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美容院にて

>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )コネタデス

家の近所に、小さな美容院がある。
従業員といえば、店主と従業員が一人だけの小さな店なのだが、店主の明朗と
した物言いが好きで、何となく私は何度もここに足を運んでいた。
「いらっしゃいませ」
夜。会社を終えてから私はこの店に遣ってきた。扉を潜り抜けると、洗髪台の
近くにいた店長が振り返り、こちらに数歩歩み寄って会釈をする。
「少々お待ち下さいね。間もなく準備が整いますので」
彼が笑顔と共に向けてくる台詞に頷くと、私は待合いの椅子に腰を下ろす。
店長は三十くらいと、私と同じ位の年らしいのだが、髪が短いのと茶髪で
あるせいか若く見える。笑うとさらに三歳は年齢が下がって見える。
仕事帰りの身には、彼の屈託のない笑顔が心に沁みる気がする。店長の目は
大きいのだが、笑うと糸で弧を描いたようになって、笑い皺と共に顔に愛嬌を
加える。表情も豊かで見ていて飽きない。彼を見るのが、正直数月に一度
ここに来る理由の一つになっていた。

洗髪台で髪を濡らして貰ってから、散髪の為の大きなケープを纏わせて貰い、
私は鏡の前に腰を下ろす。
私の希望を聞いてから、淀みなく動き出す彼の手とその動きが鏡に映る様を、
私は常のように感心して見つめる。
私の表情が可笑しかったのだろうか、店長が鏡越しにこちらの瞳をちらと
見遣った気がした。それが、何となく気恥ずかしくなって、私は何か言う言葉
がないかを胸に探す。
「そういえば、前から美容師さんに聞いてみたい事があったんです」
「何でしょう?」
髪から眼を離す事なく、店長が問い返す。言葉の合間を縫うように、彼の指間
から、ぱらぱらと髪の端が零れ落ちる。
「美容師と理容師の違いは何ですか?」
思いついた事をその侭口にした。途端に、彼の眉根が僅かに寄る。少しだけ
だが表情が曇ったようにみえて、私は眼を一度見開いてしまった。
「確かに、わかりにくいですよね。でも資格としては、別のものなんですよ?」

すぐに口元を引いて瞳を細める店長の顔を、私はじっと見つめた。
「そうなんですか?……『幼い頃は男性向けの整髪店が理容師、女性向けが
美容師』だなんて思ってましたよ。今はこうやって、貴方に髪を整えて貰って
いますが」
と冗談めいて言いながら口元を引くと、彼は小さく頷きを返した。
「その認識は間違い、と言い切れない所があります。私たちは整髪以外に
メイクや着付けなども行いますからね。ですが、最大の違いは顔が剃れるか
剃れないか、という所が一番大きいかと思います」
「確かに美容院で顔剃りは殆どしてくれませんね」
「しては駄目なんです。あれ、法律違反なんですよ、本当は」
笑みを籠めた台詞と共に立ち位置を変え、鋏を動かす。こうやって話をして
いる間も、着実に髪が切れていくのはさすがだと思う。
髪を指にて摘み鋏を入れながら、答える口元が僅かに緩む。切れた髪の端
が、彼の指の間を零れて落ちてゆく。
ふと自分の質問が少々気恥ずかしくなり、私は鏡の中の彼から視線を外した。
「どうもすいません。子供っぽい質問かと思ったでしょう?」
「いいえ。確かにわかりにくいですし、業務的には重なり合う部分もあります
からね。将来的には資格を一つに纏めていこうかという話もあるらしいです
し」
私の表情が可笑しかったのか、彼の言葉はいつもにもまして楽しげに感じ
られる。それに自然と頬に血を上がるのを感じながらも、私は口を休め彼を
再び観察しはじめた。
私に確認を取りながら前髪を整えていく彼の動きは、とても軽快で見ていて
飽きない。

私が店に来るのが何時も遅い所為で、もう一人の従業員に髪を切って貰った
事はないのだが、果たしてその人に整髪をして貰った時に私がここまで
楽しめるかどうかというのは疑問だ。多分、私はこの人を好ましいと思って
いる。しかし、こんなに見つめていて、失敬な態度になっていたらどう
しようか? 彼は私の視線に気がついて、内心苦笑しているのではない
だろうか? そう思うと恥ずかしくて頬からなかなか血が引かない。
そういえば彼が動作と動作の間に頬に、幾度か頬へと視線を向けた気がする。
それが気のせいでないのならば、こちらを見て浮かべている微笑のどれだけ
が、私の行為を笑うものなのだろうか。
全く、幾つなんだ自分。と、くだらないことを考え続ける自分の年齢に自分で
突っ込みを入れている間に、彼の手が止まった。
これで良いですかと、彼が椅子を廻し私の後ろ姿を手鏡で見せてくれる。
思った通りの長さになっていたので頷くと、彼がケープに付いた髪の毛を
払った。
「では髪を流しますので、移動しますね」
声に促されて立ち上がる。
洗髪台の椅子に腰を下ろすと、彼が横に移動しつつ問い掛けてきた。
「理容院に行ったことはありますか?」
子供の頃は何度か足を運んだ記憶はあるのだが。首を振る私の首に、彼が
洗髪用の小さなケープを付ける。
「理容院はうつ伏せに頭を濡らすのが普通なんですよ。最近は仰向けで髪を
濡らす洗髪台も増えてきているようですが、余り評判は良くないようだと
何処かで聞きました―――背中を倒しますね」
最後の台詞に顎を引くと、台が後ろに倒れていく。首の後ろに洗髪台の縁が
当たると、彼の手が私の頭部を持ち上げて、ちょうど良い位置に調整して
くれる。
にっこりと笑うと、彼は棚からタオルを取り出した。
「でも、私はこういう遣り方の方が好きなんです」
「何故ですか?」
悪戯っぽいように見えた彼の笑顔に、思わず問いを向けてしまう。
「何故だと思います?」

問い返されて首を捻るが、特に答えらしきものが浮かばず、私は首を振る。
彼は瞳を細めると、私に了承を得てから顔にタオルを掛けた。
いつもならば、この後は蛇口が捻られる音が続く。
が、今回は水音と温いシャワーの感触の代わりに、私の耳元へと声が向け
られた。
「何故かと、言いますとね」
気配が先程よりも近い。恐らく身を屈めて顔を近づけているのであろう相手
の、面白げな低めた声がそっと囁く。
「理容院だと、こういう事が出来ませんから」
気配が近づき口元だけタオルが捲り上げられると、湿り気のある柔い物が
唇に触れた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ ;) ウエノ タイトルヲ ミスシテシマイマシタ

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