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郷実×材前

最近、とみに材前の横顔に陰りが深まった。
口元にはいつもの笑みをはりつけたまま、目の奥は氷のように冷たい。
誰にも触れさせず、開かず、心をぴたりと押し込むように閉じ、
材前は日々を生きていた。
自分だけしか信じられるものは存在しない。
彼は崖っぷちを目を閉じて歩いていた。そんな生き方をしていた。

「なんか最近うちの郷実先生と材前先生、前以上に
ぎくしゃくしてないか?」
武内は廊下で楊原を呼び止めると切り出した。
「…俺もうすうす感じてたんだけど」
まぁあの二人はつき合いも長いし、俺達にはわからない対立もあるんだろうけど。
そういうと楊原は目を落とした。
確かに、最近の郷実と材前は周りが気を使うほどにぎこちなかった。
業務連絡の際も一切目を合わせようともしないし、口調も堅い。
横から武内達が合の手をいれようものならギロリと睨まれる。
「なーんかやりにくいんだよなぁ~~。おかげでこっちが気ぃ使って肩凝るっつの」
うんざりとした表情で武内はボヤいた。
「まぁヘタな勘ぐりはよそうぜ。そういうの好きじゃないよ」
楊原が言い含めると「はいはい」武内は笑って「さ、仕事仕事~」と伸びをした。

「俺からは以上だ。君からなにかあるか?」
郷実は机の一点をみつめながらいうと相手の返事をまった。
時計の秒針の音が妙に響く。
「いや」材前はそういうと椅子を引いて立ち上がる。
「それじゃあ」
カルテを束ねるといつものように目を合わせず
立ち去ろうとする。
ふと材前の細い右手の人さし指に絆創膏が貼ってあることに
気付いた郷実だったが、言葉を飲み込み俯いた。
材前は立ち上がったまま動こうとしない。
不審に思った郷実は顔をあげた。
「どうした?」
「いや…。」含むように笑うと
「早く出ていってくれと顔に描いてある」材前はそういって背を向けた。
何もいえず、郷実はまた机に目を落とした。

ドアに手をかけた材前はそのままその場に倒れこんだ。
郷実はスローモーションのようにその様を見ていたがふと我に返り駆け寄った。
「おい」
材前の顔は真っ青だった。額にびっしりと汗をかいている。
貧血のようだ。
両脇から腕をまわして支えると材前は気を取り戻した。
目が一瞬郷実の顔あたりを彷徨うと、ぴたりと目があった。
何週間ぶりかの材前の瞳だった。
郷実は胸の奥があつくなり抱き締めたい衝動に駆られた。
「すまんな」材前は細い声でいうとバツが悪そうに俯いた。
「寝ていないのか」
答えは沈黙だった。
「君は……」何かをいいかけたが、いや、いい、と郷実の腕をふりほどき
材前は立ち上がった。
「何だ?」郷実は問いかけたが
「迷惑をかけた」そういうと足早に部屋からでていった。

この時もう少し二人が大人であったら正常な軸に戻れたのだ。
しかし、それには幼すぎた。

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以上です。おつき合いありがとうございました。

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