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男娼アドルフに告ぐ

ありがとうございます。続編です。

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男娼アドルフに告ぐ Edit

 よく光の入る広いアトリエを借りられたことは幸運だった。
 さすがフランス、陰気で垢抜けしない我が国なんぞとは違うようだ。しかし、私はやはりベルリンが、鹿爪らしい故国の人々が懐かしかった。
 いずれにせよ、戦時中だというのにいい気なものだと我ながら思う。それも恐らく欧州史上、いや世界史上最大規模の戦争の只中だというのに。
 尤も、飽くまで「今の所は」という但し書きが付くだろう。考えてみれば何でもそうだと、べつに哲学者やペシミストや仏教徒でなくてもわかるが。
 「そもそも、ぼくや君のような絵描きまで兵役に駆り出そうというのが、何とも無粋な話だよね。たまにはこうして息抜きもしなけりゃ」
 白いキャンバスに絵筆を走らせながら、ヌードモデルの緊張をほぐす為の会話の続きを促す。こういう時、口を利くのを極度に嫌い、ひたすら黙りこくったまま作画を進める絵描きも多いが、私はそうではない。
 「ええ。戦争は政治の最悪のフェーズですから。政治家は戦争をする為になるものではないし、にも関わらず、不幸にして戦争になってしまったのなら、一刻も早く終わらせる努力をしないといけない。ぼくはこの戦争が終わって、画家か建築家として大成できないなら政治家に転向しようかと考えています。職業軍人にはそんなになりたくない」
 軽い世間話程度でもいちいち全力で受けとめ、生真面目なコメントを返さずにはいられないこの風変わりな上等兵の特異な性質にはこの頃はもう馴染んでいたが、やはり、素っ裸で突っ立ったまま、にこりともせずにそんな弁舌を振るわれるとちょっと興醒めしてしまう。
 参ったな。こんな子初めてだ。彼のチャーミングなオーストリア訛りは好きなのだが。
 「そ、そう?こんな話、あんまりおもしろくないんだけど」
 「そうですか、失礼しました。では何かもっとおもしろいことを考えます」
 「なんも考えなくていいよ。君は多分、あれこれ深く突きつめて考えすぎると周りまで振り回して、却って何もかも台なしにするタイプだよ。人生大いに楽しむべし。もっとホワッとした表情が欲しいな。目線もうちょい上に。そーそーいい感じ。色っぽいね~。アドルフ、おまえは雰囲気があるし、スピーチも巧いからきっと政治家になれば人気が出るよ」
 ドイツとの国境にある山村の生まれだという。その二十七、八の青年の体はたおやかで、感じやすく、私の視線、私の絵筆に容赦なく犯されることに恥じらいながらも従順で、歓びを覚え、その後のベッドでの私の行為によく反応した。
 私は従来、若くてきれいな男に目がなく、若い男の裸を描き、対象物をもっとよく知る為と尤もらしい口実をつけてはその体を貪る為に画家になったようなものだ。アドルフの場合、醜くはなくても特別に美形でもないのだが、言葉にし難い非凡な存在感を宿す明るい目に心を捕えられた。自分でも絵を描くという彼を、どうしても脱がせたい、描きたい、抱きたいと思った。
 脱ぐことには全く躊躇せず、性器まで晒すのも、煽情的なポーズを取るのも平気だった。裸にして描画を開始してみてすぐ堪りかねて、会話も作業も中断して邪欲塗れの手を伸ばしてしまったのだが、不意の抱擁にも愛撫にも口づけにも驚き戸惑う様子はなく、落ち着いたもので、男に慣れていると最初から思った。
 寧ろ、積極的に応じる素振りすら見せた。立ったまま、彼より背の高いこちらの頭に両腕を回し、自分から舌を絡ませてきた。太腿にアドルフのはちきれそうな熱を感じ、細い指がさりげなく、私のカッターシャツの釦を一つ二つと外しにかかった。年下の上等兵と長い口づけを交わしながら、私はもどかしくシャツを脱ぎ、床に放った。そして彼のひょろ長い体を横抱きに抱えて、ベッドへと連れて行った。
 これまで幾つの眼差しがその透き通るような素肌をなぞったのか。夕暮れ時、アドルフは私の差し伸べた腕を枕にしながら、父、母、妹、姉夫婦、教師たち、同級生、ドナウ河畔の街リンツ、決して子供らしい幸福に光り輝いていたとは言えない少年時代の思い出を追い追い語った。私は胸を痛めつつそれを聞き、時折、彼の耳を甘噛みしながら囁いて尋ねた。
 「初めて男に抱かれたのは?幾つの時?」
 「十五の時です」
 と曾てのリンツの少年は頬を薔薇色に染めて告白した。
 「劇場で出会った一つ年上の人が最初の恋人でした。十八の時にぼくがその彼をウィーンに連れて出て、暫く一緒に暮らしていました。彼は音大に通って、ぼくは美大を目指してたけど、前にも少しお話しした通り、合格しなくて。その内、一緒にいるのが辛くなって、またお互いの為にもならないんじゃないかと思えてきて、彼がリンツに帰省してる間に、黙って行方をくらましたんです。彼はそんなこと夢にも思っていなくて、新学期もまた一緒に暮らせるね、ずっと一緒だねって言ってたけれど」
 あまりに切なく痛ましい話だった。今でも見られるアドルフの未熟さ、不器用さとそれらに見合わない高すぎるプライド故の極端な行動だったのだろうが、私はその愛情濃やかで繊細な音大生の心中に思いを馳せずにはいられなかった。どれほどまでに打ちひしがれ、断腸の思いで捜したことだろうかと内心では思ったが、それは口に出さず、こう言うに留めた。
 「その人は?」
 「わかりません。音楽家になったんじゃないかと思うけど。恐らく今は彼もオーストリアで徴兵されていると思うので、きっとひどい目に遭っています。あんな大人しい、ただピアノやヴィオラを弾いていたいだけの人に戦場は苛酷すぎます。無事だといいけれど。戦死したり大怪我したりしてないといいけれど」
 アドルフはその独特な光彩を放つ碧い目を瞬かせた。まだ、その男を愛しているのだろう。愛していたからこそ、二度と会わない覚悟で自ら彼の前を立ち去ったのだ。
 黒髪をそっと指で梳いてやった。私は恐らくアドルフとは正反対に、生来享楽的で軽快な性分だ。また、年長でもある。こういう時は一緒になって悲しみに浸り、深刻になるよりも、ただ一言、このように言う方がいいと思った。
 「妬けるね」
 実際、本心もあった。
 「そんないいものじゃありませんよ。ぼくなんて、彼と別れた後はウィーンやミュンヘンで男に春をひさいでいましたから。喰いつめていたとはいえあまりに浅ましい」
 下卑た笑いを浮かべ、舌舐めずりする男たちに弄ばれ、嬲りものにされた自分の体を隠すように、彼はシーツを手繰り寄せた。つい先日も、寝ている間に心ない戦友たちからひどい辱めを受けたと、泣きながら言葉少なに打ち明けた。
 私はそんなことは何とも思わなかった。
 「それって芸術家のパトロン作りでしょ?こういう世界は多かれ少なかれそんなものだよ。私にだって覚えがあるよ」
 この関係だって似たようなものだろ、おまえ俺の口利きで絵描きのコネやら勲章やら欲しいんだろ、とも思ったが、それも口に出さなかった。アドルフの傷に塩を擦りこむような真似をしたくなかったからというのが第一だが、私のようなただの好色漢とは違う、かの天使のような音大生に、ささやかにして絶望的な対抗意識を燃やさずにいられなかったのだ。
 「その彼が今も無事に生きていたら――そうだといい、きっとそうだ――、きっと『アドルフはどうしているやら、戦争で死んでいないといいけれど』と同じように案じていると思うし、君がどんな人間であっても、大袈裟な言い方をすれば、たとえ人類史上最も唾棄すべき人間であったとしても赦してくれると思うよ。なんかぼくはそんな気がするな。
 それと、君がこの間ハンス・メントや取り巻きに悪戯されたことはその彼とも、君自身の尊厳とも何の関係もないから、自分を責めることはないよ。よく話してくれたね。早く忘れてしまえるといいね」
 アドルフを抱きしめ、ちゅっと口づけして頬に流れた涙を吸い取ってやった。
 「ありがとうございます。ラマースさんはやさしいんですね」
 私の腕の中で、彼はやっと笑顔になった。かわいい男の子と見るやアトリエに連れこんで、「きれいに描いてあげる」などと言葉巧みに言いくるめて裸に剥いては手籠めにしている男のどこがやさしいのだろうか。そんな風に言われるとバツが悪くなるが、そう親しく呼ぶように命じたのは私だった。軍隊だからといって階級名でも役職名でも呼ばれたくはなく、かといって「画伯」だの「先生」だのと呼ばれるのも御免だった。
 時が移り、いつしかアトリエは青紫の月影の中に沈もうとしていた。私は曾ての哀れな音大生の恋人を再び抱き寄せ、口づけし、その臍から下へと手を這わせた。
 既に充分血の通った部分をそっと握り、上下に扱くと、半開きの唇が切なそうな喘ぎを洩らした。その悩ましげな表情を楽しく見比べながら、指先に滴った彼の先走りを愛らしい双の乳首に塗りつけた。そのついでにちょっとつついたり摘まんだりしてみる。実にいい色、いい形をしている。濡れてツンと立った乳首を咥え、可憐な春歌の詩句を愛唱するように、しゃぶりつき、舐め回した。アドルフは若枝のように体をしならせて悶え、息を乱して私の頭を引き寄せ、熱に浮かされたように、Mehr(メーア、「もっと」)と甘やかに啼いた。
 普段、この比類のない若者を殆ど身動きの取れないほど雁字搦めに縛りつけている自制と道徳の箍が弾け飛んだ。彼は俄に私を仰向けに突き倒すと、自ら私の猛り立った部分をぐいと掴み、その上に跨り、大胆に腰を沈めていった。私はもう少し、静止したまま、彼の温かな肉壁に一物がふんわり包まれている感触をじっくり味わっていたかったのだが、そうはいかなかった。両手を私の掌に重ね、十の指をしっかりと絡ませて、アドルフは性急に、狂ったように腰を打ち振った。遥かな天空から降り注ぐ神秘なる月光が、飛び散る汗を珠のようにきらめかせ、激しく乱れ動く影をアトリエの壁に描き出した。

 「『青い鳥』って知ってる?」
 絶頂の余韻が引き潮のように遠ざかってゆき、火照った体も冷め、上がった息も整い出した頃、またアドルフに手枕をしてやりながら、ふと思い出して言った。
 「ええ。何年か前にフランスの作家が発表した戯曲ですよね。一応読みましたけど、あんまり細かい所まで覚えてないです。それがどうかしたんですか?」
 「その中に『夜の御殿』という場面があってね、『この世が始まってこの方、人間を悩まし続けてきた秘密という秘密が押しこめられている』扉が沢山あるんだ。人類のありとあらゆる災厄や不幸がそこに封じられているの」
 私はその啓示的な夢幻童話劇が好きなので、つい瞳が輝き、声が大きくなった。
 「あ~そういえばそんなのあったような気がします。でも、なんで今そんなの思い出したんですか?」
 「いや、さっきから戦争の話してるじゃない?」
 更に熱を込めて続けようとした私の無邪気な言は遮られた。
 彼は不意に、謎めいた、悪魔的な微笑を浮かべた。まるで、その仄白い裸身を取り巻く闇そのものが嗤ったかのようだった。ただたまたま気に入った相手と、私にとってはごく日常的な戯れのひと時を、その快楽を分かちあっているに過ぎないのに、どうしたことか、未だ人の子が達したことのない、世界のとてつもない禁忌、永遠に紛れもない邪悪の粋であり続けるものの吐き気を催すようなはらわたにじかに触れた気がした。どんな天分に恵まれた詩人も筆舌に尽くせぬおぞましきその真の姿を垣間見たように感じて、理由もなく、また柄にもなく、血の気が引くのを覚えた。
 得体の知れない恐怖に襲われたのは一瞬だった。蛇のような腕が伸びてきて私の首に絡みつき、毒を含んで妖しく蠢く舌が耳に差し入れられた。再び、ひたひたと高まりゆく官能の中で、彼はしどけなく、淫らに囁きかけた。
 「もう一発やりたいな。今度は今のよりももっと熱くて激しいのが欲しい・・・・。もっとたっぷり時間もかけてね。ねえ、もう一回いいでしょう?ぼく、もっともっといけないこと、いっぱいしたいの」

Ende

夜:気をお付け。そこには「戦争」が入ってるんだよ。昔から見るとずっと恐ろしく、力も強くなってるから。その中の一つでも逃げ出したが最後、どんなことになるかわかりゃしない。ただありがたいことに、あいつらみんな太っていて、のろまなんだよ。だが、みんな総がかりで扉を押さえてなくっちゃいけない。その間に洞穴の中を大急ぎでちょっとだけ覗くんだよ。
【中略】
チルチル:ええ、ええ、とっても大きくて、恐ろしい奴らだった。あんな奴らが青い鳥持ってる筈ないや。

(モリス・メーテルリンク「青い鳥」1908)

Edit

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

ロータル・マハタン「ヒトラーの秘密の生活」より。
ナチの高官ハンス・ハインリヒ・ラマースとは別人ですので悪しからず。

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