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平安Ⅴ

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  流石兄弟 リバ
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  平安Ⅴ@DEEP
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |
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地雷注意!パートナー外濡れ場あります

あと1回で終わります。

 夢を見た。
 黒い蝶が外を飛んでいる。
 夜の闇を全て集めて溶かし、玉を砕いた鱗粉を纏ったような、そんな美しい蝶だった。
 景色は冬枯れ。荒れた草むら。曇天の夕暮れ。人めも草も枯れ果てた土地。

 蝶はゆるやかな弧を描いて飛び、そして目当ての何かを見つけた。

 人の亡骸。眠っているような骸。その胸の上にふわり、ととまる。
 蝶は羽を震わせている。
 亡骸に苦痛の色はない。穏やかな優しい表情をしている。それでも、死んでいるのだ。
 ふたたび羽を揺らせて、蝶はそこから離れる。
 今度はほんの少しだけ飛び、すぐに下りてくる。
 死せる彼の唇の上。
 まるで口付けをするように。
 光がひとひら落ちてくる。
 死者と蝶のロマンスを彩るために。
 その顔が照らし出された。

 ふいに、目が覚めた。

 
 自分の隣に温かい寝息。
 慣れた、愛しい人の気配。
 弟者はほっ、と息をつく。
 眠れる人に口づける。
 けれどその構図が、その夢によく似ていることに気付いて、慌てて唇を離した。
 気持ちが収まらなくて、立ち上がる。
 袿(うちき)もはおらずに妻戸をくぐり、東の対の母屋に行った。
 夜が更けても宿直している侍女の一人に酒肴を見繕わせ、高杯を抱えてもとの対に戻る。
 呼べば、こちらに来るのはわかっている。
だがなるだけ人を自室に寄らせたくない。ここは自分たちだけの場所にしておきたい。

 妻戸をくぐると、眠っていたはずの相手が身を起こした。
 軽く、触れるような口づけ。
 月が傾いている。
 甘いものを好む彼のために、椿餅を小さく割って、その口に入れてやる。
指をしばらく抜かずに、咀嚼の感触を味わう。
 飲み込むときに、舌が指をなぞっていく。
 好きに扱える小動物に見立てて、もう一つ菓子を入れてやる。
 目を反らさずに、それを齧る。

 「……他から餌をもらわなければいいのだがな」
 「もらっていない」
 兄者の言葉は菓子より甘い。けれど何の根拠もないのに、苦い思いが心をよぎる。
だから、酒を呑む。
 「あまり過ごすな。悪酔いするぞ」
 「もう酔っていますが、何か」
 ……あんたに、とは言えなかった。

 「牛車を飾ろう!」
 恒例の五日に一度の出仕の後、まだ明るいうちに帰ってきて騒ぎ立てる。
 「左馬頭が“貧富の牛車”に当たったのだ。うちのもあんな風に改造(カスタマイズ)したい」
 「それは何なのだ?」
 「超ぼろい牛車を凄腕の作り奴集団がギガクールな車に改造するのだ。
それを色黒の今様歌いが実況していく。内匠寮主催の技術革新キャンペーンの一つだ」
 「ほう」
 「あやつの網代車はいまや最新式も同然。全体は朱と黒の縞で、轅(ながえ)は萌黄、
輪(タイヤ)は紫に塗られて尚且つあちこちにお互いのしっぽをくわえ合っている蛇の紋が
描かれているというゴージャスさだ。更に中には碁と双六が備えてある」
 「おい、俺はそんな車には乗らないからな」
 「同じにはせん。黄と黒の縞模様にして比翼紋を散らそう」
 「絶対にイヤだ」
 「つまんないやつだな」
 「つまらなくていい。おまえの趣味は酷すぎる」
 「恋人一つとっても最高だと思うが」
 「それくらいだ。趣味がいいのは」

 腕の中にひょい、と抱え込む。
 「暇だったので唐櫃にあった絵巻を一つ広げたが、マニアックすぎた」
 「何?」
 「サスペンスものだ。薬子の変のやつ」
 「薬子ちゃんはSexyで美貌で野心に満ち溢れていてなかなか魅力的だが、いかんせん熟女だからな」
 「しかしあの感情が激したときにあげる叫びがこの事件から来たとは始めて知った」
 「くぁwせdrftgyくすこlp…ってやつだな。まあ人死にが出たぐらいだからそんなこともあろう」
 「あのあくまで軽い、やたらと薬子ちゃ~ん、と甘ったれていた仲成が最後に
『妹にだけは手を出すな!』と叫んで死んでいくシーンはけっこう良かった」
 「そうだろ。兄というものは人知れず苦労しているのだ」
 「どうだか。おまえの口、と書いて呪縛の呪だ」
 「祝うという字は兄がしめす、だ」
 「しめされたためしがないぞ」
 「いろいろとしめしているつもりだが」
 「まあどちらでもいい」
 唇を重ね、折れそうなほどに抱きしめる。
抗わずにされるがままの兄者の、衿の入れ紐をほどく。

 相手の声を聞いているだけで、イってしまいそうになる。
 彼がこんな声をあげるまで、時を要した。
 最初の頃は女性との経験はあるといっても、大いに違うので苦労した。
涙目になっている彼を見て何度かあきらめようとしたが、こんなときの兄者は絶対に引かない。
普段は割りと流されやすいのに、意地を張る。

 幾度かの経験のあと、ふいに声が甘くなるのを聞いて、体中の血が滾った。
 自分から欲しがるような動きをして、そのことに気付いて赤面し、
慌てて顔と躯を隠そうとしたあの日の彼が、今も自分の中から消えない。
 禁忌だというのに、何か神聖なものの前にひざまづいて、祝福を受けているような、そんな気分。
 こいつは俺の聖域なのだ、と弟者は思う。
 なのに何故だが出仕すると、あちらにふらり、こちらにふらり、と花を求める蝶の様になる。
 絶対に、彼ほど大事な相手は見つからないのに、さまざまな蜜を味わってみたくなる。

 もしかして、彼を苦しめているのだろうか。
 自問してみるがわからない。そのことについて触れられたことはない。
 もともと、こんな地位にあればそれは仕事のようなものでもある。
できるだけ手駒を増やし、それを選りすぐって要所に配する必要がある。
ところが彼はそんな意識は薄そうだ。

 思い返す。それはただの言い訳。
 彼が使命感に目覚めて、さまざまな女のもとを巡りだしたら、自分はどういった行動に出るのかわからない。

 声が、躯が、結末を迫っている。
 しかし弟者はまだ味わい足りなくて、無理にそれを引き伸ばしている。
 相手の潤んだ瞳が一瞬だけ開いて、ふたたび閉じられた。

 「……どう思っているんです」
 脇息に半身を預けて、息を継いでいる彼にふいに尋ねる。
 「何のことだ?」
 「オレが遊びまわっていること」
 少し驚いた顔。すぐに表情は戻る。
 「別に」
 「なんとも思わない、ってことですか」
 「いや、割に妬ける」
 「ほう。割に」
 「なんだ、無茶苦茶妬けるからよせ、って言ってもらいたいのか」
 「心にも無い事を言われても嬉しくない」
 「……やけにつっかかるな」
 「自分では好きにしているくせに、そんな関係でない正室にさえ妬いて、縛って、
勝手なヤツだと思っているんだろう」
 「おい」
 「意外にあんたは冷静だよな。牛車一つに大騒ぎするくせに、自分が迷惑をこうむらない限り、
オレのそっちには口も出さない」
 「やかましいっ」
 脇息を御簾に投げつけた。

 らしくないふるまいに驚いていると、ぐい、と髪をつかまれた。
 「妬いて欲しいのなら、そうしてやる」
 遊びの様子はまるでない。
 そのまま下へ押し付けられる。
 「………咥えろ」
 聞いたこともない言葉に驚いて、上目使いで見上げると、見たこともないほど冷たい瞳をしている。
 「何を呆けている。さっさと口を開け。……歯を立てたら承知しない」
 恵まれた権門の若君に特有のあの表情。下の者を人などとは思わぬ態度。
まさかこいつにそんな部分があるとは思わなかった。

 
 無理無体に従わされる。先刻までの甘さは微塵もない。
 瞳はやはり冷たいままだ。
 ―――違う。こんなのは彼じゃない。
 目を開けたまま言葉どおりにふるまい、怒りと悲しみを感じている。
そのくせ躯は再び反応を始めている。
 下仕えの老婆にさえ叱られて、しゅん、としている普段の彼。
争い事など起こりかけると、全速力で逃げようとする不戦主義者。
脳天気な天然系。

 思わず歯を立てる。苦悶している相手を横目に身なりを整える。
 立ち上がり、兄者の着物を庭に投げ、裏を回って北の対の方へ歩く。
 妙に冷静だ。
 北の対の裏手の築地塀(ついじべい)の下部に、人ひとり通れるほどの穴があいている。
下働きのものが、急ぎの買い物の際などに使うことを知っている。
置いてある、見た目よりは軽い石をどけて外の通りに出た。

 顔を晒して歩いても、闇が濃いので気にならない。
 大分歩いた。
 時たま前駆の声に払われ、夜歩きの牛車に追い越される。
 いつもは自分より下の地位の者が、幾人もの供に囲まれ、温かく護られたまま通るのに出くわす。
そのうち一つはえらく派手だ。例の左馬頭のものらしい。
 ―――これが本来のオレの位置のわけだ
 母者が温情を示さなかったら、幾ばくかの銭と共に捨てられて、その日のうちに息絶えていたかもしれない。
 あるいはどうにか生き延びて、盗みたかりに身を染めて、いっぱしのワルを気取っているとか。
 幼いうちに色子として売られ、媚を仕事として生きていることも仮定できる。
そして通りがかるうちの車なんぞを眺め、あんな身分の人になれたらお腹いっぱい食べられるのかなぁ、
などと考えたかもしれない。
……中に、同じ顔の男が乗っているとは考えずに。

 闇雲に歩き回っているうちに右京の方に出たらしい。
 大きな邸はまばらになり、闇は更に深くなった。
 門の篝火もないほうが多い。
 そんな中、一つだけ火の点された邸に出た。

 ずい分と古い。が、大きいことは大きい。
 そしてなんだか見たことがあるような気がして首をかしげた。
 「……兄者様ではありませんか」
 急に声をかけられて、飛び上がりそうになる。
 振り返ると、人のよさそうな老爺が微笑んでいる。
 「牛車とお供の方は?」
 「近くに置いて、月を見るために歩いてきた」
 咄嗟に答える。
 「それは風流なことですな。すぐに主人に取り次ぎましょう」
 そのまま寝殿に上げられる。
 どこかわからぬまま、円座に座っている。

 使用人はひどく少ないようだ。
 先程の老爺と雑仕が二、三人ほど。それと牛飼い童のほかは見当たらない。
もしかすると通いかもしれない。
 建物は最初の印象どおり古い。
 だが掃除は一応してあるし、火桶の火も熾っているので、冷え切った体はどうにかほぐれる。
 あたりを見渡す。
 ―――多分、子供のころ一度来たことがある
 急に行けなくなった兄者の代わりに。そんなことはその時だけだったので覚えている。
 ――-ということは
 腰を浮かせかけたとき、邸の主人が現れた。
 従兄弟者だ。
 互いに、息を呑んだ。

 
 従者の報告に肩を落とす。
 動けるようになって慌てて追ったが、見失っていた。
 大分探した。
 人も使った。
 けれど弟者は見つからない。
 すでに三日経っている。
 眠れないし胃が痛いが、自分は出来ることをやらねばならない。
 別人の顔で立ち上がった。

 衣冠姿を改めて、ラフな格好のこの男は未だ見慣れぬ。
 「……どうしている」
 意地を張って聞かなかったが、限界だ。
 「おまえになりきっている」
 酒を呑みながら従兄弟者は答える。
 「いつもどおりってことか」
 意外に想われていなかったのかもしれない。
 「いや、普段あいつが来るときは少し表情が違うし、時たま左手を使ったりするが、
今は完全におまえだ。主上でさえ気付いていない」
 冷え切った彼の瞳を思い出す。
 そっちの方が本性なのかもしれない。
 「………」
 「あと、おまえの女と片端から寝まくっている」
 「………」
 「口の軽い梨壺の子からきいたが、そこそここなしているらしい。紐はよく絡めるそうだがな」
 全身がひりひりする。口が乾く。
 土器(かわらけ)をつかんで一息に呑む。
 対峙している世の中でもっとも苦手な相手は、しばらく黙ってそれを見た。
 酒が空になってしばらくしてから、言葉を足した。
 「ピロウトークで聞いたそうだ。『俺が隠れるとしたら、どこに行くと思うか』
別の女房の噂でも同じ話だった」
 夜は更けている。
 月はまるで縮んだ様な下弦の月だ。

 「どうするつもりだ」
 ここでいつまでも厄介になるわけにもいかない。
 だが、帰れない。
 黙って唇を噛んだ。
 うつむく弟者を従兄弟者はただ見つめている。

 門の方から物音がした。
 数少ない使用人はすでに眠っているはずだ。
 音は東の対へと回る。従兄弟者の居室のある方だ。
 彼は立ち上がり、黙って出て行く。
 階(きざはし)のあたりから声がした。
 「従兄弟者―、弟者が見つからない」
 遠いので聞き取りにくいが、半泣きの声は確かに兄者だ。

 ―――何故ここに
 寝殿から出て渡殿を通り、こっそり東の対に入り込む。
 しかし格子が開け放したままなので、近くには寄れない。
 じっと、聞き耳を立てる。
 「探したのだ。でもいない。母者のとこにも、姉者のとこにも。女の所にも」
 泣き声が響く。
 「よせ、みっともない。泣くな」
 「従者も使った。全て手を打った。でもあいつ、どこにもいない」
 子供のように泣いている。
 「おまえ、歩いてきたのか」
 「どっかその辺にいないかと思って」
 「おまえの弟は野良犬か何かか」
 「野良犬に噛まれていたらどうしよう……うわ―ん」

 ここでもまだ聞き取りにくい。顔も見えない。
弟者は決意して、天井裏によじ登った。
 ひどいほこりにむせながら、声の方に進む。
 「見苦しいからとにかく泣き止め」
 「だって弟者が……」
 「涙と鼻水をこすりつけるなっ!」
 ―――気が動転しているからといって、くっつくな。
 歯噛みしつつ、節穴から覗き込む。
 いる。べしょべしょに泣き崩れた恋人が、苦りきった従兄弟者にしがみついている。

 「あいつ、何も持たずに出たのだ。食うにも困っているんじゃないだろうか。
俺が悪かった。あんなにいじめるんじゃなかった」
 ―――そうだ。少し反省しろ
 ちょっと小気味いい。
 「おまえ、どこか知らないか。あいつが見つかるのなら、俺の命だってくれてやる!」
 妙な音がした。
 その瞬間、ぼろな天井の底が抜け、弟者は地上に落下した。

 「……痛っ」
 腰を打った。
 「………弟者!?」
 兄者が駆け寄る。
 抱きつく。
 唇が重なる。
 それから従兄弟者を振り向いた。
 「………いるか、命」
 「いらん!」
 それから兄者は一瞬考え、ふいに表情が険しくなった。

 「おまえ……弟者と!」
 いきなり、下腹部を蹴った。さしもの従兄弟者が、腹を押さえてうづくまる。
 「以前、言ったはずだよな。殺す、と」
 懐剣が光る。
 こんなに激した兄者は見たことがない。
 慌てて間に飛び込む。
 「のけ!俺はこいつを殺す!」
 「してないっ!大体できるか、こんなヤローと!」
 従兄弟者が微妙に不愉快そうな顔をした。
 兄者はまっすぐに弟を見る。
 「……本当か」
 「当たり前だ。おまえ以外の男とはできない」
 ―――典侍(レモナ)は例外だよな、とちらりと思う。

 「じゃあなんでここにいるんだよ!」
 「行き場がないからだろっ。どこ行ったってあんたにゃお見通しだろうし!」
 「何かがあろうがなかろうが、他のヤツの所なんか行くなよっ」
 「じゃあ行かせるなよっ」
 「イかせたいよ、俺はっ」
 「オレだって!」
 「……何を言っている」
 復活した従兄弟者が、冷静につっこんだ。
 その声を聞いて、彼の存在を思い出した兄者が明るく言った。
 「おお従兄弟者、すまないが一部屋貸してくれ」
 思いっきり、下腹部を蹴られた。
 くの字になって苦悶している兄者に、冷たく言う。
 「ここでサカるな。雑仕をたたき起こして牛車を貸してやるから帰れ。するなら帰ってやれ」
 憤然と、その場を歩み去る。
 だがすぐに引き返してきて念を押した。
 「絶対にうちの牛車でやるなよ!」
 さすが従兄弟者カンがいい。

 弟者が自邸の近くで下りて、北の対の裏へ行く。その少しの間が不安だ。
 借りた雑仕を休ませる指示をするのももどかしく、東北の対の自室に駆け戻る。
 飛び込むと、角盥でほこりを落としている。
 ただ抱きしめた。
 涙というものはどれほどの量があるのか。
 一生分、使ったかもしれない。
そう思ったが、愛する相手を抱きしめていると、いくらでもまた、溢れてくる。
 「……どこにも、行かないでくれ」
 べたなセリフも本気で言える。
 相手は黙ってうなづいた。

 恋人の唇を受けながら、その胸に疑惑が生まれる。
 ―――何故、まっすぐ東へ行った。
 迷いのない慣れた足取りだった。
 あの邸の老爺は無駄口を叩かなかったが、兄者が来ることを珍しいとは思っていないようだった。

 しきりに名を呼ぶ彼の声。それに答えて交わす唇づけ。
 体の奥から生まれる衝動。
 溶けるような熱い感覚。
 相手と自分の熱が一つの焔になる。
 その中に、針の先ほどの小さな影。
 弟者は微かに声を漏らした。

 内裏帰りの牛車が、車宿りに止められる。
 手配した職人たちが、仕事を終えて庭から出ようとしているのにでくわす。
 それを呼び止めさせ、供の者を通して銭などを渡す。
 老爺には、自ら品を手渡す。
 「世話になったな」
 「いえいえ、楽しゅうございました。主人に取り次ぎましょう」
 「いや、直接行くからいい」
 何度来ようと、律儀に接する真面目な男だ。

 従兄弟者の邸の東の対の屋根は、完全に直っている。
 階を上がり、一つ奥まった部屋の方へ入るとそこに彼はいた。
 「…殺しかけた相手の所のよく平気で来るな、おまえ」
 「いや、すまん。ついカッとしてやった。今は反省している……ダメか?」
 「来い。覚悟はしているだろうな」
 「それはもう。奴隷扱いされても文句は言わん」
 「こんな可愛げのない奴隷などいらん」
 ふ、と微笑って近寄った兄者は、すでにいつもの彼に戻っている。
 紐を解きながら念を押す。
 「しばらく来るな。おまえの弟は割りに鋭い」
 「ああ。俺と違ってバカじゃない」
 柔らかな絹紐で、腕を縛られた。

 「で、何がこの騒ぎの原因だ」
 「なんだ、あいつ言わなかったのか」
 「黙って膝を抱えていたぞ」
 「俺が妬かない、とか戯言を抜かすもんだからかっとしていじめた。
……まあ、しっかり仕返しはされたがな」
 「妬いているのか」
 「アタリマエだ!でも言えるか、死ぬほど妬いてるって。視線すら人に向けるな、なんて。
あいつは閉じ込められて育ったんだぞ。他者に過剰に触れたくなるのはそのせいだ。
それを止めるのは俺のエゴだ」
 するり、と身体を抜いて衣を身につけ始めた。
 それを留めて紐を結んでやる。
 こいつに任せておくとすぐにばれる。

 「それじゃ、まあ、宿直の時にでも」
 なんだか、影が薄く見えた。
 「待て」
 呼び止めると振り返る。ちょっと面白がっているような表情を見せた。
 「……せいぜい愉しむことだな」
 言いたかったことは言えない。聞きたかったことは聞けない。
 「お言葉に従おう」
 軽く手を振って部屋を出た。
                                了

 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ 
 | |                | |     ピッ   (・∀・ ) オシマイ!
 | |                | |       ◇⊂    ) __
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