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紫緑

昇天、六代目三優亭円樂×桂唄丸
病気ネタなので、苦手な方は注意

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「焼香を上げに来ましたよ、唄丸師匠。なんだァ、まだ早かったか。」
いつもの昇天でのように軽口を叩きながら、病室に入ってくるのは六代目三優亭円樂だ。
「五月蠅いよ全く。しかしよくもまあ飽きもせずに来るもんだね。」
「死人の見舞いに何度も来るほどアタシも暇じゃあありませんよ。」
そうは言いつつ、今回の入院では暇さえあれば見舞いに来る。

「お身体の具合はどうです。きちんと眠れていますか」
「食事はもうお召し上がりになりましたか」
「気分は悪くないですか」
これも、毎回繰り返される問答だ。

「ああ、アンタは看護婦かい。悪くありませんよ、眠れていますし。」
心配されているのは痛いほどわかるので、つい元気な振りをしてしまう。
相変わらず、眠りは浅く、体が休まっている気はしない。
本当に復帰できるのかという不安から、さらに眠りが遠くなるという悪循環に陥っていた。

「それはよかった」
含まれた嘘に気付いているのだろう、円樂の表情は強張っている。
「まあなんだ、寝てばかりで退屈しているんだ。少し世間話でもしようじゃないか。」
唄丸は茶を入れてくる様円樂に促した。
「帰ってくるまでちゃんと生きていてくださいよ。」
「さっさと御行きなさいよ。」

はたして、無事に茶を入れてきた円樂であった。
昇天の司会の話、講演会の話、弟子の話、古典の話、新作の話。
病人食は悪くない味だが毎日だと飽きるだの、不味い菊蔵ラーメンが恋しいだの、とりとめのない話ばかりをした。
話疲れたせいか、リラックスしたせいかはわからない。
唄丸を心地よい眠気が襲った。

「師匠、眠そうですね。」
「…折角来てくれているのに、悪いね。どうも今日は眠くって仕方が無い。」
「いいえ、お気になさらず。お眠りになってください。適当なところで帰りますから。」
「………ありがとう。皆にもよろしく言っておいてくださいね。」
「…ゆっくりお休みになってください。」

やがて、規則正しい寝息が聞こえてくる。
上下する胸は余りにも頼りなく、今にも動きを止めてしまうのではないかと不安になる。
ベッドに収まっている体が余りにも小さく見え、円樂は泣きたくなるのをぐっと堪える。
「アジャラカモクレン、キューライソ、テケレッツノ、パ」
思わず小声で呟く。
ああ、死神が本当に居るのならば、己の蝋燭とこの愛しい人の蝋燭を入れ替えてはくれないだろうか。

いつから、こんな特別な感情を抱き始めたのかはもう覚えてはいない。
この人の落語を聞いた時から、もうこの人に落ちてしまっていたのかもしれない。
尊敬はやがて情愛にかわり、いつしか自分の中で何物にも代えがたい存在となっていた。

お互い家庭もある。子供もいる。
今更己の想いを告げて、どうこうなろうと言う気は毛頭なかった。
密かに思慕し、近くでいつも通り、笑いあっていられればそれ以上望むことは無い。
それで納得していた筈だった。

この日、唄丸の腕が布団からはみ出したのが悪かった。
ああいけねえ、身体が冷えちまうよと言いながら、布団の中に仕舞おうとその細い腕を手に取った。
その細いこと、軽いこと。
思わず震えてしまった。
残されている時間が余りにも短いことを円樂は悟った。

気付けば、身を乗り出して接吻をしていた。
互いの唇を触れさせるだけの、ほんの短いものだったが、円樂の心臓は壊れんばかりに早鐘を打っていた。
ああ、ああ、とうとうやってしまった。
今までずっと、何十年も、この衝動には上手く蓋をしてきたのに。
もしも今師匠が起きたら、いつも通り何か軽口を言って、笑って誤魔化してしまえばいい。
そうわかっているはずなのに、頭は上手く回らないし、おまけに涙が止めどなく溢れてくる。
情けない、顔を手で覆い嗚咽を漏らしながら泣くしか出来ないのだ。
お願いだ、どうか起きないでくれ………………

「樂さん」

不意に、声をかけられて身体が大きく跳ねる。
顔を見ることが出来ない。
「……おはようございます師匠。一体いつから起きていらしったんで?」
「アンタが私の手を取って、ぶるぶる震えていたあたりからかねぇ。」
起きていた。気付かれていた。
「いやね、ビックリさせた拍子に五代目円樂が迎えに来るのを見られるんじゃないかと思ってね…」
だめだ、何にも面白くない上に声が震えている。
嘘だと言うのが明白だ。
沈黙が流れる。

「樂さん、顔をお上げよ。…ああ、何だい男前が台無しじゃあないか。」
手ぬぐいを渡され、涙を拭く。
「いや、どうも夢を見ていたようでね。そろそろ本当に五代目が来るんじゃないかね。」
気を使ってくれているのだ、笑いながら唄丸は言う。
ここで誤魔化せ、そうだ、笑っていつものように茶化せ。
師匠が助け舟を出してくれているんだ。乗らないなんてとんだ与太郎だ…

「アンタのことが、好きなんだ。」
思っていることと全く違うことを言うだなんて、これは本当に噺家の口だろうか?
震えて震えて、絞り出すような、何と酷い声だろう。

「ずっと前から、もう思い出せないくらい前から、いや、アンタの落語を初めて聴いた時から、ずっと好きだった。」
やめろ、やめてくれ。
今まで築いてきた、何十年来の思い出が走馬灯のように駆け巡る。
「…どうこうなりたいって訳じゃない。座布団引っぺがされて、馬鹿やって、アンタと一緒に笑っていられれば、それだけでいいんだ…」
ああ、おしまいだ。なにもかもおしまいだ。

「だからさ、まだ死ぬなよ。頼むよ。死なないでくれよ。なあ、唄さん…」
ああ、また泣くなんて女女しいね、私も。
涙腺崩壊で自分も入院しようか、などという馬鹿な考えが浮かぶ。

小さな嗚咽が聞こえてくる病室、やがて唄丸がポツリと呟いた。

「馬鹿だね、待ち草臥れてすっかり爺になっちまったよ。」

(了)

■後日譚■

「クソジジイめ、禿鷹から不死鳥になりやがって。」
何度目かの唄丸昇天復帰のお祝いだ。
唄丸は上機嫌で菊扇から酒など注がれている。
恥ずかしい思いをして損したと毒づきながらも、唄丸の元気な顔を見られるのが嬉しくてたまらない。

お互いの気持ちが同じだったことをあの日知った。
そして、両者にどうこうなりたいという気持ちがない事も。
しかし円樂にはそれで十分だった。
死ぬ前に、お互いの気持ちを確認し、心を通じさせることが出来た。
これ以上、何を求めることがあるだろうか。
そんな感慨に耽っていると、ふいに唄丸に肩を叩かれた。

「樂さん、今回は色々と世話をかけたね。本当にありがとうよ。」
「いやなに、大したことは何もしていませんよ。ご無事で何よりです。」
「お礼と言っては何だがね、今度一緒に湯治にでも行こうよ。知り合いに良いところを教えてもらったんだ。」

元々仲の良い二人だ。会話に何もおかしいところはない。
円樂の心臓が早鐘を打っていることを除けば、至って普通の会話だ。

「ええ、是非ともご一緒させてください。歌丸師匠には長生きしていただかなければなりませんからね。」
「そうだよ、まだまだ生きなきゃね。」

唄丸が意味深に艶っぽく笑ったのを、円樂は見逃さなかった。
「じゃ、日程についてはまた後で連絡するから。」
足取り軽く仔遊三、行楽の二人に酒を注ぎに向かう唄丸を見て、思わず苦笑いする。

クソジジイ改めエロジジイ。
元気になって何よりだ。
まだまだ一緒に馬鹿やりましょう。

(了)

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

74ですが、「紫緑 1/5」が抜けていました…すみません
唄丸師匠の復帰を、心から祈っています

  • 粋でえろーい(*´∀`*) -- 2015-06-27 (土) 00:52:12
  • GL(ジジイラブ)たまりませんねん!ごちになります! -- 2015-06-30 (火) 22:46:39

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