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春は来ぬ

焦点、紫×緑で小話をひとつ。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「月が綺麗だね」
刹那、ぴくりと心が震える。
期待などするものではないのに、反射的に動かされてしまう心に思わず苦笑いだ。
平然を装って肩を並べて歩く老人に視線を向けると、空を見上げてほうと息を吐いているところだった。
「冨士子さんに怒られますよ」
きょとんとした表情をしたが、すぐにさも楽しげに笑い始めた。
「やだね 、夏目漱石じゃあるまいし。純粋に月がよく見えるって教えたかっただけだよ」
なるほど、雲の影を時折纏いつつも月は静かに光を湛えていた。
春は名のみ、冬の残滓を含んだ夜の空気はきんと冷たく、その姿を一層美しく見せていた。
「てっきり私は愛の告白をされたかと」
「馬鹿だね」
「師匠のためなら死んでもいいです」
「四迷先生に謝んなよ」
冗談として、堂々と告げることの出来る愛の告白。
好々爺は視線に言葉に込められた思いに気付いているのかいないのか、月が眩しいとばかりに目を細め、目尻の皺を一層深くして言う。
「あたしにお迎えが来るまで、精々恋い焦がれていなさいよ」
あんたのお迎えが来るまでだって?
冗談じゃあない、俺に迎えが来るまでの間違いだ。
この身はじりじりと 、死ぬまで叶わぬ恋に焦がされ続けるのだ。
そうして骨まで焼ききられた時に、蝋燭の火が消えたらどんなに素敵だろうか。
「師匠があんまり焦がすから、腹が煤けて真っ黒になっちまいましたよ」
「そりゃあたしのせいじゃないだろ」
言いがかりもほどほどにしろと、からからと笑う声を、細い体躯を、今自分にだけ向けられたその優しい眼差しを、目に、耳に、心に焼き付ける。

全く罪なお方だ。
人に火をつけておいて、自分は先に消えちまおうってんだから。
全てを五感に刻み付けたい。
誰にも見せない、告げない、それでいい。
気付けばじわじわとかけられていたその呪い、効果は蝋燭の炎が消えるその日まで。
この思いの終着点は、俺の墓の中だ。
じりじりと心を焼かれる痛みすら、男にとっては最早愛しい自身の一部だった。
幸せそうに笑いながら、今夜もまた冗談を吐く。
「お慕いしていますよ、師匠」

【了】

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

最早同じ空間で息をしているだけでも愛おしいです、このお二方
お目汚し失礼しました

  • 生涯をかけた恋物語。切なくて、でも幸せで、最高です! -- もえ? 2016-05-04 (水) 07:51:13

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