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亡国のイージス 千石×如月

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某国のイーヅス(漫画版)のセソゴク×キサラギでつ。

……海の音が耳を覆うのは、きっとあいつを見つめているからだ。
あいつの瞳は見るたびに色を変えて、この静かな波にさえさらわれてしまいそうなほど、虚ろにみえる。
その姿を見ているうち、自分まで空虚になってしまったような錯覚をするのだ。

何を見ているのだろう。

俺は、その背中を視界の端に留めながら、キャンバスに筆を走らせる。
あいつの絵を見てから、すっかり自分の絵が見劣りするように感じ、変に力が入ってしまうようになった。
色がうまく作れないことに苛立ちを感じながら、俺はため息を吐いて立ち上がった。

「如月、何見てるんだ」

俺が声をかけると、当直に立っていた如月はふっと我に返ったようにこちらを振り向き、いつものように顔を伏せ、起伏のない声で答えた。

「……海です」

──そりゃ、目の前にはそれしかないからなぁ……。
俺は苦笑して頷く。

「ここに勤めてりゃ、海なんか飽きるほど見られるぞ」
「そうですね……でも……」

如月はそこまで言って、寂しそうに眉を寄せて黙ってしまった。

……何かまずいこと聞いたのかな。

沈黙が二人を包み、風が通り抜けていく。
冷たい秋風が言葉までも奪っていくようだ。

俺はちらりと如月に目をやった。
長い睫毛と白い肌が月明かりに照らされて、青白く輝いていた。
俺は、その美しさに一瞬胸を強く打たれたような衝撃を覚え、ぱっと目をそらす。
それに気づいたのか、如月が俺の顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか、具合でも」
「い、いや、何でもない」
「……そうですか」

如月はそう言うと、海の方へ再び向き直った。
俺も、気持ちを落ち着かせようと、再びキャンバスに筆を走らせ、深く青い海を描いた。
時間をかけてようやく完成したそれは、──自画自賛になるが──なかなかの出来だった。
しかし、俺は納得できなかった。
何かが……そこには、何かが足りない気がしたのだ。
暗くて、深い青の海。
全てを飲み込み、沈めてしまうのではないかと思えるほど。
その色は十分に描けていた。
足すものなどないように思えた。
……しかし、姿は掴めなくとも、そこに描くべきものが、確かにある。
それは、何なのか。
俺はじっとキャンバスを睨みつけ、考えていた。

「……伍長」

如月が口を開いた。

「何だ?」
「明日も、絵、描くんですか」

……突然の質問。
それは真意をはかりかねる、唐突なものだった。

俺は頭を掻きながら笑って答えた。

「ああ、そのつもりだけど……まだ完成してないしな。
でも、なんか物足りないんだけどさ、何が足りないのかわからないんだよ」
「……見せてもらって、良いですか」
「あ、ああ」

俺は如月にキャンバスを差し出した。
如月はじっと俺の絵を眺める。
真剣な眼差しは少しも揺らぐことなく、キャンバスの上の海をただ見つめていた。

「……海の、色」
「え?」
「海の色……深くて、暗くて、とても良く描けていると思います」
「そ、そうか?アハハ」

俺は、自分でも上手く描けたと思っていた絵が、プロ並みの腕前の如月に誉められたことが嬉しくなって、照れ笑いをした。

「……でも……沈むほど暗い海の色は、それだけじゃ冴えてこない」
「……?」

如月は俺に確認するような視線を送ると、筆を握り、流れるような手つきで俺の海に色を描き足していった。
俺はただそれを眺めているばかり。
如月の筆が止まったとき、キャンバスの上には、月の光を反射して静かに輝く海があった。

「……光……」

そうか、これだ。
俺が感じていた、この海に足りないものはこれだった。

俺は、如月が見事に描いた月光の荘厳な輝きに、言葉を失っていた。

「……夜の海は、闇そのものの色」
如月は思い詰めたような表情で言った。

「けど、闇は……光なくしては存在しない」
細い指が、さっき筆を走らせたキャンバスをなぞる。

「闇は光に触れられない。だからこうして、偽物を描いて、触れたつもりになる……」
「……如月?」

如月はぼんやりと呟く。
俺は急に不安になって、如月の顔をまじまじと見た。
如月もこちらへ視線を返し、いつものような感情のない顔ではない、悲しげな表情を向けてきた。
……どうしてそんな顔をするんだ?
俺は目を逸らすことができず、そのまま如月の視線に捕らえられていた。

「……伍長」

不意に言葉が飛んできて、びくりと身体が震える。

「な、何だ如月」
「明日も、ここで絵を描くんですか」
「えっ……ああ」

また、その質問か。
どうしてそんなことを聞くのだろう──如月は、自分の考えは黙して語らない。

「そろそろ……交替の時間ですね」

如月は海を見ながら言った。その言葉にはどこか、当直が終わってしまうことを惜しむような音が含まれているような気がした。

しかし如月はさっさと支度を始め、俺はそれがただの思い違いだったことに気付く。

……当然だ、人と関わることを好まないこいつが、俺みたいなヤツと無駄話していたいなんて、気まぐれにも思うはずがない。
当直が終わればゆっくり休めるのだ。早く終わって欲しいに決まっている。

──何を期待してるんだ、俺は──

俺はキャンバスをしまい、すっくと立ち上がった。

「如月」
「……はい」
「ありがとうな、コレ」

軽くキャンバスを叩きながら、海に光を与えてくれた礼を言った。
ちらりとキャンバスを見ると、如月は小さく会釈したものの、またすぐに海の方へ向き直ってしまった。

……ったく、無愛想なヤツだな。

でも……きっと、不器用なだけで、気持ちは優しい男なのだろう。
ここに描かれた光を見れば、わかる……眩しくてまっすぐで、汚れのない色。
絵は人の心を映す鏡だと、誰かが言った。
あながち嘘でもねぇな、なんて思いながら如月の背中をちらりと見る。
如月の誰も知らない意外な一面を知っていることが嬉しくなって、俺は口許を緩ませながら、士官室に向かった。

──あんたは気付いているのか。
あんた自身が眩しく光り輝いていることに。
そして俺が、その光を強く求め始めていることに──

……救って欲しいなんて考えているのか?……馬鹿な。

この期に及んで、自身を包む闇を晴らして欲しいだなんて。
逃げないと誓ったのに。
ほんの少し言葉を交わしただけの相手を、どうしてこんなに胸にとどめてしまうのだろう……

如月は拳を握り締めた。
部屋へ帰った仙石の顔が頭を離れない。

……もし、ここじゃないどこかで出会っていたら……

よくわからない感情に襲われ、如月は胸に小さな痛みを覚えた。
……唇を噛んで、その痛みをなかったことにするように、血を滲ませる。

もし、なんてない。
あいつと俺は、『任務』に関係するだけの、他人だ。

しかし……あの時発した言葉。

『明日も、ここで絵を描くんですか』

明日という、いわゆる未来の話をしたのは久し振りだった。
そして、『明日も会いたい』と思う人間に出会えたのも…

「……くだらない」

如月は皮肉な笑みを浮かべ、筆を手に取ったときに付着した絵の具を洗い流した。

色のついた水が、排水口に飲み込まれていく。

光に触れたいだなんて、思ってはいけない。
眩しい光は、いつか闇に飲み込まれてしまうのだから。
……そう、母や父のように──

「俺は……逃げない」

光になど助けを求めない。
そう誓って、生きてきたのだから──

こんな感情、捨ててしまえ。

如月は蛇口をひねり水を止め、歩き出した。
頭から仙石の笑顔が離れないのを、『任務』に関する人間だからなのだ、と理由づけて。

やがて、海に月が沈んで、水面は漆黒の闇に包まれた。
しかし程なくして、太陽が昇り、再び海に光の筋が走る。
さっきまでの闇が嘘のように太陽……そして海面は眩しく輝き、いそかぜを照らしていた。

月は沈んでも、日は昇り。
闇はすぐに晴れるのだ──

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・)オメヨゴシ、シツレイシマシタ……


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