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#title(ラルアル) [#eaa6dbb8]
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄...
| 悪魔城イ云説ラル...
____________ \ / ̄ ̄ ̄...
| __________ |  ̄ ̄ ̄V ̄ ̄| >>208-...
| | | | ...
| | |> PLAY. | | ...
| | | | ∧...
| | | | ピッ (´...
| | | | ◇⊂ ...
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _...
| °° ∞ ≡ ≡ | || (_(__)(...
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄...
◆
その日、珍しく、アルカードは強情だった。
「なにも困ることはないだろう」
困っているのはこっちだ、とラルフは胸の中で思った。
「今度の街は今までのちっぽけな村とはわけが違う。このあた...
おまえみたいな身なりをした者くらい大勢歩いている。かえっ...
返事がない。
アルカードはうつむいたまま、自分の馬のふさふさしたたてがみ...
いつもよりいっそう、その横顔が白いように見えるのは錯覚...
ラルフはまたこっそりついた。
村落の多い山里を抜けて、大街道に合流する最初の都市だっ...
最大と言えるカルンスタイン伯の城塞都市にたどり着く。
ワラキアが魔王ドラキュラの支配によって魔の跳梁する場所となって...
なっていた。
ここからワラキア側の少し大きな集落はほとんど全滅して、今は...
手勢による懸命の防衛もあって、かなりの程度までにぎわいを...
って、一時は逃げ出していた商人たちも戻ってきているそうだ...
い、食事もし、暖かい寝床で眠れると、ラルフは内心楽しみにして...
「おまえ、最近あまり寝ていないだろう」
アルカードの肩が小さくはねた。
「俺が気づいていないと思うなよ。ここ二、三日は特に、ほと...
調子でも悪いのか?」
やはり返事は帰ってこなかった。アルカードは顔をそむけて、黒...
いている牝馬は、やわらかい鼻先を甘えるように主人の肩先に...
「調子が悪いならなおのこと、街へ行ってきちんとした食事を...
い食わなさすぎる。小鳥のほうがまだ食うくらいだ。いいから...
は聞けと言ってたんだろうが」
「街へは……行かない」
細い声だった。だが、意志ははっきりしていた。
「私はここで待っている。街へは入らない。気に入らなければ...
ただ、街へは行かない。私は、ここにいる」
駄目だこれは、とラルフは思った。
理屈もなにもあったものではない。どんなに説得しても、街...
に入らなければ置いていけ、と来た。
そんなことはできないくらい分かれ、阿呆が、とむかむかし...
置いて行けだと? 一人で放っておいたらたちまち自分で自...
偉そうに言えたものだ。
この数日、ただでさえ言葉の少ないアルカードが、日を追うごと...
気にかけていた。普段でもあまり喋らない口が、ほとんど「あ...
かけても、つついて気づかせるまでぼうっと宙を仰いでいるこ...
抜けるような白い肌がだんだん血の気をなくしているような...
て、蒼白くさえ見えることがある。頬のあたりにわずかなやつ...
錯覚だろうか。
それに加えて、ここ数日は夜もほとんど眠っていないようだ...
いくらなんでも半分は人間で、生きている以上、いつかどこか...
ろう。ましてや、血のつながった父親との、あれだけの戦いを...
「それならせめて理由を言え、理由を。なんで行きたくないん...
言ったことがないだろうに」
「……理由など、言う必要はない」
アルカードは完全にラルフに背を向けてしまっていた。
「おまえは行きたければ行けばいい、ベルモンド。──私は、行かな...
とどめの『ベルモンド』呼ばわりで、最後の我慢の糸が音をたて...
「ああ、そうかよ」
乱暴に吐き捨てて、ラルフは踵を返した。
「それじゃ勝手にしろ。俺は行く。おまえはここで気がすむま...
はもう知らん」
アルカードは黙って立ちつくすばかりだった。
腹立ちまぎれに馬に飛び乗り、腹を蹴る。蹄を鳴らして街道...
色のまなざしをラルフはずっと意識していた。
振り返らないようにするには、相当の努力が必要だった。
夕暮れ近くなって、ようやく街の門が見えてきた。
ともすれば馬の向きを変えたがる自分の手を叱りとばしなが...
ような旅行者、馬車を連ねた隊商などに混じって大門をくぐる。
魔王が滅した今でさえ、夜の外は安全な場所ではないのだ。...
人間を襲うのに加えて、盗賊や追いはぎも横行している。日没...
ることはまず許されない。もしアルカードが気を変えて追いかけて...
──まあ、あいつなら……
人間の追いはぎやそこらあたりの妖物にやられはしないだろ...
魔の上に君臨する王を、その手で倒した腕前の持ち主なのだ。...
とるような男ではない。
そこでまた自分が『心配』していることに気づき、ラルフはむか...
脳裏をちらちらする白い小さな顔をむりやり振り払って、広...
いるその店はけっこう繁盛しているらしく、一歩はいると、料...
「へい、旦那、いらっしゃい」
店の亭主が前掛けで手を拭きながらやってきた。
「お食事で? それとも、お泊まりですかい?」
ひとまず食事をすることにして、料理とエールを一杯頼んだ。
注文を受けた亭主が厨房へ景気よく料理をと怒鳴る。ラルフはな...
テーブルに肘をつき、あたりを見回した。
席のほとんどは人で埋まっていた。ドラキュラが死んだという情...
拡がっていったらしい。今こそ稼ぎ時と見たのか、異国風の身...
についてひそひそと商談をかわしている。大きく胸の開いた女...
ものもいる。陽気な笑い声や話し声、女の嬌声などがにぎやか...
妙な違和感があった。
あの闇の城、ドラキュラ城であったことを考えると、この喧噪は...
こも火の消えたようだったのかもしれないが、今では、それで...
うじゃうじゃ集まっている。
こいつらは知らないんだ、とラルフは思った。
ドラキュラ城での戦い、サイファやラルフ、グラント、そしてアルカードが、あ...
苦しみ、恐怖と悲しみに耐えて勝利したか。
知らせようとは思わないし、知ってほしいとも思わない。だ...
太った商人たちを見ていると、わけもなく気分が悪くなってき...
こいつらは女を抱いて、酒を飲んで笑っていられるのに、な...
夜の闇に置き捨てられなければならないのか。父を殺した傷を...
孤独と沈黙の中、俯いたまま。
食事が来た。この店の看板料理らしい、鶏肉を赤いパプリカ...
ひと匙すくって口に運ぶ。熱い肉汁と、スパイスの香りが口...
パンを割き、スープに浸して口に運ぶ。エールを飲む。肉を...
そんなことをしばらくくり返したあとで、ラルフは、目の前の皿...
ついた。エールのジョッキもいつのまにか泡が消えかけたまま...
散乱している。
そばを通りすぎた亭主が妙な顔をした。
「どうなさいました、旦那。うちの料理はお口に合いませんか...
「いや……」
料理は確かに申し分のない味だった。エールも濃くて旨いし...
それなのに、どうしても食べる気にならなかった。空腹なの...
も、まぶたの裏に浮かびあがる白い美貌がある。
ずっと背中を追ってきた蒼氷色の視線が、今さらのようにず...
もう大門は閉まっている。もし彼が思い直して追いかけてき...
だろう。
あの青年がそう簡単に気を変えるようなことがあるとは思え...
くるのだったとラルフは悔やんだ。あたりの喧噪に無性に腹が立っ...
おまえらはそんなに馬鹿みたいに愉しそうなんだと怒鳴りつけ...
理屈も何もないのは俺の方だな、とラルフは苦い思いで考えた。
客たちに罪があるわけではない、彼らは何も知らないのだか...
していられることに、彼らがあまりに無関心でいることが──
いや、認めよう、とラルフは思った。
俺はあの白い、美しい顔が隣にないことが、物足りなくてた...
ほとんど喋らない、喋ってもたまに相槌をうつだけの相手だ...
和むのを見るとき、また形のいい唇の端がかすかに上がるのを...
していなかった。
彼がそばにいない今、それがどれだけ大きなことだったかわ...
も、アルカードがいたなら、今ごろはあっという間にからになって...
とチーズと、少しばかりのワインしか欲しがらないかもしれな...
いくのはたいてい喜んだ。ほかの人間にはまずわからない程度...
街へ行かない、とアルカードが言ったとき、なぜあれほど腹が立...
料理や目新しい品、たくさんの人や大きな建物を見せたとき、ア...
った。最近、やつれた顔でうち沈んでいる様子の彼を、少しで...
それをすげなく断られたので、腹を立てた。
言うならばつまり、八つ当たりだ。
(子供か、俺は)
ラルフはパンくずだらけの食卓に目を落としてもうひとつため息...
やはり、今からでもアルカードの所に戻ろう。
どうせ、こんな気分でひとりで宿をとっても、眠れるわけが...
で、固い地面に毛布を敷いても、そばにあの銀髪がきらめくの...
「あれ、旦那、お宿はどうなさるんで」
食事代を置いて席を立とうとするラルフに、亭主がまつわりつい...
いたらしく、あわてた顔ですっとんで来て、
「今ごろからお出かけで? なんでしたら、先にお部屋のほう...
「いや、部屋はいい。少し用を思い出した。食事は旨かった、...
「いやいやいや、旦那」
亭主は大げさに両手を振って、
「どんなご用か存じませんけどね、今夜お泊まりになるんでし...
がすぜ。なんせこのごろ、カルンスタインは新しい聖なる巡礼地になる...
来るようになってますんでね。夜遅くなってからまたお宿を探...
で、正面の広場を見渡せる最上のお部屋をご用意できるんです...
「巡礼地?」
ラルフは眉をひそめた。
「このへんで新しい聖人が出たか、それとも何か奇跡でもあっ...
「あれ、旦那はご存じなかったんですかい」
亭主の方が目を丸くした。
「それ、あれですよ。街の中心の広場で。新しい記念碑が建っ...
わざわざラルフを戸口まで引っぱっていって、指ししめした。人...
できたばかりらしい、石の色も新しい十字架型の碑が建ってい...
亭主は背伸びをしてラルフの耳に口を近づけ、声をひそめた。
「実はありゃあね、旦那、三年前、魔王ドラキュラの妃の魔女が退...
「……なんだと?」
ラルフは愕然とした。
魔王ドラキュラの妃。魔女。人間の、妻。
それはつまり、アルカードの──
「あ、もう何も害はねえ場所なんですよ」
ラルフの顔色が変わったのを、恐怖と勘違いしたらしい。亭主は...
「なんたって、教会の方々が何度もお祈りと聖水でお清めなす...
すんでね。それに、あのドラキュラももう退治されたってこってす...
このごろじゃ、恐ろしい魔女が神の御力で打ち倒された場所...
まさ。悪魔のまどわしを打ち砕く力がいただけるって」
ちょっと十字を切って、いい気持ちそうに亭主は喋りまくっ...
「なんせその魔女と来たら、やさしい顔して病人のいる家をあ...
たってことでね。もし告発されてなかったら、カルンスタインの人間全...
それでまた、恐ろしいじゃありませんか、なんと魔女めとき...
魔女自身はえらく別嬪だったそうですが、まあ悪魔の息子じゃ...
違いねえで──あ、旦那?」
喋りつづける亭主を無視して、ラルフは大股に祈念碑に近づいた...
大人の腰ほどの高さの石の台座に、真新しい青銅製の十字架...
ろしている。台座には同じ青銅製の銘板がはめ込まれ、文字が...
『魔王ドラキュラの妻にして呪われし魔女、エリザベート・...
ここにて神の裁きを受け、浄化の火に灼か...
つづけてラテン語で二行、
『イト高キ神ノ正義ハ
カクテスベテノモノノ上ニ働カン』
ラルフは無言で拳を振りあげ、銘板の上に叩きつけた。
すさまじい音がして、銅板が少しへこんだ。周囲の人々が驚...
あたふたと走り寄ろうとした。
「だだ旦那、いったい何をなさるんで!?」
「どけ!」
怒鳴ったラルフの顔に何を見たのか、亭主はひっと喉を鳴らして...
ラルフはもうそれ以上かまわず、店の表に繋いであった馬の綱を...
暮れた街の通りを、まっしぐらに駆けだした。
大門の門番はラルフの形相を見るやいなや扉を開けた。止めでも...
んど邪魔もされずにラルフはくぐったばかりの門を出て、夜の街道...
(畜生)
なんで言わなかった、と胸の中でラルフは叫んだ。
あそこは母親が死んだ場所だ、殺された、人間の手で生きた...
いと、ただそう言ってくれていればすむことではないか。
それとも、口にすることすらできないほど辛い記憶なのか。...
いなかったのも、顔色が悪くなる一方だったのも当然だ。彼に...
出したくない過去の悪夢への旅路だったのだろうから。
母親が人間だというのは聞いていたが、それ以外のことはアルカ...
された、魔王の妻。それはドラキュラが、それまでの沈黙を破って...
あるいは、とラルフは雷光のように悟った。
最初にことを起こしたのは、人間のほうではなかったのか。
人間の女性を娶り、子供まで成すほどに魔王が妻を愛してい...
人間に向かなかったはずがない。
三年前、ドラキュラの手勢である魔物たちは、まったく突然に人...
理由はここにあったのだ。妻を殺されたことへの、復讐。
愛。魔王と呼ばれる者に、愛することができたのだろうか。...
の攻撃を手控えさせ、ひっそりと城に引きこもったまま、あり...
らすことを選ぶほどに。
だからこそその愛と、おそらくは幸福を奪われたとき、ドラキュ...
魔王となって、混沌の中に呑みこまれていった。
そしてその息子は父にそむき、剣をとって、父を殺すための...
「──畜生!」
今度は声に出してラルフは罵った。
なぜ言わなかった、アルカード。俺が信用できなかったか。母親...
心臓がちぎれそうに痛んだ。それが激しい運動のためなのか...
わる広く暗い深淵をあらためて思い知らされたためかは、ラルフに...
無性に怒り、苛立ち、誰かを殴りつけたくてたまらなかった...
味に気づいてやれなかった、気づいてやれないまま八つ当たり...
こっぴどく痛めつけてやりたい。
遠くにちらりと炎が揺れた。
「アルカード!」
街道脇の草地に、ちらちらと炎が燃えている。昼間、アルカード...
灰の奥で震えている。木に繋がれた馬の影が見えた。
「アルカード、俺だ。ラルフだ……」
馬を下りかけて、異様な雰囲気にラルフはぎくりと足を止めた。
消えかけた焚き火が、不安な黄色い光で木立を照らし出して...
してぐったりと頭を垂れている。銀髪がかすかに光を反射した。
「……アルカード?」
垂れたままの銀の髪はぴくりともしない。
もやもやとした黒い煙のようなものが、その全身を覆って蠢...
ラルフは腰の鞭をつかんだ。
馬が怯えたように叫び声をあげた。
アルカードの肩のあたりにぼこりと盛り上がりができ、血のよう...
のようなよじれた翼がはためいた。
手のひらほどの小さな魔物が、醜い顔をゆがめ、耳まで裂け...
ラルフの鞭が一閃した。一撃で小魔は悲鳴をあげて飛び散り、同...
どっと飛びたった。
羽虫か蝙蝠ほどの大きさしかない、小さな魔物の群体だった...
わめきながら夜の奥へと逃げ去っていった。アルカードは、そのま...
「アルカード!」
鞭を戻して、抱き起こす。がくりと顔が仰向いた。青ざめた...
浅く、早かった。乱れた銀髪が、ぬれた額に貼りついている。
「しっかりしろ、アルカード。俺だ、ラルフだ、もう心配ない。目を開...
揺さぶりながら軽く頬を叩く。アルカードはうめき声を上げ、苦...
しのけるような仕草をする。
まぶたが開く。まだ焦点の合わない瞳が一瞬宙をさまよい、...
冷たいものが走るのを覚えた。
(黄金の目)
──魔物の、眸。
瞬間、すさまじい力で手を払われた。
『私に触れるな、人間!』
鋭い声がほとばしった。
ラルフは本能的に鞭に手を伸ばしかけ、寸前で止めた。
目の前にいる青年を愕然と見つめる。それは昨日まで自分の...
何か、別の生き物だった。
爛々と燃える黄金の瞳は闇の中ですらまばゆいほどだ。白い...
輝き、開いた唇からは、真珠めいた細い牙が覗いている。
魔王の子、ドラキュラの息子、闇の公子。
まさにその名にふさわしい者が、そこにいた。
だが、それはほんのつかの間のことだった。荒い呼吸に揺れ...
に光を消し、もとの蒼い瞳に戻っていった。全身からあふれ出...
一回り小さくなったように思えた。
アルカードは茫然とラルフを見あげた。
「……ベルモンド」
「アルカード。大丈夫か」
ラルフは鞭から手をもぎ離して、もう一度アルカードに手を差しのべ...
「一人にして悪かった。魔物どもはもう逃げていったから、心...
アルカードは一瞬その手を見つめ、顔をそむけて身をひるがえし...
「アルカード? どこへ行く! アルカード!」
追いかけたラルフの手は空を切り、見るまに闇にその姿は溶けて...
彼の気持ちの乱れを伝えてくる。
「アルカード!」
顔をそむける瞬間に、ラルフは見たのだ。アルカードの、それまでず...
本当の顔が覗くのを。
暗い森の中で帰る道を見失ってしまった、幼い子供の顔。
「アルカード……!」
深まる夜の闇に、ラルフの呼び声がむなしく谺した。
____________
| __________ |
| | | |
| | □ STOP. | |
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#title(ラルアル) [#eaa6dbb8]
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| 悪魔城イ云説ラル...
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| | |> PLAY. | | ...
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◆
その日、珍しく、アルカードは強情だった。
「なにも困ることはないだろう」
困っているのはこっちだ、とラルフは胸の中で思った。
「今度の街は今までのちっぽけな村とはわけが違う。このあた...
おまえみたいな身なりをした者くらい大勢歩いている。かえっ...
返事がない。
アルカードはうつむいたまま、自分の馬のふさふさしたたてがみ...
いつもよりいっそう、その横顔が白いように見えるのは錯覚...
ラルフはまたこっそりついた。
村落の多い山里を抜けて、大街道に合流する最初の都市だっ...
最大と言えるカルンスタイン伯の城塞都市にたどり着く。
ワラキアが魔王ドラキュラの支配によって魔の跳梁する場所となって...
なっていた。
ここからワラキア側の少し大きな集落はほとんど全滅して、今は...
手勢による懸命の防衛もあって、かなりの程度までにぎわいを...
って、一時は逃げ出していた商人たちも戻ってきているそうだ...
い、食事もし、暖かい寝床で眠れると、ラルフは内心楽しみにして...
「おまえ、最近あまり寝ていないだろう」
アルカードの肩が小さくはねた。
「俺が気づいていないと思うなよ。ここ二、三日は特に、ほと...
調子でも悪いのか?」
やはり返事は帰ってこなかった。アルカードは顔をそむけて、黒...
いている牝馬は、やわらかい鼻先を甘えるように主人の肩先に...
「調子が悪いならなおのこと、街へ行ってきちんとした食事を...
い食わなさすぎる。小鳥のほうがまだ食うくらいだ。いいから...
は聞けと言ってたんだろうが」
「街へは……行かない」
細い声だった。だが、意志ははっきりしていた。
「私はここで待っている。街へは入らない。気に入らなければ...
ただ、街へは行かない。私は、ここにいる」
駄目だこれは、とラルフは思った。
理屈もなにもあったものではない。どんなに説得しても、街...
に入らなければ置いていけ、と来た。
そんなことはできないくらい分かれ、阿呆が、とむかむかし...
置いて行けだと? 一人で放っておいたらたちまち自分で自...
偉そうに言えたものだ。
この数日、ただでさえ言葉の少ないアルカードが、日を追うごと...
気にかけていた。普段でもあまり喋らない口が、ほとんど「あ...
かけても、つついて気づかせるまでぼうっと宙を仰いでいるこ...
抜けるような白い肌がだんだん血の気をなくしているような...
て、蒼白くさえ見えることがある。頬のあたりにわずかなやつ...
錯覚だろうか。
それに加えて、ここ数日は夜もほとんど眠っていないようだ...
いくらなんでも半分は人間で、生きている以上、いつかどこか...
ろう。ましてや、血のつながった父親との、あれだけの戦いを...
「それならせめて理由を言え、理由を。なんで行きたくないん...
言ったことがないだろうに」
「……理由など、言う必要はない」
アルカードは完全にラルフに背を向けてしまっていた。
「おまえは行きたければ行けばいい、ベルモンド。──私は、行かな...
とどめの『ベルモンド』呼ばわりで、最後の我慢の糸が音をたて...
「ああ、そうかよ」
乱暴に吐き捨てて、ラルフは踵を返した。
「それじゃ勝手にしろ。俺は行く。おまえはここで気がすむま...
はもう知らん」
アルカードは黙って立ちつくすばかりだった。
腹立ちまぎれに馬に飛び乗り、腹を蹴る。蹄を鳴らして街道...
色のまなざしをラルフはずっと意識していた。
振り返らないようにするには、相当の努力が必要だった。
夕暮れ近くなって、ようやく街の門が見えてきた。
ともすれば馬の向きを変えたがる自分の手を叱りとばしなが...
ような旅行者、馬車を連ねた隊商などに混じって大門をくぐる。
魔王が滅した今でさえ、夜の外は安全な場所ではないのだ。...
人間を襲うのに加えて、盗賊や追いはぎも横行している。日没...
ることはまず許されない。もしアルカードが気を変えて追いかけて...
──まあ、あいつなら……
人間の追いはぎやそこらあたりの妖物にやられはしないだろ...
魔の上に君臨する王を、その手で倒した腕前の持ち主なのだ。...
とるような男ではない。
そこでまた自分が『心配』していることに気づき、ラルフはむか...
脳裏をちらちらする白い小さな顔をむりやり振り払って、広...
いるその店はけっこう繁盛しているらしく、一歩はいると、料...
「へい、旦那、いらっしゃい」
店の亭主が前掛けで手を拭きながらやってきた。
「お食事で? それとも、お泊まりですかい?」
ひとまず食事をすることにして、料理とエールを一杯頼んだ。
注文を受けた亭主が厨房へ景気よく料理をと怒鳴る。ラルフはな...
テーブルに肘をつき、あたりを見回した。
席のほとんどは人で埋まっていた。ドラキュラが死んだという情...
拡がっていったらしい。今こそ稼ぎ時と見たのか、異国風の身...
についてひそひそと商談をかわしている。大きく胸の開いた女...
ものもいる。陽気な笑い声や話し声、女の嬌声などがにぎやか...
妙な違和感があった。
あの闇の城、ドラキュラ城であったことを考えると、この喧噪は...
こも火の消えたようだったのかもしれないが、今では、それで...
うじゃうじゃ集まっている。
こいつらは知らないんだ、とラルフは思った。
ドラキュラ城での戦い、サイファやラルフ、グラント、そしてアルカードが、あ...
苦しみ、恐怖と悲しみに耐えて勝利したか。
知らせようとは思わないし、知ってほしいとも思わない。だ...
太った商人たちを見ていると、わけもなく気分が悪くなってき...
こいつらは女を抱いて、酒を飲んで笑っていられるのに、な...
夜の闇に置き捨てられなければならないのか。父を殺した傷を...
孤独と沈黙の中、俯いたまま。
食事が来た。この店の看板料理らしい、鶏肉を赤いパプリカ...
ひと匙すくって口に運ぶ。熱い肉汁と、スパイスの香りが口...
パンを割き、スープに浸して口に運ぶ。エールを飲む。肉を...
そんなことをしばらくくり返したあとで、ラルフは、目の前の皿...
ついた。エールのジョッキもいつのまにか泡が消えかけたまま...
散乱している。
そばを通りすぎた亭主が妙な顔をした。
「どうなさいました、旦那。うちの料理はお口に合いませんか...
「いや……」
料理は確かに申し分のない味だった。エールも濃くて旨いし...
それなのに、どうしても食べる気にならなかった。空腹なの...
も、まぶたの裏に浮かびあがる白い美貌がある。
ずっと背中を追ってきた蒼氷色の視線が、今さらのようにず...
もう大門は閉まっている。もし彼が思い直して追いかけてき...
だろう。
あの青年がそう簡単に気を変えるようなことがあるとは思え...
くるのだったとラルフは悔やんだ。あたりの喧噪に無性に腹が立っ...
おまえらはそんなに馬鹿みたいに愉しそうなんだと怒鳴りつけ...
理屈も何もないのは俺の方だな、とラルフは苦い思いで考えた。
客たちに罪があるわけではない、彼らは何も知らないのだか...
していられることに、彼らがあまりに無関心でいることが──
いや、認めよう、とラルフは思った。
俺はあの白い、美しい顔が隣にないことが、物足りなくてた...
ほとんど喋らない、喋ってもたまに相槌をうつだけの相手だ...
和むのを見るとき、また形のいい唇の端がかすかに上がるのを...
していなかった。
彼がそばにいない今、それがどれだけ大きなことだったかわ...
も、アルカードがいたなら、今ごろはあっという間にからになって...
とチーズと、少しばかりのワインしか欲しがらないかもしれな...
いくのはたいてい喜んだ。ほかの人間にはまずわからない程度...
街へ行かない、とアルカードが言ったとき、なぜあれほど腹が立...
料理や目新しい品、たくさんの人や大きな建物を見せたとき、ア...
った。最近、やつれた顔でうち沈んでいる様子の彼を、少しで...
それをすげなく断られたので、腹を立てた。
言うならばつまり、八つ当たりだ。
(子供か、俺は)
ラルフはパンくずだらけの食卓に目を落としてもうひとつため息...
やはり、今からでもアルカードの所に戻ろう。
どうせ、こんな気分でひとりで宿をとっても、眠れるわけが...
で、固い地面に毛布を敷いても、そばにあの銀髪がきらめくの...
「あれ、旦那、お宿はどうなさるんで」
食事代を置いて席を立とうとするラルフに、亭主がまつわりつい...
いたらしく、あわてた顔ですっとんで来て、
「今ごろからお出かけで? なんでしたら、先にお部屋のほう...
「いや、部屋はいい。少し用を思い出した。食事は旨かった、...
「いやいやいや、旦那」
亭主は大げさに両手を振って、
「どんなご用か存じませんけどね、今夜お泊まりになるんでし...
がすぜ。なんせこのごろ、カルンスタインは新しい聖なる巡礼地になる...
来るようになってますんでね。夜遅くなってからまたお宿を探...
で、正面の広場を見渡せる最上のお部屋をご用意できるんです...
「巡礼地?」
ラルフは眉をひそめた。
「このへんで新しい聖人が出たか、それとも何か奇跡でもあっ...
「あれ、旦那はご存じなかったんですかい」
亭主の方が目を丸くした。
「それ、あれですよ。街の中心の広場で。新しい記念碑が建っ...
わざわざラルフを戸口まで引っぱっていって、指ししめした。人...
できたばかりらしい、石の色も新しい十字架型の碑が建ってい...
亭主は背伸びをしてラルフの耳に口を近づけ、声をひそめた。
「実はありゃあね、旦那、三年前、魔王ドラキュラの妃の魔女が退...
「……なんだと?」
ラルフは愕然とした。
魔王ドラキュラの妃。魔女。人間の、妻。
それはつまり、アルカードの──
「あ、もう何も害はねえ場所なんですよ」
ラルフの顔色が変わったのを、恐怖と勘違いしたらしい。亭主は...
「なんたって、教会の方々が何度もお祈りと聖水でお清めなす...
すんでね。それに、あのドラキュラももう退治されたってこってす...
このごろじゃ、恐ろしい魔女が神の御力で打ち倒された場所...
まさ。悪魔のまどわしを打ち砕く力がいただけるって」
ちょっと十字を切って、いい気持ちそうに亭主は喋りまくっ...
「なんせその魔女と来たら、やさしい顔して病人のいる家をあ...
たってことでね。もし告発されてなかったら、カルンスタインの人間全...
それでまた、恐ろしいじゃありませんか、なんと魔女めとき...
魔女自身はえらく別嬪だったそうですが、まあ悪魔の息子じゃ...
違いねえで──あ、旦那?」
喋りつづける亭主を無視して、ラルフは大股に祈念碑に近づいた...
大人の腰ほどの高さの石の台座に、真新しい青銅製の十字架...
ろしている。台座には同じ青銅製の銘板がはめ込まれ、文字が...
『魔王ドラキュラの妻にして呪われし魔女、エリザベート・...
ここにて神の裁きを受け、浄化の火に灼か...
つづけてラテン語で二行、
『イト高キ神ノ正義ハ
カクテスベテノモノノ上ニ働カン』
ラルフは無言で拳を振りあげ、銘板の上に叩きつけた。
すさまじい音がして、銅板が少しへこんだ。周囲の人々が驚...
あたふたと走り寄ろうとした。
「だだ旦那、いったい何をなさるんで!?」
「どけ!」
怒鳴ったラルフの顔に何を見たのか、亭主はひっと喉を鳴らして...
ラルフはもうそれ以上かまわず、店の表に繋いであった馬の綱を...
暮れた街の通りを、まっしぐらに駆けだした。
大門の門番はラルフの形相を見るやいなや扉を開けた。止めでも...
んど邪魔もされずにラルフはくぐったばかりの門を出て、夜の街道...
(畜生)
なんで言わなかった、と胸の中でラルフは叫んだ。
あそこは母親が死んだ場所だ、殺された、人間の手で生きた...
いと、ただそう言ってくれていればすむことではないか。
それとも、口にすることすらできないほど辛い記憶なのか。...
いなかったのも、顔色が悪くなる一方だったのも当然だ。彼に...
出したくない過去の悪夢への旅路だったのだろうから。
母親が人間だというのは聞いていたが、それ以外のことはアルカ...
された、魔王の妻。それはドラキュラが、それまでの沈黙を破って...
あるいは、とラルフは雷光のように悟った。
最初にことを起こしたのは、人間のほうではなかったのか。
人間の女性を娶り、子供まで成すほどに魔王が妻を愛してい...
人間に向かなかったはずがない。
三年前、ドラキュラの手勢である魔物たちは、まったく突然に人...
理由はここにあったのだ。妻を殺されたことへの、復讐。
愛。魔王と呼ばれる者に、愛することができたのだろうか。...
の攻撃を手控えさせ、ひっそりと城に引きこもったまま、あり...
らすことを選ぶほどに。
だからこそその愛と、おそらくは幸福を奪われたとき、ドラキュ...
魔王となって、混沌の中に呑みこまれていった。
そしてその息子は父にそむき、剣をとって、父を殺すための...
「──畜生!」
今度は声に出してラルフは罵った。
なぜ言わなかった、アルカード。俺が信用できなかったか。母親...
心臓がちぎれそうに痛んだ。それが激しい運動のためなのか...
わる広く暗い深淵をあらためて思い知らされたためかは、ラルフに...
無性に怒り、苛立ち、誰かを殴りつけたくてたまらなかった...
味に気づいてやれなかった、気づいてやれないまま八つ当たり...
こっぴどく痛めつけてやりたい。
遠くにちらりと炎が揺れた。
「アルカード!」
街道脇の草地に、ちらちらと炎が燃えている。昼間、アルカード...
灰の奥で震えている。木に繋がれた馬の影が見えた。
「アルカード、俺だ。ラルフだ……」
馬を下りかけて、異様な雰囲気にラルフはぎくりと足を止めた。
消えかけた焚き火が、不安な黄色い光で木立を照らし出して...
してぐったりと頭を垂れている。銀髪がかすかに光を反射した。
「……アルカード?」
垂れたままの銀の髪はぴくりともしない。
もやもやとした黒い煙のようなものが、その全身を覆って蠢...
ラルフは腰の鞭をつかんだ。
馬が怯えたように叫び声をあげた。
アルカードの肩のあたりにぼこりと盛り上がりができ、血のよう...
のようなよじれた翼がはためいた。
手のひらほどの小さな魔物が、醜い顔をゆがめ、耳まで裂け...
ラルフの鞭が一閃した。一撃で小魔は悲鳴をあげて飛び散り、同...
どっと飛びたった。
羽虫か蝙蝠ほどの大きさしかない、小さな魔物の群体だった...
わめきながら夜の奥へと逃げ去っていった。アルカードは、そのま...
「アルカード!」
鞭を戻して、抱き起こす。がくりと顔が仰向いた。青ざめた...
浅く、早かった。乱れた銀髪が、ぬれた額に貼りついている。
「しっかりしろ、アルカード。俺だ、ラルフだ、もう心配ない。目を開...
揺さぶりながら軽く頬を叩く。アルカードはうめき声を上げ、苦...
しのけるような仕草をする。
まぶたが開く。まだ焦点の合わない瞳が一瞬宙をさまよい、...
冷たいものが走るのを覚えた。
(黄金の目)
──魔物の、眸。
瞬間、すさまじい力で手を払われた。
『私に触れるな、人間!』
鋭い声がほとばしった。
ラルフは本能的に鞭に手を伸ばしかけ、寸前で止めた。
目の前にいる青年を愕然と見つめる。それは昨日まで自分の...
何か、別の生き物だった。
爛々と燃える黄金の瞳は闇の中ですらまばゆいほどだ。白い...
輝き、開いた唇からは、真珠めいた細い牙が覗いている。
魔王の子、ドラキュラの息子、闇の公子。
まさにその名にふさわしい者が、そこにいた。
だが、それはほんのつかの間のことだった。荒い呼吸に揺れ...
に光を消し、もとの蒼い瞳に戻っていった。全身からあふれ出...
一回り小さくなったように思えた。
アルカードは茫然とラルフを見あげた。
「……ベルモンド」
「アルカード。大丈夫か」
ラルフは鞭から手をもぎ離して、もう一度アルカードに手を差しのべ...
「一人にして悪かった。魔物どもはもう逃げていったから、心...
アルカードは一瞬その手を見つめ、顔をそむけて身をひるがえし...
「アルカード? どこへ行く! アルカード!」
追いかけたラルフの手は空を切り、見るまに闇にその姿は溶けて...
彼の気持ちの乱れを伝えてくる。
「アルカード!」
顔をそむける瞬間に、ラルフは見たのだ。アルカードの、それまでず...
本当の顔が覗くのを。
暗い森の中で帰る道を見失ってしまった、幼い子供の顔。
「アルカード……!」
深まる夜の闇に、ラルフの呼び声がむなしく谺した。
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| | □ STOP. | |
| | | | ∧...
| | | | ピッ (...
| | | | ◇⊂ ...
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _)_|| ...
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