Top/70-421

最後の約束

ナマモノ。焦点紫緑。
緑追悼で勢いで書きました。
棚投下初、結果的に801要素薄い。無駄に長い。勢いで書いたのでキャラや筋立て多分めちゃくちゃ……と色々ありますが、それでもよければおつきあいください。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

最後の約束

「……さん、樂さん」
 誰かが優しく呼びかける声で、円樂は目を覚ました。
「疲れてるのはわかるけどね、間に合わなくなっちまうよ」
「……ああ、すみません」
 寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。
 そうだ、焦点の楽屋に着いてすぐ、最近の疲れが溜まったのか妙に眠くなって、まだ時間もあるし少し横になることにしたのだった。それにしても、あの人が来たことにも気づかないなんて――え!?
「なんだい、まるで化け物がいるみたいな顔して」
 楽屋にいる人物を見て円樂は目を見張った。
 そんなはずがない。この人が、ここにいるわけがない。
「……唄丸師匠!?」
 この間、見送ったはずの大切な人が、そこにいた。
「あんたまだ寝ぼけてんのかい? 早く支度をしなよ」
 そう言って唄丸が立ち上がり、奥にいる付き人に何事かを告げているのを見て、円樂ははっとした。
 よくよく見渡してみると、必ず置いてあるはずの酸素ボンベもない。
 ――そうか、これは夢なのか。
 唄丸が何もつけずにあんな風に元気に動き回れていたのは、もう随分前のことだ。そう思って見ると、楽屋もこれまで訪れた場所がごちゃ混ぜになったような、微妙にまとまりのない部屋だった。
「……案外意地悪ですね」
「何か言ったかい?」
「いいえ、何でもありません」
 まだ悲しみが癒えてないこの時期に、夢に出てこなくたっていいじゃないか。だけど一方で、せっかく会えたのだからこの夢を思う存分楽しもうと思っている自分がいた。

 それから楽屋で二人、色々話をした。お陰でこの夢の中の世界がどういう状況であるのかもわかってきた。
 ここは地方の小さなホール。時期は四月で、桜が終わる頃。
 演者は自分と唄丸の二人だけの二人会。トリを努めるのは唄丸。
 始まるのは午後六時からで、後もう少しで一番太鼓が鳴る。
 二人会なんてもう何度もやったはずなのに、何故だかいつも以上に緊張している自分に気がついて、円樂は思わず笑った。
「どうかしたのかい? 本当に今日は変だね」
「いえね、すごく幸せだなあって思っただけですよ」
「何がだい」
「あなたと一緒にいられることが」
 なんだいそりゃあ、と唄丸が呆れたように言う。でもこれは本音だ。さっきの恨み言はどこへやら、たとえこれが夢だとわかっていても、誰よりも大好きなこの人といられる事が、また一緒に落語が出来ることが、素直に嬉しい。
 ――出来ればそれが、現実でもっと続いてほしかったのだけれど。
「気味が悪いね。明日雪でも降るんじゃないのかい?」
「まさか。もう四月も終わりですよ」
 と、太鼓の音が聞こえた。円樂は反射的に会場の様子を映しているモニターに視線を移す。
 その様子を見つめる唄丸の表情が、一瞬曇ったことに円樂は気づかなかった。

「お疲れさまです、師匠」
 追い出し太鼓を背に楽屋に戻って来た唄丸を、円樂は笑顔で出迎えた。
「おや樂さん。今日はまだいるのかい」
「珍しく明日は予定が何もないもので。ずっと名人芸を聴かせていただきました」
 いつも時間がある時はそうしていたように、円樂はずっと舞台袖で唄丸の落語を聴いていた。
 あの細い体のどこから力強くも繊細な話芸が生み出されるのかと、いつもながら驚嘆させられる。下手に酒を飲むよりもずっと心地よい気分にさせてくれるそれを、一番近くで聴くことが出来るのが本当に幸せだった。
「そうかい。ならちょっとあたしに付き合ってくれないか。寄りたい所があるんだ」
「へえ珍しい。夜遊びですか」
「何言ってるんだい。見せたいものがあるんだよ」

「ほら、これだよ」
 唄丸に連れられもうすっかり暗くなった道をしばらく歩いた先にあったのは、一本の大きな桜の木だった。
 周りの木がとうに盛りを過ぎ、ほとんど枝だけになっている中、その木だけが遅れた分を取り戻そうとするかのように目一杯花を咲かせている。特にライトアップがしてあるわけでもないのにぼんやりと輝いてるように見える姿が、先程の舞台の上の唄丸の姿と重なった。
「綺麗だろう? 不思議なモンでね、この桜並木の中でこの木だけがいつも遅れて満開になるのさ」
「……ええ、本当に」
 ――これが夢でなければ、もっと良かったんですけど。
 そう言いそうになり、円樂は慌てて口を塞いだ。いつ終わるかわからないこの時間に、水を指したくなかった。
「なんだい樂さん。言いたいことがあるなら言やあいいじゃないか」
「何でも、ありません」
 いや、そうじゃない。本当は、この時間が終わってほしくないのだ。こんな風に一緒に落語会をやって、時には叱られ、馬鹿なことを言い合って、座布団を引っ剥がされて笑い合って――あの日の悲しい思いも苦しみも、惜別も、そっちが夢だったらどんなによかったか!
「何でもないはないだろ。そんなに泣いて」
 言われてようやく、円樂は自分の目から涙が流れていることに気付いた。泣かないと決めたはずなのに、少しつつかれたらもうこのザマなのか、と思うとなんだか自分が情けなくなってくる。
「本当に何でもありません。ごめんなさい」
 意地で涙を吹きながらそう答えると、唄丸が溜め息をついた。
 呆れられてしまっただろうか。
「やれやれ、やっぱりあんたをここに連れてきてよかったようだね」
「……すみません」
「あんたがそんなんじゃあ、素直にあっちへ行けなくなっちまうよ」
 ……え?
 不意に飛び込んできた言葉に、涙が引っ込む。
 今、この人はなんて言った?
「円樂さん」
 唄丸がこちらに向き直った。普段着姿になっていたはずなのに、いつの間にか高座で着ていたそれと同じ着物を着ている。――自分も。
「あんたひょっとして、まだ夢を見ていると思ってるのかい?」
「……どういう、ことですか?」
「これは現実だよ。そしてあたし達が今いるのは――この世とあの世の境目だ」

 ――この世とあの世の境目!?
 にわかには信じがたい言葉に、頭がくらくらした。
 一体何故。ただ楽屋で横になっていただけなのに。
「ああ、心配しなくていいよ。あんたはあたしと違う。死んだ訳じゃない」
「じゃあ、どうして」
「あたしが頼んで、呼んでもらったのさ。どうしても伝えたいことがあってね」
 唄丸が、穏やかな眼差しでこちらを見た。
「樂さん覚えてるかい。――先代の、円樂さんが亡くなった時のこと」
 覚えている。そういえば、あの時も知らせを受けたのは旅先だった。
 あまりに突然で、どうしていいかわからなくて。それを引きずったまま夜中にこの人に電話をしてしまった。
 今思えば迷惑な事をしたものだが、それでも唄丸は咎めることなく「しっかりしなよ」と叱咤してくれた。
「あの時のあんたは本当にひどい有様でね、聞いてるこっちが辛かったよ。……だからかねえ、もう駄目かもしれないって時にふと気になったのさ。『あたしが死んだら、樂さんはどうなっちまうんだろう』ってね」
「……!」
「あんたはずっとあたしを頼りにしてくれて、三人目の父親だとまで言ってくれたろう? 嬉しかったけど、少し不安だったよ。もしもあたしに何かがあって、支えが無くなったらあの時以上に駄目になっちまうんじゃないかって」
 でも、と唄丸が微笑んだ。
「杞憂だったみたいだね。ずっと見てたけど、本当によくやってるよ、あんたは」
 出来れば翔太さんには、あそこで座布団を取って欲しかったけどね、と唄丸が楽しそうに言うのを見て、円樂の目にまた涙が滲んだ。
「そんな……そんな事、ないですよ」
「だからね、あたしが伝えたいことってのは、一つだけ」
「師匠」
 やめてくれ。
「樂さんさっき言ってたね。『あなたと一緒にいられることが幸せだ』って」
 きっとそれを聞いたら、この時間が終わってしまう。
「あたしも、あんたに会えて、同じ時間を過ごすことが出来て、幸せでしたよ」
「唄丸師匠!」
「もうさっきみたいに、泣いたりするんじゃないよ。今度はあんたが、皆の支えになる番なんだからね」

「俺は……俺はまだ」
 あなたが必要なんだ。まだ教えてもらいたいことだってたくさんあるし、受けた恩の一つもまだ返せていない。
 あの最後の見舞いの日、代演に行く自分に「悪いね、借りを作っちまって」と言っていたけど、あんなの借りの内に入るものか。むしろ返せなかったものが多過ぎて、ずっと後悔していたぐらいなのに。
 そう言いたかったのに、再び溢れた涙がそれを許してくれなかった。
「ああもう、泣くんじゃないと言ったばかりだろう?」
 しゃくり上げる円樂に、唄丸がそっと自分の手拭いを差し出した。
「樂さん」
 受け取ったそれで涙を拭っていると、空いている手を唄丸がそっと握った。
「そりゃあね、出来ることなら、あたしだってもっとあんたと一緒にいたかったさ。やりたいことだってまだあったしね。でも、それはもう出来ないんだ、わかるだろう?」
「わかってます。でも、」
「よく考えてごらんよ。本当に樂さんには、あたししか頼りに出来る人がいないのかい? それじゃあ周りにいる仲間が可哀想だよ」
「え」
「あたしがいなくなってから今日まで、どれだけ皆に助けられてきたかようく思い返してみな」
 円樂は改めて、今日までのことを思い出してみた。あの人が亡くなったと聞いて、自分の方が参っているのではないかと心配してくれた友人。
 気落ちして、まともに落語も出来なくなりかけた時に必死に元気付けてくれた後輩。
 茶化しながらも、共に悲しんでくれた同期の仲間……様々な人が、自分も悲しいはずなのに力になってくれた。
 なのに心に空いた穴が大き過ぎて、気づかずにいた。
「その事を、忘れるんじゃないよ」
「はい、唄丸師匠」
 まだひどい顔だったかもしれないが、円樂はなんとかしっかりと唄丸の方を見つめ返した。
 と、強い風がざあっと、桜の花びらを散らしていく。
 それを見てああ、と唄丸が手を離した。
「どうやら本当に時間だね。これ以上一緒にいたら、本当にあんたが死んじまう」
「……もう、行くんですか」
「仕方がないよ。もうあたしは向こう側の人間なんだ」
 その声色に、寂しさが滲んでいたのはきっと気のせいではないだろう。

「やれやれ、ここから遠いから道案内でもいてくれるとありがたいんだけどねえ」
 唄丸がこちらをちらと見たのを見て、円樂は笑った。
「言ったでしょ? 案内は出来ませんよ。まだあっちでやらなきゃならないことや、返さなきゃいけないものがたくさんありますからね」
「それは残念」
 と言いつつも、唄丸は満足そうだった。
「じゃあね、樂さん。お元気で」
 そして、こちらに背を向け、歩き出す。
「たまに様子を見てますからね。あんまり情けないようなら本当に連れて行くから、そのつもりでいなさいよ」
 ――行ってしまう。今度こそ本当にお別れだ。でも唄丸は、あえてそうしたのだろう。『さよなら』とは最後まで言わなかった。
 それなら、俺もさよならは言わない。
「いってらっしゃい。唄丸師匠も、お元気で」
「……そりゃあ小有座さんのマネかい? あんたもまだまだだね」
「……言ってろ、ジジイ」
 その言葉に、唄丸が振り返って笑った気がした。

エピローグ

「……匠、円樂師匠!」
 今度は必死に呼ぶ声で、円樂は目を覚ました。
 最初に飛び込んできたのは、心配そうに覗き込んでる鯛平の顔。
「……何、どうしたの?」
「ああ〜よかったあ〜!」
 途端にその場にへたり込む。よく見ると、楽屋全体がざわざわしていた。
「何だよ、何かあったわけ?」
「何他人事みたいに言ってるんですか!」
 鯛平が、やや怒ったような口調で言った。
「もう時間だからって、いくら起こしても円樂師匠が起きなかったから、今スタッフさんが待機してる看護士さん呼びに行ったところなんですよ!」
「……そうなの?」
「そうですよ! 全くもう〜」
「ホラホラ耳元で大声出さない。大丈夫かい? 樂ちゃん」
 そういって後ろから顔を見せたのは好樂だ。
「まーさか唄丸師匠を追いかけていこうとしてたんじゃないだろうねえ。まだ早いよ」
 その後ろには小有座もいる。翔太と喜久扇と参平は、スケジュールの関係でまだ来てないのか、姿が見えなかった。
「あー、小有座さん。それ半分当たり」
「へ?」
「夢に唄丸師匠が出てきてさ。道案内に連れてかれそうになったから大急ぎで逃げてきたとこ」

 何嘘ついてんだよ、と向こうで怒っているであろう唄丸を想像して、円樂は少し笑った。
 すいません、師匠。でも皆をこれだけ心配させるほど長く引き留めたんですから、これぐらい許してくださいな。
「意外だねえ。そういうことがあったらついていくと思ってたけど」
「行かないよ〜! 俺だってまだやりたい事いっぱいあるもん」
 そこへ看護士が駆けつけ、あれこれ調べられたあげく問題なしということになり、ようやく円樂は支度を始めた。
 残る三人も到着し、楽屋にいつもの雰囲気が戻った。やがて収録の時間が近付き、客席での挨拶を撮る翔太が一足先に出て行く。と、
「円樂師匠」
 読んでいた雑誌から顔を上げると、鯛平が神妙な面持ちで立っていた。
「何、どした?」
「さっきの夢の話、本当ですかあれ」
「言ったろ、半分は当たりだって。……どうかしたのか?」
「行かないでくださいよ」
「は?」
「また唄丸師匠が来たとしても、絶対に行かないでくださいよ。僕はもう、あんな思いするの嫌ですからね」
 ふと、ほんの少しだが鯛平の瞼が腫れていることに気がついた。
「……ひょっとして、泣いてた? お前」
「当たり前ですよ!」
 否定するかと思いきや、強く言われて円樂は面食らった。
「大切な人が死ぬかもしれないって思ったら、普通泣くでしょう!」
 鯛平の目に、新たな涙が滲んでいる。やれやれ、と円樂は溜め息をついた。しっかりしてるかと思いきや、意外とこういうところがあるのだ、こいつは。
「あのね、もうじき収録始まるよ。泣いてどうすんの」
「すいません」
 ふと、唄丸の言葉が脳裏をよぎる。
 ――今度はあんたが、皆の支えになる番なんだからね。
 そうですね、唄丸師匠。あなたみたいにはなれないかもしれないけど、頑張ってみますよ。こうやって、私を頼りにしてくれてる奴もいますしね。
「始まるまでに何とかしときなよ。カミさんと喧嘩して泣かされた、って誤解されるからなー」
「ちょっと円樂師匠!」
「何、ついに離婚しそうなの? 鯛ちゃん」
「違いますよ好樂師匠! あ〜もう、心配して損したぁ!」
 頭を抱える鯛平を見て、円樂はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
 これでしばらく、あいつが不安がることはないだろう。

―了―

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

しまった、耶麻田くんを入れてなかったよ。ごめんね……。
長々とおつきあい下さり、本当にありがとうございました。


このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP