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#title(Brother Sun Sister Moon)


∞高炉、妹→艦長←黒服弟、青年編Chapter3中盤。
性行為についての言及はあるものの、直接的なエロはなし。
女性キャラ表現あり、というよりずっと妹のターン注意。
もともとは、兄貴に寄ってくるのが男ならイーッとならない妹さん(だいたい公式)ネタだった、のですが。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 風向きが変わり、風下となったこちら側に頬を炙る熱風が流れてきた。
 ごう、という音とともに火の粉が舞い上がり、白、黄色、橙とさまざまな色合いがお互いを呑み込み呑み込まれながら、一瞬たりとも同じ姿をとどめない炎を形成する。
 現在ではめったに目にすることのなくなった本物の火の、畏怖さえ覚えさせる迫力に私はあらためて見入った。

 焚き火の周りでは、艦から持ち出した酒と食料を使って、再会を祝ったささやかな宴が催されていた。
 遠い昔、人類が火を手にしたときから繰り返されてきた光景なのだろうが、人はなぜ火を囲むと安心するのだろう。
 ユーリ艦長は古い友人らしい男女と時折頷きながら話し込んでいる。
 操舵士のトトロスが焚き火を利用して器用に鶏の包み焼きを作り、クルーの賞賛を浴びている。
 血の気の多い空戦隊の連中が始めた喧嘩はいつの間にか勝ち抜き方式の賭け試合になったらしく、五人目をのしたガザン空戦隊長が「挑戦者はいないか!」と呼ばわっている。
 そろそろ眠そうな様子の子供たちが、恰幅のいい中年の女性と淡い緑の髪が印象的な若い女性の二人に連れられて、建物の方へ帰っていく。
 皆あの戦争とそれに続く混乱の中で親を失って保護された孤児たちだというが、この見捨てられた惑星の過酷な環境の中、よく生き延びてきたものだ。
「中佐殿ぉ〜飲んでるぅ〜?」
 ハイテンションな高音が、感傷をものの見事に吹き飛ばした。
 酒瓶を手に寄ってきたフランネ・ポロロが、何が楽しいのか絶え間なく笑いながら私の背中をばしばしと叩く。
 遠慮のない態度はいつものことだが、普段の早口とはほど遠い間延びした口調から察するに、完全にできあがっているらしい。
 呆れ返った表情のネスが、フランネから酒瓶を取り上げた。 
「こらフランネ飲み過ぎ! ていうか、あなた未成年でしょう!?」
「お堅いアイルラーゼンと違って、ロンディバルトでは十八歳は成人ですぅ〜」
 年齢も性格もおよそ似通ったところのないように思えるこの二人だが、これで意外に仲がいいのだろうか。
 姉妹喧嘩のような言い合いを始めた二人の傍らでおろおろしている内気そうな少年に苦笑いしてみせると、私はこっそりとその場を離れた。

 宴の喧噪が心地よいノイズ程度に聞こえる距離で、私は古びた鉄柵にもたれて夜空を見上げた。
 星の海を渡る生活に慣れると、かつて星空が「見上げる」存在であったことをつい忘れそうになる。
 惑星ザクロウの砂埃混じりの大気を通した星々はすこし赤みがかって見えたが、それでも美しかった。
 時折行き交っていた足音の一つが私の側で立ち止まる。私は視線を地上に戻した。
 両手に合成酒とおぼしき金属カップを持った緑の髪の娘が、こちらにひとつを差し出している。
「少し、いい?」
「チェルシー……さん」

 この星で、ユーリ艦長は十年間生き別れだった彼の大切な人たちと再会した(こちらをレジスタンス狩りの賞金稼ぎと勘違いした彼らと白兵戦になる、という、ひとつ間違えば危うい状況ではあったが)。
 不本意ながら彼らを「制圧」した後、その場にいた全員の生存を確認すると、艦長は突然建物の奥へ駆けだした。
 彼を追いかけた私が目にしたのは、十人ほどの子供たちを庇うようにこちらに銃を向けた若い女性だった。
 私が反射的にパラライザーに手を掛けた瞬間、艦長は彼女の名を叫んだ。
 信じがたいという表情を浮かべた一瞬後、彼女は艦長の腕に飛び込み、泣きじゃくる。
 ああ、ユーリ艦長が愛しているのはこの人なのだ。素直にそう思った。
 それだけに、妹だ、と紹介されたときは正直驚いたのだ。

「ユーリと、寝たのね」
 今日は天気がいいですね、とでもいうような口調で発せられたその言葉を聞き流しかけ、一瞬遅れて私は咳き込んだ。
「別に、責めているわけじゃないわ」
 私の慌てぶりが可笑しかったのか、木箱に腰掛けたチェルシーはくすくすと童女のように笑った。
「ユーリのことは、わかるの」
 この娘——年齢的には「女性」と言ったほうがいいのだろうが、透明な空気を纏い、どこか少女の雰囲気を漂わせた彼女にはこの表現のほうがしっくりくる——は、兄である艦長を「ユーリ」と呼ぶ。

 最初の夜以来、私と彼は何度も身体を重ねた。
 彼の導く快楽に私は溺れ、さんざんに私を翻弄したあと、彼は遊び疲れた子供のような表情で眠る。
 不健康な精神状態ゆえの刹那的な関係。
 そう理解しつつも、抱かれるたびに私は彼に惹かれていった。
 正確に言えば、彼の抱える深淵に。

「ユーリは、強いように見えて不安定なところのある人だから」
 チェルシーは目を伏せた。
「彼を支える人が必要なの——あなたのように」
 彼女の言わんとするところを私は理解した。そして彼女が「兄」を奪ったはずの私に敵意を見せない理由も。
 彼にとってセックスは愛の表現でも性欲の衝動でもなく、欠落を補う行為なのだ。
 それが彼に必要なことがわかっているから、彼女は私を黙認している。
 私の存在が彼のためにならないと思えば、彼女は躊躇なく私を殺すこともできるだろう。
 そんな無垢な狂気、透明な刃を、私は彼女の裡に感じた。

 だが、彼女は自らの抱える刃に気づいていない。
 それは多分、ユーリ艦長の深淵と同じ類のものだ。

「男の私が彼とそういう関係にある、というのは不快ではないのですか?」
 視線を合わせずに質問した私に、チェルシーはかぶりを振った。
「ただ、あの人と肌を重ねることができるあなたがうらやましくない、といえば嘘になるわ」
 ——だけど、私は血の繋がった妹だから。
 後半は、私に向けた言葉ではなく、自らに言い聞かせているように聞こえた。
 男同士というのもあまり一般的な関係とはいえないものだが、実のきょうだいとなると、これは大抵の文化圏で明確に禁忌となる。
 かつての私と兄はその一線を越えてしまったが、この娘にとってその禁忌は決して乗り越えられない、乗り越えてはならないものなのだろう。
 それだけに、その想いは撓められ、強くなる。

 彼女と私は、表裏なのかもしれない。

 ユーリ艦長は彼女を愛しているからこそ、決して彼女を抱くことはない。
 彼女も「兄」を愛しているからこそ、その垣根を跳び越えることはない。
 ユーリ艦長が私を抱くのは、私を愛しているからではない。
 私がユーリ艦長に抱かれるのは——。

 私とチェルシーは無言で焚き火とそれを囲む人々に目をやった。

 しばらくして、チェルシーが口を開いた。
「事象揺動宙域って、知ってる?」
 彼女の口から出た意外すぎる単語に私は戸惑った。
 以前、艦長との会話でもこんなことがあった気がする。そういう意味では、この兄妹はよく似ているのかもしれない。
「すべての事象の存在が揺らぎ、存在確率が限りなくゼロに近づきながら拡散する宙域——」
 教科書通りの答えを口にした私に、チェルシーは頷いた。
「そこに留まり続ければ、誰にも知られず、いつか存在そのものが消えてしまう……いえ、はじめからなかったことになってしまう」
 彼女の言葉には、その恐怖を実際に経験したのだろうと思える重みがあった。
「この宇宙には、そういうことがあるの」
 チェルシーは、一瞬ごとに色合いを変える炎から視線を外さずに続けた。
「もしも私がいなくなったら——」
 遠くで薪の弾ける音がやけに大きく聞こえた。
「あなたがユーリを守ってあげて」
 再会の日に相応しくない不吉な前提に私が何か言おうとする前に、チェルシーは立ち上がり、談笑していた仲間の輪に加わる。
 なんとなく彼女についていくと、ユーリ艦長が横目で彼女を見上げ、訊いた。
「ダンタールと何を話していたんだ? チェルシー」
「いろいろ」
 簡潔に答えたチェルシーは、するりと艦長の隣にすべりこむ。
 ティータという名だったか、芯の強そうな瞳をした女性が私とチェルシーを見比べて言った。
「ダンタールさんって独身よね? チェルシーのお相手にどうかしら」
「ユーリもいいかげん妹離れが必要だしな」
 ザクロウのレジスタンスを率いていた大柄な青年が、艦長に人差し指をつきつけて笑う。
「そうね、いいかも」
「おい、チェルシー!?」
 妹の反応にあからさまに慌てた艦長が、お前はどうなんだ、と不安そうな顔でこちらを見る。
「ユーリ艦長自慢の美人の妹さんとお話しできて楽しかったですよ」
 私ははすまして答えた。
「艦長を『義兄さん』と呼ぶのもいいかもしれませんね」
 途方に暮れた表情の艦長を見て、私たちは共犯者の笑みを浮かべる。
 チェルシーが穏やかな、だがよく通る声で言った。
「……冗談よ」

「ちょっと、あの人とユーリって本当に兄妹なの!?」
「ぼ、僕に訊かれても……」
「ふふ、気になるの? フランネ」
 フランネたちの賑やかなやりとりがふと耳に入る。
 何の屈託もなく彼が好きだと公言できるフランネを羨ましく思い、チェルシーはずっとこの羨望とともに生きてきたのであろうことに気付く。
 私たちが見ているのは、近くに見えていながら、自分と軌道が重なることはない星なのだ。
 決して手に入れることのできないものだからこそ、私たちは彼に惹かれるのだろう。
 私はまだいい。この航海を終えてレンミッターに帰還すれば、おそらく彼と私の関係も終わる。
 多少の痛みは伴うにせよ、忘れることもできるだろう。
 だがあの緑の髪の娘は。叶えられることのない想いを抱えたまま、それでも彼に寄り添い続けるのだろうか。
 ——もしも私がいなくなったら、あなたがユーリを守ってあげて。
 その言葉に込められた息が詰まるほどに重い願いに、私は応えることができるのだろうか。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ! 
 
よく考えたらフランネの髪も緑だった件。
各国の成人年齢が実は何歳なのかは知らないよ!
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