の方だった。
「…あぁ…っ…」
吐息のように掠れた、微かな呟き。。
しかしそれでなんとか自分を持ち直したのだろう、次に発せられた彼の
声には、この時なんとか芯のある響きが戻っていた。
「…亜蘭か……すまない…」
口許に手を当て、俯く。
しかし声の調子は戻っても、その額にはうっすらと汗が滲んでいて、
彼のつい先程の動揺を如実に物語っていた。
だからそれに亜蘭は、彼はいったい自分を誰と勘違いしたのだろうと
苦く思う。
誰と錯覚して、あんなに脅えたのか。
しかしそれを声に出して聞く事は出来なかった。
その代わり、
「……眼鏡…落ちちゃった……」
ボソリと呟き、床に飛ばされた眼鏡を拾おうと立ち上がる。
それには鷲都も、自分でやるとソファから腰を上げかけたようだったが、
その動作のすべてを亜蘭は無視して早々に目当ての物を拾い上げた。
大きな自分の手には余る程、繊細な造りの彼の鎧。
それを亜蘭は刹那、胸元に込み上げてきた激情のまま乱暴に机の上に置く。
らしくない自分の行為に不意に、背後で名を呼んでくる声があった。
「亜蘭?」
訝しげな声色。それが引き金になった。
衝動にかられるまま、亜蘭は振り向きざま腕を伸ばすと、
上から伸し掛かる形で鷲都の肩を掴み、彼の身体をソファへと押し付けた。
驚いた鷲都が咄嗟に顔を上げてくる。
眼鏡の無い彼の面立ちは、時に日本人特有の年齢不肖な幼さを覗かせる。
それが今の自分にはひどくやるせなくて、亜蘭はこの時有無を言わせぬ
勢いで鷲都に口づけていた。
普段、非情だ、冷酷だと謗られる彼の唇は、その実酷く熱く甘い。
それを知っているのが自分だけならばいいのに、と亜蘭は祈るように
そう思った。
だから貪るように幾度も唇を重ね、舌を絡め、呼気を奪う。
そんな強引な求めに息苦しさを覚えたのか、不意に鷲都の手が己を
捕らえる亜蘭の腕にかかった。
しかしそれはけして亜蘭の行為を拒むものではなくて、細い指先が
ただギュッとそのシャツを掴み、布地に皺を寄せただけだった。
どれくらいそんな口づけを交わしただろう。
どちらからともなく一度、ゆっくり離れた濡れた唇の隙間から、
先にポツリと零されたのは鷲都の声だった。
「…どうした?」
それまで自分を襲っていた相手に向けるものとは思えない、
静かな問い掛け。
それはまるで自分を完全に子供扱いしているようで、亜蘭はたまらず
再度その手を鷲都に向けて伸ばす。
指先が彼のネクタイに掛けられ、器用にその結び目を緩める。
この行為はさすがの鷲都も予想外のようだった。
「ちょっ、亜蘭?」
「…………」
「ここでするのかっ?」
「……いや?」
珍しく焦る鷲都に真正面から問い掛ける。駆け引きの無い直球の言葉。
これには逆に、鷲都が一瞬言葉を失ったようだった。
「いやって……、ちょっ…」
戸惑う隙を突くように、空いていた方の手で今度は鷲都の手首の時計
の留め金を外す。
本国仕様ゆえ、細い鷲都の手首にはいささか武骨気味だったそれは、
いとも簡単に彼の肌の上を滑り落ち、床で軽い金属音を立てた。
そうして、
「マサヒコ…」
亜蘭はその日初めて、鷲津の名を呼んだ。
もう一度顔を傾け、今度は先程とは違う柔らかなキスを唇に落とす。
激しく貪るようなものより、本当は優しく穏やかな口づけを彼が好む
事を知っているがゆえの強引な甘え。
しかして……彼のいらえは溶け落ちた。
窓から差し込む蒼白い月の光の下、鷲都の唇がクスリと小さな笑みを
零す。
「何?」
その吐息の意味を亜蘭が尋ねると、鷲都は笑みを解かぬまま答えを
くれた。
「いや、手慣れたものだなと思って。」
それは心底可笑しそうに告げられた。
だから亜蘭もそれに真摯に応える。
「慣れもするよ。ボク達、いったいどれくらい一緒にいると思ってるの?」
「そうだな…」
出逢ってからこれまで。それは仕事もプライベートも。
共に過ごした時間はきっとおそらく……
「おまえとが……一番長くいるのかもな。」
ひっそりと零された呟きに、亜蘭は目の前の身体を静かに抱き締めた。
回した腕にゆっくりと力を込める。
そんな求めに、鷲都は自らも亜蘭の背に手を這わせる事で応えてくれた。
腕の中の確かな感触。ぬくもり。それでも……
彼はけして自分だけのものではないのだと、亜蘭は思った。
それは切なくて、哀しくて、どうしようにもなく辛いことだけど、
それでも自分は彼を失えないのだと、侭ならぬ恋心ごと、
いつまでもその身体を抱き締め続けていた。
つ◇ END 初めてなのに長くなってすみません。
週末にはどう動くかわからなかったので、今のうちに!の投稿でした。
このページのURL: