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*平安Ⅱ  [#s329e329]
#title(平安Ⅱ)  [#s329e329]
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )サイカイシマス 


 内裏の中には鬼が住むか、蛇が住むか。 
 自分は比較的上手くやっているほうだと弟者は思う。 
 親しさを装った悪意、権謀術数。虚飾に満ちた駆け引き。 
 まぁ、兄者がおっくうがる気持ちもわかる。しかし彼はその中を泳ぐことが割合に楽しい。 
 宿直(とのい)の最中に同輩の一人が耳もとで囁く。他の同輩のゴシップを。 
そこそこ使えそうな情報(ネタ)なので、礼の代わりにとある女房から聞いた話を伝える。 
 真摯な恋の逸話さえ、利用価値で値段がつく。 
 手慣れた様子で噂をさばいて、統合・集積・再分配を行っていると、冷たい一つの視線を感じた。 

 ―――従兄弟者だ。 
 けっしてこの輪に加わらない。超然とした態度が気に食わない。 
 今でこそ主上に弟のように扱われているが、その父が前々帝の御世に謀反に関わった咎で、 
遠い土地で流人の息子として育った。そのためか、性格も言動も並みの貴族の子弟とは異なっている。 
 頭も切れ、機動性に富み、下々の心理にも詳しい。 
 そして弟者にとって不愉快なことに、その面差しは彼に似ている。 
 意味ありげなまなざしで、口もとには皮肉な笑み。 
何か言いたそうにしているので立ち上がると、沓脱(くつぬぎ)の方に顎を向ける。 
 承知して二人、外へ出た。 




 割に親切な男だ、と兄者は評しているが弟者は彼を悪意の塊だと思っている。 
 伯父が流されたおり、父者などはあおりをくって苦労したはずだし、 
その方が亡くなった後はこの男が都へ戻れるように手をつくしたらしい。 
なのに感謝の一つも示す様子はない。 

 今も、葉が揺れるたびに音を立てる呉竹の陰で、人を喰ったような笑いを浮かべている。 
「……女房たちの噂ほどではなかった、と言うことか。それとも片割れのバカがかまっているのか」 
「どういうことだ」 
 謎かけのような言葉にも、兄者に対する軽口にも腹が立つ。 
「大臣の姫はおまえたちでは足りないようだな」 
 意外な言葉に驚きを隠せない。 
「…………」 
「身をやつして情人と遊ぶのはいいが、市に行くのはやめるように伝えておけ。流石に人目が多い」 
「なぜ、おまえは知っている。顔など晒さぬ深窓の姫だぞ」 
「たまたま連れていた女房が、もともとそちらに仕えていた者だ。無論、口は止めておいたが」 
「それは確かなのか」 
「確かだ。ま、おまえの可愛い謀略ごっこなら噂程度でもいいのだろうがな」 

 揶揄する言い方に血が昇るが、渾身の力で制御する。 
「……礼を言う。見返りに欲しいものはないか。金か、女か、情報か」 
「いらないねェ」 
 楽しむように弟者を見据える。 
「おまえのその嫌そうな顔。充分にそれが報酬だな」 
 ニヤニヤしながら行ってしまった。屈辱で青ざめた彼を一人残して。 





「………知っている」 
 こんなときの兄者は動じない。庭に出た小さな蛇(くちなわ)一つで大騒ぎする人物と別人のようだ。 
「なら何故オレに言わない」 
「人の秘密を語りたくない」 
「あんただけの問題じゃなかろう。流石家全体の興亡に関わる話だろう」 
「あの姫はもともとお子のできない体質なのだ。だから入内なさらなかった」 
「それだけのことじゃないっ」 

 ……何故、自分はこんなに腹が立つのだろう。弟者は思う。 
 兄者は嘘をついていたわけではない。その上結局、深い仲でもなかった。 
安堵していいはずなのだが、それまで以上に胸が苦しい。 

「その姫君に言ってや……む………」 
 唇を塞がれた。思わず突き飛ばす。 
 彼もよくやる手だ。口うるさい女房などに。 
「オレを女のように扱うな」 
「おまえ、怒ってると可愛いな」 
「殴るぞ」 

 意味は違っても、一日に二度もそんな形容は聞きたくない。 
 降参、というように両手を上げて、首を少し傾けた。 
「女扱いが嫌ならば、男らしさを証明してもらおうではないか」 
 ミエミエの手だ。わかっている。 
 問題は、単をちょい、とずらした鎖骨の線から目が離せないことだ。 



  
 隣にいる人を抱き寄せようとして、虚しく空間をつかんだ。 
 まだ早朝だ。なのに兄者はそこにいない。 
 明かりを点して見渡すと、文机の上の書き置きがあった。 
 “一日、頭を冷やせ” 
 どうやら参内したらしい。自分と同じ手跡が癪に障る。自分自身もしゃくに障る。 
お逝きなさい、と古いセリフを口走りたいほどに。 

 珍しく相手は積極的だった。 
 彼の欲望はいつも読みにくい。誘いにはのるし、選択をせまれば選ぶ。 
けれど、自分から声をかけることはほとんどない。 
唐櫃の中身は時たま増えるから、それが無いわけでもないはずだ。 
 昨夜は誘いをかけた後も常とは違った。 
 自分の上で弓なりになって吐息をこぼした彼の姿。謀みとわかっても胸が熱くなる。 
 だからこそ、それを彼にさせた相手が憎くなる。 
 そんなことでなだめられる、と思っている彼自身も憎い。 
 なめられたもんだ、と反発したくなる。 

 とはいえ、表の姿は取り返されて、存在しないはずの我が身一つ。 
 さあ、どう出るか。 





 玉砂利を踏む音が激しい。 
 しかし取次ぎの女房はゆったりと現れた。 
 呼び出された兄者が簀子(すのこ)に降りると、高欄の下に家人がひざまづいて書状を差し出す。 
 一目見て、慌てて殿上間(てんじょうのま)へ引き返す。 
 どうにか同輩をごまかして、早々に退出する。 
 落ち着いてゆったりとした、いかにも殿上人らしい足取りが、人目がなくなった途端に変わる。 
 門から出てすぐ牛車に飛び乗り、可能速度の上限を出させた。 

 いつのまにか、東北の対は空だったらしい。 
 許されている場所に彼はいない。西の対の妹者の部屋にも。 
 信じ難くていったん戻るが、人気のない部屋は妙に広い。 
 思いついて引き返し、東門の門番に問う。次に西門に向かう。 
「そういえば、母者様のお使いという女房が…」 
 背の高い、見慣れぬ女房がむし衣姿で現れたそうだ。 
「入らぬのに出て行くとは奇妙ではないか」 
 供の者が取り次ぐには、東門から入ったと思ったらしい。 
 ―――警備システムの見直しをせねばならん。いや、それは後だ。 

「馬を引け!すぐに!」 
 ―――あいつの行動力を見くびりすぎた。 
 それに、普通の邸なら不信がられるはずの大柄な女房。 
母者だのイノキだののいるここでは、そう珍しくも見えない。 
 前駆けも出さずに馬を駆る。5名の随身が、さすが精鋭、ぴたりと寄り添う。 
 胸の奥に暗い雲が垂れかかっている。 
 一人の無事だけ、彼は祈った。 





 流石家の使いだという大柄な女房は、むし衣も取らずに目合わせを願った。 
 やつしてはいるが、どうもただ人ではない。 
 身内すじの誰かだろうと察して、左大臣家の姫君は自室前の庭に誘った。 
 鮮やかな紅葉が、遣り水の上にはらり、とこぼれる。 
 人払いをした庭は広く優美で、自邸のそれより趣き深い。 
 陽の下で見る姫君は、思ったより少女めいた可憐さだ。 
とても良人をこけにして、浮名を流す女には見えない。 

「………お恨み申しあげております」 
 無理に作った女声。驚愕した姫の大きな瞳。 
「なんのことでっしゃろ。お会いするのは初めてですえ」 
 初めてきいたその声は、なまりはあるが愛らしい。 
 この声で、その瞳で、体さえ使わず彼の心を捕らえたかと思うと、胸の焔はひときわ燃え上がる。 
「姫君は下々のよしなしごとに長けていらっしゃる」 
 思うところがあるのだろう。彼女の顔色が変わる。 
「けれどほどほどにしていただかなくては。市は人目に立つ場でございますから」 
 ずい、と彼女に詰め寄った。 

 その途端、築山のつつじの影から、ざっ、と人影が現れて、その身を呈して姫をかばう。 
 なるほど、これが件の男であるかと考え、驚かすつもりで忍ばせてきた懐剣を抜いた。 
 その光を受けた男の動きはすばやかった。 
 怪鳥のごとく宙を飛び、弟者の前を一瞬掠めた。 
 はらり、とむし衣がまう。 
「…兄者サン?」 
 動転した姫の声が聞こえた。 



  
 こうなりゃもう、仕方がない。 
 開き直って腹をくくる。 
「ええい、姦夫姦婦そこになおれ。刃の露と変えてくれよう」 
「どうして……」 
「今まで黙って見ていたが、やはり腹に据えかねた。 
恥をかかされた夫の恨み、とくと思い知るがよい……って、聞けよ!」 
 何故だか二人の視線は自分にない。それは背後にあてられている。 
 そして聞きなれた声が耳もとに響く。 

「……弟者、必死だな」 
「……兄者サンが二人……」 
 呆然とした姫の声。青ざめて、息を切らした兄者の姿。 
どっちが必死なんだか、と言いたいところだ。 
「そんなに、この女のことが心配なのか」 
 仕事を放って、全速力で駆けつけるほど。 
「愚か者!」 
 ぴしり、と頬をはたかれた。 

「俺が心配なのはおまえのことだ。姫の相手を知っているのか。超凄腕の瀧口の武士だぞっ。 
坊ちゃんの遊び程度の武術でかなう男ではない。わきまえろっ!」 

 改めて男を見る。 
 異相だ。細い目、張ったえら。しかしその体は尋常でなく鍛え上げられてしなやかだ。 
「……父者にさえぶたれたことがないのに」 
 小声でつぶやいてみたが、兄者はかまわず二人に頭を下げている。 
「……不肖の弟でして。ご内密に」 




「どうして兄者サンが知ってはりますのン?」 
 姫がもっともな疑問を口にした。 
「失礼とは思いましたが、手の者に調べさせました。万が一、姫に仇なす相手でもあったら 
一大事ですから…口堅き者どもですのでご心配なさらぬよう」 
「合格しはったわけですか」 
「そうお思いになってもけっこうです」 
 侍の、感情の見えにくい細い目が輝いた。 
「ただ、市などはやはり避けていただきたい。風で市女笠が飛んだそうですね」 
「気ィつけますわ」 
 男が言った。 

「さて」 
 視線が弟者に戻る。 
「女扱いは嫌だとか言ってなかったか」 
「……他に手がなくてね」 
「いつもの方が好きだな」 
 からかわずに、ただ額を軽くこづいた。 





 風が梢を揺らし、いく枚もの紅葉が澄んだ陽光にきらめきながら散っていく。 
 借りた牛車の中で、揺られながらそれを見る。 
「…あまり、肝を冷やさせるな」 
 女衣装のままの弟者を本当の女人にするように、いつもよりやわらかく後ろから抱きしめている。 
「生きた心地もしなかった。あのむし衣の切れ口を見たか? 
そのくせおまえの顔に一筋の傷もつけていない。大した手練だ」 
「愚か者ですみませんね、と」 
「その通りですよ、と。だが、それがいい…って気もするけどね」 

 凝ったつくりの檳榔毛(びろうげ)の車に、人は自然と道を譲る。 
止まることなくゆるゆると、晩秋の街路を渡っていく。 

「少し驚いたな」 
 胸もとに差し込まれた指に軽く抗いながら、弟者が言う。 
「ん?」 
「意外に従者の使い方が上手いな」 
「俺はおまえみたいに行動力はないからな。出来ないことは人にまかす」 
「おい、こら、よせ」 
「あと半時はかかるよな。牛車の中、ってちょっと憧れのシチュでね」 
「また例の唐櫃のやつか……やめろって………」 
「いや、これは原典。某女流歌人の日記だ。なんと父者の蔵書だぞ。けっこうロマンティストだな。 
まぁ、ほんとは車宿りに停めた車で一晩中、なんだが」  
「………う…………」 
「……絶対、声を出すなよ」 
 兄者が耳もとで囁いた。 

                                    了 



 ____________ 
 | __________  | 
 | |                | | 
 | | □ STOP.       | | 
 | |                | |           ∧_∧ アリガトウゴザイマシタ。 
 | |                | |     ピッ   (・∀・ ) 
 | |                | |       ◇⊂    ) __ 
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