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振動×剤然(前スレ530 -13)

黒い瞳はまっすぐに振動の唇を見つめている。落ち着かなくなった彼がグラスを
降って氷を鳴らすと目線はそちらに流れたが、今度は手を凝視したまま動かなく
なった。見られている指先が焼け付きそうでたまらずに酒を呷ると、剤然の
視線はグラスを追うように顎から耳元辺りに移ってぴたりと止まった。
先刻彼の耳に見とれていたのを気付かれてしまったのだろうか。
振動は内心狼狽し、耳にかかる髪が煩いという体でその辺りを手で払って見せた。
すると大きな瞳はごくゆっくりと瞬きをして、ようやく彼から離れて行った。
見られていた男は密かに安堵のため息を漏らす。

続いて細い指が煙草の方へさまよい出た。が、剤然は思い直したようにその手を
一度握り締め、代わりに掴んだグラスから一口啜ると同時にもう一方の手で
小さい箱を押しやった。
「――しばらく我慢するとしましょう」
「それがいい」
必要以上に大きく頷いた振動に、剤然がまた笑顔を向けた、ようだった。振動は
気まずさを躱せた事にほっとして、逸らしていた視線を思わず戻してしまう。

向き合ったのは、今までとは何かが違う曖昧な笑みだった。さっきまでぴしりと
伸ばしていた背筋も少し崩れて、カウンターについた肘を軸に身体を振動の方に
開いている。どこか危うげなそのラインの上で彼を見ている目は、妙に潤んで
縁が赤い。
泣くのを我慢しているような目だ。

どうかしましたか。振動がそう訊こうとすると、相手は指先で目頭を押さえた。
「ああ、……少し回ったようだ」
「お疲れなんでしょう」

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