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#title(笑う犬の冒険 てるとたいぞう 「しるし」)
照退つづきです。なんとかサイト出来たんで(すごいやっつけですが)次回からそっちに移動で、今回の投下で最後にします。 
最後だと思うとつい長くなりました。また連投規制かかると思いますがすいません。 
10年前の設定ということで、10年前流れてた曲を今までサブタイにしてたのですが、今回はミスチノレのちょい前の曲で。歌詞が退史郎そのままだった。 
それと、千夏(女)が地雷かもしれないので注意。 

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! 



 照の家に行く前に、カウンターだけの薄暗いバーで少し酒を飲んだ。 
 退蔵が照と2杯目を飲んでいると、いきなり退蔵の携帯が鳴った。また田所だ。 
 電源を切っときゃよかった、と心の中で舌打ちをしつつ、席を外して退蔵は電話に出た。 
「あと一週間でおまえは組織に戻る事になった」 
 前置きもなく田所に告げられる。 
「それはまた急な事で」 
 煙草を吸いながら、他人事のように退蔵は言った。田所は抑揚のない声で聞いてきた。 
「おまえはどうケリをつけるつもりなんだ?」 
「………」 
「わかってるだろうけど、組織に戻った後は絶対、照とは会うなよ。…それはわかってるんだよな?」 
「わかってますよ」 
 ぶっきらぼうに答えると、何かまだ言いたげに田所は言い淀んでいたが、退蔵はそのまま通話を終えた。 
 それと同時に電源も切った。思い切り水を差された気分だった。 
 今はこの事は何も考えたくない。目の前にいる照の事だけ考えていたい。 
 席に戻って5分後、2人は店を出た。 
 2人とも店に入る前は妙にぎこちなかったが、帰り道にはお互いに軽口が出るようになっていた。 
 照の部屋に着く。玄関に入って明かりを点けながら、暖かい光の中で、ちょっと笑って照が振り返った。 
「ほんと、何もないんだけど…」 
 靴も脱がないまま、退蔵はその振り返った顔に手を伸ばして、頬と耳を手のひらで覆った。 
 それから引き寄せてギューッと抱き締めた。 
 途惑って見上げてきた照を、真面目な顔で見つめ返して、首筋に唇を落とす。 
「…あのさ。…風呂入ろうよ」 
 照が腕を掴んで少し押し返すように離れるので、退蔵は少し笑いを含んだ声で答えた。 
「あ。一緒に入る?」 
 それを聞くと照はちょっとびっくりした目をした。じーっと退蔵を見た後で、下を向いてだんだん赤くなってきて、 
「それは、やっぱり別々で…」 
と口ごもった。笑い出しそうになって、思わず退蔵はグーで照の脇腹をグリグリ小突いた。 



 先に退蔵がシャワーを浴びて、入れ替わりで照が浴室に行く。戻ってくるまでの間、退蔵は寝室に一人でそわそわしていた。 
 しばらくして、扉の前に照が来た気配がした。入ってこない、と思ってたら細く扉が開いて、ちょっとだけ顔を覗かせる。 
「あのさ……」 
「ん?」 
「電気消してもいいかな」 
 退蔵はまた笑いそうになりながら言った。 
「いいよ」 
 答えると一瞬間が空いて、それからスイッチに手が伸ばされて、電気が消えた。 
 真っ暗闇に気配が近付いてきて、ベッドの傍にうっすら人影が見えた。すぐに布団の中に滑りこんでくる。 
 やたら処女っぽい。暗くて見えないのをいいことに、退蔵はちょっとニヤついた。 
 ものすごく照れてる気配が伝わってくる。あまりにも照れくさそうにするから、明かりを消された時になんだか可笑しくて余裕が出来たつもりだったのに、こっちまで照れてきた。 
 退蔵はベッドサイドのライトに手を伸ばした。 
「ここの明かり、点けてもいい?」 
 小声で聞いてみる。 
「……いやだ」 
 小声で返事が返ってくる。明かり全くなし?見たいのに。 
 だったら触って確かめる。 
 そっと指を伸ばすと肩に触れた。手探りで指を動かすと、髪の先にたどりつく。頭を撫でてそれから両手で引き寄せた。 
 抱き寄せると、照の手が背中にまわされてくる。温かい。 
 体温を感じると、ぞくぞくぞくと何かが立ち昇ってきた。 
 したい、と思った。照れてるとか関係なく、したい。照の顔を見ながらしたい。 
「…明かり、点けたい」 
「…………」 
 黙ってるので勝手にスイッチを入れた。 
 オレンジ色のぼんやりした灯りで、照の顔を見た。ちょっと目をそらすので、瞼に少し遠慮がちに唇をあてた。 
 それからこめかみ。頬。耳たぶ。首筋。鎖骨。 



 手のひらで頬を撫で、その手を首筋へ滑らせ、肩をなぞった。 
 不意に照の唇が退蔵の頬にあたってきた。それからずれるように唇に。 
 お返しするように退蔵も、柔らかく唇をついばんでそっと舐めた。そのまま前歯に。ゆっくりと舌に。 
 舌がふわっと絡まった。滑らかで柔らかい。何かのデザートみたいな感触。 
 体を押し当てると、ちょっと逃げようとされた。それを追って、自分のを照の体に擦らせた。 
 照の指が伸ばされて、そこに直に触れてくる。指先だけちょっと。それから手のひら全体で。 
「…………」 
 ぎゅっとされると、もうじっと出来ない気持ちになる。あちこちキスした。音をたてて唇を押し当てる。 
 照の手が緩やかに動いていた。退蔵も手を伸ばそうとすると、またちょっと逃げる。 
 照は布団の中に潜っていって、ゆるゆる動かしながらそこに自分の顔を寄せていく。 
 小さい声がした。 
「口でさせて」 
「…無理しないでもいいよ」 
 退蔵は照の頭を撫でた。照はちょっと上目遣いに退蔵を見た。 
「無理してない」 
 唇が先の方に触れた。やんわり唇だけで噛まれて、思わず照の髪をくしゃっと掴んだ。 
 先だけ温かく這われる。柔らかく撫でまわされる。キスの時の動き方。 
 ちょっと迷ったように、ためらいがちにゆっくりと呑み込まれていく。 
 舌が下から上へ這い上がる。下から上へ。また丁寧に下から上へ。 
 なんだか大事そうに、一生懸命してくれる。してる行為とはうらはらな、無垢な動き。 
 初めてすることだから、やっぱりどこかぎこちない。だけどそれが、なんか却って、 
「ちょっと、ちょっと待って」 
 急に危なくなって、退蔵は焦って照の肩に手を置いた。気を抜くと、思いがけず高みに上っていた。 
 照は口から離したものの、まだ少し唇を当てている。退蔵はうわずった声で言った。 
「入れたい」 
「…………」 
 照は黙って退蔵を見ている。 
「指、入れてみていい?」 
「………うん」 



 退蔵は照に向かって笑いかけて、ベッドの上を寝そべったまま移動した。端からベッドの下に手を突っ込んでごそごそする。 
「え?何?何してんの?」 
 照が身を起こす。退蔵は手探りで見つけて、振り返ってもう一度照に笑いかけた。 
「ローション。持ってきちゃった」 
「……やらしいよ」 
 照が笑った。笑ってくれるとなんだか気持が楽になる。自分も笑いながら、手のひらに垂らした。それを軽く手の中で握って温めてから、手のひら全体を使って入口を撫でていった。 
「…………」 
 宣言しといても、やっぱり照の体が引けている。少し押さえつけるような形になった。 
 そうすると余計、照の体に力が入っている。 
「力、抜いて…」 
 言葉だけじゃ無理だろうから、またキスする。一瞬ふっと力が抜けても、指を押し当ててなぞるとまた少し緊張している。 
 人差し指の先だけ。少しずつ入っていこうとする。 
 キスをしている舌まで、力が入って緊張している。 
「嫌?」 
「……ううん」 
 照はゆるく首を振った。もう一方の手で髪を撫でながら、指を進めた。 
 顔を見ていると、息を詰めて、薄明かりの中でぎゅっと目を瞑っている。 
 時々熱を帯びた目をうっすらと開ける。それが罠にかかってじっと耐えている動物みたいな目に見える。 
 添い寝したまま、その顔をじっと見ていた。顔を見ながら指を少しずつ入れていった。 
 やっと人差し指が全部入ったけど、めちゃくちゃきつい。……入るのかなこれ。 
 指を入れたままローションを上から足してみた。続けて中指を試してみる。 
「……ん――――」 
 また体に力が入ってる。照の額に自分の額をあてて囁いた。 



「痛い?」 
「……ううん」 
「ゆっくりやるから……」 
 指を動かしながら進もうとすると、照の体が上へ少し、逃げるようにずり上がった。 
 なんだか見てるとやたらと興奮する。つい、指を無理に進めて、目に不安そうな光が宿るのをじっと観察してしまう。 
 中指を半分入れながら、人差し指で中をそっと探った。照の息が弾んできた。 
「んっ……ぁ…あっ」 
 声が可愛い。ここかな。 
 指で内側をこすり上げると、体がビクッと跳ね上がった。 
「……ここ、いい?」 
 照は答えないまま息を弾ませている。周辺を全部触って確かめて、一番反応があった部分を何度も触る。 
 急に中指が全部、呑み込まれるように入った。いっそ薬指もそのまま入れてみる。 
 照がもがくように背中を揺らして、荒く息を吐く。 
 我慢がきかなくなってきた。 
「入れたい……」 
「……………」 
 多分まだ早い。でも抑えられなくなっていた。 
 指をゆっくり引き抜いて、自分のを押し当てた。照はちらっと困ったような目で見上げて、それからおとなしく待っている。 
 背中を後ろから抱き締めるように覆い被さる。 
 先がうまく入らない。やたらとキスしながら動いてたら、不意に体が沈み始めた。 
「……あっ!………んんっ」 
 照の息が乱れてきた。注意深く、痛みのないように沈めていく。沈みながら、 
「ぅわっ……」 
 思わず声が出た。すごい。きもちいい。 
 頭の奥が痺れてきた。なんだこれ。めちゃくちゃきもちいい。 
 もっと慈しみたいのに、ついがむしゃらに動いてしまう。 


 照の体が上へずり上がっていく。引き戻すように動くと、退蔵が肩を掴んで戻すたびに、照の体が逃れるように上へ跳ねた。 
 気付いたら、ベッドのヘッド部分に頭をぶつけそうなくらい上まで来てる。 
 体を掴んで、一気に下まで引き戻した。 
 その時体が深く合わさって、照が声にならない悲鳴のように息を吐いた。 
 無我夢中でガツガツと打ちつける。 
「いたっ……」 
 照が小さい声で口走った。 
「ごめん…」 
 反射的に謝りながらも止められない。だめだ、止まらない。退蔵は目を閉じて、自分の動きを緩める努力をした。 
「ごめん……痛い……?」 
 ゆっくりと揺する。 
「ん……大丈夫……」 
 はーっと大きく息を吐いて、照は揺すられるのに任せている。 
 少しつらそうだ。でも気持ちいいって目をしてる。そして、それは表情にあまり出さないように、出来るだけ押し隠そうとしてる。 
 声を出さないように息を殺していることに気付いた。 
 声、出させてやる。 
 内側からねっとりこすり上げるように腰を回した。 
「ぅんっ……」 
 照がもがくように指でシーツを引っ掻いて、それからぎゅっと握った。退蔵は、その手を自分の手で上から包み込んだ。 
 照の内部を自分自身で撫で回す。 
 照がはっと息をひとつ吐く。撫でながら揺すり上げると、肩がそれに合わせて揺れる。 
「…ぁ…や、……あっ!……ちょ…待っ……あっ……」 
 一度声を出してしまうと止められなくなったように、ひっきりなしに喘いだ。 
「あ、あっ……あっ…ああっ…」 
 声が可愛い。凄く可愛い。 
 だめだ。オレがだめだ。また止まらなくなってきた。きもちいい。 
 しあわせ過ぎてどうにかなりそうなんだ。 
「照さん…照さん…」 

 いつのまにかお互いにお互いを激しく打ちつけ合っていた。 
「退史郎…」 
 腕に縋りつかれて、泣きそうな声で呼ばれた。 
 一瞬、変な焦燥感が沸いて我に返った。まただ。どうしても慣れない。 
 その名前を呼ばれると、『兄』と『弟』で、同時に一人の恋人を共有してるみたいなんだ。 
 照は、死んだ『退蔵』とは別の人間として、もう一度最初から『退史郎』をすきになってくれたはずだった。 
 その『退蔵』も『退史郎』も、どちらも自分のはずなんだ。 
 なのに何が不安になるんだろう。 
 誰のものなんだろう。今合わせている、この体も、心も。 
「照さん、こっち向いて…」 
 一度体を離して、仰向けにさせた。顔を見る。 
 顔を見ながら何度もキスをする。そのまま、またゆっくり体を沈めた。 
 心臓の音が体全体を通して伝わってくる。2人の鼓動の音が重なっている。照の鼓動の方が少し速い。 
「照さん…」 
 かすれた声で名前を呼ぶと、ぎゅっとしがみついてきた。 
「退史郎…」 
 うわごとみたいに答えてる。 
 誰をすきなんだろう。『退蔵』と『退史郎』の、どちらをよりすきなんだろう。 
 波に揺られているように体を揺する。2人でもがいて溺れていく。 
 意識がぐらぐら揺れた。きもちいい。あいしてる。もう余計なことは考えなくていい。 
 揺らいだ意識ごと、どこかへ持っていかれそうだ。 
 どこかへ。どこへ?どこへ行くんだろう。 
 オレたちどこへ行くんだろう…。 
「照さん、照さん…」 
 なんでこんなにもどかしいんだろう。 
 全部手に入れても、まだ完全じゃない。手に入れても手に入れても、まだ足りない。 
 心はどこまで求めたら終わりが来るんだろう。 
 不意に、照の体がガクガクガクと震えた。 
「照っ…」 
 腕の中から逃さないように、しがみつくようにきつく抱き締めた。 
 頭の中で強烈に光が閃いた。じんわりと拡がっていく。 
 白い、しあわせな光。 


 ぼんやり抱き合いながら、お互いの呼吸が静まっていくのを意識していた。 
 目が合って、2人でなんとなく笑った。 
 満ち足りていた。…それなのに、どこか心もとなかった。 
「照さん、さっき…」 
「ん?」 
「本当は逃げたかった?」 
 照はきょとんとして退蔵を見てきた。 
「ううん。…なんで?」 
 退蔵はベッドのヘッド部分を指差した。 
「何度も上に体がずり上がって、ここに頭ぶつけそうだったから」 
 照はぼーっとヘッドを見て、それから布団の中に首まで潜り込んで、声をたてずに笑った。 
 それを見てつられて笑いながら、何故かよくわからない切なさを感じていた。 
 ここまで辿り着いたことで却って、心を完全に手に入れるなんて無理かもしれないと気付いた。 
 今、ここでこれを聞くべきじゃないんだろうな。 
 そう思いながらも、退蔵の口から言葉が紡ぎ出された。 
「もしオレが退蔵みたいに、…兄貴みたいに、急にいなくなったらどうする?」 
 照の口が小さく開いた。バカげた質問をした。こんな時にわざわざ聞いて、悲しい気持ちにさせる必要なんてないのに、なんで聞いてしまうんだろう。 
「いなくなったら悲しい」とでも言わせたいのか。 
「いなくならないでほしい」と言われたら、どう答えたらいいんだ。 
 それに、そのどちらも退蔵が照に対して思っている事だった。 
 照はどちらの答えも言わなかった。天井を見ながら、小さい声で言った。 
「思い出す」 
「……………」 
 退蔵は薄明かりの中で、じっと照の顔を見た。照は目を合わせながら、言った。 
「退蔵のことも、退史郎のことも。いつも思い出す。ずっと思いだす」 
 静かな部屋の、暗がりの部分に、その言葉が深く響いた。 
「それだけで、多分、おれはずっと生きていける」 
「……………」 


 退蔵は手を伸ばして、照の指を掴んだ。切羽詰まったように言葉が出た。 
「少しの間、いなくなっても、オレは絶対帰ってくるから。絶対照さんとこに帰ってくるから」 
 突然感情が溢れ出た。ぎゅっと指を掴む。 
「約束する。絶対に戻ってくる」 
 照は本当に幸せそうに笑って、指を握り返してきた。 
 昂った気持ちのまま、急に泣きたくなって、退蔵は照をぎゅっと力一杯抱き締めた。 

 2日後、退蔵はまた大内と組まされて外に出ていた。 
 田所は徹底して、退蔵を照と離そうとしているように思えた。おかげでここ数日、署に戻ってくる度に照の姿を探すのが習慣になっていた。 
 コートも脱がずに人気のない廊下をうろついていると、後ろから声をかけられた。 
「退蔵」 
 田所の声に、眉を顰めて振り返った。声を低くして言う。 
「…いいんですか。その名前を呼んで」 
「退史郎なんて人間、実際には存在しない」 
 廊下の真ん中に突っ立って、田所は退蔵を睨みつけていた。退蔵も睨み返す。 
 退蔵は死んだ。退史郎は存在しない。じゃあオレは誰なんだ。 
「ここでは退史郎って呼ばなきゃまずいでしょ」 
「それも後5日の事だ。…おまえ、わかってるよな?署を離れたら絶対照とは会うなよ」 
 うんざりする。 
「何度も言われなくてもわかってますよ」 
「本当にわかってんのかよ。命に係わるぞ」 
「なんでそんなに念を押すんですか。田所さん、どうかしたんですか?」 
 田所の顔を見ながら、退蔵はわざと嫌な笑い方をしてやった。 
「なんでそんなにイラついてんですか」 
 田所の目の奥が怒りで光った。 
 簡単に挑発に乗ってくる、と退蔵は思った。勝ち誇るような気持ちで、両手をポケットに突っ込んだ。 
 激昂するかと思ったが、田所は抑えた声で言った。 
「おまえは異常だよ」 
「…何がどう異常だと思うんですか」 


 退蔵は冷たい目で田所を見据えて、言い放った。 
「あんたも似たようなもんじゃないのか」 
「…オレは違う」 
 田所は両手を握り締めて声を絞り出した。 
「おまえとは違う、オレはそんなんじゃない、オレはただ、あいつが心配だから、」 
「やっぱりそっちですか。照さんの事ですか」 
「…………」 
 言葉を失って黙り込んだ田所に、退蔵はからかいを含んだ声で言った。 
「それが本音なんだ。よっぽど心配なんですよね」 
「……おまえは…」 
 殺意を感じさせる目つきで、田所は退蔵を睨みつけてきた。 
 その時、T字に突き当たった先の廊下に人の気配を感じて、2人はその先を見つめた。 
 照が通り過ぎていくのが見えた。2人には気付かず、すぐに消えた。 
「…………」 
 それを見送って、退蔵と田所は目を合わせた。田所はまた表情を無くしていた。 
「どうせあと5日だ」 
 退蔵はその言葉に対して、唇を釣り上げて笑った。 
 そのまま照の行った方に歩いて行く。田所はその場に立ち止まったままだった。 
 田所の事は気にせず、角を曲がる。さっき見た時、照はコートを羽織っていた。突き当たりは屋上への階段だ。 
 屋上へ出たんだろうか。立ち止まって、退蔵は階段を見上げた。 
 ―――もう、言ってもいいんじゃないか。 
 退蔵は思った。もしかして、なんとなく照も気付いているんじゃないのか。 
 今なら、全部話してもいけるんじゃないか。 
 潜入捜査をしている事をバラしても、今の自分なら、照は信用して全部任してくれる気がした。 
 全て話してしまえば、もうこれからは何も隠さなくていいし、照と完全に離れる必要もなくなる筈だ。 
 田所がどう思おうが関係ない。 
 退蔵は一段ずつ階段を上がっていった。 
 上からは、声ははっきり聞き取れないが、なんだか言い争っているような気配がする。 
 一人じゃなかったのか?退蔵は屋上の扉を開けた。 


「照さん」 
 声をかけると同時に、もう一人いたのが千夏だと気付いた。 
「…何やってんですか、こんなとこで」 
 やばい。2人を見て笑顔を作りながら、気まずさを感じた。今まで千夏の事は完全に、心から抜け落ちていた。 
「じゃ、その話はまた後で」 
 照が話を切り上げたらしく、千夏に言うと背を向けてすぐにドアへ向かうので、退蔵もそのまま一緒に出ようとする。 
「退史郎くん」 
 千夏に呼び止められて、退蔵は振り向いた。千夏は真っ直ぐ退蔵の目を見て、どこか挑発的に言った。 
「久しぶりよね、顔合わせるの」 
 退蔵は顔をそらした。また邪魔されるのか。軽はずみに自分から手を出したくせにそれも忘れて、退蔵は苦々しく思った。 
 みんな寄ってたかってオレの邪魔をしてくる。 
「あたしずっと、退史郎くんのこと考えて、待ってていいんだよね」 
 何も知らずに馴れ馴れしく話しかけてくる千夏が、不意に憎くてたまらなくなった。 
「うるせんだよ」 
 吐き捨てるように言うと千夏の顔色が変わった。 
「…んだよ、ちょっとそういう関係になったからって、彼女面しやがってよ」 
 乱暴に言うと、後ずさる千夏に向って一歩ずつ歩いて行った。完全に八当たりをしていた。 
「オレそういう女が一番大っ嫌いなんだよ」 
 言いたい事を言って、千夏の表情が強張っていくのを見ると、心のどこかがスッとした。 
 今更千夏にどう思われようが、もうどうでもいい。思いつくまま口にする。 
「女ってのはどうしてそう、独占欲が強いんだろうね」 
 口に出してしまうと全部、自分の事を言っているような気もしたが、それは棚に上げておく。 
 照の肩を抱くと、連れて千夏から離れながら退蔵は言った。 
「やっぱり男の気持ちは男しかわかんねーんだろな」 
「…やめろ、退史郎」 
 いさめるように照は言うが、なんだか嬉しそうな態度だと思う。 
 肩にまわした手をずらすと、後ろから羽交い締めで照をぎゅっと抱き締めた。 



 そのままの姿勢で、退蔵は振り返って千夏を睨んだ。 
「いいか、あんたなんかよりな、この人の方がずっとオレの気持ちわかってくれてるんだ」 
 何をオレはこんなにむきになってるんだろう。 
 ちらっと頭の隅で考えたが、退蔵はもう千夏の方は見ずに、目を閉じて照の肩に頬を押し当てた。 
「オレはこの人が大好きなんだ」 
「やめとけ。…やめとけ、人見てる」 
 照は向かいのビルを見ている。 
 別にかまわない。誰にどう思われようともうどうだっていい。抱いた手に力を込めた。 
 その時、背後で何か動くような音がして、2人は振り返った。 
 千夏が、自分のこめかみに銃を突き付けている姿が目に飛び込んできた。 
 照が声を上げた。 
「千夏君、バカな真似はやめろ」 
「…もういいの。こうするしかないの」 
 キッと静かに睨みつけると、千夏はゆっくり後ずさっていった。 
 退蔵の心に後悔がじわじわ押し寄せていた。オレは酷いことをしたんだ。 
 辛くて苦しいのは自分と照だけだって思い込んでいた。この子にも心があるんだよな。 
 その事を忘れていた。 
「やめろよ」 
 大きく左手を伸ばして、千夏に歩み寄る。照が後ろから声をかけてきた。 
「おい、退史郎、やめとけ」 
「大丈夫ですよ」 
 退蔵は照を振り返って言うと、更に千夏に近づいて手を伸ばした。千夏の銃を持つ手が震えていた。 
「やめとけ。…こっち寄こせ」 
 きっと本当に撃つ気はないはずだ。ショックからくる子供っぽい当てつけだ。 
 退蔵が手を差し伸べると、千夏はゆっくりこめかみから銃を離した。あと少しで拳銃に手が届く。千夏の手が下ろされていった。 
 突然両手で構えると、千夏はいきなり退蔵に向けて発砲した。 
 灼けつくような熱さと衝撃で、後ろへ倒れる。 
 妙な既視感を感じた。『退蔵の殉職』をもう一度再現しているようだ。 
 あの時と違うのは、今回は実際に激痛があるという事だ。 
 体の痛みとは裏腹に、変に冷静な気持ちだった。走り去る千夏や駆け寄る照が、現実感を欠いて見えた。 


「しっかりしろ!…しっかりしろ、退史郎」 
 照に抱き起こされて、退蔵は少し笑ってみせた。 
「…バチあたっちゃいました」 
「ばかやろう」 
 引き寄せられると、体に痛みが走った。シャツに血が広がっていく。激痛の中、今しなきゃいけない事を冷静に判断した。 
 2千万がまだ少し残っている。 
「照さん、頼みたい事があるんですけど」 
 痛みを堪えて、スーツの内ポケットから通帳を取り出して照に渡した。 
 メイク・ア・ウィッ/シュ・オブ・ジャパンに、目立たないように何回かに分けて振り込んでいた金が、まだ残金400万あった。 
 これを片づけてしまわないとまずい。照に託す。 
「おまえ、この為に…」 
 照は金の使い道に対して、善い解釈をしてくれている。ずるいかもしれないが、照がそう思ってくれている事が嬉しかった。 
「子供たちと、約束しちゃいまして…」 
 退蔵は言いながら、偽善的だな、と心の中で自嘲した。 
 照さん、すいません。オレはそんなにいい人間じゃないです。 
 オレは結局いつも、あんたと自分の事しか考えていない。 
 ―――こうしている間にも僅かな時間で、どんどん寒くなっていく。体の感覚が無くなってくる。麻痺した頭でぼんやりとうろたえた。 
 息が苦しい。声を出しにくくて咳込んだ。 
 オレ死ぬのかな。こんな時に、こんな風に。 
 大事なことはまだ何も伝えられていない。首に掛けていたロケットを引きちぎって、照に手渡した。 
「…お願いします」 
 ロケットの中には照の写真がある。それでわかってもらいたかった。 
 それが今までの自分の、全てのしるし。 
 急激に、泥の中に引き込まれるように意識が沈みだした。 
 …もう少し、一緒にいたいのにな。 
 目の前が暗くなる。瞼が重くて目を閉じた。 
 暗闇の中を、何度も照が呼びかけてくる。その声はひどく遠くから聞こえた。
- すっごい面白かったです。夢中で読んでしまいました(〃Д〃)。続きを読みたいのですが、サイトへはどうやったら辿りつけるのでしょうか? -- [[もちこ]] &new{2009-05-25 (月) 16:29:23};
- 続きが気になりすぎます…! -- [[ここあ]] &new{2017-03-10 (金) 15:53:19};

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