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70-228 の変更点


#title(今じゃ異名も)
※ナマモノ注意、枯れ専注意 

昇天の紫緑です。 
218〜の「地獄雨でもどこまでも」から数十年前、緑にお孫さんができて紫が番組になじめなくて悩んでいたあたりです。 
ゆるーくはありますが軽めのエロもございますので、ご注意ください。 




|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! 



「姐さん、姐さん。なにしてるの?」 

あの神棚を暴くような禁忌を犯したのはいつのことだったかと、精悍な面立ちと引き締まった体を照らす月明かりをぼんやり眺めながら思い返していた。 

落語は落伍に通ずると、誰が言ったか言わないか。 
自分が生まれ落ちた荒れ果てた時代ならともかく、品行方正なこの好青年が、わざわざこのやくざな世界に足を踏み入れる理由が見当たらない。 
しかし、華やかな遊技から坊ちゃん坊ちゃんと甘やかされた自分も、ボロボロのラジオにかじりついて覚えた噺を見よう見まねで演じていたのだ。人のことをとやかく言う資格はない。 
芸とは業だ。見入られたら脇目も振らずに逃げきるか、魂を明け渡すかのどちらかしか選べない。爪に火をともすような貧しい日々の中、靴底をすり減らして化粧品を売っていた20年前ですら、美と銭を天秤にかけて思い悩む女の顔を高座で再現できないか腐心していたのだ。 
そして、いつの間にやら親になった娘と妻は、夫の実家に遊びに行ってくると、大黒柱を置き去りにして昨日から出かけてしまっている。 
それはいい。遊びなのか趣味なのか仕事なのか、あわいもおぼろげな世界に身を投じる自分が止められるはずもない。 
……が、しかし。この状況は極めてまずい。 



「そんな悩んだって仕方ないんだよ。芸は盗む、駆け引きは場数踏んで覚えるのが定石ってもんだ」 

 高学歴で知性の溢れる新人は、死に物狂いで身につけた舞台の間や常識が、テレビの世界ではまるで通じないことに歯がゆさを覚えている。なまじ育ちがいいだけに、年の離れた共演者とどう絡むか、踏ん切りがつかないらしい。 
 視聴者は寄席の客とは違う。秒刻みで笑いを生み出せなければチャンネルを回されて終わりだ。その重圧もあるのだろう。 

「あんたはハンサムだし、落ち着きも品もある。裏できっちり筋を通せば、師匠方もお客さんもわかってくれるさ」 

 眉間にしわを寄せて黙り込むそいつを慰めてやろうと思ったのがいけなかった。下戸のくせに酒屋でビールと栓抜きと、ご丁寧にグラスまで買って、誰もいない家に招き入れた。 
案の定コップ1杯で限界がきた自分は、肌のほてりと回らない舌に苦笑しながら、なるべく軽くアドバイスしたつもりだったが。 

「師匠、嫌ならぶん殴ってください」 

 抵抗したいのは山々だが、情けないことに生まれてこのかたその辺の女より重くなったことがない。戦中戦後の粗末な食生活のせいか、若い時分から病魔に取り憑かれているせいか、医者に太れと叱られるほどひょろひょろだ。 
 趣味の一つに格闘技をあげていた目の前の人物もすっきりしてはいるが、目方が20は違うだろう。 

「冗談はよしとくれよ」 

 から笑いとともに軽く額を小突いてみたが、この目に宿った獣の視線がハッタリでないことは、痛いほどにわかってしまう。 
 自慢にならないが、男に迫られたことは何度かある。男社会のこの業界において、置屋育ちがなせる仕草や言葉遣いは、時としてなんとも艶かしく映るのだと、これは同輩や師匠の談で、つくづく因果な商売だとため息をついた。 
 部屋着と寝間着を兼ねた浴衣に着替えていたのもよくなかった。左手が帯の結び目に差し込まれ、右手は薄っぺらい胸板を撫でている。 




 「こんな貧相な体を肴にしようなんて、物好きだねえ」 
 「そうですよ。だから噺家になったようなもんです」 

 もっとうまい返しはできないのかい、と突っ込むより先に、酒の匂いが染み込んだ唇が重なった。 
 これだけの色男だ、さぞやモテるだろうと踏んでいたのは当て推量でもなかったらしく、舌はずる賢い生き物のようにするすると口の中を蛇行する。驚きで限界まで見開いた目が、じんわりと伝わる快楽に負けてゆく。 

 「坊ちゃん、こっちに来てはいけませんよ」 

 遊技の仕事場に迷い込んでしまった時、むき卵のようにつやつやで白い肌がだんだんと染まるのを見て、あれはどれだけ気持ちのいいことなのだと。その興味本位な考えは、確かに禁忌だった。 
 彼女たちがいかにして日銭を稼いでいたのか知るのは少し後のことだが、目尻を赤くして足を広げ、そんなあられもない姿を恥じることなくよがる光景に、長いこと不謹慎な好奇心を覚えていた。 

 舌はやがて首筋におりて、鎖骨の勾配をねぶりながら喉仏にたどり着く。片手は右手首を掴み、もう片方の手はなんの役に立つのかとんと見当もつかなかった乳首をつねる。鼻を抜ける息が少し湿り気を帯びているのがわかって、声を抑えようと口を結んだ。 
 短い黒髪が肌をくすぐりながらゆっくりゆっくり下りて行く。電球が切れてしまったのがせめてもの救いだ。煌々と光るあかりのしたでこんな醜態を晒すなんて、首でもくくらなければ申しひらきができない。 
 数十年もの間、今の今まで家族に不義理を働くような真似はしてこなかったというのに。まさか初めての過ちが、よりにもよって男相手だとは。 

 「こんな趣味があったんだねえ」とは、せめてもの皮肉と強がりのつもりだったが。 
 「男を抱くのは初めてです」と、誠実さを煮しめたようなあの顔で返してきた。 

 そのお初に似つかわしくない強欲さでもって、先ほどからびくびくと反応し始めている体さえ思い切り動かせればとは思ったが、アルコールは脳みそまであっためてしまったらしい。 
 理性と妻の顔と昔の思い出が、まだらになって泡を立てながらきえうせる。 



 「師匠、師匠」 

 芸だけではなく、色事も器用なのが鼻につく。シャツを脱ぎ捨てながら足の間に膝頭をぐいぐい押しいれたので、顔を覆い隠したくなるような体勢になってしまった。 

 「何考えてるんです?」 
 「なんだっていいじゃねえかよ」 

 顔を背けるとこめかみに熱い感触があった。肺の奥から立ち上ってこぼれ落ちる吐息が、濡れそぼって甘さを含んでいるのがわかる。 

 姐さん、姐さん。あんたもこんな心持ちだったのかい? 
 だったらあたしは女のしたたかさってもんをずうっと誤解していたよ。見ず知らずの男ども相手に、不安なんておくびにも出さず、愛想振りまいていたんだから。 
  狐狸妖怪は化けて人を騙す。花魁は口先で人を騙す。即ち「尾いらん」というがごとしで……。 

 「こんな時まで落語のことが頭をかすめてるんだから、あなたは素晴らしい」 

 腰から太ももを伝う指先がじれったい。頭の中を気取られて意地悪をされているようだ。 

 「でも今日くらいは……いいじゃありませんか」 

 もう一度深く口づけされて、くらくらとめまいがした。赤い煙が身体中をふわふわと駆け巡るような、きっと酒飲みにとっての「酔う」とはこんな気分なのだと。 
 とかくそれで、すっかり抗う術がなくなった。 

  「……いけない人だねえ。狐や狸じゃあるめえし、腹黒いのはいただけねえよ」 
  「あなたを独り占めするためならなんでもしますよ」 
 「……いけない人だねえ。狐や狸じゃあるめえし、腹黒いのはいただけねえよ」 
 「あなたを独り占めするためならなんでもしますよ」 

 気だるさを訴える腕を背中に回して、白い光が滑る肩に噛み付いた。 
 あんまり俺をなめんじゃねえよ。今宵の傷も全部いつか芸の肥やしにしてやると。 
 引かれ者の小唄のように心の中で呟いたが、それがその夜の最後の輪郭で、あとは見知らぬ痛みと悦楽に息も絶え絶えになるだけだった。 

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
- いつもありがとうございます!粋で艶かしくて色気たっぷり。最高です! -- [[もえ。]] &new{2016-10-12 (水) 00:37:14};

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