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373/新選組

土方市村で。

明治二年、五月五日、鉄之介は土方隊長に函館湾が見渡せる、和洋の旅館に 呼び出された。

五稜郭以外に、土方が私用の品物を置くために使っていた、洋式 の部屋に市村は緊張して、土方の前に立つ。
土方の愛用の品を土方の郷里に届けるように言いつけられた市村は土方に向かって初めて会った時からの思い
をうち明ける_ずっと京都で耐え、函館で秘めていた思いを。土方への気持ちを。

「隊長、このお話はお受け出来ません、私は足手まといかも知れませんが、ここで隊長と討ち死にする覚悟です」
「うぬ、私の命令が聞けない、とあらば、お前は無用の食客だ、ここで討ち果たすぞ!」
「隊長、薩長の芋弾に当たって犬死するよりも、あなたの愛刀のお手討ちにあった方が
私は幸せです」「い、市村・・・」大きな琥珀色の瞳に大粒の涙が浮かぶ。
あどけない顔は悲しみに歪み、幼さの残る細い肩はがたがたと震えだした。
「わ、私は一人、生き残って生き恥をさらすよりは、何時までもあなたのお側で・・・!」
愛刀、兼定に手をかけようとした土方の腰に縋って、市村は精一杯気持ちを伝える。

「市村、私の気持ちが分からないのか?お前はまだ若い、生きて、この時代の流れを見届けるんだ」
「嫌です、嫌、です・・・私は隊長のお側に居たい、側を離れるなんて死ぬよりも辛い!」
「い、市村・・・お前・・・」「隊長、一目お会いした時から、ずっと・・・嫌です、側に置いてください・・・」
一途な告白と必死の懇願に、土方は市村が何を伝えようとしているのか、解った。
彼が欲しいのは脱走の末の延命でも、平和な生活でも無かった。
この血飛沫の飛び交う戦場で、時代に殉じる為に供に命を燃やす毎日だったのだ。
「市村・・・」土方に膝をついてしがみつき、泣きじゃくる市村の頭を優しく撫でた。

「俺は側に居たいという連中が何人も冥途へ消えたのを見た・・・沖田は結核で、野村は戦死、山崎も・・・」
「隊長・・・」(それはきっとその人達の本望だったのでしょう、私だって・・・)
「お前は、そうであって欲しくない・・・ん?」腹の下に顔を埋めて泣いている市村の顔を上げさせた。
長い指を添えて、両手で優しく丸い頬を包んだ。「副長・・・」悲しみの為に瞳を開ける事が出来ない
市村は唇に柔らかい物が触れても、それが何であるか最初は解らなかった。

暖かい舌が入り込んで来た時、それが土方の思いを込めた接吻だと解り、体の血が逆流するほど、驚いた。
「市村・・・お願いだ、聞いてくれるな?」「副長・・・」副長と呼びたい、今は_
人に命令するときは胸を張り、有無を言わざず思い通りに動かして来た姿を知っている。
それが今、自分には思いを託し、命を繋げようとしている・・・
その慈愛に満ちた姿は、市村の育った村の寺で見た、慈母観音の姿そのもの。
自分よりも他者に愛を注ぐ物が持つ、清らかな光が土方の顔を包んで居た。
「わ、解りました」_逆らえない_この人には_解っていた筈なのに_
「で、では、私のお願いも聞いてください」「うん?なんだ?何でも言ってみなさい」
「お、思い出を、下さい、私に一夜の思い出を・・・消える事のない、あなたとの思い出を・・・」

「思い出・・・」「一晩、わ、わたしを恋人にして、くだ、さい、誰、の変わりでも構いません」
「鉄・・・」可愛らしい、緊張して硬直した姿に、今まで堪えていた市村の思いの深さを知り、
心が温かい色に染まってゆく。さっきまで、氷柱が立つように、殺風景だった心の中に_
「何を言うか、俺は今まで、抱きたい奴の変わりに誰かを抱いた事など一度もないぞ」
「副長・・・」「抱きたい奴をいつも、思い通りに抱いて来た今夜も、そうだ」「副長・・・」
もう一度、市村の唇を土方は優しく吸った。そして心をほぐすように、舌を絡め、接吻の甘さを教えた。

また明日書き込みます。^^


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