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*てのひらと白い夜 [#d432cbab] #title(南極料理人 兄やんと西村 「てのひらと白い夜」) 難局シェフ。半生注意です。新やんと仁志村。前回のその後。新やんが発熱しました。 ドクタ.ー×仁志村はデフォですが、エロはほぼありません。 |>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! 診療室の小さな窓から仁志村は外を見ていた。 目を凝らさないと、窓と言うより白い紙が張り付いているようにしか見えない。 凄まじい地吹雪のせいで、すぐ傍に設置してあるはずの燃料入りドラム缶すら認識できない。 方向感覚だけでなく、簡単に命をも奪い去る白い闇―ホワイトアウトの只中にいる現実感は暖かい室内ではやや鈍い。 とは言え、今期最大級のブリザードは確実に小さなドーム藤基地を脅かしていた。 外出が禁止され、一日中身動きが取れなかった鬱憤を晴らす為、今夜は“おいでませA級ブリザード”と銘打った宴会を開催した。 仁志村が用意した中華は、あっという間に隊員の腹へ消えて行った。エビチリに至っては料理人の口に入らないスピードで。 いつになく仁志村の酒も進んだ。その後、ドクタ.ーに誘われるまま医療棟にあるこの診療室でたっぷりと喘がされて今に至る。 酒精と、情事の余韻で頭が働かない。 仁志村は眉を寄せて、たった今ドクタ.ーから聞いたばかりの話を整理しようと試みる。 定期血液検査で異常が見つかった隊員がいた。ドクタ.ーの診立てでは感染症の可能性が高いという。 ここは陸の孤島。そして基地にいる8人以外の生物は皆無であり、ウイルスは存在しない―。 胸のボタンを留め終えた仁志村は、診察用の椅子に腰を降ろしてドクタ.ーを見た。 「ウイルスなの?」 「ウイルス感染症の症状に似ているって言ったの」 ドクタ.ーがビールのタブを引き上げながら、BARコーナーからちらりと仁志村に視線を送る。 「それは、ウイルスじゃないってこと?」 「ここは難局だからね」 仁志村は混乱する。よくわからない。 「炎症反応が諸々高くてねぇ。熱も下がらないし」 仁志村は宴会であまり食事に手をつけていなかった人物の顔を思い浮かべる。 ―新やん。 確かに、いつもより元気がなかった。 「新やん、あんまり食べてなかったね」 次の瞬間、仁志村は霞がかった頭が一気に覚醒するような恐ろしいことに思い至った。 目を見開く仁志村の視線を、ドクタ.ーが無表情に受け止める。 感染症、炎症反応、そして発熱。―まさか。 「…食中毒?」 だとしたら、仁志村の責任は重い。胃の辺りがずきりと痛む。 仁志村は必死に新やんだけが口にした食べ物の記憶を辿った。 「新やんだけが食べたものって…ないよね」 新やんは夜中に盗み食いするようなタイプではない。 「実は俺もちょっと疑ってみたんだけどね。下痢や嘔吐の症状もないし、食中毒の可能性は低いと思う」 「本当に?」 「違うだろうなぁ」 ドクタ.ーはグラスに注いだビールに口をつける。 「とにかく、原因がはっきりしない。抗生物質も消炎剤も効果なし。この前の傷も関係なさそうだしね」 ただ、とドクタ.ーは言葉を継いだ。 「これが体内の病変から来るものだとしたら、ここでの対応は厳しくなるなぁ」 医者らしく淡々としたドクタ.ーの言葉は仁志村を酷く憂鬱にした。 難局へ派遣される隊員はある承諾書にサインをしている。 言うまでもなく、この僻地では受ける事ができる医療行為に制限がある。 特に南半球に於いて冬期にあたる現在は、砕氷船も停泊しておらず、諸外国の航空機も要請出来ない為、緊急搬送は絶対的に不可能だと言う。 つまり、どんな状況が起こっても救援は期待できない。それは見殺しにされる事と同義だ。 「とりあえず、庄和と局地研にサンプルデータを送ったから連絡待ちね」 難局で最も医療設備が整っている庄和基地はここから1,000キロ離れている。順調に行っても雪上車で20日間は掛かる。 もし今夜、新やんの容態が急変したら? 仁志村はぞっとした。 「そういえば、仁志村君喉が腫れてた気がする」 「えっ」 いつの間にか目の前にいたドクタ.ーの指が、驚いて顔を上げた仁志村の喉のリンパ腺を探る。 「舌見せて」 言われるまま思い切り出した舌を、身を屈めたドクタ.ーがべろりと舐めた。 「んあっ」 驚いた仁志村が椅子から落ちかける。ビールの苦味が舌を刺激した。 にやにやしているドクタ.ーに仁志村は言葉を失う。 「びっくりした?」 「はあ?!」 ドクタ.ーは皺の寄った仁志村の眉間を指でぐい、と押した。 「キミの喉は冗談。新やんの件はあんまり心配しないように。精神的なものかもしれないしね。ほらあの子、彼女に捨てられちゃったしさ」 *** 居ても立ってもいられず、仁志村は厨房へ立ち寄った後、新やんの部屋へ向かった。 控えめにノックをしてみたが、応えはない。少し躊躇ってから静かに扉を開いて声を掛ける。 「新やん、入るよ」 スタンドの淡い光の中、掛け布団がもぞもぞと動いた。 持参したトレイを机に置いて、ベッド脇のパイプ椅子に座る。 「調子どう?」 「うーん…なんか暑いすね」 寝ていたせいか熱の為か、嗄れた声。 新やんは億劫そうにこちら側に寝返りを打った。薄暗い中でも明らかに顔の赤さが見て取れる。 「スポーツドリンク持って来たよ、あとおかゆも」 おかゆは、居間で雑魚寝をしていたはずの凡に奪われかけたが、なんとか死守してきた。 仁志村は新やんの額に手を当てる。熱い。 「冷たくて気持ちいー」 氷を取ってきた為に冷えている仁志村の手に、新やんの手が重なる。 その燃えるような熱さは、仁志村の胸を急激に冷え込ませた。 「気持ち悪くない?」 「ちゅうとかしてもらったら治るかもしれないです」 「なに言ってんの」 「はは…」 腕を突いて身を起こした新やんは、仁志村が差し出したスポーツドリンクを喉を鳴らせて飲み干した。 「おかゆは?」 「うーん、今はいいです」 「…そう」 顔を顰めながら再びベッドに沈みこむ。 「ああ、もう」 仰向けになった新やんは、額に自分の腕を載せ潤んだ目を彷徨わせた。 「なんか、嫌な夢ばっかり見るんです」 「どんな?」 「目が覚めたら、藤基地に俺ひとりしかいなかった、とか」 それは恐い。 「日本に帰ったら、みんな俺のこと忘れてた、とか」 それも恐い。 「インマルサットの志水さんにまで、他に好きな人ができたって言われたり」 会ってもいないのにね、と新やんは自嘲気味に嗤う。 仁志村は笑えなかった。 楽しいこともあるけれど、思っていた以上にここでの生活は過酷だ。 待っている人がいたって寂しいのに。手の届かないところで、誰かを失うのは想像するだけでも胸が苦しくなる。 「仁志村さんもさみしくなったりする?」 「するよ」 「奥さんのこととか?」 「そうだね」 「俺は寂しくなる対象が消滅しちゃって、どこに切なさを発信すればいいのか分からなくなりました」 「うん。でもみんな寂しいよ、きっと」 「だからイチャイチャしちゃうんですかね」 「…」 「仁志村さん?」 「何か食べたいものある?」 「うーん、仁志村さん。…っていうのはコテコテですよね」 苦笑した新やんを仁志村は真顔で見つめ返した。 もし、新やんの症状が精神的な不調に端を発するものだとしたら。 誰かの体温で救われることもある。それは仁志村が一番よく知っている。 とろんとしていた新やんの目がみるみる大きくなって、仁志村は我に返った。 「あれ、もしかしてOKですか」 「あ、ごめん聞いてなかった」 「ひでぇ」 新やんが笑いながら枕に顔を埋めた。 仁志村は不穏な考えを慌てて頭から追い払う。自分から何をどう言うつもりだったのか。 「で、なんだっけ?」 「えーと、ハンバーガーが食いたいです。渋谷で食べられるような」 「渋谷?どこだって食べられるじゃない」 「いや、絶っ対、渋谷風のやつで」 「渋谷風…」 ご馳走系のハンバーガーと言う意味だろうか。 仁志村はメニューを思い描く。 とびきりの和牛で極粗引きの分厚いパテをこんがり焼いて。 甘いローストオニオンは外せないし、プチトマトだけでは物足りないから、うまみたっぷりのドライトマトも入れて。 ピクルスは保管庫で見た記憶がある。ブリザードが収まったら凡と取りに行こう。 ちょうど食べる頃に蕩けるように、ぶつ切りにしたカマンベールもごろごろ挟んで。 バンズには全粒粉を混ぜよう。香ばしく、美味しくなるように。 よく分からない“渋谷風”についてはこの際雰囲気で押し切ることにする。 「オシャレな感じ、ってことでいいのかな」 「はい。渋谷風の」 「渋谷風ね。了解」 新やんがあくびをする。目の淵に薄く涙が滲んだ。 「仁志村さん、もう一つお願いしても良いですか」 「特別に許可します」 「あの、手、繋いでも良いですか」 仁志村は目の前に差し出された手と新やんの顔を交互に見た。 新やんがむくれた顔をする。 「あ、仁志村さん今子供っぽいって思ったでしょ」 「思ってないよ」 仁志村は小さく微笑って、新やんの手に自分のそれを重ねた。すぐ指の間に長い指が入りこんで、ぎゅっと握り締める。 新やんの顔の前へ引き寄せられた指先に熱い息が触れた。 子供のような無防備な表情。ニ三度瞬いた目蓋が、安心したようにゆっくりと閉じられてゆく。 程無く寝息を立て始めた新やんの髪に仁志村は触れた。 太陽の沈まない白んだ夜が更けてゆく。 新やんが、せめて孤独ではない夢をみられますように。 仁志村はそっと祈った。 *** 「仁志村君、仁志村君」 遠くで名前を呼ばれている。 身体が揺れたと思ったら、引き起こされた。間近に迫るドクタ.ーの顔に仁志村は驚く。掴まれた腕が痛い。 「仁志村君、なにやってんの」 仁志村はぼんやり部屋に視線を巡らせた。見覚えのあるポスター。ベッドには新やん。 どうやらあのまま眠ってしまったらしい。時計の針はすでに明け方に近い時間を指している。 「えーと…」 「感染症かもしれないって言ったでしょ。こんな密閉された場所にいつからいたの?ほら、手消毒して。すぐうがいもしなさい」 新やんに聞こえないように、仁志村の耳元で鋭く囁く。あまり見る事のない真剣な表情のドクタ.ーに仁志村は戸惑った。 新やんは眠ったまま、ゆったりとした呼吸を繰り返している。 ドクタ.ーは机の上のトレイを押しやって、注射器が載ったステンレスのバットを置いた。 新やんの額に当てた手を、そのまま首筋に潜り込ませる。 「あ、熱下がってる」 「ほんと?」 ドクタ.ーの手に新やんは身じろいだが、目を覚ます気配はない。 「仁志村君、なんかした?」 「いや、べつになにも」 「ほんとに?」 「渋谷風の約束はしたけど」 「なにそれ?」 *** 診療室の窓ガラス越しに、雪に埋もれた資材を掘り起こしている隊員の姿が見える。 仁志村も昼食が終わり次第、貴重な食材が詰まった段ボール箱の発掘作業に入らねばならない。 窓の外は明るく、青く、そして白い。ブリザードは夜のうちにどこかへ去って行った。 庄和基地からの指示でいくつかの追加検査をする事になったものの、新やんの血液はほぼ正常値に戻っていた。 検査を終えたドクタ.ーは、人体って不思議だよね、と飄々とした笑みを見せた。 「すげーいい夢みました」 新やんは昨日の不調が嘘のように、満面の笑みで診察用の円椅子に座っている。 「へえ、どんな?」 「俺、殺人鬼になってました」 ドクタ.ーと仁志村は同時にぽかんと口を開けた。 「…それ、いい夢?」 ドクタ.ーが乾いた笑い声を立てる。 「ちょっとちょっと、まさか俺のこと殺しちゃったりしてないよね?」 「もちろんやっちゃいましたよ」 新やんの言葉にドクタ.ーの表情が半笑いのまま凍りつく。 「どのあたりがいい夢だったの?」 恐る恐る仁志村が問う。 「それはもう、仁志村さんを思う存分好き勝手に。まず、藤基地を孤立させる為に通信の凡さんを…」 仁志村は続きを促した事を激しく後悔した。 にやにやしながら新やんの殺人譚を聞いていたドクタ.ーはさらりと診断を下した。 「…それはあれだな、まぎれもなく欲求不満。しょうがないから仁志村君を処方しておこうか」 「は?!」 「やった!」 「ほら仁志村君、若さ持て余してる新やんをよろしくね」 「…」 仁志村の冷たい視線にドクタ.ーがうふふと笑う。 「いや、ほら、純愛めいちゃって別れが辛くなっちゃうのもなんだからさ」 「…大体、メンタルヘルス管理はドクタ.ーの仕事でしょ」 眉を上げて、ドクタ.ーは新やんを見る。 「新やん、俺でいいの」 「いや、できれば仁志村さんが。だってそれ、俺がやられちゃうってことすよね」 「ん?まぁそうなるだろうね」 「いやぁ、それは…」 仁志村はため息をついた。 「仁志村さーん、この前のリベンジさせてください」 新やんの言葉にドクタ.ーが反応する。 「あれ、なにもしてないって言ってなかったっけ、仁志村君?」 「してないってば」 仁志村は時計を見ていた。 もうすぐバンズの二次発酵が終わる。戻らなくては。 唐突に立ち上がった仁志村を二人は見上げた。 「仁志村君どうしたの?」 「過発酵しちゃうから」 仁志村はそれだけ言って、ドアへ向かう。 「カハッコーってなんすか」 「さぁ…なんか光っちゃうんじゃないの」 「ああ、発光!…って何が?」 「さぁ?」 仁志村は戸口で振り返ると、新やんを呼んだ。 「今日は手伝ってくれるんでしょ?早くしないと渋谷風が元渋谷風になっちゃうよ」 「え、それは困ります」 慌てて付いてきた新やんが仁志村に並ぶ。通路が狭い為に距離が近い。 「仁志村さん、あの事、ドクタ.ー知らないんだ?」 新やんが声を潜める。 「なんでドクタ.ーに言う必要があるの」 「ふーん」 「なに」 「それってつまり、二人だけの秘密ってことですよね?」 「…」 「また口止め料徴収しようかなぁ、ぐあっ」 仁志村が新やんの鼻を抓む。 「生意気な事言わない。…続き考えてたけど、どうしようかなぁ」 「え」 新やんが立ち止まる。仁志村は構わず先を行く。 「え、それホントに?また嘘ですか?ちょっと、仁志村さん!」 走リ出した新やんは突然止まった仁志村に追突しそうになった。 「仁志村さ、」 新やんの言葉が途切れる。振り向いた仁志村は、新やんの肩口に両腕を伸ばして抱き寄せた。 「…あの、仁志村さん?」 「熱下がってよかった」 「…はい」 新やんの腕がそっと仁志村の背中へ回る。 「心配した?」 「当たり前でしょ」 「俺の部屋にはもう来てくれないって思ってました」 「だって弱そうだったし」 「もう復活しちゃいましたよ?」 隙間無く合わさった胸に互いの声が低く響く。新やんの腕に力がこもった。 仁志村も負けじと腕に力を込めた後、すり抜けるようにすばやく新やんから離れた。 「はい、続き終了です」 「…ひどい、仁志村さん」 「ほら、生地がダメになるから急いで!」 笑いながら食堂棟へ消える仁志村を、新やんは不貞腐れた顔で追いかけた。 □ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ! 貴重なスペースありがとうございました。 #comment