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#title(三匹が斬る! 殿様×千石 「続続・じゃじゃ馬ならし Part4(終)) [[>>75>61-67]]の続きで、時代劇「参匹がKILL!」より、素浪人の殿様×仙石。この回でおしまいです。 連投になりすみません。 |>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! にやにやと浪人は笑って歩み寄り、腰を落として刀を振りかぶった。もう一歩を踏み出して真之介に斬りかかろうとしたその時、何かに足を取られて身体を傾けた。 真之介はその隙を見逃さず、傾いてなお繰り出された刃を必死に潜り、渾身の力を込めて刀を突き出した。 ぐっさりと腹を刺し貫かれ、浪人は目を見開いた。真之介が顔を上げると、腕を下げ膝をついた浪人と抱き合うような形になった。 「ふふ、や、やられたな……いいさ、お前を待っているぞ……じ、地獄でな」 耳元に囁くと血を吐き、絶命した。 「……ふん、地獄で会ってもまた、ぶった斬ってやるぜ」 真之介はしかめっ面で吐き捨てると、倒れた浪人の身体から刀を抜いた。 目の前の床には、一枚の懐紙が落ちていた。拾い上げて刀の血糊を拭くと、懐紙を差し出して兵四郎を見上げた。 「殿様、手は出すなと言ったじゃねえか」 「ん?俺は知らんぞ。懐から勝手に懐紙が落ちて、そいつがそれを、勝手に踏んだのだ」 うそぶく兵四郎に苦笑すると、ふいに真之介は懐紙と刀を取り落とし、その場に仰向けに倒れた。 「仙石!しっかりせんか」 慌てて抱き起こした身体は、高熱を帯びていた。張り詰めていた緊張が解けた真之介は、ぐったりとした身体を兵四郎に預けた。 ふと下肢を見やると、着物の裾から覗く内股にこびりついた、欲望の痕跡に気付いた。 手首の縄と赤い縄目の痕も痛々しく、彼に異様な執着を見せた浪人に何をされたのか察した兵四郎は言葉が出ず、痛ましげに腕の中の真之介を見つめた。 「そ、そんなに見るなよ、殿様……照れるじゃ、ねえか」 「真之介……」 息を荒げつつも冗談を飛ばしにやりと笑うと、真之介は意識を失った。 兵四郎は転がっていた刀を鞘に納め、部屋の片隅に放られていた袴と共にひっ掴み、正体を無くした真之介を背負って立ち上がった。 庭に下りると、心配したお恵が声をかけた。 「殿様!仙石さん、大丈夫?」 「とりあえず医者に連れて行く。お恵は手代さんと、お小夜ちゃんをうちまで送り届けろ」 兵四郎は陣内に向き直り、さらに告げた。 「陣内、お前は近江屋さんと佐平次を連れて、代官所に駆け込め。ことの次第を洗いざらい話すんだ」 「わかったよ、任しといて殿様!仙石を頼んだよ」 陣内は縛った佐平次を立たせ、真剣な顔で頷いた。 「ねえっ、おじさん!仙石のおじちゃん、死なないわよね?大丈夫よね?」 不安そうに背中の真之介を見つめるお小夜に、兵四郎は笑った。 「死なないとも。死なせるものか」 頷くとしっかりと真之介を支えて、力強い足取りで走り出した。 山を駆け降りた兵四郎は、医者の家の戸を激しく叩いた。 そこは兵四郎が倒れていたおたみを担ぎ込んだ所で、出迎えた医者は顔見知りの仲だった。 夜中の急患を医者は快く引き受け、兵四郎と共に真之介を治療し介抱した。 肩の傷は少し深いが命に別状はなく、他の傷も大したことはない、打撲と疲労による熱は薬で下がるだろうと医者は見立てた。 この御仁の身体は馬のように頑健だ、心配はいらないと付け加えて笑った。 下肢の容態について兵四郎が尋ねると、わずかな裂傷があり腫れてはいるが、こちらも薬を塗れば問題はない、と告げた。 兵四郎は安堵し、布団に横たわり熱にうなされる真之介を見つめた。 近江屋の一室に身体を移された真之介は、実に二日の間眠り続けた。 医者は通って容態を確かめ、兵四郎は指示通りに薬湯を与え薬を塗ってやり、かいがいしく看病した。 主人の厚意でお恵が手伝いに寄越されたが、身体を拭いたりなどの面倒は兵四郎が見た。 真之介が眠っている間に陣内が代官所から戻り、代官は近江屋の訴えを聞き入れ、迅速に調べを進めていると報告をしてきた。 全てが明白になり、かどわかしを指図したとして、佐平次には後日、重追放の裁きが下った。 重追放は追放刑の中で最も重く、家屋敷を没収され、罪を犯した土地、住まいする国、そして江戸十里四方に住むことを禁じられるというものだった。 自業自得とはいえ娘を亡くし、一家を解散に追いやられた上に、見知らぬ土地にほとんど裸で追いやられるのだ。すっかり気力を失い急に年老いてしまった男には、苛酷な厳罰といえた。 お小夜は父親やおたみなどと共に、時にはひとりで、何度も真之介の見舞いに訪れた。真之介が目覚めたことを知らせると、知らせたお恵の先を走って駆け付けた。 「真之介さん。おじちゃんの名前って、仙石じゃなくって、九慈真之介さんっていうのね。八坂のおじさんに聞いたわ」 「そうだよ、仙石はあだ名だ。なかなか、いい名前だろ」 「ええ、とっても素敵。ねえ真之介さん、早くよくなってね」 「ああ。お小夜ちゃんはもう、その……大丈夫なのか?」 「うん、大丈夫よ。ふたり目のおっかさんまであんなことになって残念だけど、あたしがくよくよしてちゃあ、おとっつぁんが心配するもの。妹の面倒も、しっかり見てかなきゃならないしね」 だから大丈夫よ、と笑うお小夜の髪には、あの簪が光っていた。真之介は手を伸ばして、娘の頭を優しく撫でた。 布団の横に座る兵四郎は娘の気丈さに感心し、その光景に穏やかに見入っていた。 お恵に連れられてお小夜が去ると、部屋にはふたりきりになった。しばらくの沈黙の後、真之介が兵四郎を見やり口を開いた。 「殿様ぁ……腹減った」 「そうだろうな。お恵も、お前が目覚めたら腹が減ったと言う筈だから、おかゆを作ると言っていた。じき持って来るだろう」」 「おかゆかあ……白い握り飯が食いてえなあ。ここの米はえらく美味いんだぜ、殿様」 「うん、俺も食った。確かに美味いが、急に食っては身体に障る。我慢しろ、仙石」 わかったよ、と呟くと、真之介は目を逸らし、天井を見つめた。 「殿様、俺、あいつらに……」 「いいんだ、仙石。言う必要はない」 ぽつりと漏らした言葉を兵四郎は優しく止めた。 「でも言っとかなきゃ、なんかこう、もやもやするだろ?俺も、仲間うちじゃただひとり知ってる、おぬしも。なぁに、生娘じゃねえんだ。手ごめにされたくらい、どうってこたあない」 幸い子供も出来ねえしな、と自嘲気味に笑う真之介に、兵四郎はかける言葉が見つからなかった。 「だが、さすがになかなかきつかったなあ。あいつら、笑いながら乱暴に突っ込んだんだ。男の俺があんなに辛いんだ、女はさぞかしもっと、辛いんだろうな」 「仙石……」 「まあもともと娘を品物扱いするような連中だ、ひどくて当然かもな。万に一つも助からねえと思ってたから、殿様とたこが来てくれた時は、ほっとした。仲間ってのは、ありがたいもんだなあ」 兵四郎が言葉を返さないのに気付き、真之介は再び彼の顔に目を戻した。 「どした、殿様。しぶい顔して」 「仙石、俺はお前になんと言っていいかわからん。いや、何も言う資格はないのかもしれん」 「あ?どういうことだ」 「俺も、あいつらと大して変わらんからだ。嫌がるお前を、無理に抱いたのだからな」 「……違う!あれ、いや、違わないか?いやいや、違う……ような、気がする」 「仙石、どっちなんだ」 首を傾げる真之介に、兵四郎は思わず苦笑した。 「うー……だから、あいつらと殿様は、とにかく違うんだ」 「そうか?どこがだ」 「どこって……殿様は、殿様だからさ」 「すまん、仙石。よくわからんのだが」 「わからんなら、仕方ないさ。正直、俺にだってわからん。考えてもわからんことが、世の中にはある。まっ、そういうことだ」 なぜか偉そうに語る真之介を見ているうち、兵四郎は胸に暖かいものが広がっていくのを感じた。 兵四郎は違う、兵四郎だから違うという真之介の言葉を、頭の中で繰り返した。 「仙石、俺もだ」 「俺もって、何がだ」 「俺はお前だから、抱いたのだ。お前でなくては、抱く気になどなれなかった」 「殿様?どうしたんだ、急に」 少し思い詰めたような兵四郎の様子に、真之介は眉を寄せた。 「お前は俺が背中を預けられ、背中を支えてやりたいと思う数少ない本物の男で、かけがえのない友だ」 「殿様……」 「だがそれだけではない、お前に対するまた別の想いが、俺の中には確かにあるのだ」 目をまっすぐに見つめて話す兵四郎から、真之介は逃れられずにいた。兵四郎は、真之介の少しこけてしまった頬に手を添えて、顔を寄せた。 「真之介。俺は、お前を……」 「言うな、殿様。その先は、言わんでくれ」 真之介は添えられた手に手を重ね、静かに遮った。兵四郎は訝り尋ねた。 「真之介、なぜだ。なぜ、言わせてくれない」 「それを言われたら俺は、おぬしに寄っかかっちまうような気がするからだ。おぬしが言ったように、俺もおぬしを頼りにしてる。背中を合わせて戦い、時には競い合える友だと思ってる。そしてやっぱり、それとはまた、多分、別として……大切だと思ってる」 「真之介……」 「だが、だからこそ、甘ったるい関わりにはなりたくはないんだ。おぬしを実は大した男だと、思っているからこそだ……殿様、俺の言ってること、わかるか」 「うん。わからんような、わかるような気はする」 どっちなんだ、と今度は真之介が苦笑した。 「仙石、お前がそう言うなら、俺はもう言わん。ただ、俺がそう思っているということは、胸の隅にでもしまっておいてくれ」 「そりゃあまあ、構わんが……俺のどこが、そんなにいいんだ」 「そりゃあお前、いつも腹を減らして、でっかい夢を見て、いつまでも歩くのを止めない、いい男だからさ」 「おい、褒めたって何も出んぞ」 「ふふ、弱ってるお前から、何も取ろうとは思わんよ……ただ」 「ただ……なんだ?」 見上げる真之介に顔を近付けると、そっと唇を塞いだ。真之介は少し身じろいだが、拒みはせず受け入れた。 触れるだけの口づけを解くと、真之介はやや顔を赤らめた。 「……やっぱりこういうことをするんだな、おぬしは」 「すまんな、俺はやっぱりお前が欲しい。それも俺の、正直な気持ちだ」 静かに笑う兵四郎に、思わず真之介も笑い返した。 「ふん、俺は素直にやるなどとは、絶対に言わんぞ。そんなことを言えば、すぐ調子に乗るからな、この馬鹿殿様は」 「それは確かだ。ただし言われなくても、調子には乗るがな」 この野郎、と真之介は軽く殴る真似をした。拳を受け止め、兵四郎は今度は声を上げて笑った。 「……なあ殿様。ああは言ったが、ちょっとな、頼みがある」 「うん?なんだ、仙石」 「こんなこたぁ、金輪際頼まん。一度っきりだ、ほんとだぞ」 「ふふ、なんだもったいぶって。いいから、言ってみろ」 「あのな……」 真之介が小声で告げた頼みに兵四郎は目を丸くしたが、すぐに笑って頷いた。 おかゆを盆に乗せたお恵は、陣内を伴って真之介のいる座敷を訪れた。障子を開けると、お恵があらっ、陣内がまあ、と声を上げ、ふたりは目の前の光景に呆気に取られた。 布団の上に座った兵四郎の胡座に頭を乗せ、真之介は穏やかに眠りこけていた。兵四郎は唇に指を当て、しいっ、と合図をした。 ふたりは頷いて静かに障子を閉め、部屋に入り布団の横に座った。 「やぁだ、仙石さんったら、子供みたい。捕まって、心細かったのかしらねえ」」 「みたいじゃなくて、子供だよ。世話が焼ける、でっかいガキ大将よ、こいつは」 お恵がくすくすと笑って布団をかけ直し、陣内は悪態をつきながらも笑顔で真之介を眺めた。 「陣内、いささか脚が疲れた。代わってくれんか、お恵ちゃんでも構わん」 「えーっ、やだよ。仙石、寝相悪いもん。扱えるの、殿様くらいだよ」 「あたしもいやー。着物をよだれだらけにされそうなんだもん。殿様、がんばってね」 からかわれて兵四郎はため息をついたが、口元には自然と笑みが浮かんでいた。 大事を取って一月ほど養生し、真之介はすっかり回復した。出立前の数日は旅に向けて身体を戻すため、兵四郎を相手に鍛練に精を出した。 旅立ちの日、一同は宿場外れの地蔵堂に立ち寄り、揃ってお参りをした。 近江屋主人とお小夜、田丸屋夫妻とおたみが、兵四郎達を見送りに来ていた。 手を合わせたお小夜は立ち上がると、陣内を見上げて笑った。 「あたしね、捕まってる時にずっと、お地蔵様に助けてって祈ってたの。だから陣内さん達が来てくれた時、お地蔵様が人の姿になって、仲間を連れて助けに来てくれたんだと思ったわ」 「あら、そうなの?陣ちゃん、そんなにありがたい顔してるかしら」 確かにお堂の中の小さな地蔵は、陣内によく似た顔立ちをしていた。 少女から憧憬の目で見られ、陣内はまんざらでもない顔をした。 「おいおいお小夜ちゃん、ずっと一緒にいたおじさんより、このたこ地蔵がいいってのかい。妬けるなあ」 冗談混じりに真之介が拗ねてみせると、お小夜は真顔になった。 「ううん。もちろん、おじ……真之介さんがいっとう好きよ。真之介さんがあたしの、お婿さんになってくれたらいいのに……」 「こ、これ、お小夜!お武家様になんということを」 焦った父親にたしなめられ、お小夜は顔を赤くして俯いた。真之介は笑って腰をかがめ、小さな肩を両手で抱いた。 「お小夜ちゃん、気持ちは嬉しいが、俺は行かなきゃならん。なぁに、今にきっとまた現れるさ。俺みたいな、いい男がさ。何しろお小夜ちゃんは、飛びっ切りのいい女だからな」 覗き込んでにっかり笑うと、お小夜は顔を上げて笑い返した。真之介は髪の簪をちょい、とつつき赤い頬っぺたを撫で、おとっつぁんと妹を大事にするんだぞと告げて身体を離した。 一行の姿が見えなくなるまで、お小夜は手を降り続けていた。真之介も時折振り返っては、大きく手を振った。 「仙石ぅ、米屋の婿も、悪くなかったんじゃないの」 「そうだなあ。とりあえず、食いっぱぐれる心配はなくなるだろうし……惜しいことしたかな?」 「かもね。扱う米が千石でも、それもまた千石だしね」 「ああっ、そうか!……たこ、お前頭いいな」 「なに、今頃わかったの?しょうがないねえ、馬鹿だもんね、お前」 なんだとこのたこ、うるさいよ馬鹿の馬面、などと喚き合うふたりのやり取りを耳にして、兵四郎とお恵は笑った。 やがて道が三つに分かれる辻に出た。 「殿様、どっち行く」 「うん、こっちかな」 「じゃあ、陣ちゃんはあっちに行くよ」 「あたしも、あっちに行こうっと」 「となると、俺はそっちか……」 「仙石、一緒に来ても構わんのだぞ」 兵四郎が誘うと、真之介は笑って首を振った。 「いや、そっちに行く。殿様、また会おう」 「ああ。またな、仙石」 視線を交わした後、懐手の真之介が肩を揺らして歩き出すと、お恵と陣内も兵四郎に手を振り、別方向に歩き出した。 兵四郎は笑顔で見送ると、抜けるような青空を眺めながら、軽い足取りで歩を進めた。 □ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ! じゃじゃ馬がほぼ馴らされてしまった(´∀`) なので次作があれば、別タイトルになると思います。 長々とお付き合い下さり、誠にありがとうございました。 #comment
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#title(三匹が斬る! 殿様×千石 「続続・じゃじゃ馬ならし Part4(終)) [[>>75>61-67]]の続きで、時代劇「参匹がKILL!」より、素浪人の殿様×仙石。この回でおしまいです。 連投になりすみません。 |>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! にやにやと浪人は笑って歩み寄り、腰を落として刀を振りかぶった。もう一歩を踏み出して真之介に斬りかかろうとしたその時、何かに足を取られて身体を傾けた。 真之介はその隙を見逃さず、傾いてなお繰り出された刃を必死に潜り、渾身の力を込めて刀を突き出した。 ぐっさりと腹を刺し貫かれ、浪人は目を見開いた。真之介が顔を上げると、腕を下げ膝をついた浪人と抱き合うような形になった。 「ふふ、や、やられたな……いいさ、お前を待っているぞ……じ、地獄でな」 耳元に囁くと血を吐き、絶命した。 「……ふん、地獄で会ってもまた、ぶった斬ってやるぜ」 真之介はしかめっ面で吐き捨てると、倒れた浪人の身体から刀を抜いた。 目の前の床には、一枚の懐紙が落ちていた。拾い上げて刀の血糊を拭くと、懐紙を差し出して兵四郎を見上げた。 「殿様、手は出すなと言ったじゃねえか」 「ん?俺は知らんぞ。懐から勝手に懐紙が落ちて、そいつがそれを、勝手に踏んだのだ」 うそぶく兵四郎に苦笑すると、ふいに真之介は懐紙と刀を取り落とし、その場に仰向けに倒れた。 「仙石!しっかりせんか」 慌てて抱き起こした身体は、高熱を帯びていた。張り詰めていた緊張が解けた真之介は、ぐったりとした身体を兵四郎に預けた。 ふと下肢を見やると、着物の裾から覗く内股にこびりついた、欲望の痕跡に気付いた。 手首の縄と赤い縄目の痕も痛々しく、彼に異様な執着を見せた浪人に何をされたのか察した兵四郎は言葉が出ず、痛ましげに腕の中の真之介を見つめた。 「そ、そんなに見るなよ、殿様……照れるじゃ、ねえか」 「真之介……」 息を荒げつつも冗談を飛ばしにやりと笑うと、真之介は意識を失った。 兵四郎は転がっていた刀を鞘に納め、部屋の片隅に放られていた袴と共にひっ掴み、正体を無くした真之介を背負って立ち上がった。 庭に下りると、心配したお恵が声をかけた。 「殿様!仙石さん、大丈夫?」 「とりあえず医者に連れて行く。お恵は手代さんと、お小夜ちゃんをうちまで送り届けろ」 兵四郎は陣内に向き直り、さらに告げた。 「陣内、お前は近江屋さんと佐平次を連れて、代官所に駆け込め。ことの次第を洗いざらい話すんだ」 「わかったよ、任しといて殿様!仙石を頼んだよ」 陣内は縛った佐平次を立たせ、真剣な顔で頷いた。 「ねえっ、おじさん!仙石のおじちゃん、死なないわよね?大丈夫よね?」 不安そうに背中の真之介を見つめるお小夜に、兵四郎は笑った。 「死なないとも。死なせるものか」 頷くとしっかりと真之介を支えて、力強い足取りで走り出した。 山を駆け降りた兵四郎は、医者の家の戸を激しく叩いた。 そこは兵四郎が倒れていたおたみを担ぎ込んだ所で、出迎えた医者は顔見知りの仲だった。 夜中の急患を医者は快く引き受け、兵四郎と共に真之介を治療し介抱した。 肩の傷は少し深いが命に別状はなく、他の傷も大したことはない、打撲と疲労による熱は薬で下がるだろうと医者は見立てた。 この御仁の身体は馬のように頑健だ、心配はいらないと付け加えて笑った。 下肢の容態について兵四郎が尋ねると、わずかな裂傷があり腫れてはいるが、こちらも薬を塗れば問題はない、と告げた。 兵四郎は安堵し、布団に横たわり熱にうなされる真之介を見つめた。 近江屋の一室に身体を移された真之介は、実に二日の間眠り続けた。 医者は通って容態を確かめ、兵四郎は指示通りに薬湯を与え薬を塗ってやり、かいがいしく看病した。 主人の厚意でお恵が手伝いに寄越されたが、身体を拭いたりなどの面倒は兵四郎が見た。 真之介が眠っている間に陣内が代官所から戻り、代官は近江屋の訴えを聞き入れ、迅速に調べを進めていると報告をしてきた。 全てが明白になり、かどわかしを指図したとして、佐平次には後日、重追放の裁きが下った。 重追放は追放刑の中で最も重く、家屋敷を没収され、罪を犯した土地、住まいする国、そして江戸十里四方に住むことを禁じられるというものだった。 自業自得とはいえ娘を亡くし、一家を解散に追いやられた上に、見知らぬ土地にほとんど裸で追いやられるのだ。すっかり気力を失い急に年老いてしまった男には、苛酷な厳罰といえた。 お小夜は父親やおたみなどと共に、時にはひとりで、何度も真之介の見舞いに訪れた。真之介が目覚めたことを知らせると、知らせたお恵の先を走って駆け付けた。 「真之介さん。おじちゃんの名前って、仙石じゃなくって、九慈真之介さんっていうのね。八坂のおじさんに聞いたわ」 「そうだよ、仙石はあだ名だ。なかなか、いい名前だろ」 「ええ、とっても素敵。ねえ真之介さん、早くよくなってね」 「ああ。お小夜ちゃんはもう、その……大丈夫なのか?」 「うん、大丈夫よ。ふたり目のおっかさんまであんなことになって残念だけど、あたしがくよくよしてちゃあ、おとっつぁんが心配するもの。妹の面倒も、しっかり見てかなきゃならないしね」 だから大丈夫よ、と笑うお小夜の髪には、あの簪が光っていた。真之介は手を伸ばして、娘の頭を優しく撫でた。 布団の横に座る兵四郎は娘の気丈さに感心し、その光景に穏やかに見入っていた。 お恵に連れられてお小夜が去ると、部屋にはふたりきりになった。しばらくの沈黙の後、真之介が兵四郎を見やり口を開いた。 「殿様ぁ……腹減った」 「そうだろうな。お恵も、お前が目覚めたら腹が減ったと言う筈だから、おかゆを作ると言っていた。じき持って来るだろう」」 「おかゆかあ……白い握り飯が食いてえなあ。ここの米はえらく美味いんだぜ、殿様」 「うん、俺も食った。確かに美味いが、急に食っては身体に障る。我慢しろ、仙石」 わかったよ、と呟くと、真之介は目を逸らし、天井を見つめた。 「殿様、俺、あいつらに……」 「いいんだ、仙石。言う必要はない」 ぽつりと漏らした言葉を兵四郎は優しく止めた。 「でも言っとかなきゃ、なんかこう、もやもやするだろ?俺も、仲間うちじゃただひとり知ってる、おぬしも。なぁに、生娘じゃねえんだ。手ごめにされたくらい、どうってこたあない」 幸い子供も出来ねえしな、と自嘲気味に笑う真之介に、兵四郎はかける言葉が見つからなかった。 「だが、さすがになかなかきつかったなあ。あいつら、笑いながら乱暴に突っ込んだんだ。男の俺があんなに辛いんだ、女はさぞかしもっと、辛いんだろうな」 「仙石……」 「まあもともと娘を品物扱いするような連中だ、ひどくて当然かもな。万に一つも助からねえと思ってたから、殿様とたこが来てくれた時は、ほっとした。仲間ってのは、ありがたいもんだなあ」 兵四郎が言葉を返さないのに気付き、真之介は再び彼の顔に目を戻した。 「どした、殿様。しぶい顔して」 「仙石、俺はお前になんと言っていいかわからん。いや、何も言う資格はないのかもしれん」 「あ?どういうことだ」 「俺も、あいつらと大して変わらんからだ。嫌がるお前を、無理に抱いたのだからな」 「……違う!あれ、いや、違わないか?いやいや、違う……ような、気がする」 「仙石、どっちなんだ」 首を傾げる真之介に、兵四郎は思わず苦笑した。 「うー……だから、あいつらと殿様は、とにかく違うんだ」 「そうか?どこがだ」 「どこって……殿様は、殿様だからさ」 「すまん、仙石。よくわからんのだが」 「わからんなら、仕方ないさ。正直、俺にだってわからん。考えてもわからんことが、世の中にはある。まっ、そういうことだ」 なぜか偉そうに語る真之介を見ているうち、兵四郎は胸に暖かいものが広がっていくのを感じた。 兵四郎は違う、兵四郎だから違うという真之介の言葉を、頭の中で繰り返した。 「仙石、俺もだ」 「俺もって、何がだ」 「俺はお前だから、抱いたのだ。お前でなくては、抱く気になどなれなかった」 「殿様?どうしたんだ、急に」 少し思い詰めたような兵四郎の様子に、真之介は眉を寄せた。 「お前は俺が背中を預けられ、背中を支えてやりたいと思う数少ない本物の男で、かけがえのない友だ」 「殿様……」 「だがそれだけではない、お前に対するまた別の想いが、俺の中には確かにあるのだ」 目をまっすぐに見つめて話す兵四郎から、真之介は逃れられずにいた。兵四郎は、真之介の少しこけてしまった頬に手を添えて、顔を寄せた。 「真之介。俺は、お前を……」 「言うな、殿様。その先は、言わんでくれ」 真之介は添えられた手に手を重ね、静かに遮った。兵四郎は訝り尋ねた。 「真之介、なぜだ。なぜ、言わせてくれない」 「それを言われたら俺は、おぬしに寄っかかっちまうような気がするからだ。おぬしが言ったように、俺もおぬしを頼りにしてる。背中を合わせて戦い、時には競い合える友だと思ってる。そしてやっぱり、それとはまた、多分、別として……大切だと思ってる」 「真之介……」 「だが、だからこそ、甘ったるい関わりにはなりたくはないんだ。おぬしを実は大した男だと、思っているからこそだ……殿様、俺の言ってること、わかるか」 「うん。わからんような、わかるような気はする」 どっちなんだ、と今度は真之介が苦笑した。 「仙石、お前がそう言うなら、俺はもう言わん。ただ、俺がそう思っているということは、胸の隅にでもしまっておいてくれ」 「そりゃあまあ、構わんが……俺のどこが、そんなにいいんだ」 「そりゃあお前、いつも腹を減らして、でっかい夢を見て、いつまでも歩くのを止めない、いい男だからさ」 「おい、褒めたって何も出んぞ」 「ふふ、弱ってるお前から、何も取ろうとは思わんよ……ただ」 「ただ……なんだ?」 見上げる真之介に顔を近付けると、そっと唇を塞いだ。真之介は少し身じろいだが、拒みはせず受け入れた。 触れるだけの口づけを解くと、真之介はやや顔を赤らめた。 「……やっぱりこういうことをするんだな、おぬしは」 「すまんな、俺はやっぱりお前が欲しい。それも俺の、正直な気持ちだ」 静かに笑う兵四郎に、思わず真之介も笑い返した。 「ふん、俺は素直にやるなどとは、絶対に言わんぞ。そんなことを言えば、すぐ調子に乗るからな、この馬鹿殿様は」 「それは確かだ。ただし言われなくても、調子には乗るがな」 この野郎、と真之介は軽く殴る真似をした。拳を受け止め、兵四郎は今度は声を上げて笑った。 「……なあ殿様。ああは言ったが、ちょっとな、頼みがある」 「うん?なんだ、仙石」 「こんなこたぁ、金輪際頼まん。一度っきりだ、ほんとだぞ」 「ふふ、なんだもったいぶって。いいから、言ってみろ」 「あのな……」 真之介が小声で告げた頼みに兵四郎は目を丸くしたが、すぐに笑って頷いた。 おかゆを盆に乗せたお恵は、陣内を伴って真之介のいる座敷を訪れた。障子を開けると、お恵があらっ、陣内がまあ、と声を上げ、ふたりは目の前の光景に呆気に取られた。 布団の上に座った兵四郎の胡座に頭を乗せ、真之介は穏やかに眠りこけていた。兵四郎は唇に指を当て、しいっ、と合図をした。 ふたりは頷いて静かに障子を閉め、部屋に入り布団の横に座った。 「やぁだ、仙石さんったら、子供みたい。捕まって、心細かったのかしらねえ」」 「みたいじゃなくて、子供だよ。世話が焼ける、でっかいガキ大将よ、こいつは」 お恵がくすくすと笑って布団をかけ直し、陣内は悪態をつきながらも笑顔で真之介を眺めた。 「陣内、いささか脚が疲れた。代わってくれんか、お恵ちゃんでも構わん」 「えーっ、やだよ。仙石、寝相悪いもん。扱えるの、殿様くらいだよ」 「あたしもいやー。着物をよだれだらけにされそうなんだもん。殿様、がんばってね」 からかわれて兵四郎はため息をついたが、口元には自然と笑みが浮かんでいた。 大事を取って一月ほど養生し、真之介はすっかり回復した。出立前の数日は旅に向けて身体を戻すため、兵四郎を相手に鍛練に精を出した。 旅立ちの日、一同は宿場外れの地蔵堂に立ち寄り、揃ってお参りをした。 近江屋主人とお小夜、田丸屋夫妻とおたみが、兵四郎達を見送りに来ていた。 手を合わせたお小夜は立ち上がると、陣内を見上げて笑った。 「あたしね、捕まってる時にずっと、お地蔵様に助けてって祈ってたの。だから陣内さん達が来てくれた時、お地蔵様が人の姿になって、仲間を連れて助けに来てくれたんだと思ったわ」 「あら、そうなの?陣ちゃん、そんなにありがたい顔してるかしら」 確かにお堂の中の小さな地蔵は、陣内によく似た顔立ちをしていた。 少女から憧憬の目で見られ、陣内はまんざらでもない顔をした。 「おいおいお小夜ちゃん、ずっと一緒にいたおじさんより、このたこ地蔵がいいってのかい。妬けるなあ」 冗談混じりに真之介が拗ねてみせると、お小夜は真顔になった。 「ううん。もちろん、おじ……真之介さんがいっとう好きよ。真之介さんがあたしの、お婿さんになってくれたらいいのに……」 「こ、これ、お小夜!お武家様になんということを」 焦った父親にたしなめられ、お小夜は顔を赤くして俯いた。真之介は笑って腰をかがめ、小さな肩を両手で抱いた。 「お小夜ちゃん、気持ちは嬉しいが、俺は行かなきゃならん。なぁに、今にきっとまた現れるさ。俺みたいな、いい男がさ。何しろお小夜ちゃんは、飛びっ切りのいい女だからな」 覗き込んでにっかり笑うと、お小夜は顔を上げて笑い返した。真之介は髪の簪をちょい、とつつき赤い頬っぺたを撫で、おとっつぁんと妹を大事にするんだぞと告げて身体を離した。 一行の姿が見えなくなるまで、お小夜は手を降り続けていた。真之介も時折振り返っては、大きく手を振った。 「仙石ぅ、米屋の婿も、悪くなかったんじゃないの」 「そうだなあ。とりあえず、食いっぱぐれる心配はなくなるだろうし……惜しいことしたかな?」 「かもね。扱う米が千石でも、それもまた千石だしね」 「ああっ、そうか!……たこ、お前頭いいな」 「なに、今頃わかったの?しょうがないねえ、馬鹿だもんね、お前」 なんだとこのたこ、うるさいよ馬鹿の馬面、などと喚き合うふたりのやり取りを耳にして、兵四郎とお恵は笑った。 やがて道が三つに分かれる辻に出た。 「殿様、どっち行く」 「うん、こっちかな」 「じゃあ、陣ちゃんはあっちに行くよ」 「あたしも、あっちに行こうっと」 「となると、俺はそっちか……」 「仙石、一緒に来ても構わんのだぞ」 兵四郎が誘うと、真之介は笑って首を振った。 「いや、そっちに行く。殿様、また会おう」 「ああ。またな、仙石」 視線を交わした後、懐手の真之介が肩を揺らして歩き出すと、お恵と陣内も兵四郎に手を振り、別方向に歩き出した。 兵四郎は笑顔で見送ると、抜けるような青空を眺めながら、軽い足取りで歩を進めた。 □ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ! じゃじゃ馬がほぼ馴らされてしまった(´∀`) なので次作があれば、別タイトルになると思います。 長々とお付き合い下さり、誠にありがとうございました。 #comment
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