一瞬だけど永遠
更新日: 2017-08-22 (火) 04:00:21
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静かな夜だった。
いつも聞こえていた心電図を刻む電子音も、ぽたぽたと垂れる点滴の音も聞こえない。
着けられていた人工呼吸器は外され、久しぶりの自発呼吸はやはりろくに酸素を肺には送ってくれなかった。
だが、それでいい。全ては今日ここで終わる。
家族に囲まれ、ベッドに横たわる男はとても穏やかな気持ちだった。
大企業を経営する父の元に生まれ、金に不自由することなく育てられた。
家族仲は良好で、忙しいながらも父はよく旅行に連れて行ってくれて様々なことを教えてくれた。
母はお嬢様育ちらしくおっとりとした穏やかな人で、自分や弟妹をいつも優しく見守ってくれていた。
幸いにも頭もそう悪くなく、良い大学に進み、卒業してからは父の知り合いの会社に入り経営を学んだ。
やがて父の会社に移り、跡取りとして名に恥じないよう必死で働いた。
あるパーティで知り合った取引先の社長の娘に見初められ、相手からのアプローチで結婚、2男1女に恵まれた。
父がそうであったように、自分も子供たちに様々な経験をさせようと家族でたくさん旅行をした。
誤算だったのは長男次男がそこから世界に興味を持ち、会社経営ではなく長男は外交官、次男は国際協力NGOとなったことだ。
お兄ちゃん達には好きなことをやらせてあげてよ、会社は私が継ぐわ、とは末っ子長女の言葉である。
大学で経営学を学び、今ではそこで見つけた婿とともに会社を盛り立てている。
孫は全員合わせて7人、一番末の孫はまだ7つだ。
その子は泣きそうな目でこちらを見つめている。
「父さん……」
最初に泣き出したのは長男だった。昔から涙もろかった。
目線でそれを見咎める。
「兄さん、泣き虫は変わらないな、父さんが言ってるぞ『なんだお前、男のくせに』って」
そうからかう次男も泣き笑いの表情だ。
自分の死に、ここに集まった者達は皆悲しんでくれている。
その事実が男を死の恐怖から遠ざけた。
一人一人お別れの言葉をかけていく。どの思い出も暖かかった。
だけど、たった一つ心残りがある。
この心残りを解決しなければ、死んでも死にきれない。
力を振り絞り、男は言葉を発した。
「彼と……二人きりに……」
家族と主治医はうなづくと、ぞろぞろと退出していく。
そうして部屋には彼と男だけが残った。
「旦那様……」
彼はそっとベッドに近づき、力なく投げ出された手を握る。
握られた男の手も、握る男の手もしわだらけの老人の手だ。
だが、彼らは違った頃の手をを知っている。
子供の頃、遊びに行こうと彼の手を引っ張って飛び出したのは男の手だった。
中学で部活に打ち込み豆だらけになった手に包帯を巻いてくれたのは彼の手だった。
大学の時、将来について悩み荒れた時殴り合った手だった。
男は就職し、彼は親の跡を継いで男の家の家令となった。
疲れ果てて帰ってきた男を出迎え、荷物を受け取るときにそっと触れる手だった。
物心つくころからずっと共にいた。
彼は男の人生を一番近くで見つめていた。
男が結婚する時、彼は何より喜んだ。
彼が結婚する時、男は誰よりも祝いの言葉を贈った。
お互いがお互いの無二の存在だった。
共にあるのが当たり前だった。
二人は見つめあい、男はこれまでの人生で言わなかった胸の内を吐き出す。
「……愛しているよ」
「存じ上げております。もちろん私も」
少しずつ二人の影が近づき、重なる。
男は満足げに瞼を下した。
最初で最後の愛の告白。
最初で最後の口づけ。
「お休みなさい、すぐに追いつきますので」
一礼し、彼は静かに部屋を後にした。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
- 見たことある文体 -- 2017-08-22 (火) 04:00:16
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