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川の深さは 桃山→保

久しぶりに福#物投下させていただきます。
木兆山→イ呆のようなそうでないような。

ほんの数時間絵空事を映すだけの白幕を少年は大きく開かれた窓のようだと言った。
知らない物、新しい物、世界にはそんな様々な物があることを教えてくれるのだと。
触れたいと望む事すら知らなかった、子供は今でも俺の隣に居る。

どこにでもある田舎町のどこにでもある映画館。
新作が出るたびに足を運ぶのが俺の唯一の趣味になっていた。
通い始めて暫くは切符ぎりの親父が嬉々として話しかけてきたが映画監督どころか
俳優の名前も碌にわからないと知れればただ毎回料金の受け渡しをするだけだ。
映画好きの不良中年仲間、との期待を裏切った事だけは少々悪いなと思ってはいる。

こんな田舎にも配給されるほどの人気作品だというのに劇場内は随分静かなものだった。
それも当然で観客は十人にも満たない。
この時代に敢えてCGではなく壮大なセットとエキストラで臨場感のある本格的な映像造りが売りの映画だから
きっと出演者の方がこの映画館で見る観客よりずっと多いだろう。
最近動く分だけは幾らか絞れてきたとはいえまだ重い身体を椅子に沈めてまだ白いスクリーンを見る。

――イ呆、馬鹿だな。こんなのただの作り事じゃないか。
もう二度と逢う事はないだろう少年、そう何年経っても少年のままの彼に話し掛ける。

――良いんだよ。詰まんない事言うなよ。楽しいんだからそれで良いんだ。
横から聞える声に微かに笑って売店で買った袋菓子を誰も居ないそこに置く。
そして俺は聞えるはずの無い声を聞き見える筈の無い姿を見る。
ほんの少し世界が良い方に動いたなら彼にも在り得た、ごく平凡な未来。

――ガキみてぇな事を言うんだな。
また一緒に、また今度。望んだ事はただそれだけだった。
映画代くらい奢ってやって、菓子とアオイへの土産くらいは自分で買わせて。
切り取られた窓から楽しい絵空事を見て一緒に笑うのだ。

保と過ごした日々は鮮明なようでどこか滲んでいる。
印象ばかりが強くて一つも像を結ばないのだ。
手も握らなかった。唇も何もかも、少年の身体に触れる事は無かった。
ましてやわかりあう事など少しも無かったのだ。
けれど今、自分と少年の人生はこうして交わっている。
映画館へ行くたび、この絵空事の窓を見るたび俺は何よりもイ呆を思い出す。
切り取られた窓の向こうに見える世界は隣に座って夢中で映画を見ていた彼、なのだ。

俺が字幕を追う間、または幻のイ呆が袋菓子を握り締めている間に映画は進みやがてエンディングロールが流れ出す。
小さな女の子が暗い中少しおぼつかぬ足取りで横を通り過ぎた。
「あのおじちゃん沢山泣いてるね。悲しい事があったの?」
可愛らしい声を上品な母親らしい声が軽くたしなめて静かになると俺はまた一人で泣いた。

悲しくない。悲しいんじゃない。俺はただ、何度でも交わる少年の人生が愛おしいのだ。


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