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振動×剤然(前スレ530 -15)

急に変わった外科医の表情。振動は深い夢からいきなり叩き起こされたように
感じた。
「あ、ああ。もうそんな時間ですか」
「乗り遅れては困りますから」言いながら剤然はさっさと先に立って行く。
追いすがった振動がその手からチェックを奪おうとする、言わば大人の儀式的な
攻防戦をひと通り経てエレベーターホールに出る頃には、妙な空気は消え去って
いた。

下りのエレベーターは2台続けて若者たちでいっぱいだった。折悪しく、上階の
映画館が入替え時刻を迎えたらしい。
たかだか3階くらい階段で降りてしまいましょうと、振動はホール横のドアに
連れを促した。目立たない塗装の鉄扉を開ければ、意外に広い非常階段が下まで
続いている。
「横浜の華やかなビルも、客向きでない部分は大学の研究棟と似たり寄ったり
なんですね」
凝った内装を施してあったホールや先ほどの店と同じ建物内とは思えない、
コンクリートとリノリウムの階段室を剤然は面白がっているようだった。
「ああ、そう言われれば」特に蛍光灯の数をいかにも節約したこの感じが、と
振動も天井を指して応じる。
「――振動先生、さっきの話ですが本当にいらして下さるでしょうね」
彼の横を半歩遅れて降りながら、剤然が念を押してきた。
結局この店では地元の常連客に支払わせる事を了承した剤然は、来月の学会で
振動が大阪に来る折りにはぜひ自分の行きつけに案内させてくれるようにとの
約束を、エレベーターホールで既に取り付けていたのだ。

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