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numb*3rs 工ップス兄×弟 続き

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                     |  numb*3rs 工ップス兄×弟の後編
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 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  しつこかったけどこれでオワリ
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 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ムダニナガカッタナ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
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そんなわけでこれで終わります。
工ップス兄弟やおい話のラストです

 チャ―リーのあの瞳。ト゛ンは思い出しながら足早に家を出、すぐ側に止めてあった車の鍵
をポケットから取り出した。信じられないという目でチャ―リーはト゛ンを見た。ト゛ンの言
葉に傷つく余裕もないほど衝撃を受けて。きっとチャ―リーには本当に思いも寄らないことだ
ったんだろう、とト゛ンは思い、喉の奥から苦い笑いがこみ上げるのを感じた。これまでずっ
と、ト゛ンは不安定なチャ―リーを自分が支えなければいけないと思っていた。だが今になっ
てやっとわかったのだが、ト゛ンはただチャ―リーを支えたかったのだ。おもちゃの銃に見向
きもせず、ト゛ンとキャッチボールをしようとすることもない弟と一緒にいるとき、ト゛ンは
いつも居心地が悪かった。彼のためにできることが思い浮かばず、それならせめて自分はひと
りで何でもできるようになろうと思った。弟がいつか成長して自分の相棒になってくれる日が
こないのなら、自分が弟を必要とする日も来させるべきではないと思ったのだ。だからチャ―
リーが不安を抱えながらもおずおずとト゛ンに歩み寄ろうとし、彼に近づこうとするたびに、
チャ―リーに背を向け、彼の不安を強めた。だが心のどこかで期待も残っていて、チャ―リー
が自分のせいでますます不安そうになることに安堵していた。求められていることがそれを見
ればわかったからだ。そのことが自分でわかってしまった。
 「ト゛ン、待って……ト゛ン!」
 後ろからチャ―リーが掛けて来る。服のボタンも留めていない、忙しげな様子で、転びそう
になりながら追いかけてくる弟を、ト゛ンは振り向いて車の前で待った。チャ―リーは息を切
らしながら、ト゛ンの腕に触れて言った。「誤解だよ。とにかく誤解だよ。――どう言ったら
いいのかわからない。僕はただ……」
 「チャ―リー、俺たちはもう終わりだよ。わかるだろ?関係性がまともじゃないとか、そう
いうレベルの問題じゃない。俺は確かにお前に何も与えられない。俺自身の中にお前が求めて
いるものなんてないんだ。俺はずっと、お前が小さな頃から抱いてきた幻想につけこんでたん
だ」

 そう言ってト゛ンはチャ―リーの手をどけさせ、車のドアを開けた。チャ―リーは立ちすく
んでいた。車の座席に滑り込み、ドアを閉めようとすると、チャ―リーはドアを掴んでそれを
遮ったので、ト゛ンは危険な行為に眉を顰めた。一歩間違えばドアに手をはさんで怪我をさせ
るところだった。
 「チャ―リー」
 窘めると、チャ―リーの眉が動いた。チャ―リーはドアを掴んだままでいた。ドアを閉めら
れない。そう思ってト゛ンはため息を吐き、ハンドルに腕を置いた。「これじゃあ帰れない」
 「ト゛ン、誤解だよ。僕が求めてるのはト゛ンだ。他の兄なんかじゃない。ト゛ンだよ」
 早口で言う弟をト゛ンは目を眇めて見上げた。視線が合うとチャ―リーは動揺したように目
を泳がせた。「――どう言ったらいいのか本当にわからないよ。ト゛ン、ただ僕は、僕は考え
もしなかったんだ。ト゛ンがそんなふうに感じるなんて……僕はいつもト゛ンに求めるばかり
で、ト゛ンの気持ちなんて考えてなかった。謝るよ。でもこれだけは信じて。僕はト゛ンを愛
してる。ただ必要とされたかっただけなんだ。ト゛ンの隣にいる権利があるってずっと信じた
かった」
 チャ―リーはドアを握る手の力を強めた。それから俯き、小さな声で言った。「――ト゛ン
に不完全なところがあるなんて思いもしなかった。ずっと僕はト゛ン、――兄さんに憧れてた。
野球もできて友達もたくさんいて、父さんや母さんからも信頼されてて……周りに溶け込んで
た。そういうふうになりたかったし、こんな僕でもト゛ンといればそうなれると思ってた」
 ト゛ンはそれを聞いて腰を上げ、ドアを押して車から出た。チャ―リーはドアから手を離し、
不安そうにそれを見ていた。ト゛ンはドアに寄りかかるような姿勢で言った。「お前はお前で
いいんだ。俺がいなくても十分上手くやってるじゃないか。大学に友人もいるし、有意義な研
究もしてる。FBIでだって少しずつなじんでる。それは俺のおかげじゃない。全部お前自身
の力で、俺とは関係ない。俺がいなくてもお前はやっていけるよ。お前が気づいていないだけ
だ」
 

 それをただドンが認めたくなかっただけなのだ。ドンは全身に疲労を感じながら、弟を見て
いた。いつでも彼を手放そうと思えばそうできたのに、それをしなかったのはドンが望んでい
たからなのだ。ドンにチャーリーが必要なだけだった。ガレージでチャーリーを何度も無理や
り組み敷くうちに、そんなことは嫌でも自覚した。
 チャーリーはそれを聞いて、巻き毛ごと頭を振った。
 「でも――でも僕にはト゛ンが必要だ!どうしても必要だって思うんだ。理屈じゃないよ。
愛してるんだ」
 身体を折り曲げ、喉の奥から搾り出したような声でチャ―リーは言った。理屈屋のチャ―リ
ーに理屈じゃない、と言われて、ト゛ンは一瞬笑いそうになった。けれども笑わなかった。チ
ャ―リーは家の前の芝生に膝をつき、それでも上体をよろめかせながら言った。「……僕に数
学の才能があるから、ト゛ンはト゛ンが僕になにもできないって思ってたの?小さい頃から?」
 チャ―リーの言葉に、ト゛ンは迷ってから頷いた。するとチャ―リーはそれを見上げながら、
こぶしを握り締めて言った。「そうだよ、僕には数学が必要なんだ。そうやって生まれついた。
それは変えられない。P≠NPだって本当に解きたいよ。数学者としてのプライドが掛かって
る。――だけどト゛ンだって必要なんだ。どんなに不可解で不完全で数学的じゃなかったとし
ても、それでも僕の人生に必要なんだ」
 震える声を聞き、ト゛ンはそんな弟を見つめていた。チャ―リーの顔は夜目にもわかるほど
青く、彼が動揺していることはよくわかった。
 「――まともな関係を結べないんだ。チャ―リー、お前とだってそうだ」
 ト゛ンはチャ―リーを見下ろしながら、ぽつりと言った。チャ―リーは芝生を手で握り締め
ながら顔を上げ、それを聞いている。それを見てト゛ンはひどく無防備な表情だと思った。ど
うしていつもチャ―リーはそんな表情ができるのだろう?

 ト゛ンは車の鍵を手の中で弄びながら続けた。「キムやテリーとだってそうだ。彼女たちの
ことは愛してたけど、誰かを必要とするのが嫌だった。……だから別れることになったんだ。
母さんのことでアルバカーキから離れたからとか、そういう理由じゃない。本当は違う。彼女
たちがただ――お前も言ったようなことを俺に言って、俺はそれに答えられなかった。君が必
要だってどうしても言えなくて、そうすると聡い人間は離れていくんだ。不完全な関係だから。
お前だってそうだろ?」
 「……それは僕のせい?僕のせいで父さんや母さんの前で早くから自立しなきゃいけなかっ
たから?僕が数式に夢中で、ト゛ンと普通の兄弟みたいに遊べなかったから?全部僕のせいな
の?」
 チャ―リーは泣きながら言った。ト゛ンは答えに迷い、それから肩を竦めた。「……お前が
悪いわけじゃない」
 「――そして僕が自分をできそこないでまともじゃないと思ってるのは、ト゛ンのせいなん
だ。きっとそうなんだね。違う?」
 頬をつたう涙を手で拭ぐい、チャ―リーは睨みつけるように見つめてくる。ト゛ンはまた躊
躇った後で、やはり頷いた。「そうだな。でもそれは俺のせいだ。……俺はきっとわかってい
てお前を傷つけてきたんだから」
 そう答えて、ト゛ンは手を伸ばしてチャ―リーの腕を引っ張った。チャ―リーは促されるま
まに立ち上がりながら、ぼんやりとした表情で言った。「僕もト゛ンもお互いのせいで不完全
なんだね」
 それを聞いてト゛ンはチャ―リーの顔を黙って見返した。そして肯定した。
 「そうだな。だから不毛なんだ。だから――もうやめないか?」
 ト゛ンの言葉にチャ―リーはため息を吐いた。その言葉は聞き飽きたというように顔を背け、
苦い声で言った。「馬鹿にしてる!」

 「俺は本気だよ」
 そう言ってチャ―リーの腕から手を離すと、弟はまだ濡れている自分の頬をもう一度手で乱
暴に拭った。「馬鹿にしてるよ。――ト゛ン、どうして諦めちゃうの?僕らが不完全なのはわ
かったよ。僕だけじゃなくト゛ンもそうだって。そのことに僕は傷ついた。だってそれは僕の
せいだから。でも、だったらなおさら、僕らは変わらなきゃいけない。お互いが不完全だとし
ても、お互いが原因なら、だからこそ一緒にいれば何か変えられるかもしれないのに、どうし
て諦めようとするの?僕は諦められないよ。間違ったら式をもう一度立て直して、正しい答え
を探す。これまでずっとそうしてきた。離れたままなら不完全で終わるかもしれないけど、一
緒にいれば何か変わるかもしれないのに。それなのにト゛ンは簡単に諦めるの?そうやってず
っと一人で過ごすつもり?一生?」
 「――この歳で変われない」
 ずっとそうやって生きてきたのだ。そう言うと、チャ―リーはまたかぶりを振った。そして
ト゛ンの腕を強く掴み、まっすぐに目を見て言った。「だったら僕も変われない。ト゛ン、わ
からないの?ト゛ンだけの問題じゃないんだ」
 僕らはお互いに作用しあっている二つの式なんだよ、だから僕らはお互いが必要なんだ、と
チャーリーは言った。そしてドンの頬にキスをした。ドンは反応に迷い、それから弟の唇にキ
スを返した。今キスを必要としているのはチャーリーではない。ドンだ。そのことを自覚しな
がら、ドンは弟にキスをした。生まれ育った家の前で、真夜中に。
 ドンにずっと必要だったのは、弟に必要とされることだった。そしてようやくそれを実感す
ることができた。自分が弟に何を求めているのか自覚して、やっとチャーリーが自分を求める
意味もわかった。まったく性質が異なり、無関係のように見えても、自分とチャーリーは、作
用しあう二つの式なのだ。どこかで繋がっている。だからお互いの存在が必要なのだ。チャー
リーの言うとおりだと、ドンは弟の唇の柔らかさを感じながら思った。鍵を握っていたのは、
ずっとこの弟だったのだ。

 

 その後二人は車に乗って、ト゛ンのアパートまで行った。アパートに向かう間、チャ―リー
はずっと運転するト゛ンの横顔を見ていた。ト゛ンがまだ迷っていることもわかっていた。だ
がチャ―リーは焦っていなかった。これまで触れられなかったト゛ンという存在に、やっと触
れたと思った。
 アパートに着くと、予想していた通り抱き合った。数時間前に実家のガレージで欲望を果た
したのに、二人ともそんなことは忘れてお互いの肉体を味わった。ト゛ンの手には荒々しさは
なかったが、チャ―リーは満足していた。終わったあと、二人は自然に長い口付けを交わした。
それは性的な興奮を引き起こすためのものではなく、ただお互いの存在を感じあうためだけの
穏やかなもので、だからこそ二人はじゃれあうみたいにしばらくキスを楽しんだ。
 やがて唇が離れると、ドンはベッドのサイドボードに背中を預け、服を着ないままで静かに
語りだした。「怖いんだよ」
 「何が?……誰かを必要とするのが?」
 横たわった姿勢でチャ―リーが問うと、ト゛ンは手を伸ばし、ブランケットをチャ―リーの
肩に掛け直しながら頷いた。「自分の感情を表現するのが苦手なんだ。感じたことを全部話し
たってきりがないし、相手にとってはいい迷惑だろ?だったら黙って一人ですべて済ませたほ
うがいい」
 チャ―リーはそれを聞いて少し笑った。兄をかわいいと思ったのは初めてだった。そんな反
応に気分を害したのか、ト゛ンは微かに眉を顰めたが、チャ―リーはト゛ンの腕を撫でて続き
を促した。「例えばどんなことを話すのを我慢してたの?」

 ト゛ンは黙り、それからしばらくしてぽつりと呟いた。「――俺は人を殺してる」
 チャ―リーは驚いてト゛ンを見つめた。するとト゛ンは見返しながら頷き、自分の肩を指差
した。「ここを撃った奴とか。他にも何人か。正当防衛だし、肩を撃った奴は包囲されたことに
気づくと、現場でレイプした女の子を人質にして銃を乱射したんだ。だから後悔はしてない。
もう一度あの状況に置かれたらまたやる。だけどやっぱり事実は事実だ。……たまに思い出す。
一人でいると……」
 唇を閉ざしたト゛ンの横顔を見上げながら、チャ―リーは身体を起こしてト゛ンの肩に手を
置いた。今までどうして兄のことをもっと考えてあげられなかったのだろうと思った。これま
でずっと、ト゛ンは正しいことを正しいと信じてやってきたのだと思っていた。でもト゛ンに
も迷いや後悔はあるのだ。
 「ト゛ン」
 「そんなに大したことじゃない。自分で処理できる。でも誰かに話したかったのも事実かも
な」
 そう言ってト゛ンは肩を竦めた。チャ―リーは肩の傷跡を見ながら呟いた。「これからは僕
に話してよ。そういうときは」
 「聞きたくない話もあると思う。きれいな仕事ばかりじゃない」
 ト゛ンは素っ気無くそう返したが、チャ―リーは受け流さずにかぶりを振った。「どんな話
でも僕は絶対に聞くよ。……ヒーローには相棒が必要だろ?相談に乗ったり、一緒に事件を解
決する……」
 「お前はそうなるって言いたいのか?」
 ト゛ンが微かに笑って問う。チャ―リーは頷いた。「ずっとそうなりたかったんだよ」
 「……俺もずっとそうなってほしかった。お前が生まれたときにそう思ったよ。相棒ができ
たって。――ずいぶん長い間俺たちは勘違いしてたんだな。お互い」
 チャ―リーはそれを聞き、不思議な想いでト゛ンの太ももに頭をのせた。ずっとト゛ンが自
分を相棒として求めていたことなんて知らなかったし、こんなに側にいたのにそれに気づけな
かったことにも驚いた。ト゛ンはチャ―リーの髪を指で弄んで言った。「お前が弟でよかった」
 「……僕は銃も上手く扱えないし、野球もできないよ。きっとト゛ンが望んだ弟とは違う。
それでも?」

 チャ―リーの言葉にト゛ンは目を細めて答えた。「そうだな、小さな頃望んでいた弟とは確
かに違う。でも結局それでよかったんだ。お前は銃を持ってないし、人も殺さない。だけど方
程式で人を助けられる。誰も傷つけてないのに、人を助けられるんだ。俺が望んでいた以上だ
よ。……それにお前は諦めてない。P≠NP問題にも何度も挑戦してる。タフで賢くて信頼で
きる、相棒だよ」
 チャ―リーはそれを聞いて涙で視界が歪むのを感じた。ト゛ンが髪を撫でる手が優しくて、
この手を離したくないと思った。でもト゛ンが自分のせいで、これまで誰ともまともな関係を
結べなかったというなら、なんとかしてそれを成就させてやりたいとも思った。
 チャ―リーにはやっとわかった。ト゛ンがこれまでチャ―リーとの関係を気に病み、ことあ
るごとに自分よりも他の人間との関係を勧めるのは、決してチャ―リーを疎んじていたからで
はない。ト゛ンはチャ―リーを愛しており、だからこそ自分が原因で相手に何も与えられない
ことを悔やんでいただけなのだ。今チャ―リーはそんなト゛ンと同じように、ト゛ンに自分以
外の人間と関係を結んでほしいと思った。誰か、新しい関係と新しい家族を与えられるような
存在と。チャ―リーにはそれらは与えられない。お互い自身すら元からあるものだし、どんな
に深く交わっても子供も生まれない。それならト゛ンに別の相手を与え、彼を完全な存在にし
てやりたいと思った。だが、その一方でやはり自分の元に留まってほしいとも強く感じた。そ
して自分がト゛ンの唯一の足枷となっていることに喜びを感じた。そんな形で選ばれているこ
とがチャ―リーには嬉しかった。胃が軋むほどに。
 「チャ―リー?」
 ト゛ンがそんな様子の弟に気づいて、顔を覗き込んでくる。チャ―リーはかぶりを振り、そ
れから深呼吸をした。ト゛ンの肌の温かさを感じながら、チャ―リーは言った。「ト゛ンは素
晴らしい人間だよ。きっとト゛ンが望めば、僕以外にもこうやって話を聞いてくれる人が出て
くるよ。キムもテリーもきっと本当はそうしたかったんだ。……これからだって、そんな相手
はいくらでもできる。誰かが必要だってきちんと言えて、きっと新しい家族もできる。いろん
なことができる。ト゛ン。僕にはわかってるよ」

 なるべく優しい声で言うと、ト゛ンは黙った。彼の目には戸惑いが滲んでおり、それを見て
チャ―リーは頷いた。「諦めないで。ト゛ンにはいろんな可能性がある。……野球をやめてF
BIに入ったのだって、あの頃僕にはわからなかったけど、結局正解だったんだ。大勢の人を
救ってるんだもの。ト゛ンは野球選手じゃないし、数学者でもないけど、僕はFBI捜査官の
ト゛ンが一番いいと思う。ト゛ンはきちんと正しい道を選べる。だから諦めないで。僕も諦め
ない。……でも、でもね」
 そこまで言ってチャ―リーは口を閉ざした。言っていいことなのかどうか、彼にはわからな
かった。本当にト゛ンを愛しているなら、ここから先は言わないでいるべきではないかとも考
えた。だがチャ―リーはどうしても言わずにいられなかった。何故ならチャ―リーにはト゛ン
のことが必要だからだ。
 身体を起こし、チャ―リーは一瞬目を伏せてから言った。「……お互い本当に努力して、自
分たちの人生の可能性を探そう。新しい家族を見つけられるように。僕もなるべくそうする。
……でも、それでもやっぱりお互い以上に好きな相手ができなかったら……二人とも不完全な
ままじゃなくて、二人でいることで何か完全性を見つけられるようになったら、そのときは一
緒に暮らそう。こういうアパートでじゃない。僕らのあの家で」
 「チャ―リー」
 ト゛ンが驚いたように目を見開くのを、頷きながら見返して、チャ―リーは震えた、小さな
声で言った。「……いつか父さんもいなくなる。本当に、本当に長生きしてほしいけど、……
いつかは僕を置いていくよ。母さんみたいに。そうしたら僕はあの家で一人になる。誰も他に
家族を見つけられなかったら。そのときは――ト゛ンがあの家に戻ってきてよ。ト゛ンにも家
族ができなかったら。そうすれば僕はあの家でト゛ンの話をいつでも聞ける。ト゛ンが何かに
苦しんでるなら助けられる。いつか、いつかの話だよ。今じゃない。ずっと後のことだ。それ
にこれはただの提案で、強制じゃない。ただ――そういう未来もあっていいと思うんだ」

 「チャ―リー、俺は」
 言いかけるト゛ンを遮って、チャ―リーは呟いた。これはプロポーズだとすら思いながら。
「僕はト゛ンに幸せになってほしい。でも、ト゛ンがもし僕といることで本当に幸せになれる
なら、僕らがそういうふうになれたら、……そのときはト゛ンの家族になりたいんだ。もう一
度。生まれつきじゃなく、今度は自分たちの意志で」
 その言葉にト゛ンは黙った。チャ―リーも黙って答えを待っていた。いつか。チャ―リーが
話したのは何十年もあとのことだ。二人がどうなっているかなど誰にもわからない。ト゛ンに、
チャ―リーに恋人ができ、結婚して子供もいるかもしれない。そういうことにチャレンジする
価値もある。だがもしも、試行錯誤を繰り返した後でも、お互いしかいないと感じたなら、も
う一度一緒に暮らしてもいいのではないだろうか?それともやはりそれは許されないことなの
だろうか?
 「――僕はあの家の手入れをして、待つよ。ちゃんと僕らが歳をとっても暮らせるように。
いや、備えてる。その可能性に。備えてるだけ。でも、だから――だからもしそうなったら戻
ってきて」
 呟くように願いを言うと、ト゛ンが微かに身体を動かした。思わずびくりとして身体を揺ら
すと、ト゛ンはそれを見ながらそうだな、と言った。
 「そうだな。そういう未来も悪くない」
 ト゛ンの言葉を聞いて、チャ―リーは何度も頷いた。こんなものはただの口約束で、何の意
味もない。だがそれでも、そんな可能性が未来に待っているかもしれないということに、胸が
締め付けられた。それをどこかで望む自分への罪悪感なのか、その可能性が残されているとい
う幸福感のせいなのかはわからなかった。ただそういう未来も存在してもいいはずだと思った。

 
 日曜日の午後、実家の庭でチャ―リーの落ち葉拾いを手伝っていたト゛ンは聞いた。「で、
P≠NPはどうなんだ?」
 箒で大量の落ち葉をかき集めていたチャ―リーが非難がましくト゛ンを見返した。「あのさ、
前も同じようなこと説明したけど、あれはすごくすごくすごーく、難しい問題。一月やそこらで
解ける問題じゃない」
 「解けてないんだな?」
 ト゛ンは問いながら、苦労して落ち葉を集めるチャ―リーを見た。少し前まではこういうこ
とはすべて父親のアランがやっていたはずだ。だがアランが家の手入れも大変だし退職金にも
限りがあるといって、少し前にこの家を売ったとき以来、チャ―リーも少しは変わったらしい。
尤も、売った家を買ったのはチャ―リーだったのだから馬鹿馬鹿しい話だが。
 ト゛ンはくすりと笑ってチャ―リーを見た。ト゛ンは弟のそんなところが好きだった。彼は
常識に囚われない。彼の年齢になれば親元を離れて暮らすことが普通なのに、この家が好きで
アランとも一緒に暮らしたいからといって、無理やり我を通してしまうなんて、ト゛ンには絶
対にできないことだ。チャ―リーは子供っぽく見えることはあるが、その実芯が強い。
 「解けてないけど、それって何かト゛ンに関係ある?」
 チャ―リーが刺々しく言うので、ト゛ンはまた笑った。「そうだな、解けたらお前は少し俺
から離れやすくなるんだろ?ちょっとは関係ある」
 チャ―リーはそれを聞いて手を止めた。ト゛ンは落ち葉を入れるビニール袋を持ちながら、
顎で弟を指して注意した。「手を止めるなよ」
 「ト゛ン、あれはものの弾みっていうか、そのときかっとなったから言っただけだよ。それ
くらい悩んでたってこと。どんな問題が解けてもト゛ンはト゛ンだもの。僕にはずっと必要だ
よ。――もしかして、不安だった?」
 チャ―リーの声にト゛ンは肩を竦めた。確かに不安ではあった。弟が学問の世界に没頭して、
もう自分を省みなくなる日を、想像したことがないわけではない。だがト゛ンはわざと頷かず
に言った。「不安も何も、解けてないんだろう?」
 不安になる必要なんかないじゃないか。そう呟くとチャ―リーは片手を腰に当ててみせた。
 「――だからそれはまだ時間が足りないからだよ!ト゛ン、何年か取り組めば僕は絶対にで
きる」

 むきになってチャ―リーは言う。ト゛ンはそんな弟をちらりと見て言った。「本当か?怪し
いな」
 「ト゛ン、今の発言、絶対後悔するよ。僕はもし解けたらそのあかつきには論文の序に書い
てやる。『僕の能力を信じなかった兄にこの論文を捧げます』って」
 絶対書く。今決めた。乱暴に、しかも非効率的に落ち葉を集める弟はそんなことを呟いてい
る。ト゛ンは手を差し出し、箒を貸せと言った。「交代しよう」
 「何?何で?これは僕の役割だよ。何でト゛ンが落ち葉を集めるの?ここに住んでるの、僕
だよ」
 「俺がやった方が早い」
 ト゛ンが簡潔に答えると、チャ―リーはひきつった笑いを浮かべた。「何?ト゛ンは僕が落
ち葉集めもできないと思ってるわけ?馬鹿にしてる?」
 「できないとは思ってないが、苦手なのは知ってるよ」
 箒を取り上げてト゛ンは言った。するとチャ―リーは呆れたように両手を広げた。「いろん
な意味で侮辱された。数学者として、人間として。実の兄に」
 ト゛ンはそれを黙って受け流しながら落ち葉を集めた。チャ―リーがやったより数段効率よ
く作業をこなし、弟にビニール袋を持つように命じた。するとチャ―リーはしぶしぶといった
様子でそれに従った。
 「ほらな、俺の方が上手いだろ?」
 ト゛ンの言葉にチャ―リーは眉をあげてみせた。「失礼だよ。今たまたまト゛ンの方が上手
くやったってだけで――」
 「もしお前が本当に――可能性に備えてるなら、この程度のことは常に上手くやってもらわ
ないと」
 俺も安心できない。そう言うと、チャ―リーは手を止めた。また手がおろそかになってる。
そんな注意も聞かずに、チャ―リーは瞬いた。「ト゛ン、それは――少しは待ってるってこと
?それを……その可能性を」
 ト゛ンは首を傾げた。答える気はなかった。答える代わりに彼は言った。「今夜アパートに
くるか?」

 チャ―リーはその言葉に不意を打たれたらしく、目を丸くした。「それ、来てほしいってこ
と?」
 「質問ばかりだな、お前は。素直に頷けよ」
 思わずぼやくとチャ―リーは甲高い声を上げた。
 「だったらト゛ンも素直に言ってよ!今夜来てほしいって。必要だって。ト゛ン、言ってよ」
 ト゛ンはそれを聞いて落ち葉に目を向けたまま素早く言った。
 「――必要だよ。今夜は一緒に寝たい。だから早く落ち葉を集めて、父さんと夕食を済ませ
て、今夜はアパートに行こう」
 箒で集めた落ち葉をもう一度ビニール袋に押し込み、顔を上げるとチャ―リーは口を軽く開
いたままト゛ンを見ていた。そんなに驚くようなことだろうか?ト゛ンが考えていると、チャ
―リーは信じられないと呟く。ト゛ンはその言葉に笑った。きっとこんなふうに、少しずつ自
分たちは変わっていくのだろう。自分もチャ―リーも。でもいつも隣にはお互いがいて、もし
かしたら最後までそうかもしれない。社会的に見ればそれはアンハッピーエンドなのかもしれ
ない。でも、それを決めるのは自分たちだ。ハッピーエンドだとト゛ンとチャ―リーが感じて
いれば、きっとそうなのだ。
 ト゛ンは不意にチャ―リーが不安げな顔になったことに気づいた。どうしたと問うと、数学
者は小声で言った。「……あんまりいきなり進歩して、僕を置いていかないで。……変わるの
はいいけど、少しずつ、ゆっくり変わってよ」
 ト゛ンはそれを聞いて吹き出した。この弟は本当に我侭だと思いながら、ト゛ンは箒の柄に
顎を乗せて答えた。
 「じゃあ俺からも一つ。P≠NP問題を解くのはいいが、それで俺を忘れるなよ。弟を数学
の問題なんかにとられたくない」
 ト゛ンの言葉にチャ―リーは目を見開き、それから笑った。ト゛ンも一緒に笑った。いつま
でもこんな日々が続くことを、ト゛ンは本当にこっそりとだが願いながら、色とりどりの落ち
葉を弟に差し出した。

 ____________
 | __________  |
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 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ ヤットオワッタ…
 | |                | |     ピッ   (・∀・ ; )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
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本当に長くてスマソ。投下しているこっちも分割してるのにくじけそうになry
この兄弟で書きたかったことは一応書ききることができたように思うので
ひとまずこれでおしまいです。
超過疎ジャンルなのに付き合ってくださった方々、本当にありがとう!


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