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日本神話 ツクヨミ×スサノオ

光が満ち、水が潤い、風が鳴く、そして大地が笑う
ここは太古の昔、今の人間が思いもつかぬほど昔の話
神話の時代に生まれ出でた神の物語である

『古事記~月の神、海の神』

 青い海が目の前に広がる。潮が満ち、引き、心地よい音を奏でている。
白い砂浜の上に立てられた宮殿を見るとまるで一つの絵のように美しかった。
この宮殿は、海を支配する神スサノオの宮殿である。
他の神と比べるとまだ若い身だが、その力は強大だ。
 その砂浜を一人の男が歩いていた。暑い日ざしをうけ常人ではとても耐え切れない
というのに男は頭からスッポリと幾重にも重ねた布をまとっている。
男の足が向かう場所はスサノオの宮殿だ。

 男が宮殿の前につく。目の前には宮殿と大きな門がそびえ立つ。
顎に指を這わせて何かを考えている様子だったが、腰を落とし一気に飛び上がる。
無論、常人が出来ることではない。男は決して何かの妖術を使ったようでもない。
自分の力だけで己の四、五人の高さがある門を飛び越えたのだった。
男は、整った石段の上に着地し、何もないように立ち上がる。
 その出来事に一番驚いたのは兵士たちだった。十数人で慌てて取り囲む。
宮殿の窓からは侍女たちが様子を見ている。皆、不安そうだ。
兵士たちが、なにやら叫んでいる。男に向かって何かを聞いているようだが、答えようとしない。
何事も無いように男は歩を進める。兵士たちは焦っていたが手にもっていた
剣や矛を振り上げ襲い掛かっていった。侍女たちの悲鳴が空に響く。
 金物のキーンとした音がした、。皆、両目と耳をしっかりとふさいでいる。
男の血しぶきと声があがると思われたが、侍女たちの耳には何も聞こえなかった。
おそるおそる目を開けた侍女たちに移るものは倒れたまま動かない兵士たちだった。
何が起こったのか、皆わからないままだ。切りかかった兵たちもわかっていないのかもしれない。
他の兵士も怪しんだまま、誰一人近づけず足を止めている。侍女たちも声を上げるだけで何も出来ない。
男が、また歩を進め宮殿の目の前まで近づく。

 そのとき、宮殿の中から一人の男が飛び出してきた。まだ少年の風貌を色濃く残している。
両手には武器を持ち、顔に多少の刺青をしていた。日に焼けた顔がたくましい。
しかし他の人間と違うのはその衣装だろう。美しい絹で作られた服にはまるで見たことのない宝石が
ちりばめられている。中には海で取れた珊瑚も混じっているようだ。
このような服を着ることの出来る者はそうはいない。
この男が、スサノオだと言うことを示していた。
「だれだ!貴様は!この館がスサノオの宮殿と知っての狼藉か!!」
 スサノオは、右手に握った剣を男に向けて叫ぶ。男は身動きせずスサノオを見ている。
が、いきなり布を取り去った。その下からは、色白の美男子が見える。
高くそびえ立った鼻が、顔を一段と華やかにしていた。
服、靴関係なく全身が黒尽くめになっており、まるで現代で言えば
葬式にいくようだった。その中で白いからだがことさら目立っている。

「月読兄さん!」
 スサノオが驚いた顔をする。月読と呼ばれた男は
顔を崩す様子もなく日差しに照らされ立っていた。
 月読は三神のうちの一人でスサノオの兄である。普段は
一人で暮らしており、他の国や場所に行く事など考えられなかった。
「うれしいな!俺のところに月読兄さんが来てくれるなんて」
 月読の姿を確認すると、スサノオは武器を放り出した。走り出し思い切り月読の胸に
ぶつかっていく。月読はそんなスサノオの頭を真っ白な手のひらでなでてやっている。
さっきまでの戦いにみていた兵士や侍女たちは、あっけに取られていた。
スサノオは日に焼けた顔をくしゃくしゃにしている。普通の人間なら見れたものではない。
だが不思議と暖かく感じ、しかも見苦しくない。これはスサノオが三神の内の一人で
他の人間とは一角を抜いているという事もあるのだろう。
何か、普通の人間にはわからぬものが働いているのかもしれない。
そう全ての人間にはわからぬ何かが・・・・・・。

 そんなスサノオの喜びようをみて笑うツクヨミだったが、やはり夜の王の弱点なのだろう。
爛々と輝く太陽の光に当てられると頭を抑えてふらふらと足元がぐらつきだした。
「兄さん、大丈夫かい?とりあえず中へ」
 膝をつき、今にも倒れんばかりの月読を両手で支えスサノオは自分の宮殿へと
連れて行く。まわりに付き添っていた侍女たちがスサノオの手助けをしようとしたが
頑として触れさせようとせず肩を抱き歩いていった。
 月読の体は宮殿の奥深く、スサノオの部屋に寝かされていた。部屋には
適度に光が入っている。だが月読の体を冒すほどの光は入ってこない。
月読が起き上がると、横にはスサノオが座っていた。体には滑らかな
白い絹がかぶせられており月読を守っているようだった。
「あ、兄さん。起きたのかい?大丈夫なのか」
「ああ、すまないな。スサノオ。お前の手を煩わせてしまって」
絹の布を体から取り除いた月読はスサノオの方に座りなおす。
長く蓄えた髪がまるで女のように美しく光っている。

「なんで兄さん、わざわざあんな事をしたんだい?」
「ふふ、運動がてらだよ。私はほとんど動かない生活を続けているからね
お前を驚かそうとしたのもある。お前や、兵たちにはわるかったな」
月読は頭を下げた。その様子に驚くスサノオだったが、あわてて言葉を返す。
「べ、別にいいけどね。そうだ、ちょっと待ってて!!」
スサノオはそういうと部屋を飛び出していった。
そして人よけを行い、酒蔵から持てるだけの酒つぼを抱え部屋の床に
置いた。スサノオの土地で取れる自慢の酒だ。この酒には
スサノオも自信があり、天界にも負けないとスサノオは思っている。
「久しぶりの兄弟の再会なんだ!今日はゆっくり楽しもう」
月読は返事とばかりに杯をスサノオの目の前に差し出した。
 二人だけの酒盛りが続き、空が暗闇に包まれた頃
ふと、月読が言葉を切り出した。

「スサノオ、お前はどう思う?」
ツクヨミは酒の入ったつぼを置く。そして顔を上げ静かにスサノオの方を向いた。
いきなり言葉を切り出されスサノオも慌てているようだ。目をぱちくりと瞬かせている。
「どう思うって?どういう事だい。月読兄さん」
「・・・・・・・・お前は海を支配しているだけで満足なのかという事さ」
ぽつりぽつりと言葉を発しながら月読は語り始めた。その美しい顔に
一層と、光が当たる。胸に下げている白石の首飾りがきらきらと光る。
昼は元気がなかった月読だったが夜の月に当たり顔が次第に赤らんでくる。
夜の神の通り名をあらわすように夜は彼が一番生き生きと出来る時なのだろう。
「満足さ!普通じゃ得れないほど大きな土地と力を得て、そして
毎日を楽しく暮らせる。これ以上の幸せはないぐらいだよ」
「そうか、お前は幸せな男だな。まだ子供という事か
だが私は、お前のように幼くはないよ」
「??」

 今ひとつ、月読の真意がわからぬスサノオは顔を傾げたままだ。
「私は不満なのだよ。夜の神と呼ばれ尊敬されているようであっても遠めに
見れば幽閉と同じだ。あの天照がいる限り、私は不満なのだよ」
天照、この名前はとても大きな効果をもたらす。
この世界を治める三神の中の長男にして支配者だ。
その地位は強固でありまた絶大だ。
悪神だろうが善神だろうが己に逆らう者は
全て何時の間にか消えているという噂も立っているらしい。
「天照兄さんが?何故なんだい。月読兄さん。俺たち三神は皆、われらが父イザナギの命から生まれ
そして、皆がこの世界を治めるように言われたはずだ。なにも問題はないはずだよ」

「それが父の本当の真意ならば、な。お前は知らないのか?
私は父の言葉を真に聞いた事はないのだよ。あの最初の言葉
『天照は天と昼を、月読は夜を、そしてスサノオは海を』の
あの言葉以外を・・・・・・・。
天照は私と父の間を裂き合わせないようにしている。
それは夜の世界を治めるようになった私の不満を
父に聞かせない為に違いない」

 スサノオは初めて聞く事だった。そのような事を
考えている月読の事、そして三神の長男、天照の事を。
月読はスサノオの疑問もそのままに話を続ける。
「天照は、近くになって私に無理難題を言ってきている。
『私の近くにいっしょに来て政治の手伝いをしてくれないか?とな。
出来るわけがなかろう!天照は、私の体の事を知っているのか?
私の体を作ったイザナギの父にしか私を変えることは出来ない。
だと言うのに、あの光り輝き、真に私を弱らすあの男が
来てくれといっている。恐ろしい事だ」
酒を、煽り口からしずくを垂れ流しながらだが
必死に言葉を続ける月読だった。ときおり恐怖に震えているのかカチカチと歯が
杯にあたり音を鳴らしている。天照と、どのような事があったのだろうか?

「私が天照に使えるようになれば何時の間にか殺されるかもしれない。
あの男はそういう男だ。お前に優しくともやるときはやる。
そういう男だ。だから、その前に・・・・・・・・」
キッと何かを決めたようにスサノオを見つめる。
そして月読は歯を食いしばる。
「私は天照を殺そうと思っている。私の力では可能なはずだ。
だが確実ともいえない。だからこそ・・・・・・」
月読は一呼吸置いて一気に次の言葉を言い切った。
「スサノオ、お前の力が欲しい。天照を一緒に倒そう!」

 月読の目は真剣そのものだった。一瞬足りともスサノオの
視線から目をはずしはせず見つめているままだ。
「無論、これは私の野心がないともいえない。私はこの世界を得たい。
そして、全ての物を自分の物にしたい。だがスサノオ、お前にも十分にやる。
天界だろうが、昼の世界だろうがな。あの男を消す手助けをしてくれるのなら」
スサノオは冷たいものを背筋に感じていた。
今、自分におおいかぶさっている物がどれほど
大きな事かわからないだろうに。しかし目をそむけるわけには行かない。
ついに口を開いた。
 
 今まで黙ったまま、月読の言葉を聞いていたスサノオだったが
ためてきた思いをぶちまけるように叫ぶ。
「戦いなんて駄目だよ。兄さん!俺たちは天界でも一番尊い三神なんだ。
その俺たちが戦っては、災いが起こる。天にも地にも、全ての事柄にも
だから戦っちゃ駄目なんだ。俺はそんな世界は要らないよ!」
 スサノオは必死に言葉をつないで月読の説得している。
汗が手のひらをぬるぬるとさせている。焦っているのだ。
本当にこの世界をそして仲間や人や自然を愛しているのだろう。
自然と熱が入ってくる。三神が戦えばこの世界を揺るがす大事件だ。

 無論、大地は傷つき、人や動物は死に絶えるほどの戦いが
おこるだろうと思われた。だからこそ、スサノオは必死に止めているのだ。
やると言っている訳ではないが、それが想像できるからこそ
全力で止めるという行動に出ているのだった。
「俺には兄さんが考えていることが全てわかってはいないし、わからないと思う。
それは俺が子供だという事なんだろう。でも、苦しかったら戦うだなんて思わないでくれ。
兄さんがつらかったら俺が何でも相談に乗るし、支える!
だから、だから・・・・・・・・・要するに・・戦いは・・・・・・・・駄目なんだっ!」
 言いたい事を言い終えると、息をハァハァとつき
腰をどっかと地面に落とす。己でも何がなんだかわからないはずだ。
しかし伝わらない事でも言わないのと言うのでは雲泥の差がある。
これだけの事を言えた事にスサノオは満足していた。

 ふと、気づいたようにスサノオは部屋の外まで走り出した。
出口で辺りをキョロキョロと見渡す。
もし聞かれていれば一大事だ。だが人気はない。
人払いが功を得たようだ。ホッと一呼吸つくスサノオ。
帰ってきたスサノオを月読が笑いながら話し掛ける。
「お前に説教を食らうとは思わなかった。お前も成長しているのだな」
「あ・・・・・・・・・兄さん、ごめん」
スサノオは落ち込んだ顔を見せる。月読に反論した事などほとんどないのだ。
さっきの言葉を思い出し、スサノオはまた焦りの表情を見せる。
「いや、かまわん。・・・・・・・・私が迷っていただけなのだ。
お前に言われて目が覚めたよ。われらは皆が協力していかねばならぬのに、すまない」
「に、兄さん。いや、いいんだ。俺なんかが言った事なんて忘れてくれ」
スサノオと月読の間にしばしの沈黙が起こる。
重大なことを聞いてしまったスサノオ、話してしまった月読。
お互いがどう話を切り出そうか、迷っているのだろう。
「・・・・・・・・今日は、飲もう!兄さん!」
スサノオは必死に明るい声を出し月読に話し掛けた。
月読は笑いながら頷いた。そして再び、スサノオと酒を酌み交わすのだった。

 月がらんらんと輝き、宮殿を照らす。
宮殿の中の二人の神は今深い眠りについていた。
だが、ゆっくりと立ち上がるものがいた。月読だ。
そして顔をスサノオに向け、己は音ひとつ立てないまま
立ち上がる。何か聞き取れぬ声でつぶやいている。
「・・・・・・・・・・・・・・・私の野望を聞いてしまったお前には死んでもらわなければならない。
もしお前が天照に話すかも知れない、話さないかもしれない。
だが、用心に越した事はないのだから」
暗闇に二つの目が光る。まるで氷のように冷たい目だった。
やすらかに眠るスサノオの首を氷の目は静かに見つめていた。

 わき腹にくくってある十握の剣を取り出す。これを取り上げて
置かなかったのは、スサノオの失敗だろうと考えた。それだけ月読のことを
信頼しているのだろうとも思い少々胸が痛む様子だった。 
月読は、しっかと剣を握りスサノオの前に立つ。だがスサノオは眠りこけたままだ。
月光が目に入りおきるとも限らない。窓から差し込む光を体でさえぎる。
これで、もうスサノオには光が当たらない。月読の影で覆われているのだから。
そうしている間に月読の影が動き出す。腕の部分が高く上がり剣の先が天井をさす。
(スサノオ、このまま剣を振り下ろせばお前は死ぬ。私の手にかかれば神と言えども死ぬ
しかし、お前を手に掛けるとは考えられなかった、お前は昔から単純な子供で)
月読は目をつぶって何か考え事をしているようだ。昔の事でも思い出しているのだろう。
兄弟三人が仲良く遊んでいたあの頃の事を。
だが、何かを決めたように目を見開いた月読は剣を一気に振り下ろした。

ザクッ!
風を斬り、振り下ろされた剣は、スサノオの髪をかすり地面に突き刺さった。
剣に切っ先には髪の毛が数本絡まっている。しかし、すぐにハラリと落ちていった。
酒の酔いが回っているのか?それとも・・・・・・・・・。
 黙っているままの月読だったが何も言わずに剣を鞘に収める。両手を一度掲げ、握り締めてみた。
何を思ったか、その両手をゆっくりと下に向ける。ちょうど、スサノオの体を
持ち上げるような感じだ。手が次第に上に上がってくる。
 そのとき、スサノオの体がふわりと浮いた。そして月読の体にぴったりと
くっ付くように覆い被さっていった。その体を月読はしっかと抱きしめる。
目を再びつむり、息も少なげだ。スサノオの体のぬくもりと肉を確かめているようだった。
スサノオの頭を己の頭の隣に置く。頬まで近づいた顔に月読の唇が
ゆっくりと触れていった。触れた感触さえない。しかし必ず触れた暖かな口付けだった。

「ふふ、病気かな。まだ疲れが取れぬようだ・・・・・・・・・・・」
 月読はスサノオの頭を肩から優しく降ろす。そしてゆっくりと地面に体を置いた。
いまだ、気づかずただ寝息を立て眠るスサノオに月読の口元から小さな笑いがこみ上げている。
立ち上がると月の光を浴びに窓の前に立つ。
光は月読を覆い隠した。そしてその瞬間、幻のように姿が消えていった。
ただ、月読の体が消える瞬間、ふと後ろを振り返る。スサノオの姿をみているのだ。
「お前がいつか、私の下に来てくれる事を祈ろう・・・・・・・・・・」
月読の声と共に月光が伸び一度スサノオを包む。
一瞬の出来事だった。しかしそこを見たものなら心に
強く刻まれるほど美しく壮大な出来事でもあった。
月光は再び月読の体を包み込む。そして光は闇と同化していった。

 朝早くから、鳥の鳴き声がする。声が宮殿全ての者の目を覚ます。 
スサノオの目がさめた時には、もう月読の姿はなかった。
ただ、月読が首からぶら下げていた首飾りが何時の間にかスサノオの
首に巻かれていた。スサノオは首をかしげていたが
飯炊き女の声がすると、あわてて立ち上がり走り出した。
(月読兄さんには後で返せばいいか。昨日は楽しかったな。
今度は俺から会いに行こう!)
そして、スサノオは笑いながら食事所に飛び込んだのだった。

~その後~
月読が天照に呼ばれ行方が
わからなくなった事を、スサノオは知らない・・・・・・・

                【完】


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