Top/21-499

21-499 の変更点


*平安Ⅲ [#j6eb88d0]
#title(平安Ⅲ) [#j6eb88d0]
                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
                     |  流石兄弟 平安 リバ 
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  後で残りを張りにきます 
 | |                | |             \ 
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧  
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ ) 
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___ 
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  | 
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  | 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 



  

 雨が降っている。 
 今宵は兄者が珍しく宿直(とのい)に出たので、火桶は近づけてあるが薄ら寒い。 
 格子は全て下ろしているので、燭台の灯りのみの部屋は暗い。影だけが大きく映る。 
 つなぐ必要のある幾人かの女房のための文を書き上げた弟者は、薄様をそのままにして御帳台に体を移した。 
 この中で寝るのも久しぶりである。 
 無茶をやるので以前壊した。まさか閨の行為が激しくてそんなことになったとは思われてはいまいが、さすがに気恥ずかしい。 
この東北の対で使う雑仕は、口のきけない者、口の少ない者を選んではいる。 

 夜は更けている。けれど弟者は眠れない。膚寒くて眠れない。 
 自分が宿直の夜なぞは決まった時間以外は誰かの局を訪れるし、同輩と砕けた話をしながら過ごしたりもする。 
それでどうにか紛らわせる。 
 けれど、こんな夜はいつも不安になる。 
 もともとこれが自分本来の立場なのに、華やいだ場を知ることになった。 
それは楽しいが、いざとなれば捨てることが出来る。振り出しに戻ればいいだけだ。 
 しかし、捨てられないモノが一つある。 
 ―――バカ野郎。 
 寝返りだけが増えていく。 




 今は内大臣である方が大納言であった時、その時代忌まれる双つ子がそこに生を受けた。 
 その母君の恩により、それは秘されて一人とされた。 
 世にときめくはただ兄の名のみ。 
 けれども真実(まこと)は一つにあらず。元服を過ぎたその頃から、二人は自由に入れ替わる。 
 それもそのはずその面差しは、二つに割った玉の如く、どちらがどちらと見分けにくい。 
 しかしその性質は大きく異なる。お互いの好みに従って、五日に1度は兄者が表、残りの日は弟者が表を演じている。 




 渡殿を通る足音で、ふいに機嫌が直る。 
 妻戸が開いて外の風が入る頃には、世間ではクールとされる自分に戻っている。 
 すっかり冷え切った指がいきなり髪に埋められ、少しかき乱したあとすぐに離れた。 
 「お休み」 
 「おい」 
 「寝てないのだ」 
 「どこへ行った!」 
 「行ってない。来たのだ」 
 思わず胸元をつかむが、相手は落ち着いて肩を叩く。 
 「まず左馬頭(友者)と藤式部の丞(オタラー)だ」 
 桐壺に与えられたその宿直所に、彼らが訪れて話し込むことは多い。 
なんだ、と彼は手を放す。二人して厚畳の上に座る。 
 「中流の女はいいな、とか、あんまり所帯じみてるのもな、とか浮気っぽいのもちと困る、とか、 
しかし女博士もあんまりだ、とかバカ話をしていた」 
 彼らならそうだろう、と弟者はうなづく。 
 「そのうち萌え語りになった」 
 「ほう」 
 「で、俺が妹萌えについて語っていると、すごい勢いで何者かが飛び込んできた。 
誰かと思えば左大臣の末の弟君、従五位下だがまだ官職にもついてない坊やがいるだろ、あいつだ」 
 「うむ」 
 「そうして俺の言葉をさえぎって姉萌えについて熱く語るではないか。 
あっけにとられたがここは妹萌えの首領としてこちらも黙っているわけにはいかん。 
ケンケンガクガク言い争っていると、そこに式部卿の宮、つまりモララー殿が現れた」 
 「ふむふむ」 
 「そして彼はSMの真髄について語りだすのだ。これは萌えとは違うモノだと思うがどうだろう」 
 「さあ」 
 「まあ、主上の同腹の弟君に逆らうのもよくないだろう、と思って聞いていると、 
なんせ坊やはまだ若い。平気でさえぎって姉萌えオプションGカップを語る」 
 「それなら語りがいがあるだろう」 



 「らしいな。しかしモララー殿もさるもの、ご自分の寵愛なさるスィート・ハニーについて誰も聞きたくないぞ、 
といいたくなるほど話し続ける。もちろん、性的な意味で。こちらもさすがに面倒になり、 
妹キャラの愛らしさについてつい話したくなる。そこに先の二人が加わって、あーだこ―だと言い争っていると、 
来たね、ヤツが」 
 「誰だ?」 
 「我らが上司。左大臣の弟君の一人。蔵人の頭にして右近衛の中将。略して頭中将だ」 
 「ヤツか」 
 「うむ。騒がしいから抑えに来たのかと思った。だが違う。やつにも萌えがあったのだ」 
 「あの男にか。なんだ」 
 「百合萌えだ」 
 「………激しく納得」 
 「萌えるに足るはただ百合のみ、姉萌え妹萌えSM萌えも全て含むことの出来る懐深い萌えだと力説。 
彼の弟である坊やなんか口を開けてぽかーんとしている」 
 「だろうな」 
 「俺でさえ一瞬、洗脳されそうになった。オパーイが二つでなく四つ。なんだかお得な気分がしてな」 
 「ってゆーか…」 
 「だがしかし、今まで妹単体萌えであった俺が、そうも簡単に宗旨替えするのも業腹である。ここは一つ踏みとどまろうとがんばった。 
そのうち収拾がつかなくなり、そう決まったのだ」 
 「どう決まったのだ」 
 「萌え合わせを試みようと。今月末、左大臣家のヤツの居室だ」 



 「なんだ萌え合わせとは」 
 「歌合せのようなものかな。まあ和歌でも漢詩でもSSでもイラストでも作ってきて、自分の萌えをアピールしようと」 
 「作るのか?」 
 「絵師や小器用な女房などに頼まず、自分でやることに意義があるのだ。 
で、中でも最もいい作品を作った者には【萌え王】の称号を与えようと」 
 「イラネ」 
 「何を言う。すばらしいではないか。俺は狙っている」 
 兄者は得意そうに腰に手をあてた。 
 「萌え王様に俺はなる!」 
 「超どうでもええ。一首詠んでやる。柔肌のあつき血潮に触れもみで寂しからずや萌えを説く君」 
 「時代が違ううえに先に誰かが思いついていそうだな」 
 「いいんだ。まあとにかく、触れなば落ちん、といった女房たちがいくらでもいるのにあんたらは何故、そんな戯れに走る」 
 「わかってないなぁ」 
 あきれたように弟を見る。 
 「やることなんて猫でも出来るだろう。しかし欲望を見据えていったん虚構化し、 
なおかつ人様に見てもらうなんてなかなか高等な遊びだぞ」 
 ―――おまえこそ、わかっていない。 
 誰もいないこの部屋で、与えられた物語などは体を温めてはくれなかった。 
彼らはしょせん坊ちゃんで、恵まれたリアルに飽いているから平気でそれを食い散らし、 
自由に虚構を弄ぶことが出来るのだ、と弟者は考える。 
 「猫ですか」 
 どうも視線が怪しい。兄者は少し体をずらした。逆に弟者は間をつめる。 
 「とすると、後ろからだな。首に鈴でもつけてみようかな」 
 「俺は寝てないのだが」 
 腕を捕らえて、引き寄せる。 
 「………オレもですよ」 
 浮かべた笑みは凶悪、と評するにふさわしかった。 





 雨は降り続いている。 
 その音に、途切れがちな声が混じっている。 
 呼ばれないときには人を近寄せないこの場所を、区切っている笹の葉鳴りがそれを秘める。 
 唯一、気ままにそこを訪れる妹君も、宿直開けをおもんぱかってか近寄らない。 
 声はいつしか濡れていく。 
 外の雨に侵されたように。 
 相手を追いつめながら、自分も追われて、瀬戸際にたどり着く。 
 確かに彼は感じている。吐息は熱く、雄のにおいが濃い。 
 しかし判るのはそれだけだ。心の中など見えはしない。 
 同じ顔をしてはいても、どんなに体を重ねても、相手になれるわけではない。 
 それでも。 

 躯が震えた。自分の熱が吐き出される。 
 少し遅れて相手が揺らぐ。 
 それを固く抱きとめる。 
 果てた後でも抱きしめたい唯一の人。 
 自分の執着。自分の劣情。自分の全て。 
 そして---自分の憎しみ。 
 雨はまだ、降り続いている。 





 奏上する文書を用意して、頭中将に手渡した。 
 彼はいつもの表情の読めない顔で受け取り、そのくせ小さな声で「負けませんよ」と囁いた。 
 激しくどうでもいい。歌いたくなるぐらいどうでもいい。 
 しかしここは兄者になりきって、「こちらこそ」と答えてすましている。 
 大体、この男は得体が知れない。 
 職に関しては有能だ。どんな状況でも激することなく、淡々と事柄を裁いていく。 
 言葉は慇懃なほどに丁寧で、下の者にもそれは変わらない。 
 また、楽の腕も確かで、さまざまな音を自由に扱う。 
 容姿もけして悪くない。たとえにくい独特の顔立ちだが、割に好感が持てる。 
 けれど、何をどうみてどう感じるのか。それがどうも窺い知れない。 
 かてて加えてその上に、彼方にいると思ったらこちらにいるし、空間を切り取って動くのではないかと 
疑いたくなるような現れ方をする。 
 ―――まさか、あの姫は話してないだろうな。 
 この男の妹の二の姫が、兄者の正室である。ただし通常の関係ではない。その上自分の存在を知っている。 
 しかし彼にそんな気配はなく、文書を抱えて陣座(じんのざ)に向かった。 
 安堵していると、モララー殿が扇の影から目配せする。あいまいに微笑み返す。 
 その後なんと通りすがった従兄弟者が、「当日行くとあのバカに伝えて置け」とひとこと。 
 驚いて振り返ったときにはもういない。 
 あんな男でも何か萌えがあるのか。実に不思議である。きっとモララー殿と同じ系統だろう、と考える。 
 そんなこんなでどこか宮中の空気が浮ついている。 
 だが隙をついて遊びに行った女房たちはいつもと変わらなかった。 


 



 みちのく紙を前にして、真剣な表情で筆を取る。 
 充分に墨を含ませたそれを一息に走らせる。柔らかな曲線が描かれるが、思うものではないらしい。 
 兄者は、顔をしかめてそれを丸めた。 
 筆の後ろをくわえて考え込んでいると、慣れた足音が響いてきて、やがて妻戸が開かれた。 
 「文か?」 
 冷えた頬が近寄るので、そこに軽く口付ける。 
 身を寄せると立ち上る甘い、誰かのにおい。 
 いつものことだ、と内心肩をすくめる。 
 「いや、イラストだ。なかなか上手くいかん」 
 「どれ、見せてみろ」 
 燭台を手近に寄せ、反古の中からましな物を選んで広げる。 
 「……バランスが悪いな。妹者か?」 
 「うむ。なかなか難しい」 
 「衣装は割合によく描けている。問題は顔だな」 
 「可愛いものはかえって描きにくいな。そうでないものは簡単なのだが」 
 「たとえば」 
 「ふむ。見ておけ」 
 さらさらと筆が流れる。あっという間に輪郭が築かれ、十二単衣姿の人物が描かれる。 
 「うおお……イノキか」 
 「イノキだ。髪と着物は脚色したが」 
 「目をつぶりたくなるほどにそっくりだ。見事だ、この顎のしゃくれ具合」 
 「我ながら恐ろしいまでの才能だ」 



 イノキとは、妹者気に入りの侍女である。残念ながらあまり麗しい乙女とは言いがたい。 
その上かなりそそっかしくて、雀を逃がしたりドールハウスを壊したりしている。 
 「なんだか見ているうちに呪われているような気分になってきた」 
 「女の子の絵姿に対して、それはあまりに失礼であろう。…とはいえ俺もうなされそうだ」 
 兄者は少し考え、ぽん、と手を打った。 
 「そういえばこの間、非常に短くて効果的だという経の一説を習った。 
なんでも、清めたい人物の名を唱えてこの経を叫ぶのだそうだ」 
 「ほう、どんなのだ」 
 「陀羅尼経の一種らしい。俺が唱えたらすぐに復唱しろ。 
何回か叫ばなくてはならんらしい。いいか」 
 「わかった」 
 「イノキ!梵婆家っ!」 
 「イノキっ!梵婆家!」 
 「イノキ!梵婆家っ!」 
 「イノキっ!梵婆家!……本当に効果があるのか?」 
 「……さあ」 
 絵姿を脇に避け、新しい紙を取り出す。 
 「せっかくだから、これは本人にやろう」 
 「喜ぶ…かもしれん」 
 「それはそうと妹者だ……ぐがぁ、またダメだ」 
 「どれ貸してみろ……ここはこう」 
 「ほう」 
 「で、こう描いて、こう」 
 尊敬のまなざしが注がれる。 
 「さすがだな。これはいい。実に愛らしい。これを出すことにしよう」 
 「自作を出すんじゃなかったのか」 
 「なに、おまえのなら俺のだよ、うん」 
 「………そうか」 
 弟者はそれ以上何も言わず、嬉しそうな兄の横で目を伏せた。 




 誰もいない釣り殿で、篝火に照らされた池を見ている。 
 雨はやんだが雲が濃く、優しいはずの月は見えない。 
 遣り水の流れはゆるく、池の水面をそっと揺らす。 
 高欄に寄りかかり、その波紋を眺めていると、水に映った自分の顔が乱れていく。 
 ―――昔はものを思はざりけり、とは言ったもんだな。 
 渡殿を走って帰ってきた、幼い兄者が目に浮かぶ。 
 とびついてまず抱きついて、頬を合わせた。それから外を話してもらった。 
 あの頃も妬みも恨みもあったが、こんなもの想いではなかった。 
 空気はひどく冷たい。小袖の上に幾枚もの衣を重ねているが、耳や指先が凍りそうだ。 
 これ以上、何を求めているのかよくわからない。多分、兄者を閉じ込めて、完全になり代わったとしても、 
この憂いは晴れない気がする。 
 振り返ると対の屋は全て静かで、宿直の者まで眠っているように見える。 
 夜だったら、完全に人払いをした後ならここで二人で遊んでいいと、その頃に父者に言われた。 
 夏にほとりで遊ぶのは実に楽しかった。 
 秋はどんぐりを拾った。 
 冬は氷に石を投げた。 
 春は桜を眺めた………全て夜に。 
 弓は自室の裏で練習できたが、馬は兄者と交代か、深夜に父者にじきじきに習った。 
 オレはあんたじゃねぇよ、とつぶやいてみた。 




 出仕した彼の帰りを待っている。 
 細い月は高く昇ったが、兄者は帰らない。 
 宿直の予定ではなかったが、と首をかしげていると妹者が渡殿を駆けて来た。 
 「小さい兄者、大臣の姫より文なのじゃ」 
 開いてみて動転した。兄者か頭中将にさらわれたらしい。 
 自室には入れないが、様子だけは伺えたことが記されている。 
 彼女のことは気に食わないが、この時ばかりは感謝した。 
 「妹者、頼まれてくれるか」 
 「もちろんじゃ」 
 またアレか。弟者は軽くため息をついた。 





 部屋の室礼(しつらい)は悪くなかった。 
 御簾や几帳も新しく、色目もなかなか洗練されている。畳の雲繝縁(うんげんべり)も鮮やかだ。 
 そんな中で、柱に縛り付けられている。 
 「いい加減、離していただけませんか」 
 「申し訳ありませんね、話してくださるまでそうはいかないのですよ」 
 「弟君のでも探ったらどうです」 
 「漢詩らしいですね。平仄がどうのこうのとつぶやいていましたから。 
モララー殿の趣味はあまり支持を集めないようですし、 
左馬頭・式部丞も恐るにに足らず……あなただけなのですよ、義弟殿」 
 「従兄弟者とシーン殿も参加なさるようですよ」 
 「彼らは彼らで競っていただきましょう。例のご趣味ですから。…しかし、あなたは侮りがたい。 
道は違えど敬意はもってますよ、わが桃姫」 
 悪趣味なことに、長らく人気のエンターティメント(特殊な双六)にたとえられた。 
 「髭の救助者が亀を踏みながら現れてくれるといいのですけれどね」 
 「心あたりがありますか」 
 「残念ながら、よい髭にめぐり合っておりませんので」 
 「そうですか。それではお話ください、扱ってらっしゃる題材を」 
 「妹萌え、とは語ったはずです」 
 「和歌ですか?SS?ワタクシ、この萌え王に命を賭けておりますので、ぜひ教えていただきたい」 
 安い命だ、と思う。確かに萌えは大事だが、俺の命は別のものに賭ける、と考える。 
 「お話にならないな」 
 両手を広げて言いたいが、あいにく縛られている。 



 「仕方がありませんね。私、そんな趣味はありませんが嫌がらせをさせていただきます。失礼」 
 「………」 
 割りにこいつ、キスが上手いな、と兄者は考える。 
 「いかがです?おや、お困りのようですね。…話していただけませんか。そうですか。 
初菊を散らすのは痛いそうですよ」 
 ―――いや、初めてじゃないから。 
 「そのような経験がおありですか」 
 「いえ全然。わたくしめは百合にしか興味ございません。……なんですか?」 
 部屋の外の廂(ひさし)に侍女がひざをついて何か言っている。 

 「彼女の部屋に美しい姫君が!行きますっ!失礼っ!」 
 凄い勢いですっ飛んで行ってしまった。 
 その後に逆側の回廊から人影が現れる。 
 妻戸をくぐる長い髪。柔らかな衣擦れの音。 
 「今、何していた」 
 「おお、本格的だな。ヅラか?」 
 「そうだ。妹者と来た。彼女はあんたの正室のとこにいる」 
 「なるほど。…ほどいてくれ」 
 「その前に言え。何をしていた」 
 「俺はかわいそうな犠牲者だ。助けてくれ」 
 むっとした表情のままの弟者が顔を近づけると、なぜか兄者は体を避ける。 
 「ヤツには許しといて俺とは嫌なのかよ!」 
 「あれはいきなりで逃げられなかったんだ。それとその格好、某人物にそっくりで怖い」 
 ああ、と彼は納得する。 
 「確かに鏡を見てぞっとした……でも、中身はオレだ」 
 そっと唇を重ねる。 
 「……なるほど、おまえだ」 
 「だろ」 
 ふいに妻戸が開いた。 



 「可愛い姫君ですが私、ロリ趣味は……あなたは!」 
 さっと扇を広げ、瞳だけ出して嫣然と笑う。 
 「お忘れですか、頭中将」 
 「……尚侍の君」 
 似ているのをいいことに、姉者になりきる。 
 「弟を返していただきますわ」 
 「何故ここに?どうしてご存知なのですか?」 
 軽いウィンクが投げられる。 
 「妹君にお伝えくださいな。あの日のアナタは素敵だったって……」 
 ぱたり、と中将が倒れた。 
 「……萌え死んだな」 
 「生き返る前にさっさと帰ろう」 
 「頭を潰しといたほうがよくないか」 
 「そんなことをすると多分、増殖する。ほっておこう」 
 「うむ」 







 騒ぎの為か、次の日兄者は熱を出した。 
 それでも他者の作品が気になって、止める弟者を振り切って強引に出仕したのがたたったらしい。 
萌え合わせの当日、どう無理しても体が動かなかった。 
 「仕方がない。おまえが行け」 
 「仕事じゃないんだから休めばいいじゃないか」 
 「仕事より大事だ」 
 「それが人生で一番大事なモノなのか」 
 「それはおまえ。次が妹者。その次がこれだ」 
 相変わらず弟を使うのが上手い。赤面しつつ承諾せざるを得ない。 
 「あれから休み続けた頭中将も気になる。見事萌え王になったあかつきには、ざまあみろ、と嘲笑ってやれ」 
 「承知……だが、黙って寝とけ」 
 心配で、ぎりぎりまで枕もとで見守り、せかされて慌てて絵を抱えて左大臣家へ向かった。 





 浅い夢をいくつか見た。 
 自分の帰りを待っていた小さな弟者が飛びついて頬をくっつける姿や、池の水面に散った桜の花びら。 
 冴え渡る月の銀の光。牛車から眺めた風にのる紅葉。 
 華やかに人を呼び、宴となった自分の元服。 
 家族だけで見守った彼の元服。 
 気持ちを止められずに重ねた唇。 
 ―――そりゃ違うけどさ、そこが良くないか。 
 熱に浮かされつつそう思う。 
 恵まれた立場である自分がそう考えるのは傲慢かもしれない。けれど今のままの彼が好きだ。 
 眠りがまた、彼をさらう。近寄ってきた夢の中に、中将の唇。 
 ―――OK、精神的ブラクラget…… 
 その夢を遠くへ蹴りやって、別の小さな夢を探した。 

 夕闇が落ちてきた頃に響く足音は、いつもより速い。 
 病んだ相手への気遣いと、別種の気持ちの揺れとが読み取れる。 
 兄者は体を起こしてそれを迎えた。 
 「……大丈夫か?」 
 「大分、楽だ。して、首尾は?」 
 「その前にだ、知っていたならなぜ教えてくれんのだ。腰を抜かしそうになった」 
 「ん?」 
 「従兄弟者だ。コスプレか。コスプレが萌えなのか、あの男は」 
 「情報通のおまえが知らなかったのか?有名な話だぞ」 
 「あいつのことは頭が拒否するんだ。シーン殿はわかる。並みの女房には近寄れない美しさだった。 
だが、あの男だぞ。あのひねた男が楊貴妃だぞっ」 
 「ほう、今回は唐ものか。シーン殿は?」 
 「当然、西施だ。いや、だからあいつが何故……」 
 「おまえだって似たようなコトしたじゃん」 
 「オレはあんたのために仕方なくだっ。そんな趣味あるか!」 
 「まあまあ。で、萌え王は?」 
 「あせるな。坊やはやはり漢詩だった。大津皇子とその姉の大伯皇女の悲話をけっこう上手に詠みあげた」 
 「それか?」  




 「違う。左馬頭は萌え萌えの打臥(うちふし)の巫女のイラストで、式部丞は行平と美人海女姉妹のSS。あ、判者は左大臣の弟で好きでどさまわり(国司)をやっている男がいるだろ、あいつがたまたま一時帰省してたので頼んだ」 
 「ああ、あの身をやつして市で物を売るのが趣味だと言う変わった男だな」 
 「そうだ、そいつだ。モララー殿は予想通り。和歌入りイラストだが30枚もあの手を見せられて気分が悪くなった」 
 「で、萌え王は誰なのだ」 
 弟者が口ごもる。兄者がその袖を引く。目つきが鋭い。 
 「言え」 
 「………頭中将だ」 
 「なんだとーーっ」 
 「落ち着け。熱が上がる」 
 「これが落ち着けるかっ。題材は何だっ!」 
 「絵巻だ。物語りもイラストも自作。あいつ休んだのみならず徹夜で作ったらしい」 
 「内容は?」 
 「それが」 
 落ち着きなく視線をさ迷わせる。兄者は彼の衿もとを掴んだ。 
 「さっさと言え」 
 「当然百合だが……お前の正室とうちの姉者のエロエロのやつ……」 
 さすがに怒るか、と思ったが、兄者は別の方に激した。 
 「見たかった---!」 
 「『お姉さま、堪忍……ウチ、もう………』『こんなにしてしまって……いやらしい子……』 
といった具合で凄いんだ、これが」 
 「俺の、というかおまえのは?次点ぐらいいったか?」 
 「………」 
 珍しく弟者がキョドっている。不審に思った兄者が揺さぶる。 
 「すまん」 
 「何だ?」 
 「あの時、慌てて出かけたもんだから、その…間違えて……」 
 「?」 
 「イノキのイラストを持って行ってしまった」 
 ぱっくりと開かれた瞳と口のせいで、兄者は別人のように見える。 
 「な、な、なんだとーーーっ」 
 「間違いだから取りに帰ると言ったのだが、許してもらえずに……… 
おまえ、今回の萎え王に決定した」 



 ぱたり、と兄者が倒れた。これは萎え死にというべきか、と弟者が思案していると、 
あっという間に生き返って、瞬時に彼を押し倒した。 
 「お、おい」 
 「お仕置きというものが必要のようだな、弟者くん」 
 「よせ、熱が上がるって!」 
 「やかましい。黙って下で喘いどけっ」 
 黙ったまま喘ぐとはこれ如何に、と考える間もあらばこそ、衣がふわりと舞い散った。 
 「ちょ、ちょ…待………」 
 「待たねぇ」 
 「時にモチつけ!……っ………」 
 腕の中に捕らわれて、いつもより熱い体に抱きすくめられて逃げられない。 
供えられた贄のように扱われる。 
 「覚悟しろよ」 
 ―――熱あるくせに無茶だって 
 とは言うもの少し手荒い行為に、ちょっと感じてしまったことは誰にも秘密だ。 



                                    了 



 ____________ 
 | __________  | 
 | |                | | 
 | | □ STOP.       | | 
 | |                | |           ∧_∧ オシマイ! 
 | |                | |     ピッ   (・∀・ ) 
 | |                | |       ◇⊂    ) __ 
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  | 
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   | 

遅くなりましたが、以前AA作ってくださった方、ありがとう! 
#comment

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP