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絶えなば絶えね

(前回「半生」の注意書きを忘れました、申し訳ありません)

・半生、お$台走査選で信条×夢炉伊(信条→(←)夢炉伊)です
・前作「葦のかりねの」の続きになります、エロあり。
・夢炉伊×女性の描写があるので注意、ハム式で発表されたらしい
エリコさんの日記は読んでいないので、齟齬があったらすみません
・長文ゆえ、前編・中編・後編5レスずつの三回に分けます。ご迷惑をおかけします

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース !

(“チエコは東京に空がないと言ふ、ほんとの空が見たいと言ふ……”)
 君が一番好きな詩の一節を歌うように口ずさむのを、私は黙って聞いていた。私が、大学を卒業した後は
東京に行くつもりだと初めて君に語った時のことだ。
(……ねえ慎次さん。東京にも空はあるのかな?)
 君の目で確かめたらいい、一緒に東京に来てくれないか――喉まで出かかった言葉を、何とか呑み込んだ。
心の中で苦笑する。付き合い始めて間もないのに、まだ早い……
 ――そして私は、その言葉を口にする機会を永遠に失った。

 毎年、彼女の命日かそれに近い日を選んで、宮城にある墓に花を供えに行く。彼女の家族には、会わない。
……合わせる顔がなかった。
 その帰り、電車を待っていた東京の駅のホームで、私は一人の女性に釘付けになった。――少し似ている、
なんていう程度のものではない。彼女に生き写しだ。
「……江里子」
 思わず口に出してしまっていた。そんなはずはない。彼女は死んだのだから。こちらに横顔を向けていた
女性が、私に気付いた。人違いだと、謝らなければ……しかし彼女は――私を見て、ふわりと微笑んだ。
懐かしい笑顔がそこにあった。

※※※

 またか。あなたが見合い話を断ったという話を聞くのは、これで何度目だろう。同僚たちの中には、
あなたがゲイなのではないかという下世話な噂をする者までいる。……むしろそうであったら私に
とっては楽なのだが、どうにも信じがたい。
 あなたが早く結婚してくれれば、私だっていつまでもこんな想いに囚われずに済む。あなたに対する
想いが完全に恋愛感情だと、認めざるを得なくなって数年。始め、これはプラトニックなものなのだと
考えていた……しかし、あなたとプライベートでも交流するうちに、気持ちはどんどん加速した。
あなたに会いたい。あなたと話したい。――あなたに、触れたい。
 愕然とした。自分で気が付いていなかっただけで、私は同性愛者だったのか? ……いや、違う。
あなただけが特別なのだ。他の男性に性的魅力を感じたことなどないし、あなたに恋をしている
今でさえ、好みの女性を見て心を動かされることがある。……自分でも最低だと思うが、これは
恐らく多くの男に共通することだろう。
 このままあなたに接し続けていれば、いつか想いが暴発するかもしれないと、危惧してはいた。
だが、私は自分の理性を信じた――それが過信だとは、思わなかった。
 上役が勧める縁談は、東大閥でないというハンデを抱えたあなたにも必ずプラスになるはずだ。あなたは
上に行くべき人なのに……そのためには、私個人の劣情などどうでもいい。デリケートな話題ではあるが、
今度飲んだ時にでも聞いてみるか、と私は決めた。

 その機会は、割とすぐに訪れた。数日前、あなたは例によって作りすぎたからと、保存容器に入った
カレーを私の部屋まで持ってきた。私が風邪を引いた時、私にろくに料理をする習慣がないと知った
あなたは、ちょくちょく私に手製の食事を分けにくるようになったのだ。私の基準で考えれば、これはただの
先輩後輩という範疇を逸脱している。しかし、あなたにそのつもりがないことも、私は充分承知していた。
 その日はそのまま私の部屋で飲んだ。私が他の同僚には漏らさないような仕事上の愚痴を話すのを、
あなたは黙って聞いてくれていた。……あなたに甘えているという自覚はあったが、心地よい時間だった。

 やはりこの関係が終わる時が来たとしたら、耐えがたいものがありそうだ。思えばこの日から、
あなたの顔は少し沈んでいたかもしれない。
 そして今日、容器を返しにきた私をあなたは部屋に招き入れた。この間飲んだばかりでもあるし、
今回は用が済んだら帰るつもりでいたのだが。あなたが思い詰めたような表情をしているので、何か
話したいことがあるのだと分かった。珍しいこともあるものだと思いながら、私はあなたの部屋に上がった。
 いつも酒を飲んでいるダイニングのテーブルは、資料の山で塞がっていた。今抱えている事件が
難航しているようだが、あなたの悩みの種はそれではないらしい。あなたは私を寝室に通し、
ベッドの前に置かれたこたつの席に座らせた。あなたの寝室に入ったのは初めてだった……これが、
後で思わぬ結果を産むことになるとは。
 酒とつまみを用意したあなただったが、一向に話し始める気配がない。相変わらずの表情で酒をあおる
あなたに、そんな顔で飲んで美味いのだろうかと思った。
 ……どうやらあなたはまだ話す決心がつかないらしい。夜はまだ長い。私の話から始めても構わないだろう。
「……榁井さん、聞きましたよ。また見合い話を蹴ったそうじゃないですか」
 あなたは、怯えたように肩を震わせた。こんなあなたを見たことがなかった。出された缶チューハイを
飲みながら、喋り続ける。
「確か、今年三十歳になられたんでしょう? ……そろそろ頃合いじゃないんですか」
「……仕事が忙しい」
 あなたがやっと口を開いた。
「だから結婚するんじゃありませんか。家事に煩わされずに済むようになる」
「……」
 女性の社会進出が進んだ今、“男は仕事、女は家庭”という考えは化石になりかけた概念である。
ここ警察でも、女性キャリアの数が年々増えているくらいだ。しかし実際、警察キャリアの男性の妻は
専業主婦であることがほとんどなのだ。私たちはひと度事件が起これば何日も仕事にかかりきりになる。
とてもではないが、家のことをこなす時間は取れない。
 再び黙ってしまったあなたに、私は畳み掛けた。

「私はあなたのためになると思ってこんな話をしているんですよ、榁井さん。……言い方は悪いが、あなたは
スタートラインからして出遅れてる。上司の娘やら姪やらと結婚することは、決して悪い話じゃない」
 ここであなたは、らしくないことを言い出した。
「……お前こそ、結婚する予定はないのか」

 ……何とか、動揺を気取られないようにした。私が結婚を考えられない原因そのものであるあなたが、
そんなことを言うのか。
 それに、そんな子供っぽい切り返しをしてくるとは驚いた。本当に、今日のあなたはどうしたと
いうのだろう。ふと、意地悪をしたい気に駆られる。
「榁井さんが結婚したら、私も考えますよ」
 そう、早く私の叶わぬ想いに引導を渡してくれないか。あなたは何度目かの沈黙に入った。
「……冗談です。……それとも、特に交際している女性でもいるんですか。というか、
恋人がいたことはあるんですか。……個人的にも興味があるな」
 知らなかったこととは言え、酔っていたとは言え……残酷な質問をしてしまった。一瞬表情を引きつらせた後、
あなたは重い口を開いた。
「……大学時代に、付き合っていた女性がいた。笑ってくれて構わない。……彼女のことが、忘れられない」
 意外な展開に、私は薄く笑っていた顔を固くした。
「……別れてしまったんですか、その女性とは」
「……ああ、そうだ」
 あなたはそれしか言わなかった。私も深くは聞かないことにした。人の心の傷を掘り返す趣味はない。
きっと、よんどころない事情があったのだろう。あなたが話したかったのは今の話題に関わりがある
ことなのかと、急にぴんと来た。
「……新條……」
 あなたがすがるような目で私を見つめている。夢でも見ているのか、私は……湧き上がってきた情欲に
喉がごくりと鳴りそうになるのを抑えて、私は言った。
「……いつもは、主に私が話を聞いてもらっているんです。たまにはいいでしょう、私が榁井さんの話を
聞くことがあったって」
 ……あなたは堰を切ったように話し始めた。一週間ほど前、“彼女”に似た顔立ちの女性に会ったこと。
始めは少し話をするだけだったつもりが、女性に連れられる形でホテルに入り、一夜を共にしてしまったこと
――まるで、許しを乞うように。

「……最低の人間だな、俺は……」
 何を言っているのだ。あなたが最低なら、そこらの人間は一体何だ。――その代表が、私だった。
「……あなたはその女性に金銭を渡しましたか。彼女が、十八歳未満だった可能性は?」
 あなたは驚いたような顔をした後、無言で首を横に振った。
「……なら、法的には何の問題もない。何を悩むことがあるんです」
「そういう話じゃない……自分で自分が許せないんだ……」
 分かっている。あなたを悩ませているのは、もっと道徳的なもの――自分の行為が、“彼女”への裏切りに
ならないかということだろう。
「そんなに、昔の彼女が気になりますか」
「……すまん」
 どうしてあなたが謝るのだ。そんな必要はどこにもないのに。何だか腹立たしくなってきた。
“彼女”とやらは、こんな人を置いて何をしているのか。
 酒のせいか、恋人のことを思い出したからか、あなたの目は少し潤んでいる。
「……本当にすまなかった、こんな話をして。もういいんだ。聞いてもらっただけで、楽になったから……」
 そうは見えないが。……座るあなたのすぐ後ろにベッドがあった。――憔悴した様子のあなたに
付け入ろうとする私は、あなたなどよりもずっと最低な男だ。
 私はあなたの方へにじり寄ると、突然、唇を触れさせるだけの拙いキスをした。そのままあなたの
腕を掴み、無理矢理ベッドに引き上げて寝かせる。よほど酔っているのか、柔道の段位を持っているはずの
あなたは抵抗もしない。
「新條……?」
 潤んだままの瞳で、私を呼ばないでほしい。本当に止められなくなってしまう。
「……しましょう。溜まっているんでしょう? 実は私もです」
 少しの間だけでもいい。……私が、“彼女”のことを忘れさせてやる。

 一人用のベッドに男二人が乗ると窮屈だった。幸い私たちはどちらもあまり大柄な方ではないけれど。
私はベッドに身を沈めたあなたの体の左横に座って、あなたを見下ろした。
 この期に及んでも、あなたはぼんやりとこちらを見ているだけだ。……すると。
「……お前……その、そういう趣味があるのか?」
「そんな訳ないでしょ」
 私は顔をしかめ、あなたの言葉を即座に否定した。私がこんな気になるのは、あなただけだ。
「今までも女性としか交際したことはありません。でも、相手が女性だと色々面倒も多い。男同士で、
しかも気心も知れている仲なら後腐れもない。……そう思いませんか」
 酔っていると言っても泥酔している訳ではなく、意識はしっかりしているようだ。そんな相手に、
こんな下手な理屈が通るだろうか。あなたに考える隙を与えないでおこう。
「成り行きでこんな体勢になってしまいましたが……あなたの方が先輩だ。電気は消しますから、
私のことは女だと思ってもらって構いませんよ」
 今は十二月だが、部屋の中は暖房が効いて暖かい。こたつに入っていたこともあり、私たちは二人とも
スリーピーススーツの上着を脱ぎ、上はYシャツとベストだけという状態になっていた。……この格好の
あなたですら扇情的に見えるのだ。明るいところでまともに裸など見たら、どうなってしまうか分からない。
 私は早速部屋の電気を消した。カーテンの少し開いた窓から、月明かりが皓々と射してくる。そう言えば、
今日は満月だった。……満月の夜には犯罪件数が増加するという。今までは下らないと思っていたが、私が
こんな行動に出ていることを考えると、あながち無視できないデータかも知れなかった。
 こたつ布団から特有のオレンジ色の光が漏れだしているのに気付き、スイッチを切る。火遊びに夢中に
なって本物の火事を起こした、だなんて洒落にもならない。
 元の位置に戻ると、私は緩んでいたネクタイを完全にほどき、ベストも脱ぎ捨てる。Yシャツのボタンを
上から何個か外したところで、もう一度あなたに向かって促した。
「……先輩にお譲りすると言ってるんです。さあ、お好きにどうぞ」

 ……あなたが身を起こし、私と同じくベッドの上に座った。これだと、あなたより背の低い私は
見下ろされる形になる。……駄目だったか。これからあなたは、お前は疲れてるんだとでも言って私を
諭しにかかるのだろう。それならそれでいい。この茶番で、あなたが多少なりとも傷を忘れてくれたのなら。
「無理だ……無理だよ、新條」
 ほら、やっぱり。しかし次の瞬間、私は耳を疑った。
「俺はもう誰も抱く気はない。……相手が男だって同じことだ」
「……?」
「お前も溜まっているというなら、俺の体を好きに使ってくれればいい」

 ……あまりに衝撃的な発言に、私はもう少しで気をやるかと思った程だった。
「それは……私が、あなたを抱く側になれということですか?」
「そうしていいと言ってる。……誘ったのはお前の方だろう」
 抱かれる側に回っても、性的関係を持つこと自体、あなたの言う不貞に相当すると思うのだが……私は
何も言えずにあなたのすることを見ていた。
 あなたはネクタイとベストを取り、ベッドの下に放り捨てる。……Yシャツ一枚になったあなたに、私は
自分でも情けなくなるくらい欲情していた。気まずいのか、斜め横を向いて話すあなたの唇がやけに赤く見える。
「……ほら……さっきまでの勢いはどうした? 早く、」
 私はあなたの顎を掴んでこちらを向かせ、二度目の口付けをした。

 少しかさついたあなたの唇を、なめるようにして湿らせていく。唇が潤ったところで、私はあなたの口内に
舌を侵入させようと試みた。あなたは私の意図を察して、自分から舌を絡めてくる。信じられない……
本当に、夢のようだった。今夜は私だけでなく、あなたもどうかしているとしか思えない。
 夢から覚めそうな気がして、とても目は開けられない。私は口付けを続けながらあなたのYシャツの
ボタンを外していったが、かなり手間取ってしまった。自分の経験不足が嫌になる。前の恋人と別れて以来、
軽い女性不信に陥った私は、あなたへの想いを女性と付き合うことで紛らわそうとも考えなかった。

 薄暗い部屋に、なまめかしい水音と私たちの呼吸音だけが響いていた。口付けの主導権は、実質あなたに
握られている。苦しくなる前に息継ぎを設けるタイミングといい、私よりも慣れているのだなと悔しくなった。
名残惜しかったが、私はわざと大きな音を立ててあなたの唇を離した。
 月光に照らされたあなたの上半身を見る。北国出身という割に色黒な肌。女性のような胸の膨らみや
くびれがある訳もなく、程よく筋肉の付いた引き締まった体つき。それなのに、あなたのどこもかしこもが
愛おしくて、どこから触れていいものか分からなかった……曲がりなりにも交際していた以上、学生時代の
恋人にも好意は持っていた。でも、こんな身の焦がれるような思いを抱いたことはない。やはり、愛だの
恋だのには十代という年齢は幼すぎたのかも知れない。やっと意を決し、私はあなたの肩を撫でるような
手つきでYシャツを脱がせようとした。あなたは自発的に袖から腕を抜いた。
 積極的に手を出さない代わりに、こちらのすることに協力的なあなた。……痛い程、分かっていた。
あなたは私の我が儘に付き合ってくれているだけに過ぎない。いつでもあなたに甘えっぱなしだな、私は。
 あなたの肢体に手を這わせる。首から肩、腕へ。うなじから背中へ。胸から腹へ……
「……っ」
 居たたまれないのか、あなたは目をつぶって体を震わせている。今さら、やめる気はない。もしあなたが
嫌だと言うなら、私を殴ってでも止めてくれ。
 あなたの首筋に唇を寄せた。痕を残しそうになって、はたと思いとどまる。いくら何でも、それは
まずいだろう……しかし、弱い吸い付きを繰り返しているうちに興奮が抑えきれなくなる。あなたを仰向けに
寝かせて愛撫を続行していると、あなたの胸に一つ、赤い痕が付いた。痛くしてしまったかも知れない。
「あ……」
 慌ててあなたの顔を見る。私が声を上げたことを訝ったのか、痛みのせいか、あなたは少し頭をもたげて
気だるげに聞いた。
「……何だ」
「痕が……」
 あなたは自分の胸を見て、首を振った。
「……見える場所には、よしてくれよ?」
 弱まりかけていた情欲の火が、また燃えだした。あなたの体に、私が触れていない場所が一つも
なくなればいい――私は思い付く限りの所に情痕を散らせていった。

 ……とは言え、流石にやり過ぎたか。私がズボンと靴下を脱がせたせいで下着一枚の姿になったあなた
だったが、寒そうには見えない。私は上半身に続き、脚全体にも愛撫を施した。情痕とは別の意味で、
あなたは顔だけでなく体まで赤くしていた。涙目で、にらむようにこちらを見て言う。
「……新條、っ、恥ずかしい……早く、終わらせてくれ……」
「すみません……つい」
 電気を消して良かった。心臓が早鐘のように打っている。きっと今の私は、恐ろしく余裕のない、
みっともない表情をしているに違いない。
 迷ったが、あなたの下着を押し上げている性器にそっと手を伸ばして、しごく。
「……はっ、……う……」
 声を殺しているあなたが時おり漏らす喘ぎに、こちらの息も荒くなる。……自分の体にも付いている物だ。
どうすればいいのかは分かっていた。ものは既に張りつめていたので、達するのに時間はかからなかった。
 肩で息をするあなたを見て、興奮冷めやらない私も息を整えるのに苦労した。……どうするのだ、この後は。
もはや私のものも、どうしようもないくらいに硬く立ち上がっていた。本心では、あなたと体を繋げたいと
思っているのだ。いくら何でもあなたにそこまでさせる訳にはいかない。でも。
 あなたが、欲しい――どうしていいのか分からなくなる。私は泣きそうになりながらベッドに倒れ込んで、
仰向けのあなたに横から抱きついた。
「……榁井さん……!」
 あなたは天井に顔を向けたまま、こちらに目をやると……私の頭を撫でた。
「好きにしていいと言ったろう……お前は、どうしたい?」
 こんなことをされておいて、あなたは淡く笑みを浮かべていた。どこまで私を増長させる気なのだ。
……どうなっても知らないぞ、私は。
「体に塗ってもいいような、クリームか何かはありますか」
「……そこの引き出しにハンドクリームが入ってる。取ってこよう」

 ……どういう訳か、あなたは私のしようとしていることが理解できたらしい。下着姿のまま立とうとする
あなたを、私は押し留める。
「っ、いくら家の中でも、そんな格好でうろつかないでください……私が、取ります」
 あなたの言う通り、ベッド近くのチェストの引き出しの一つにハンドクリームがあった。香りはあまり
良くない薬用のものだが、用途を考えれば好都合だ。着たままになっていたYシャツは、汗でじっとりと
湿っていた。ベッドに上がる前に、シャツとズボン、靴下を脱いでしまう。私はあなたにのし掛かり、
下着に手を掛けた。

「あっ……んん……」
 あらぬ所を探られている痛みと羞恥のせいか、あなたは一層つややかな声を出す。クリームで滑りを
良くしたため、あなたの後孔は徐々に増やした私の右手の指を三本、飲み込んでいた。本来こんなことに
使う所ではない。時間を掛けた方がいいだろう。
 ……あなたの性器や後孔を直視し続けていることは出来なくて、私はあなたの気を痛みから逸らそうと、
上半身にキスを落としていた。さっきの愛撫で特に反応があった胸の尖りを口に含む。あなたはびくりと
身を悶えさせた。俄然、加虐心を煽られて、私はしつこくそこばかりを吸い上げた。硬くなった尖りを舌と
空いた手でいたぶっていると、あなたが苦しげに言う。
「は……っ、も、新條、もういいから……」
 私の方も息を弾ませ、あなたの胸から口を離して喘ぐように答えた。
「でも、っ、切れたりしたら……」
 あなたは私を押しのけてやおら半身を起こし、私の性器に下着越しに触れた。
「う……っ」
 それだけで吐精してしまいそうになるのを、どうにか堪える。
「こんなにして……、辛いだろう……? っ、こっちも、……」
 一度達したあなたのものは、再びすっかり首をもたげていた。……顔を上気させ、目を蕩けさせ、全身に
うっすら汗をかいて赤い情痕を散りばめているあなたの痴態を改めて見てとると、もう理性など欠片も残さず
吹き飛んでしまった。
 本当にいいのか、と最後の念を押すことも忘れていた。私は性急に下着を脱いで指を引き抜き、
あなたの中へ自分のものを一気に突き入れた。

 時間を掛けて慣らしたとは言え、思った通り性器を挿入するには狭いそこ。だが、多少の痛みなど
気にならない程に、あなたの痛みを気に掛ける余裕もない程に、あなたと一つになれたという悦びが身体中を
満たしていた。涙さえあふれてきそうだ。
 嬉しい……やはり私は、この人が好きだ……狂おしいくらいに愛しい……心の中で叫んだ。
……こんな想いを、あなたに聞かせられるはずがない。
「あ……っ」
 あなたの声に、我に返る。
「榁井さん……っ痛くは、ないですか……っ」
「……っ、大丈夫だ、大丈夫だから……」
 あなたが自分のことについて言うその類いの言葉は、いまいち信用性に欠ける。しかしあなたがもし
痛いと言ったところで、もう手遅れだ。……元々、お互いに限界近くまで高ぶった状態で挿入に移った。
私があなたのものを握りこみ、少しばかり律動しただけで――私たちは二人とも、呆気なく絶頂を迎えた。

 行為を終えてしばらくは、あなたも私も疲労で動くことが出来なかった。特にあなたには、かなりの負担を
掛けてしまったのだ。微睡みから覚めた後、私はそっとベッドを抜け出し、勝手にシャワーを借りてから
脱いだ下着を穿き直した。……下着は先走りの液で濡れていたが、替えなど持ってきていないから仕方ない。
 やはり勝手に拝借したタオルを湿らせ、布団やシーツに付いた精液を可能な限り拭う。別のタオルで、
まるで死んだようにぐったりと動かないあなたの体も拭いていく。あなたの裸体を見ても妙な気は
起きなかった。ただ愛しさだけが、夕凪のように穏やかに心に満ちていた。ベッドの下に脱ぎ捨てられた
衣服も、軽く畳んで床に置いておいた。これで、応急的な後始末は済んだか……リネン類は後できちんと
洗濯するべきだろうが、それはあなたに任せることにしよう。
 このまま帰っても良かったけれど、朝まであなたと一緒にいたいという誘惑が勝った。私はもう一度
あなたの眠るベッドに潜り込み、あなたの寝顔を見つめた。髪を乱し、目を閉じたあなたの顔はいつもより
ずっと幼く、どこか少年のようにも見える。あなたが寝息を立てているのを確認してから、私は囁いた。
「愛してます……私はあなたの側から、いなくなったりしませんから……」

 ――今日、私の想いは叶わないのだということが改めて分かった。あなたの心は、昔の恋人の元にある……
それでもいい。あなたが私に振り向いてくれなくたって、構うものか。
 あなたに身を寄せて眠りに就こうとする。……ふいに、これまで身動き一つしなかったあなたが私を
ぐいと抱き寄せた。私の頭は、あなたの胸に押し付けられる。あなたは起きたのではなく、単純に
寝ぼけているだけらしかった。
「……っ榁井、さん……」
 私が“彼女”の代わりだって、構いやしない……そのはずなのに。私はその晩、あなたの胸を涙で
汚すことになった。

 外から聞こえてくる鳥の鳴き声に、私は目を開けた。……あなたの腕の中で。
「……!」
 途端、蒼白になる。酔っていたからでは済まない。何てことをしてしまったのか。あなたの腕を外し、
急いで服を身に付けた。……夜の空気を持ち越してはいけない。洗面台で顔を洗い、乱れていた髪を
軽くではあるが整える。私がベッドから出たことで、あなたも目を覚ましたようだ。
 平静を装ったつもりだが、声が少し震えていたかも知れない。
「……お目覚めですか」
「新條……」
 身を起こそうとするあなたは、当然裸のままだった……私の付けた情痕もはっきりと残っている。昨夜の
光景がよみがえりそうになり、私はあなたが着ていたYシャツを渡す。
「明るい所で見たい格好ではないですね。……これだけでも、羽織ってください」
 ベッドの上で身を半分起こしたあなたは、心なしか傷付いたような表情をした。私はあなたから目を
逸らすと、スーツの上着を探して着こんだ。
「……自分から提案しておいてこんなことを言うのを、悪いとは思っています。あれは……酔った勢いで
することじゃなかった。私は心底、後悔しています。昨日のことは忘れてくださいますね? ……私も、
忘れることにしますから」

 あなたは私の言う通りにシャツを着て、やがて口を開いた。
「なあ新條……お前は、本当に……」
 ……それ以上、言わせることは出来ない。
「ええ、そうです……本当に、ただの気まぐれですよ。あなたも私も男です。まさかあれでどちらかが
妊娠する訳もないし、責任を取れなんて言わないでしょうね?」
 ……ぐっと黙りこくってしまったあなたを、流石にこのまま置いては帰れなくなった。
「……酷なようですが……昔のことは忘れて、早く結婚した方がいい。もちろん、ゆうべのこともです。
そうした方があなたのためだ」
 あなたは、はっと私の目を見た。少しの間、無言だったあなただが、
「……そうだな」
 それだけを言った。私はコートを手に持ち、自室へ帰った。

 それからの夜、私は時々あなたとの情事を再現した夢に苦しめられた。……実を言えばあの夜の前にも、
あなたのあられもない姿が夢に出ることはあった。しかし今度は実体験を元にしているだけあって、
よりリアルなものだ。
 ……やはり、あんなことをしたのは間違いだった。あなたに会うと、また自制が効かなくなるかも
知れない……今度こそ、想いを口に出してしまうかも知れない。
 自然、あなたから足が遠のいた。あなたも、私の部屋に来ることはなかった。
……数年後に私があなたの後任として警視庁捜査一課の管理官になるまで、一度開いたあなたとの距離は
そのままになってしまったのだった。

※※※

 えらく腰が痛くて、しばらく立ち上がることが出来なかった。……男とああいうことをすると
こうなるのか、と妙に感心した。今日は土曜日だったが、今抱えている仕事の件で午後から出勤することに
なっている。それまでに、痛みが少しでも治まるといいのだが……体と布団に付いた体液が、拭われた形跡が
あった。私が眠りこけている間に、新條がやってくれたのだろう。

 ……昨日の夜のことを思い出す。明かりを消し、服を脱いで迫るあいつの目があんまり真剣に見えたので、
最終的にはこちらが誘うような真似をしてしまった。口付けの時、あいつが舌を絡ませようとするのに応えて
やると、呼吸も忘れていつまでも私の口を離してくれなかった。息継ぎをさせるのが一苦労だった。
私に触れる手のひらと唇が酷く熱いものだから、こちらの体まで熱を持った。確かに見えない所ならいいとは
言ったが、こうも全身痕だらけにされるとは思わなかった。まるで赤ん坊のように乳首を吸われて、男でも
こんな所が感じるのかと思い知った。それに、最中に見せたあの欲に濡れきった瞳、切なげに私を呼んだ声……
 顔が火照る。参った。……ただの性欲処理に、ここまでする必要があるだろうか。単にお互いの精を
吐き出すのが目的なら、手淫と挿入だけで良かったはずだ。もちろんこればかりは個人差のあることだから、
たまたまあいつがああしないと駄目な体質というだけなのかも知れなかった。何とも思っていない相手にでも、
あそこまでできる性質の持ち主なのかも知れなかった。
 だが。……行為の後、いつの間にかあいつを抱き締めて眠ってしまっている自分に気付いて赤面した。新條の
体が温かかったので、無意識にやってしまったのだろう。離してやろうとした時、あいつの顔に涙の跡が
あるのが分かった。泣き疲れて寝てしまった、という風で、やけに幸福そうな、あどけない寝顔を晒していた。
(榁井さん……)
 甘えるような言い方に、心臓が跳ねる。寝言か……安堵しても、動悸は止まらない。
――やっぱり、離したくない……そう思って、より強く抱き寄せてしまった。
 奇妙な縁であいつと関わるようになり、まるで弟のようだと思ってはいた。……自分がそれ以上の感情を
抱いていたことに、今頃になって気が付くとは。そして、恐らくは新條の方も……
 さっきあいつがあんな素っ気ない態度を取ったのは、お互いの将来を思ってのことなのだと分かった。
新條の考えは正しい。これ以上、深い関係になってはいけない。どのみち私はこの先結婚することも
ないだろうが。……あいつのことを思うと、その方がいいに決まっていた。
 ――新條のことを考えていた今の瞬間、彼女のことは確かに頭から消えていた。そんなことは、許されないのに。

 彼女が死んだことを話さなかったのは、あいつにまで十字架を背負わせるようなのが申し訳なかった
からだった。そして、行きずりの女性が彼女にそっくりだったことを話さなかったのは……女性が彼女に
似ていれば似ているほど、自分の罪が重くなる気がしたからだった。……本当に馬鹿者だ、私は。
 ……情けなくも欲望に負けて彼女に瓜二つの女性を抱いている間、これは彼女ではないのだと思うと、
行為に溺れきることが出来なかった。必要以上に女性の体に触ることはせず、女性を労ることもしなかった。
愛のない行為とはこういうことを言うのか、と初めて知った。
 朝起きると、女性はいなくなっていた。……「チエコ抄」の文庫本一冊を残して。
思えば不吉な詩集だった。最初は夫から妻への愛情が惜しみなく綴られ……やがて妻が病死すると、詩の
主題は夫の悲しみと自責の嘆きに変わる。
(こんなに、自分を責めなくてもいいのにね……)
 彼女は生前、そう言っていた。今でもそう思ってくれていると考えるのは、……彼女が私に会いに来て
くれたのだと考えるのは、あまりに都合が良すぎた。

 テーブルの上の文庫本を本棚の奥にしまい、風呂場に行ってシャワーを浴びる。肩から下……足の先まで、
呆れる程あちこちに散らされた痕が消えるのには、まだ時間がかかるだろう。
(……榁井さん……!)
「……っ」
 あいつの声と表情が思い出されて、また体が熱くなった。
「すまんな……新條」
 彼女のことも……お前のことも、そう簡単に忘れることは出来そうになかった。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
夢炉のトーホク弁を出したかったが、よく分からないので断念…
サブタイトルを百.人.一.首.にしてるのはただの趣味です
支援ありがとうございました。長文・乱文大変すみませんでした
一行の文字数を増やしてみましたが、かえって読みにくくなったかも

2013.2.24 自サイトに再録させていただきます。 by作者


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