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炎の蜃気楼(ミラージュ) 直×高 ミラゲの前髪

みらスレから参りまちた。チョト失敬こきまつ。
車中プレに禿しく煽られ。

 高知の市街を一台の黒い車が通り抜けていく。
 まるで深夜のように他の車は見当たらないが、時計をみればまだ午後五時を回ったところだ。
 春先に起こった謎の「災害」以来、四国では道路を走る車をほとんど見ない―――そこに住む者たちが原始生活に戻ったかのように、近代的な町並みは用を成さずに佇んでいる。

 窓越しに流れていく人気のない商店街に、高耶はわずかに目を細めた。
 窓には黒いスモークが貼られている。が、おもてが暗いのは、太陽の光自体差し込まないからだ。
 浦戸で定例会議を終え、剣山に帰る道すがら、幾度もこんな光景を目にしている。その度に、運転する隊士の無駄口で気を紛らわせていたのに。今日送ってきてもらった隊士は、浦戸に留まることになってしまった。
 意図的な静寂に、強いて無表情を保つ。運転席からの無言の圧迫。丁寧なステアリングすら、おそらくは分かっていてやっている。
 責める言葉を口にしない―――冷ややかな直江の横顔から逃げ出すように、澱んだ町の様子を眺めていたのだ。罪悪感などとうに越した、鈍い痛み。
 吐息すら漏らせない冷たい緊張感に、高耶は目を伏せた。
 そうして、四国中に散らばる『今空海』の視点に意識を集中させようとしたときだった。
「っ…!」
 突然のブレーキに体をシートに押し付けられ、高耶は思わず顎を引いて両腕を突っ張った。

 高い悲鳴を上げながら、急な過負荷に鼻先を振るようにして車が止まる。
「申し訳ありません。…大丈夫ですか」
「ああ」
 ゆっくりと頷いて顔を上げる。目の前に交差点を飛び出してきたらしい、別の車が斜めに止まっていた。
 サイドウィンドウを下ろし、中年の男が慌てた顔をのぞかせる。一般人だ。頬を強張らせて車から降りようとする男に、直江がハザードを点滅させる。構わない、ということだ。男はあからさまにほっとした表情を見せて、車中に戻った。
 事故を起こしかけたとは思えない、あっさりとした対応。
 形ばかり気遣いをよこしただけで、直江は再び口を噤んでしまう。
 …「災害」は――大転換は四国から電気を奪った。今も普及していない。
 むろん、信号は立っているだけで、役に立つはずもない。
 交通の絶対量が減ったとはいえ、今もどこかで事故は起きているのだろう。
 よろよろと発進する相手の車を見つめて、高耶は奥歯を噛み締める。
 そして―――見下ろす。
 いきなりだった急ブレーキの衝撃から守ろうと、とっさに助手席へ伸ばされた左腕。シートベルトの上から高耶の体を押さえ込んでいる。
「直…」
 思わず呼びかけた高耶は、はっと息を呑んだ。
 冷たく凍った鳶色の瞳が、すべての言葉を押し潰すように、高耶を凝視していた。

「あ、…っ」
 狭い座席で伸び上がるように身じろぐ。
 精緻な運転は、少しも揺らがない。滑るように市街を抜けていく。
 しかし高耶にはもう、窓の外を眺める余裕はない。
 窮屈に強張った両腿のあいだで、そこだけ露わにされた欲望を節ばった指が弄んでいる。
 長い親指に、ぷつりと沁み出す液体を薄い皮膚に塗り込めるように、捏ねくり回される。
「はっ…、く」
 窓ガラスに頭を預け、低い天井を仰いだ。股間に潜り込んでいる左手に立てた爪が白く染まる。
 直江は、一言もなく、フロントを睨んだままだ。
 その端正な無表情と同じく、左手の動きに情動の欠片もない。ただ無情に、手のひらの中の腐った果実を嬲るように。
 だが高耶も、短い喘ぎのほか、それを止めさせようとはしなかった。
 眉間を寄せ、唇を湿らせて、時折首を振る。
 狂ったようなその姿にはミスマッチな重い空気が車中を満たす。
「っ…?」
 すうっと静かにエンジン音が低下する。薄く目を開いた高耶の視界に、車の前を横切る小学生の列が映った。下校の時間なのだろう。何人かの教師らしき大人が、車を止めた直江にむけて頭を下げる。
 まさか彼らにこの中までは見えないだろう―――そうは思っても、堰を切る羞恥に高耶は顔を伏せ、
「っ、直…!」
 思わず制止の声を上げていた。

 ブレーキをかけ、ハンドルに右手を残したまま、直江の髪が間近にあった。サイドブレーキを乗り越えるようにして、高耶の股間に顔を伏せている。
 生温い口腔に含まれた途端、太腿が跳ねた。
「ァ、な…おっ」
 厚い舌がぬるりと括れを舐めまわす。ゆるい薄皮をこそげ落とすように歯と唇が根元まで飲み込んでいく。
 熱く覆われた肉塊の内部を、さらに熱い液体が駆け上がってくる。先端の出口で、淫猥な音とともに吸い付かれる。
「あ、あ」
 なすすべもなく喉を鳴らしながら、高耶はフロントガラスの向こうを意識から遮断しようとドアの持ち手を壊れるほど握り締めた。
 小学生の列はもうすぐ終わってしまうだろう。いつまでも動き出さない車を、教師たちが不審に思うかもしれない。
 もし覗き込まれたら―――凄まじい羞恥心が理性に悲鳴をあげさせる。
 それでも男の蹂躙を拒まない。
 唾液と先走りとで濡れそぼった男の左手だけが、支えであるかのように、硬い甲に爪を立て続ける。
 呼応するタイミングで、男が先端の割れ目に歯先を当てた。
 酷い強さで噛まれる。
「―――っ!」
 後頭部をシートに押し付けて仰け反る。
 快感も消し飛ぶ激痛に腰が浮いた。
 
 子どもたちを渡らせおえた教師が歩道に上がると同時に、黒づくめの車は穏やかにエンジン音を響かせて滑り出して行った。

 腰を浮かせた瞬間に、あっけなく下着ごと太腿まで脱がされていた。
 再び走り出した車の振動が、冷たい皮の感触とともに腿に触れる。
「あ…う、ぁ」
 中途半端に体を浮かせたまま、高耶は固く目を瞑る。腰を下ろしきれない。
 その辛い姿勢よりも、高耶をうめかせているのは体内に潜り込んだ異物だった。
 黒い車は一直線に山道へ入っていく。
 小刻みなエンジン音がダイレクトに内壁を抉る。
「く…っ、ん」
 痛みに萎えた勃起を震わせながら、挿入された二本の指の圧迫に耐える。
 それはただ、無理やりに入れられただけだった。
 濡れているのだけが唯一の救いで、愛撫でも前戯でもなく…直江の視線は前方に固定されたまま、助手席を見返ることもない。
「っ、は」
 タイヤが小石を跳ねた瞬間、高耶が顎を突き出した。
 またたくまに異物感が微妙な充足感に変わる。直江は指をぴくりとも動かさない。
 だが、挿入に馴れた体は、内壁を擦る指の太さに快楽の種を見つけたとばかりに、飛びついていく。
 アスファルトの舗装が途切れる。
 ガタガタと不快な振動を得ながら、車は山深くに進んでいく。
「ア…ん、ぁぁ…っ」
 やがて街の明かりが遠く見えなくなるころには、高耶の体は自ら指を貪り始めていた。
 腰の下に差し込まれた直江の左肘を握り締め、もう片腕でドアの持ち手に縋って体を支えながら。
 教え込まされた快楽のポイントに、指の腹が当たるように。

 予測のつかない揺れが、堪らない。
 必死で腰をうごめかせ、擦りつける。ソコを外れそうになると、本能だか意志だか分からないモノが慌てて指を締め付けさせる。
「う…ん、ん」
 内部からのおぼつかない刺激に、一度は萎えかけた肉塊がゆるゆると頭をもたげる。
 まるで――それだけしか欲しがらぬ幼子のように、いまや高耶は自慰にも似たその行為に完全に没頭していた。
 とうに市街を抜けていたことにも気づかない。
「ぁ、っあ」
 思い通りにならない指先に駄々を捏ねるように頭を振る。
 揺れた視線が、直江の冷たい横顔を捕らえて、歪む。快楽にぼやけた緩い瞳の奥に、針の先ほどの意志が閃く。
「なお…え、っ」
 叱るような喘ぎに、やっとのことで、運転席から眼差しが返る。
 けれど、閉じきった唇からは、一言も、どんな言葉も発されはしない。
 高耶の蕩けきったように見えた紅い瞳が。一瞬にして熱を噴いた。
 意志よりも先に体が動いている。
 運転中にも構わず、邪魔なサイドブレーキを乗り越え、高耶は男とハンドルの間に体を割り込ませた。
 直江が思いきりブレーキを踏み込む。
 男の体を跨ぐようにして圧し掛かった。
 耳をつんざく車の悲鳴。
 言葉を紡がない唇にかぶりつく。
 ぶれた車が古木にぶつかる寸前で止まる。
「…っん」
 息も奪うほど舌を絡ませる。男の指を体内に銜えこんだまま、男をシートに押し付け、唇を溶け合わせるような―――激しさで。
 けれど目は閉じない。
 至近距離で男の視線を手繰り寄せ、虚無と絶望とを隠す冷たい目に、灼熱を、注ぎ込むように。

 口付けながら、男の股間を探る。スーツの上からでも分かるほど張り詰めたそれを、高耶はもどかしさに苛立ちながら掴みだす。
 大転換を成したそのときから、男を絶望的に蝕む悲憤と無力感と失意と…。
 言葉にならない病すべてを宿して、はちきれんばかりに勃起している怒張を。
「ッ―――ンン、ぅ」
 二本の指ごと、体内に迎え入れる。限界をこえて破れたやわい皮膚から温いぬめりが拡がる。
 それすらも助けにして、男の分身をすべて、呑みこむ。
 直江という男の、すべて。
「っ、…ンっ」
 首の裏に鉈を打ち込まれるような激痛に意識を灼かれながら、高耶は体を揺らし続けた。
 ずるずると下半身を持ち上げては、押しつけるようにねじり落とす。
 繰り返し、くりかえし。その間一度も、唇を放さずに。
 男に溜まる絶望を、その体で一滴残らず吸い取ろうとするかのように。
 そして、一筋に捉えて離さない視線から直接その瞳に、爛れる毒のような高熱を注いで。
「…う、ぁッ」
 退かない痛みと足りない酸素に、意識が朦朧とし始める。脳が沸騰する。腰から下が解けて、ばらばらに千切れる。
 溶ける意識の底を、得体の知れない何かが突き上げてくる…。
 締める力さえ失ってだらしなく開いた入り口を自ら痛めつける高耶の腹を、勃ちあがる欲望が強く打った。
 感じている。
 柔らかい肉襞を抉り込んでくる直江の絶望の先端に。
 外れそうに抜かれては、内壁を突き破り内臓までも突き刺そうと潜り込む指先に。
 拷問じみた苦痛と快感に、高耶の腕が男の肩から落ちる。昇天しかける。
「な…お……ぁぁ」
「高耶さ…」
 そうして、もう一言、が。

「どう、して…っ」
 どうして、なぜ、分かってくれない…!
 あなたをどうしても失えない!!
 掠れて音にならなかった短い叫び。下ろそうとした腰が、あっけないほどすとんと男のモノを呑んだ。
 指が抜かれていた。
 両腕で、背中を抱かれる。
 激しく、止まらず、痛みすら追い越すキツさで、尻を突き上げられる。
「あ、ア――ッ」
 痺れるそれは、すでに、気も狂うような悦楽でしかなかった。

「隊長! お帰りなさい!」
 アジトに入った途端に、そこここから声を掛けられる。
「ああ。留守中何もなかったか」
 その一つ一つに、高耶は凛とした眼差しを返して答えていく。
 が、階段を登りながら、誰にも気づかれぬように口元を歪める。
 涙のような出血と吐き出された男の精液とが、今にも内腿を伝って落ちてくるような気がしていた。


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