Top/2-96

元ネタ不明『悪夢』

 炸裂音。
 肩に、腕を持っていかれたのではと思う程の衝撃が走った。見れば腕は
振動に合わせてぶらぶらと揺れ、今にも千切れそうな有様だった。面白い
くらいに血液が赤く噴出している。前方にも後方にも何も無く、自分が追い
駆けているのか追われているのかの区別もつかない。それでも走らねば
ならなかった。理由はわからないが、とにかく走らなければどうにかなって
しまうのだろう。
 気配を感じて目を凝らせば、ずっと前方で空気が凝り固まって人になった。
自分と同じ軍服を着た兵士だった。方膝を落とした彼が構えたライフルは
真っ直ぐ向けられ、黒い点が染みのように見える。
 炸裂音。
 心臓を貫いたらしい衝撃に上体が反り返ったが、やはり足は止まらない。
身体を置いていこうとでもいうのか、狂ったように動き続けている。嗚呼、
なんと恐ろしい足だろう。この足は何故走らねばならないのだろう。何故止
まらないのだろう。
 黒い染みに腹を突き抜かれ、そのままライフルと共に男が体の中を通り
抜ける。心臓はとうに動きを止めているのに、この足とこの考える頭は別の
生き物のようだった。何も無い場所を走り続けるうちに、いつの間にか腕を
どこかに落としてきたことに気付く。腕には用が無いので構わないのだろう、
足は気にせず走っている。
 炸裂音。
 今度は額が破裂した。後ろに赤い霧を振り撒く頭ががくんと仰け反り反動
で起き上がった。前方であのライフルの男が立ち上がり、溶けるように消えた。
起き上がった頭は残った瞳に捕らえていた。溶けた男が別の男に姿を変えて
凝り固まったのを。
 炸裂音。
 どこに中ったのかはもう分からなかった。足はただただ走り続けるばかりで
上のことについては何一つ思わないらしかった。
 新しく現れたのは随分と神経質そうな男だった。実際その男は神経質だった。
真っ直ぐと立ち、背筋が伸び、すっとのばした片腕の先には拳銃が握られていた。
着痩せして見える。知っている男だ。上官だった。今もそうだ。信頼していた頃も
あった。優しい頃もあった。あったと思うが、どうだっただろうか。

(我々は命令に従っているだけだ。)
 男がそう言ったのが聞えた。その言葉に怒る程の余裕は最早この身体には
残っていなかった。動いているのは足だけだ。猛進している。銃口に向かって。
早く次を撃てばいい!そう叫びたくとも声を出す器官は働かなかった。撃てば
いいのだ、この足を止めればいい。お前の指のほんの少しの動きが、やっと
この足を止めるのだ。撃ってくれ!お前は人を撃つことには慣れているのだ
から、死に損いにとどめを。
 炸裂音。
 足は止まらない。眼球が吹き飛ぶ寸前に男の顔が目前に迫り、下半分に
なった頭を透け、男がその場に取り残された。宙を舞う眼球の破片が
遠ざかって行く身体を見つめている。足は止まらなかった。男が振り返り、
走り去る男に銃を向けた。撃て!
「撃て!」

 驚いて飛び起きるとそこはいつもの寝室だった。心臓の音がすぐ耳元でドク
ドクと騒がしい。冷たい汗が髪を伝って背中へ流れ、その感触が滑る指のよう
で不快感に体が震えた。
 部屋の本来の主はもう部屋を出たのか気配がない。落ち着こうとして身体を
戻すと、汗を吸ったシーツはじっとりと冷たかった。
「死に損った」
 また、死に損ったのだ。何年も見続けた同じ夢は、いつも自分を殺してくれない。
どうせなら殺されてから目覚めたかった。いや、そのまま目覚める必要もない。
なのに何故この夢はいつも中途半端に生かしておくのか。
 一度笑い始めるともう止まらなかった。声こそ出さなかったが、可笑しさが
後から後から込み上げて、しばらくの間、胸や喉を痙攣させるように笑った。


このページを共有:
  • このページをはてなブックマークに追加 このページを含むはてなブックマーク
  • このページをlivedoor クリップに追加 このページを含むlivedoor クリップ
  • このページをYahoo!ブックマークに追加
  • このページを@niftyクリップに追加
  • このページをdel.icio.usに追加
  • このページをGoogleブックマークに追加

このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP