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亡国のイージス 渥美と瀬戸

42でつ。再びお借りします。オサーン同士ですいません。

「内調からいつものメールを承っておりますが…」
控えめに告げる女性秘書の口元は笑っている。
「市ヶ谷の君へ。暫く逢っていないがその美貌に翳りは…」
「読み上げなくて宜しい。」
それ以上真面目に返事をするのも億劫で目線で捨てろと応えると更にその笑みが深くなってしまった。
四十も半ばを越えた次期局長の唯一の人間臭さとなれば関心が集まるのは必至だが伝言の主、情報室室長はそれを楽しんでいる衒いがある。
己がからかわれているという事以上に奴の思惑に嵌るというのがあまり面白くは無かった。
しかしそれだけで無視をするほど私は大人気ない人間では無い。
奴から送られてくるメールには返信する必要など一切無いのだ。
何故ならば……ああ、そろそろか。扉付近の掛け時計の長針を見ていると勢い良く扉が開いた。

「やあ、市ヶ谷の君。久しぶりだな。」
「内調に篭っている間にあんたも錆付いたか?その呼び方は止めろと何度言った。」
「怒るなよ、次期局長。」
「人事は重要機密事項だ。」
実際は十近く離れていたと思うが内閣調査室という中枢で働く彼の年齢を意識する事は余りない。
だがこんな時、他愛ない言い合いで脂下がっているのを見る度にオヤジめと言ってやりたくなる。
市ヶ谷の狸でさえ顔負けのいやらしいオヤジの顔をしている。
「それじゃあ大輔。」
「名前も止めろ。」
「……我侭だな。」
どっちが我侭だと言いかけて馬鹿馬鹿しくなり開いた口を閉じた。
わざわざメールで先制攻撃をしてから陣中見舞いまでして来る時、彼は例外なく暇なのだ。
仕事を放ってくる事は勿論、決済を残してくるような事も有り得ない。
そしてこちらが本当に忙しい時も来ない。
手が空かないと嘘を吐いてまで追い返すほど彼との付き合いは浅くは無いから結果的に食事なりナニなりに付き合う嵌めになる。
この馬鹿馬鹿しくも正確な情報分析能力が今日の日本を支えているのだと無理矢理納得するようにしている。

「直接来るならメールは要らんだろう。送って来るな。」
「いいじゃないか。最近パソコン覚えたから送ってみたいんだよ。メル友も居らんしな。」
「私のメールアドレスはホットライン扱いだ。私用で使うな。」
「それなら携帯のメルアド教えてくれよ。」
「持ってない。」
秘書が退出前に入れてくれた珈琲の湯気越しに窓を見る。
気温が下がり植物の色が少なくなって冬に覆われるこの季節は好きだ。
いつの間にか彼も勝手に横に陣取って同じように眺めていた。
「……で、何しに来たんだ?」
戯れに話の先を向けてやるとぱっと表情が明るくなるのが解った。
先ほど心中でオヤジと毒づいて何だがこんな時の顔は少年のようだ。
メールの報告をするたびに顔を綻ばせているあの秘書を始め密かに女性人気が高いのはこういう処からだろう。
「ああ、うん。実は……」
「逢いたくなったなんて寒い事を言ったら叩き出すぞ。
セキュリティゾーンに許可書を持って入ってきたんだから相応の理由があるんだろうな?」
勿論内調トップのパスなら顔見知りに逢うくらいの理由は裁量内だが今日は何となく論いたくなった。
いつも手玉に取られていてはどうも収まりが悪い。
五十を過ぎて尚、まだ精悍と言うに相応しい目がゆっくりと弧を描いて笑う。
カップをテーブルに戻した後の敬礼は妙に芝居がかっていた。
「勿論だ、副局長。是非貴方に渡さねばならない物を運搬してきた。」
新しい言い訳だと少し驚く。
いつもはここでへらへらなあなあと笑って誤魔化すのが彼の手口なのだ。
尤もそれはいつも誤魔化される私にも問題があるのだが……。
そんな此方の様子など気にする事も無く彼は内ポケットを探っている。
内ポケットに入るなら新型記憶媒体か、それとも原始的に指令書か。

「馬鹿か。それこそメールで送ればいい。」
「いや、これは直接では無いと……あっ!」
言葉と手の動きが止まりぱっと視線が下がる。
何だ、何を落としたのだと思わず同じ所に視線を向けると不意に視界を掌で遮られた。
ああ、またやられた。そう思う間もなく少し煙草の味がする唇を重ねられてしまった。

「……で、何を持ってきたんだって?」
張り倒したくなったがそれをすればその反応を喜びそうなのでできるだけ冷静に振舞う。
「聞くなよ、野暮。もう渡しただろう。」
こいつは馬鹿だ。オヤジの癖に乙女な大馬鹿だ。
「こんなつまらん物は返品したいんだがな……」
眉間の皺で不機嫌バロメーターの針の振り切れ具合を示した積りが奴は変わらずにやにやと笑っている。
「今日は大胆だな、副局長。貴方から……」
馬鹿めと言うより先にまた同じ物が重なった。ああ、また丸め込まれてしまった。
ところで彼の口惚けが頗る巧いのと口が巧いのは何か関係があるのだろうか。

他愛ない思考を他所に年季の入った空調機がゴウゴウと音を立てていた。


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